D.C.4 〜ダ・カーポ4〜 先視の魔法使い   作:トウリ

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EPISODE 20

 

 

 

 

___隣を歩く男の子について、改めて分析する。

 

 

 

 

名前は、芳乃灯火。ともしびと書いて、とうかと呼ぶ。

 

クラスメイトで近くの席にいて、同じ同好会で活動する仲。お猫様が好きでお猫様からも好かれる羨ましい体質。

 

見た目の割に身体能力がおかしくて……いやほんとにおかしくて、よくゴリラとからかっては毎回ボケて返してくる。

 

ボクの周りの男子の中では一番に喧嘩っ早い。……いや、喧嘩っ早いとか短気と言うより、実力行使に迷いがないのかな。

 

そのためか腕っぷしも強い。それはもう、とんでもなく強い。と言うか学生の範疇に収まってない。ナイフ持ったひったくり犯相手に迷わず飛び出して、難なく撃退してしまうくらいには強い。

 

無鉄砲……と言う訳でもなくて、ちゃんと相手の実力を見抜いているとは本人の弁。

 

ここまでなら危険人物だと思われても仕方ないと思うけど、性格そのものは素直で面倒見が良く、ノリも良い。

 

ボケには鋭くツッコミを、でも時にはボケで返す。だから、なんでもない話でも彼と話してると話がどんどん弾んで行って楽しい。

 

以外にも料理が好きで、彼の妹分に誘われて御馳走になることもあるけど、育ての親からしっかり仕込まれたとかで、かなりの腕前。でも自分じゃまだ作れない絶品料理を目の当たりにするとフリーズすると言うよく分からない弱点がある。

 

学校での態度もそれなりに真面目? なのかな。泉先生を「泉ちゃん」と呼んでは出席簿で叩かれたり、杉並なんかと一緒に悪巧みしてたりもしてるけど、勉学にはそれなりに真面目に取り組んでる。それに実は頭の回転も早い。先の恋パではそれで運営委員会や風紀委員を大いに助けてくれたみたい。

 

あ、あと、悪友で親友でもある常坂兄やSSRの皆のことを、よく『お人好し』と称しているけど……ボクから見れば彼も大概にお人好しだ。

 

困ってる人がいたら気に掛けるし、なんなら心配したりしてくれて、悩み事にも一緒に悩んでくれて、いざとなったら体を張って助けてくれる。

 

ボクの無茶振りに対しても、文句は言ったりするけど、なんだかんだ助けてくれる。……だから、自重しないとと思いつつも、ついつい彼を頼ってしまうことも多い。

 

とまぁ、ここまで分析したところで、改めて思う。

 

 

「(なんでこの男、これだけ高スペックで見た目も悪くないのにモテないんだろう……?)」

 

 

いや、原因は分かってる。

 

常坂兄と同じで、彼の周りには美少女が多い。そして仲もそれなりに良い。

 

鷺澤に次いで人気の高い常坂妹とは同じお猫様好き同士で、例え教室だろうとお互いお猫様の可愛さを熱く語る仲だ。

 

妹分であり、かなり懐いてる海央ちゃんも、その小柄な体躯に収まりきれないほど元気が有り余った可愛い子だ。

 

ただ、芳乃の場合はそれに加えて、彼が転校して来た際の印象がまだ残っているそうだ。

 

 

 

 

___(オオカミ)

 

 

 

 

それが、かつてこの学び舎にやって来た彼の印象。

 

何かをしたって訳じゃなくて、纏う雰囲気が普通じゃなかった。

 

思い詰めたかのように、常に牙を研いでるような感じ。

 

海央ちゃんが来た時に僅かに触れたけど、生まれた家から追い出された……と言う経験が関わってるのかもしれない。

 

それで、その雰囲気が気に入らない、スカした態度がムカツクなどと複数の評判の悪い上級生から因縁も付けられたこともあるけど……先に言った尋常じゃない腕っぷしの強さ故に、芳乃は無傷でその上級生達を無力化した。

 

無傷で無力化する。言葉にすれば簡単だけど、普通に殴り飛ばしたりするより遥かに難易度は高いのに、それを苦も無くやってのけた。

 

悪名が広がったのはその時だろう。 そんな事件もあってか、より恐れられて孤立する……はずだった。

 

そうならずに、今みたいな人間らしさを見せるようになったのは、しつこいくらいに芳乃に絡みに行った3人のバカのおかげだ。

 

根負けしたのは当然、芳乃の方。

 

と言うより最初から勝負にならなかった。

 

要は同年代との接し方を知らなかったらしい。

 

元々素直な性格なので、3バカとの交流で人の接し方を学んだ結果、素の性格がようやく見えてきた。

 

3人のバカと過ごす内に、狼は人になって、更にバカになって、3人のバカと合流して4バカと呼ばれる様になる。

 

だから同じクラスの人間なら、芳乃が善良な人間だと分かるけど、それ以外には基本的に4バカの体力担当か、狼のままだと思われている。

 

それは出会いもない訳だ。

 

……でも、だからって誰とも“縁”がないなんて、あんまりだと思う。ここまで述べれば分かると思うけど、実際はとてもいい物件なんだし。

 

恋愛請負人を自称する身としては、こう言う人にこそ幸せになってほしい。

 

だから、ちょっとお節介を焼こうと思う。

 

多分、これは今までのボクの人生の中で、そして恋愛請負人として最大の仕事になる。

 

……それが、“ズル”を使ってるボクのことを【魔法使い】だなんて呼んでくれて、純粋にスゴイとも言ってくれて、困ってるボクのことを沢山……ホントに沢山助けてくれたキミへの恩返しになるはずだから。

 

 

___覚悟していてくださいね、芳乃。

 

 

キミには、とびきりのハッピーエンドをプレゼントしましょう。受取拒否は出来ませんので、悪しからず!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

-EPISODE 20-

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そら姉さん質問です。選択の科目って希望のところにすんなり行けるんですか?」

 

「うーん、科目によって差があるかなあ。ほとんどはすんなり行くけど、極一部の超人気のなんかは抽選になるんだけど、倍率が高くなるのよね」

 

 

 

___屋上、SSRの溜り場にて。

 

 

 

案の定と言うか、今日も特に依頼は無かったらしく、おれと白河が屋上に来る頃には、皆もすっかりのんびりモードで寛いでいた。

 

で、おれ達も便乗して寛ぎだした所で、誰からともなく始まった話の内容が、昼休みにも話してた進路関係のものとなった。

 

やっぱり、なんだかんだで本校の話が気になるのだろう。

 

付属を卒業して来年度から本校に行くおれ達付属3年生組は勿論として、いずれ本校に上がるだろう一つ下の海央も、興味深そうに本校生徒のソラさん……逢見先輩の話に耳を傾けていた。

 

 

「どんな科目の競争率が高いんだ?」

 

「ええとね、例えば『映画演劇概論』とかは、いつも高倍率になるかなあ」

 

「それってどういうことするんです………? 名前からして、そのまま映画を見たり観劇して、それらの評価とかする感じですか?」

 

「ううん、一言感想カードみたいなの書くだけ。本当に楽ちんな科目なんだよ」

 

「それ! それいいです!」

 

「オレもそれは押さえておきたいなぁ〜」

 

 

裏モードで隠しているけど実は面倒くさがりな所もある二乃と、安定の叶方も反応する。そりゃ確かに楽だが、最初に逢見先輩が言ってた事を忘れたのか?

 

 

「そうは問屋がなんとやら! ってね。お二人さん、大事なことをお忘れじゃないですか?」

 

「うんうん、だから大人気で高倍率、なんだよ。ふふっ」

 

 

美味い話には裏があると言う実例だろう。「そうでした……」「あちゃぁ……」と、あからさまに落胆する二乃と叶方。

 

まぁ、一応申請だけしておいて当たればラッキー程度に考えとけば良いだろう。

 

 

「そうそう上手くはいかない、か。そら姉さん、他には何か面白い科目ってありますか?」

 

 

叶方の質問に「そうねぇ」と一度考えてから、必ず高倍率と言う訳では無いが華道や茶道なども選択科目だと逢見先輩は言う。

 

 

「選択科目はあくまで授業だから、先輩とかはいないし、そう言う意味で部とは違うかな。その分採点される厳しさみたいなものもあるから楽でも無いけれど」

 

 

なるほどな。既にその手のものに心得があるなら選択肢の一つとして取るのも悪くない訳だ。

 

逢見先輩に質問していた叶方が華道と茶道に興味を抱いてるっぽいけど、おのれはなんと言うか、着物とかの方に興味がありそうだな。

 

多分、コイツの事だから平然と着こなすのだろう。性別∶叶方は伊達じゃない。しかし肝心の作法の方はからっきしと思われる。

 

 

「そう言う作法とかは、白河や有里栖ちゃんはできそうだよね」

 

「正解。一通りはね。うちは特に古風な家だから」

 

 

普段の破天荒ぶりからは想像できないように見えるも、白河は所々にそれっぽい所作が出ているから、イメージはなんとなく浮かぶな。

 

 

「その手の作法なら海央も一応習ってんじゃね?」

 

「触りくらいはね。今やったらボロが出るかなぁ」

 

 

まぁ、【防人】の次期当主として必要なのは【先視の魔法】だからな。

 

作法も確かに大事だろうが、魔法の鍛錬の方がウェイトがでかい筈。

 

 

「鷺澤もそういうのは一通りやってたよね」

 

「え? 私………? 茶道や華道?」

 

 

キョトンとする有里栖。

 

白河はとは逆に“この有里栖”にはそう言うのは見えない。

 

どちらかと言えば、アウトドアとインドアが絶妙な具合で合体してる感じ。

 

 

「やってなかった……? やってた記憶あるけど」

 

「うん、やってたよ。一応ね…………。あんまり覚えて無いけど……」

 

「そんな鷺澤嬢は進路などあって、無しが如くであろうな」

 

「そうだな。逆にさ………他の人間には出来ない使命みたいなもの背負ってる感じだよな、多分」

 

「私にしか出来ない……使命……」

 

 

……使命、か。

 

 

「やっぱり鷺澤財閥を継ぐんだろ? 有里栖は」

 

「こういう家だと、なかなか他の道はね。うん、とても良くわかる」

 

「なんかプレッシャーがありそうだよね……」

 

 

一登達の言う通り、大企業の一人娘ともなればそのプレッシャーは計り知れない。

 

おれにも、果たさなければならない約束がある。それもまた使命と呼ぶべきだろうが、それとはまた別ベクトルの重圧は間違いなくあるだろう。

 

……■■使■の有里■が背負うものは、おれよりも遥かに重いのだろうが。

 

 

____ズキリと、頭が傷んだ。

 

 

 

「っ! 芳乃君、大丈夫?」

 

「あ、ああ。ちょっと頭痛がしてな。一瞬だから問題ない」

 

 

一瞬だけ顔を顰めたのが見えたのか、有里栖に声を掛けられたので問題ないと返す。

 

痛み自体は一瞬だけだし続くような頭痛でもないので問題ないと判断してる。

 

……と言うか、“1年前”ほどからちょくちょく起きてるけど、医者に診てもらっても異常ないんだよな、この頭痛。

 

 

「……ま、なにはともあれ。 楽なら楽に越したことはないよな。他にやりたい科目あるなら別として」

 

「そう、だね。私も映画演劇概論は受けてみたいなぁ。運試しが必要になりそうだけど」

 

「楽って聞いちゃうと、余計に行きたくなるんだよなぁ」

 

「すごく、分かります!」

 

 

一登と二乃に「ものぐさな兄妹だなあ」と叶方が笑うと釣られて皆も笑う。

 

でも、ふとした時に有里栖の表情が考えるそれになってるのに気付く。やはり大企業の跡継ぎとなると、おれ達には分からない苦悩もあるのだろうか。

 

……思わず、隣に座ってる恋愛請負人の方を見る。

 

白河もまた有里栖の様なお嬢様だ。

 

有里栖の様に家を継いだりするのだろうか。

 

なんでか分からないけど、この時のおれはそんなことが気になって仕方なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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____その日の夜。

 

 

いつも通りプライペートが死滅してる寮の自室で、いつもの野郎どもと海央を加えた面子で、いつもと同じ様に皆で飯を食った後、いつもと違っておれは一人で寮を抜け出していた。

 

3月になったからか、それとも人工妖精のおかげか、寒さはもう感じない。

 

冬から春へ。

 

もう少しすれば、桜が咲き誇る時期になるだろう。

 

既に蕾を付け始めてる桜の木に思いを馳せながら、暫く歩き続ける。

 

一際高い位置にある展望台……水鏡湖や島の風景、海の向こうの本島までを切望できる羽休山展望台に辿り着いた所で足を止めた。

 

そして、街から離れたそこで、深く深呼吸を行い目を閉じる。

 

 

「………………ッ」

 

 

そのまま視覚や嗅覚などの五感ではなく、魔法使いとして鍛え上げたマナや魔力を感じ取る第六の感覚を全開にする。

 

周囲から円を広げる様に、深く、広く、知覚できる限界まで感覚を広げていく。

 

今、おれがやっているのは魔力やマナの感知だ。

 

魔法使いとしては初歩の初歩であるマナを感覚として捉えること。その応用による異常の察知。

 

 

「………………」

 

 

しばらく意識を集中させて感知を続けるも異常は見当たらない。最も、こんなのは気休めみたいなものだ。

 

あくまで応用の活用。専門的に感知を修得した連中からすれば、あまりにも拙いだろう。

 

 

「___こんな時間になにしてるんかなと思ったら、マナの広域感知なんてのも出来るんやね」

 

 

一息吐くために集中を途切れさせたタイミングで、背後から声が掛けられる。

 

 

エセ関西弁、もしくはエセ京都弁みたいなこの喋り方をする奴を、おれは一人しか知らない。

 

 

「盾石か、何のようだ?」

 

「むぅ、用がなかったら話しかけたらあかんの? イケズやわー」

 

 

振り返ればそこにいたのは、ぷくーっと不満そうに頬を膨らませる【防人(サキモリ)】の魔法使い、盾石晶の姿があった。

 

 

「こっちも野暮用があったんやけど、トーカ君が寮からこっそり出るとこ見かけてな。同じ進行方向に向かってるから、なにしてるんかなーって興味湧いたから付いてきてもうた」

 

「そーかよ。随分と暇なこったな」

 

 

____【防人】の魔法使い、氷室仁と盾石晶。

 

【恋パ】の前日に香々見学園に転入して来たと言う二人だが、それから2週間くらい経って盾石の方は結構やんちゃをしていた。というか性格が【女版杉並】と評しただけあって、騒動の中心にいることが多い。

 

この前は手芸部の用意した際どい衣装を着こなして撮影会をして、美嶋さんが顔真っ赤にしながら追い掛けてた事もあった。

 

いやほんとに何をやってやがるのか。あと手芸部の奴らは反省してねぇなホントに。

 

スタイル良くて傍目には性格も明るく容姿も整ってるので、人気が出ると言えば出るのだろう。

 

逆に氷室の方は大人しい……が、クラス人数の関係で編入されたのは鳳城のクラスだったので、色々と大変な目に合ってるらしい。

 

なにが言いたいかと言うと、鳳城のついでに杉並に勧誘される氷室の姿が見られるようになった。

 

季節外れの転校生その2の存在は、杉並から見ても興味深かったのだろう。最も、氷室は鳳城よりは上手く杉並とのやり取りをスルーしてるそうだが。

 

【防人】から何かしらの任務でコチラに来てるのは間違い無いのだろうが、魔法使いとしては今のところコイツらの動きは静かであった。

 

 

「それで、わざわざ一人でパトロールでもしてたん? 感知してたんはその為やろ」

 

「まぁな。最も、おのれが島中に張り巡らせてる奴に比べたら、あまり対したものでもないけどな」

 

「なはは……気付いてたんやなぁ。ウチの警戒網」

 

「この2週間近く、おのれと同じ魔力の波長をそこらかしこに感じ取ってれば馬鹿でも気付く」

 

 

コイツらが香々見学園に編入して来てから、島のあちらこちらに盾石の魔力と同じ波長の何かを感じ取っていて、調べてみたらそれは感知用の魔具だった。

 

その魔具が有事の際に場所を特定する為のモノであるのは間違いないだろう。

 

基本的にこの女、やかましいし女版杉並だしフザケてるしやかましいが、悪人ではない。

 

 

「なるほどなぁ、だからウチがまだ魔具を設置してない所を中心に異常がないか調べてたんやね」

 

「……おのれらがなんでこの島に残って香々見学園にまで編入した理由は分からねぇが、【防人】の任務なのは間違いねぇだろ。魔具を設置してまで何かに備えてるのは分かったからな。完全に設置を終えるまでの穴を突かれても面倒くさい」

 

 

ましてや、コイツらがこの島に残ってる理由が、あの先視に関するモノだとしたら、おれも無関係ではいられないだろう。

 

だから自主的に見廻りをしていた訳だが……どういう訳か、眼の前の盾石はニヤニヤと頬を緩めていた。

 

 

「ふふ、トーカ君は優しいなぁ。なんだかんだで気に掛けてくれてるんやねー♪」

 

「うっせぇ。それより、テメェも野暮用くらいとっとと済ませろよ。どうせ、この辺りに感知用の魔具を埋め込むんだろ」

 

「ピンポーン! 今日打ち込む分の魔具でこの島の全域をカバー出来るようになるから、メンドイことはもうせんでもええよ」

 

 

と、言いながらも盾石は手に持っていた杭の様なモノを地面に差し込み、盾石の【結晶】の魔法も使って地面の奥深くに差し込んで行く。

 

 

「魔具の機能維持に必要なマナは、この島のマナの濃度やったら十分に補給出来るから、あとは半永久的に使えるわ」

 

「へぇ、結構便利だな」

 

「せやろ? で、何かしら異常とか異変が出たら、こっちのウチが今付けてる鈴付きのブレスレットから鈴の音が鳴って___」

 

 

 

___チリン、チリン、と、盾石の掲げたブレスレットの鈴が鳴り響く。

 

「そうそう、こんな感じで…………って」

 

「……鳴ったな、今」

 

「うん、鳴ってもうたな……」

 

 

あまりのタイミングの良さに一瞬呆けそうになりながらも、ハッとする。

 

 

「場所はどこだ!?」

 

「え、ちょ、ちょっと待ってな。魔具と連動してる地図あるから!」

 

 

慌てながらも盾石はその地図を取り出して広げる。

 

地図に書かれた香々見島、その南東の辺り……白浜海水浴場が紫色に点滅していた。

 

 

「やば、【怪異】の予兆の反応やんこれ!」

 

「!? チッ!」

 

 

 

 

___怪異(かいい)

 

 

 

 

この世界には基本的にマナが満ちている。

 

おれ達魔法使いは、そのマナを体内に取り込んで魔力に変換して魔法を行使するが、色々と条件が揃うと魔法使いが関与しなくても人の思念や、それこそ怨念などと言った強い念がマナに触れる事で魔法的な現象が自然発生することがある。

 

それらは怪奇現象、心霊現象、超常現象、最近で言うなら都市伝説など、俗に言うオカルトの類として人の目に止まることとなる。

 

杉並が愛してやまないこの概念だが、アイツの好きそうな奇天烈で愉快な楽しいものだけでは決してない。

 

その中でも人を脅かすモノ全般を、【防人】や一部の魔法使い達は一纏めにして【怪異】と呼称している。

 

基本的に怪異が発生すれば一般人にも大なり小なり被害が出る。

 

特に人の怨念が集って生まれた【怪異】が出す被害は凄惨そのものだ。それらの目的は人を害する事そのものに他ならないのだから。

 

だから、もし本当に【怪異】が発生してるなら、急いで対処しなければならない。

 

故に、迷う暇はなかった。

 

 

「盾石、おのれは海央と氷室に連絡しろ。おれは先行する」

 

「っ……分かった! でも間に合うん!? 感知したんはまだ予兆やけど、ここから海岸って結構遠いで!!」

 

「問題ない、荒業を使う」

 

 

盾石にそう告げてから【取替の悪戯】で、いつもの愛銃ではなくサイレンサーを取り付けた狙撃銃【レミントンM700】を取り出す。

 

 

「出たっ!盗難武器!?」

 

「やかましい」

 

 

言いながらも照準を目的地の上空に合わせて発砲。パンッ!とサイレンサーにより極力音の消えた発砲音が響く。

 

その一連の行動に疑問符を浮かべる盾石の視線は無視しつつ、M700を持っていない左手で自分の胸に手を当てる。

 

 

「ちょ、トーカ君、まさか___」

 

 

おれがやろうとしてる事を理解できた盾石の困惑の声にニヤリと笑いながら、最早使い慣れた魔法の言霊を紡ぐ。

 

 

「___【取替の悪戯(チェンジリング)】」

 

 

瞬間、視界がブレて、浮遊する感覚が身を包み込む。

 

そして次の瞬間には、おれは空中に身を投げ出していた。

 

眼下には水鏡湖、そしてそれに隣接する公園や街並みが見える。

 

荒業とは即ち【取替の悪戯】を使った、空間跳躍。

 

仕組みとしては単純で、狙撃銃で放った弾丸に【取替の悪戯】の印を付けていただけ。

 

後は放った銃弾と自分自身を取り替えれば……ほら、これで長距離移動が可能って訳だ。

 

銃を取替えるよりも、自信を取り替える為に魔力はそれなりに使うが、この香々見島内での単純な移動として考えるなら使う価値はある。最も、あくまで緊急時のみに限るがな。

 

なお、取り替えた弾丸は変な所に飛ばないように向きを地面に向けた上で取り替えてるので、残った盾石に被害が行くことはないだろう。

 

とはいえ、まだ目的地には遠い。早く跳び過ぎたようだ。

 

なので体が自由落下を始める前に空中で再度【レミントンM700】を構え、今度は目的地の砂浜を狙って引き金を引く。

 

再度、パンッ!と抑えられた発砲音が響く。

 

徐々に落下速度を上げる中でスコープを覗き、弾丸が地面に着弾したと同時に、もう一度【取替の悪戯】を発動。

 

自由落下とはまた違う浮遊感を経てから、目的地の海岸___白浜海水浴場の砂浜に無事着地する。

 

 

「こんな事なら、こっちの海岸にも“印”仕込んどきゃ良かったな……!」

 

 

実質的な二度に渡る空間跳躍は、体内の魔力をそれなりに消費させた。

 

けれどまだ戦闘には支障がない。それにおれは魔力の最大値こそ低いが、マナを魔力に変換する効率は逆に振り切るレベルで良い方だ。

 

これくらいの消費なら、すぐに回復出来るだろう。……それより今は、コチラの方に集中すべきか。

 

視線をある方向へ向ける。

 

そこには大量のマナが“ナニカ”に集い始めていた。

 

その中心にあるものは、あまりにも密度の濃いマナによって見えない。それどころか周囲の風景が歪んで見え始めていた。

 

なにより、肌で感じるプレッシャー。

 

単純な圧力ではなく、もっと恐ろしい……人の怨念なんかが集まった様な悪意に、即座に人払いと音消しの結界を張る。

 

それと同時にマナの収束が加速して、急速に形作っていく。

 

 

「鬼が出るか、蛇が出るか」

 

 

既に右手にはビー玉と取り替えた愛銃が握られている。

 

徐々に強くなる圧力と悪意。

 

それに比例するかのようにマナで形作られた体が姿を表す。

 

何時ぞやの合体クソトカゲにも匹敵する巨体は、まるで蜘蛛のような体躯をしていて、それぞれ六本の脚が鋭く伸びている。

 

涎を垂らす口元には無数の牙。そして眼球が飛び出したかのような顔。

 

その姿形、各地に伝承を残し、一部地域には神格化されてるものまであるという悪鬼そのもの。

 

 

 

 

___【牛鬼(うしおに)】。

 

 

 

 

 

海岸沿いに現れては人を喰らい、口からは毒を吐く。

 

残忍かつ獰猛で、人を喰い殺すことを好む悪鬼が、【怪異】として具現化した。

 

ギロリと牛鬼の視線がおれを射抜く。

 

それは獲物を品定めする獣のそれと違いなく、眼の前の存在が人にとっての驚異だと暗に示している。

 

 

「蛇じゃなくて鬼か……。まぁ、どっちでも構わねぇけどな」

 

 

ただ、相手が何であろうと関係ない。

 

伝説の怪物? 知ったことか。

 

放っておけばこの島の人間に害をなす様な化け物なんざ、放置する理由がない。

 

つまり、やることなんて最初から決まっているのだ。

 

意識を、切り替える___

 

 

 

 

「___敵なら、ブチ殺すだけだ」

 

 

 

 

解き放った殺意と共に、右手の愛銃【シリウス】を牛鬼の方へ向ける。

 

 

 

 

 

『シャァァァアアァアァアァア____ッッッ!!!!』

 

 

 

 

 

それを敵対行動と見なしてか、牛鬼が劈く様な雄叫びを上げる。

 

六本脚の四つで器用に立ち上がった牛鬼が、残った前の二本の脚を振り上げる。

 

勢い良く振り下ろされるそれを避けてから、迎撃のためにシリウスの引き金を引くと、ドパァンッ!と結界内にいつもの銃声が響き渡る。

 

放たれた357マグナム弾は牛鬼の顔面に狂いなく命中し、その肉を弾き飛ばすも___次の瞬間には撃たれた箇所が、まるで映像を逆再生するかのように復活してしまっていた。

 

それに小さく舌打ちをしながら更に早撃ち・三連(トリプル·クイックドロウ)で、牛鬼の足や蜘蛛の腹部に当たる部分に撃つも、先程と同じ様に撃たれた箇所が逆再生するかのように元に戻る。

 

 

「だったら、これはどうだ」

 

 

愛銃のシリウスを【取替の悪戯】で別の武器に取り替える。

 

ポンプアクション方式の『モスバーグ590』。所謂ショットガンと呼ばれるそれに、同時に取り出した装弾(ショットシェル)の一つを装填し、身体強化の魔法による膂力を活かして一気に接近する。

 

 

 

 

 

『シィイイイイイイイ___ッッ!!!』

 

 

 

 

 

迎撃のために振りかぶられた二本の前足による刺突を躱してから、無防備となった腹部に向けてモスバーグ590の引き金を引く。

 

ドンッ!と言う発砲音と衝撃と共に放たれた弾は、至近距離で撃った事も相まって、牛鬼の巨体に決して小さくない跡を作り出した上で仰け反らせる。

 

使ったのは12ゲージスチール弾。防弾をも貫く威力の弾丸で、映画などで知ってる人も多いと思う。

 

けれど、結果は先程と変わらず、またしても逆再生したかのように傷が再生する。

 

三度、その結果を確認してから牛鬼と距離を取る。……なるほどな、何度か弾丸を撃ち込んだことで大体分析出来た。

 

 

「……マナで構築された身体だからか。そのせいでマナや魔力を纏ってない攻撃を受けてもすぐに元に戻るのか」

 

 

要は弱点属性じゃないと「こうか が ない ようだ ……」になるって訳だ。

 

クソトカゲに使った炸薬式杭打機(パイルバンカー)ですらも物理特化の武装だ。コイツには効かないだろう。

 

そうなると、おれが選択できる攻撃手段も限られてくる。

 

無論、現状を打破出来る手はあるにはある。それも一気に奴の核を破壊出来るとびきりの切り札が。

 

……けれど、今はその手札を切りたくない理由があった。

 

 

「……面倒くせぇな。見られてるってのは」

 

 

牛鬼と交戦を開始した直後に気づいた視線。

 

気配は感じないが、明らかにこの戦いを……いや、おれを見ている“ナニカ”がいるらしい。

 

それも何時ぞやの防人の当主(おじさん)とは違う、極めて不快極まりない視線(それ)に、思わずため息を吐く。

 

とっとと視線の元になってる奴を見つけて排除したい所だが、巧妙に隠れてるせいで感知に時間が掛かる。時間が掛かれば、それだけ牛鬼相手に隙を曝す事になる。

 

だけど分かったこともある。怪異ってのは本来、偶発的に発生するマナの災厄……だったはずだが、この不快な視線の事を鑑みれば自然発生した怪異ではないのだろう。

 

悪意を持った魔法使いが一枚噛んでるのは間違いない。

 

モスバーグ590を肩に担ぎながら思考を回す。

 

切っても良い札の中で、この不細工面に一撃かませる方法を見つける。

 

もしくはどうにかして監視の目を見つけ出して始末する。

 

どちらか出来れば突破口になる筈だが……。

 

 

「……待てよ?」

 

 

そこでふと、コイツが怪異として形成された瞬間を思い出す。その時に感じたものが確かなら、それは弱点になりえるはずだ。

 

 

「試してみるか」

 

 

不敵に笑いながら、使い慣れた【取替の悪戯】で装弾をビッシリと付けたベルトを取り出して袈裟にそれを背負う。

 

その中から目的の装弾を取り出してモスバーグ590に装填する。

 

 

 

 

『シャァァァアアアァァァアァア_____ッッッ!!!』

 

 

 

 

それと同時に痺れを切らした牛鬼が、その六本脚で突撃を開始する。

 

轢き殺す気でいるのだろうか。今の所自分に決定打を打てないから侮ったのだろうか。

 

……だとしたら、コイツは図体がデカいだけの雑魚でしかないな。

 

そんな感想を抱くと同時に、跳んで奴の突進を避けてから、装弾を装填し終えたモスバーグ590の銃口を奴の頭に向けて引き金を引く。

 

さっきのスチール弾と違って、銃口から放たれたのは散らばる弾……つまり散弾だ。

 

それを奴の顔面に向けて至近距離でブッ放した為、元から不細工な面が、更に酷い有り様になっていた。

 

これで使ったのが普通の散弾なら、さっきまでと同じ結果になるだろうが……残念、コイツは特別製だ。

 

 

『?___ギャァアァァ!?!?!』

 

 

今までと違って、即座に回復しない傷に狼狽え、遅れてダメージが入った事に驚愕する牛鬼。

 

それを見て自分の予想が当たった事を確信する。

 

 

「……ハッ、そりゃテメェが人の怨念や悪意によって形作られた怪異だって言うなら、“清めた塩”を受けりゃ浄化されてダメージ食うよなァ!」

 

 

先程奴に撃った散弾、その正体は岩塩弾。つまり塩だ。

 

もともとは暴徒鎮圧などで用いられる岩塩粒の詰まった非殺傷の弾で、貫通力がきわめて低く環境にも優しい。害獣駆除にも有用な弾だが、今回使ったのは更に専門の所で清められた塩だ。

 

かつて伊弉諾尊(イザナギノミコト)が冥界での穢を払う為に海で禊をした結果、“塩は不浄に効く”と言う概念があり、コレはそれを利用した対悪霊用の弾だったが、コイツみたいな怨念がカタチになった怪異にも有用だったって訳だ。

 

____そうと分かれば話は早い。

 

牛鬼が未だに苦しんでる間に、【取替の悪戯】で更に持ち込んだ岩塩弾をマガジンチューブの限界まで装填して、奴に向けてブッ放す。

 

 

『!??!?!?』

 

 

蜘蛛のような腹に向けて放たれた岩塩弾は奴の腹を抉り、マナで型取られたが故に、その断面からマナが漏れ出していく。

 

 

「良質の塩だが遠慮はいらねぇ、おかわりまで全部食らって行きな!!」

 

 

ポンプアクションで岩塩弾を再装填、発射。

 

再装填、発射。

 

再装填、発射。

 

装填した分の岩塩弾を全部撃ち切るまで至近距離で引き金を引き続ける。

 

結果、奴を構成していた不浄の部分が浄化され続けた事で、その輪郭がブレ出した。

 

それにより奴の中心にあった“ナニカ”が見えた時、直感で分かった。

 

アレが、奴を構成する“核”なんだと。

 

 

 

「___視えたぞ、テメェの結末が」

 

 

 

言い捨ててから、流れるようにモスバーグ590からいつもの愛銃(シリウス)へと取り替え、引き金を引いて“それ”のど真ん中にマグナム弾を叩き込む。

 

銃声に紛れて砕ける音が響き渡ると同時、牛鬼と言う怪異の肉体を構成していたマナの結合が解けていく。

 

解けたマナが光の粒子として空へと還る。ただのマナとしてまた世界に漂う為に。

 

その幻想的な光景を見て、まるで夏の蛍のようだ。と、場違いにも思ってしまった。

 

兎にも角にも、これで戦闘終了だ。

 

 

「……勿体振った登場の割には、まだクソトカゲの方が張り合いがあったな」

 

 

戦闘の内容としては、拍子抜け。と言うべきだろう。

 

確かに実弾が効かないのは面倒だった。

 

だが、言ってみれば苦戦したのはそこだけだ。

 

あとは弱点を突けば一気に瓦解して、あまりにも脆すぎる。中ボスみたいな登場の割には、お粗末に過ぎたな。

 

 

「さて、あとは…………アレか」

 

 

感覚を鋭く尖らせて不快な視線を向けてる元凶を見つけ出し、瞬時にその方向へシリウスの銃口を向けて引き金を引く。

 

ドパァンッ!と言ういつもの銃声に混じって何かが砕ける音が響く。

 

それで、ようやく不快な視線が消えたのを感じ取った。

 

 

「ふぅ…………」

 

 

完全に怪異の気配も不快な視線も消え去ったのを確認してから人払いの結界を解き、ようやく張り詰めた緊張を解いてため息を一つ。

 

……実際は呆気なかったと言えど、疲れはしたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ふふふ、アハハ……!」

 

 

 

 

_____その様子を陰で見ていた者がいた。

 

 

 

 

銃を使う魔法使いの少年と牛鬼として具現化した怪異との激突。それを遠目に眺めていたのは一体の人形だった。

 

 

いや、より正確に言えば、その人形を通して、この状況を観察していた者か。

 

 

怪異の発生した海岸から離れた海の上、浮かべた船の上で、その男は目を瞑っていた。

 

 

その口元は三日月の様に歪んだ笑みが浮かんでいる。

 

 

 

「実験が思ったより上手く行ったと思えば、予想より早く駆け付けたみたいだねぇ。あは、流石は“彼の息子”、と言うべきでしょうか。……この予想外、愉しくて仕方ないなぁ」

 

 

 

嗤う、嗤う、ただ愉しくてそれは嗤っていた。

 

 

 

「出来ればもっと踊ってほしいねぇ。激しく、情熱的なタンゴのように。……その方が、ワタシも君をより理解出来る」

 

 

 

まるで愛しいものに語り掛けるような声。

 

 

しかし、次の瞬間には見開いた両の眼は、

 

 

 

___どうしようもないほど濁っていた。

 

 

 

「より深く理解出来たなら、キミを壊すその瞬間……ワタシはこれまでに感じた事のない快楽を味わえるでしょう!」

 

 

 

それは己の快楽のために、他人を壊すことを厭わない。

 

 

必要だから、ではなく、ただ愉しいから壊す。

 

 

それが、この男の行動基準だった。

 

 

嗤い声が静かな海に響いていく。

 

 

 

 

 

少しずつ、悪意が足音を立てながら近づいて来ていた___

 

 

 

 

 




◇怪異
世界には万物の源たるマナが溢れている。そのマナが土地に残留している人の思念や怨念などに触れることで、魔法現象を自然的に発生させる場合がある。

怪奇現象、心霊現象、超常現象、最近で言うなら都市伝説など、俗に言うオカルトの類。その中でも人を脅かすモノ全般を、【防人】では一纏めにして【怪異】と呼称している。

基本的に怪異が発生すれば一般人にも大なり小なり被害が出る。特に人の怨念が集って生まれた【怪異】は呪いの具現化に等しく、被害は凄惨そのものとなるだろう。

【防人】が対処すべき案件の一つで、これらを発生前に突き止めることが先視の魔法使いに求められている。
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