夏の終わりの綺想曲(カプリチオ)~メモリーズー夏ー 作:飛鳥 螢
そんな風に春原と馬鹿言い合って何やかんやとヒマを潰し、何とか渚が帰って来る夕方まで間を持たせると、俺は春原の部屋を後にして家路へと
夕暮れ時の見慣れた風景を眺めながらとぼとぼと独り歩く俺は、ふと違和感を覚えて思わず立ち止まった。
ここは通い慣れた道だった。今までずっと独りで歩いて来た。それが当然で、何時までもそれが続くと、決して変わらないのだと思っていた。
なのに、今は独りで歩くことが堪らなく不安だった。
そう、いつの間にか俺は、この道を渚と歩く事が当たり前になっていた。二人で肩を並べ、他愛ない話をして歩く。ただそれだけで俺は何の不安もなく満たされ、心穏やかでいられた。
あの桜の花咲く季節。坂の途中でたまたま出会い、気紛れに声を掛けた。独りでは校門までの短い坂でさえ登る事もできない、弱くて頼りない存在。
だけどこんなどうしようもない俺を支えに頑張って自分の夢を叶え、そして俺を支えてくれた。かけがえのない大切な存在。
——俺は、一体何時頃から渚の事を好きになっていたんだろう……
渚と出会ってからの事を、俺は一つ一つ
頑張ったあいつの為に、家でそのご褒美のだんご大家族を作っている時、もう親子と呼べないほど関係が壊れてしまった親父の事で心乱し、家を飛び出して無我夢中で町の中を走り、気が付いたらあいつの家まで来ていた。
そして渚の姿を見て、俺は落ち着きを取り戻した。あいつの存在に俺は癒され、救われたんだ。
——この時からだろうか。いや、違うような気がする。
もっと前、成り行きで渚の家で初めて夕飯をご馳走になったあの日、オッサンと早苗さんに囲まれて屈託なく笑い、よく喋るあいつの姿を見て、渚の本来持つ明るさの半分も引き出せていなかった事に、俺は無性に腹が立って、あいつの家族に対抗意識を燃やした。
なんでか知らないけど、負けたくないと。俺もこんな風に渚が笑っていられるような、そんな支えでありたいと。
——もしかしたら、この時か?
いや、それもなんか違うような気がする。
俺は渚の事がほっとけなくて、いつもあいつの頭に手を乗せていた。
そうすると、渚は何処かホッとしたような
そんなあいつを見て、俺もほんのりと心が温かくなるのを感じていた。
けど俺は、ずっと彼女なんて作らないと決めていたから。こんな不良でロクデナシの俺なんかに好かれても迷惑なだけだろうし、不幸にするだけだから——と。
だから俺はあいつの事も、別に好きってワケじゃなく、ただの暇潰しで付き合っているだけだと思い込もうとしていたんだ。
でも渚は、こんな俺を恐れもせずに、真っ直ぐに歩み寄って来てくれた。俺の全てを受け入れ、支えてくれた。その小さな体で精一杯に。
多分、俺は出会ったあの時から、既に好きだったんだ。渚の事が。
そして、一つ一つ色んな出来事を通して、その事を確認してきただけだったのかもしれない。俺にとって渚が何者にも代え難い唯一の存在だという事を。
立ち止まらずに前に進む為に。独りではなく、これから先何があっても二人で支え合い、共に歩んで行く為に。
ああそうだ。だから俺は渚に好きだと告げた。ずっと一緒に居て欲しいと。
「朋也くん?」
不意に名を呼ばれ、俺はハッと我に返って振り返った。
そこに、不思議そうに小首を
「朋也くん、どうしたんですか? そんな所に突っ立って」
「あ、ああ……。いや、何でもない」
渚の顔を見た途端、不覚にも涙が出そうなほど安堵した俺は、慌てて返事を返して渚に駆け寄る。
渚は幾つもの店のロゴの入った大きな手さげ袋を持っていた。
「杏達とのショッピング、楽しかったか?」
「はい、つい一杯買ってしまいました」
渚は買ってきた戦利品の詰まった手さげ袋を、誇らしげに掲げて俺に見せる。
「重そうだな。ほら貸せよ。俺が持つから」
「い、いえ、いいです。そんなに重くはありませんから」
何故か渚は焦り、手を差し出した俺から手さげ袋を守るように体を
あからさまに怪しすぎる。
「一体、何買ってきたんだよ」
「それは、秘密です」
——そう言われると、ますます知りたくなる。
「じゃあ、ヒントだけでも」
「それは明日のお楽しみです」
「明日の……お楽しみ?」
——まさか……
昼間の妄想が頭を
そんな俺に、渚はにっこりと微笑んで言う。
「はい、明日です。朋也くん、二人で一杯遊びましょう」
「夜中に?」
夜も十二時過ぎれば立派に明日だ。
思わずそう言ってしまった俺を、渚は訝しそうに見返す。
「夜は寝ています。朋也くん今日は夜更かししないでちゃんと寝てください。でないと明日起きられなくなってしまいます」
「あ、ああ、そうだな」
——やっぱ、んなワケないか……
ハァッと、渚に気付かれないように小さく嘆息し、俺は苦笑して渚と共に歩き出した。
二人で肩を並べ、一緒にオッサンと早苗さんの待つ家へと。