夏の終わりの綺想曲(カプリチオ)~メモリーズー夏ー 作:飛鳥 螢
二人の姿が見えなくなって静けさが戻った頃、ため池の周りにある繁みの一角が、不意にガサガサっと激しく揺れた。
直後三つの人影が、その中からもそもそと出て来る。
藤林姉妹にことみの三人である。
「ったく、どうしてあそこで一気にキスしないのよ。あの甲斐性無しっ」
拳を握り締め、杏は憤然と朋也を罵倒する。
どうやらずっとあの繁みの中で、二人の様子を覗き見していたらしい。
「朋也くん、なんだかとっても驚いていたみたいなの」
怒りの杏に、ことみがポツリと言う。
「その後、岡崎くんすごく落ち込んでいたみたいだし」
と、椋もことみに口添えして朋也を弁護する。
「あぁ、そういやなんか知らないけど、渚に声掛けられて仰天してたわね、あの馬鹿」
一連の朋也のおかしな行動を思い返し、杏は投げやりに言い捨てた。
「とにかく、朋也がこれだけ好条件が揃ってんのに、彼女にキスの一つもできない根性無しだったなんて……」
一昨日渚から、朋也と付き合い出してから今までの事を、包み隠さず全部聞き出した杏は、呼び名と手を握った以上の進展がない事に、激しい
そして今、渚が話していた通りの朋也の意気地無さを目の当たりにし、杏は折角のお膳立てが無駄になった事を苦々しく思った。
——常日頃不良だとか言われて、他の生徒に恐れられているってのに、だっらしないわねぇ……
「まぁ、いいわ。椋、ことみ、次のポイントに行くわよ」
と、杏は長い髪を翻して颯爽と
その手に望遠レンズ付きのカメラを携えて。
「ヘックションっ、ヘックションっ」
「朋也くん、風邪でも引きましたか?」
盛大にくしゃみをする俺を、渚は心配そうに見る。
「いや、きっと誰か俺の悪口でも言ってんだろ」
さしずめ春原か杏あたり……。いや、オッサンってことも有り得る。
俺は鼻の下を擦って腕の時計を見た。
「昼飯……には、まだちょっと早いな。もう少しどっかで時間潰して、それから弁当食うか」
「はい」
「じゃあ、何処に行くかな……」
ここら辺で時間が潰せる所となると、やっぱり何時も行く商店街——
と思いかけて、俺はハタとある事に気付いた。
渚より背の高い奴はいくらでもいる。今こいつをそんな所に連れて行って、もし人混みにでも入って、誰かが渚を見下ろしでもしたら、胸元モロ見えじゃん。
見知らぬ男が渚の胸元を見て鼻の下を伸ばす姿を想像し、俺は思わず激しく
——ダメだ。あんなトコ連れていけねぇ。
「朋也くん?」
俺がいきなり頭を振ったんで、渚はびっくりしたようだ。
「ああ、いや、丁度良く時間が潰せるトコあんまりないなと思ってさ」
「それでしたら、サイクリングはどうですか?」
「サイクリング?」
「はい、駅脇にレンタルサイクリングのお店があるんです。そこで自転車を借りて土手辺りでもサイクリングしませんか?」
確かに、それなら適当に時間も潰せるし、人混みに入る心配もない。
「いいけど、おまえ自転車乗れんのか?」
こいつの運動音痴は折り紙付きの上に不器用だからなぁ……
「乗れます。中一の時には、ちゃんと補助輪ナシで乗れるようになったんですから」
得意げに渚はそう言ったが、補助輪なんて普通小学校に上がる頃にはもう無くて乗れると思うぞ。
「あ、朋也くん。今とても失礼な事考えてませんでしたか?」
俺が応えないで黙っていると、渚はむっとしたように俺を見た。
「いやまぁ、乗れるんだったら別にいいんだけど」
慌てて俺は言った。こいつは時々鋭くなる。
「けど、自転車のレンタル料って、幾らくらいするものなんだ?」
あまり高いとちょっと困る。何しろ俺は万年金欠病だ。
「半日なら一台五百円です」
渚の言った値段を俺は財布の中身と照らし合わせた。
——二台なら千円。まぁ、そのくらいなら全然オッケーか。
「って、そんなの良く知ってるな、おまえ」
「い、いえ。その、たまたまです」
えへへと、何故か慌てたように渚はパタパタと手を振る。
——何だ、今の反応……
何となくわざとらしく感じたものの、特に気にすることもないだろうと、俺はそのまま渚と二人公園を後にして、駅に向かった。