D.C.4 〜ダ・カーポ4〜 先視の魔法使い   作:トウリ

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Q.恋を自覚してなかった女の子が急に自覚した場合どうなるのか?

A.ポンコツ化する。


EPISODE 35

 

 

 

 

 

…………ふと、目を開けると桜の花びらが舞っていた。

 

 

 

 

散った先から、また咲いて散る。それを永遠に繰り返している。

 

 

まるで終わりから始まりへと戻るD.C.− ダカーポ−のように。

 

 

そんな不可思議な世界の中心には、満開の桜の樹。

 

 

水鏡湖の桜にも似た、一本の大きな桜。

 

 

上下を見渡せば水面。合わせ鏡の中にいるような不思議な感覚。

 

 

 

____また呼ばれた、のか?

 

 

 

 

怪異・鵺は倒した。しかし、禁術である【過剰変換】の反動で倒れた……所までは覚えている。

 

 

海央達のことは気がかりだが、ここに呼ばれたと言う事は、またなにか要件があるのだろうか。

 

 

辺りを見渡すと、目的の人物はすぐに見つかった。

 

 

 

「また急に呼び出してごめんね……って、大丈夫!? 身体がボロボロになってるよ!?」

 

 

 

開口一番でこっちの心配をする“金髪”の少女。

 

 

その指摘通りに体を見てみると、見覚えのある傷が身体に幾つか出来ている。

 

 

痛みがないのは、今の自分が意識だけで呼ばれており、ここでの身体はあくまでイメージに過ぎないから、呼ばれた時の状態で参照されてるんだろう。

 

 

 

____ちょっと、強敵と戦ってな。

 

 

「……例の【人形遣い】って悪い魔法使い?」

 

 

____遠からずって所だ。奴が原因で発生した怪異相手に、少し無茶をした。

 

 

「無茶って、芳乃君が無茶しなきゃ勝てない相手だったってこと?」

 

____まぁな。それより、今日ここに呼んだ理由はなんなんだ?

 

 

 

おれはこの空間とは相性が悪い。要件があるなら早目に話した方がいい。そう言う意味もあって話を促すと、金髪の少女___有里■は、悲しげな表情を浮かべる。

 

 

その顔を見て、おれは察してしまった。

 

 

 

 

…………クソッタレめ、間に合わなかったか、と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

-EPISODE 35-

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……月曜日かぁ……」

 

 

 

寮の玄関から出てすぐ呟いた言葉には憂鬱さと期待の、二つの相反する思いが込められていた。

 

 

 

3/11 月曜日 天気は快晴。しかしボクの心は中々の荒れ模様。

 

 

 

……幼馴染により自分の想いを理解してしまい、次の日はなんとか落ち着こうと四苦八苦して、結局昨日は丸々一日を無駄にした。

 

そんなボク___白河ひよりはというと、先週の土曜日に大変な事実に直面してしまった。

 

いや、直面したというか諭されたというか……諭されたら諭されたで、色々と大変だったというか。

 

昨日、丸々一日を無駄にして心を落ち着かせようとしたけど、なんかもう……色々とダメだった。

 

 

「……不覚、恋愛請負人で数々の依頼をこなしてきたボクが、自分の恋にこんなに振り回されるなんて……!?」

 

 

 

 

 

 

____そう。ボクは現在、一人の少年に恋をしていた。

 

 

 

 

 

 

……と言うか、してしまったというか、していたのを自覚させられたというか、なんというか。

 

あれから二日も経ってるのに、今すぐにでも部屋に戻って布団に包まりたくて仕方ない。自覚したらしたで色々と……本っっっ当に色々と大変だったからだ。

 

なにせ、自覚してない時にやらかしたアレやコレやを思い返してセルフ自爆を昨日からもう何度も何度も繰り返しているのだから……!

 

例えば、一番最初に飛び降りキャッチを実行した時とか。……よくよく考えるとあんな所業、あの時点で芳乃に対して絶大な信頼をしていないとやれなかったって思うと、もうダメだし。

 

そこからお姫様だっこでしっかりキャッチした芳乃の匂いをクンクンと嗅いだことなんて致命傷だ。……過去のボクはホントになにしてやがってるんですかホントにばかぁ……!

 

そこから前にも悶絶したロッカー密着事件やら、唐揚げ間接キス事件などを思い返す度に自爆。色々と自覚してからだと破壊力が違く、これで各々1時間近くは悶絶していたりする。

 

その流れでここ最近の押し倒されたことも思い出して……やめよう。また悶絶してしまう。授業どころじゃなくなる。と言うか恥ずか死んじゃう。

 

……と、まぁ、そんな感じで過去に芳乃と過ごした時間やら思い出やらが一斉にフラッシュバックしたせいで、週の始めだと言うのに大分精神的に参っていたりする。

 

それは同時に芳乃の良い所も再認識してしまう訳で……とにかく大変だった。

 

 

「……朝から大丈夫? ひよりちゃん」

 

「ぴゃっ!? ……あ、あー、おはよう未羽」

 

「……今「ぴゃっ!?」って言ったけど本当に大丈夫?! 初めて聞いたよそんな悲鳴!」

 

「……お願いだから、後生だから忘れて……!」

 

 

背後からかけられた心配そうな声色に、思わずヘンテコな驚き方をしてしまう。……うぅ、朝から黒歴史作った。それも未羽相手に。

 

これも全部芳乃せいにしておこう。うん、そうしよう。決まり。

 

 

「……もしかして、芳乃先輩のこと考えてた?」

 

「みゃっ!?」

 

 

悲報、黒歴史が更に追加される。……じゃなくて!

 

 

「な、ななななな、なんでそう思うのかな?!」

 

「……土曜日に芳乃先輩達が先に帰った後、呆然としてたひよりちゃんを連れて帰ったの、私だよ?」

 

 

そうでしたー!? 想いを自覚した現場には未羽もいたんだったーー!?

 

……待って、と言うことは、あの時呟いてしまった言葉も……!?

 

 

「あと、芳乃先輩を好きになったって言ってたし……」

 

「…………あ、ああああああああああっっ!?!?」

 

 

言ってたよねぇ!?

 

うん、そう言えば確かに言っちゃってたよね未羽の前でぇ!? 迂闊にも程があるでしょうがボクのばかーーぁ!?

 

決定的な瞬間を未羽に見られていたことでもはや誤魔化すことは不可能。と言うよりもう否定する余裕もなくなって顔真っ赤であうあうあうと目が回り始める。

 

芳乃への想いを自覚してからというもの、自分の感情を制御出来なくなってる節がある。

 

恥ずかしくて、本当に恥ずかしくて、切なくて。

 

……でも、心の奥では違うことを考えていて。

 

会いたい、会って話したい、声が聞きたい、顔が見たい、触れたい、そして出来たら___

 

 

「〜〜〜〜〜〜ッッッ!?!」

 

 

その先を想像した瞬間にボンッと言う擬音が自分の顔から聞こえたような気がした。

 

さっきよりも顔が真っ赤になってると思う……! だって、今ものすごく熱くなってるから……!

 

 

「ひ、ひよりちゃん? すごく顔が赤くなってるよ?!」

 

「い」

 

「……い?」

 

「今のボクにはお構いなくーーーーっ!?!!」

 

「え、ちょっ、ひよりちゃーーーんっ!?」

 

 

ダッ、と過去一の加速で未羽の前から逃げ出す。

 

とてもじゃないけど、今は未羽ともマトモに会話することが出来ない。

 

取り敢えず教室まで辿り着いたボクは、そのまま自席に突っ伏した。

 

恋愛請負の依頼も今ばかりは出来そうにない。今のままだと変な所にエイムしちゃいそうだし。

 

とにかく授業が始まるまでに……と言うか芳乃が来るまでになんとか体裁を保てる様にしとかないと……!

 

それからいつも通りに話せるようにしよう。このままだとなんだか負けた気分だし。

 

なんでもない話をしたり、ゴリラーってまたからかったり、恋愛請負を手伝ってもらったり。

 

そう、いつも通りに、今まで通りに。

 

 

…………そう、考えていたのに。

 

 

「ん……? 鷺澤も休みか? 事前に連絡のあった芳乃を含めると欠員は2名か」

 

 

始業のホームルームになっても、芳乃は姿を現さなかった。

 

更に言うならボクの想いを自覚させた張本人である鷺澤も休みだった。

 

この二人の席はボクの近くにあるので、二人がいないとなると大変寂しいものがある。

 

……と言うか、あの体力バカな芳乃が学校を休んだと言う事実に、ボクの心はざわざわと嫌な予感を感じ取っていた。

 

 

「出欠の確認もできたし、朝は長々と話す時間もないからコレで終わりにする。1限まで10分くらいあるから、朝食を抜いた奴は今のうちに速弁して、昼は学食か購買で食べておけ。

 

朝食を抜いて良いことは何一つないからな。んじゃ、今日も一日がんばってくれ」

 

 

言い終わる頃には教壇から降りて教室を出て行く泉先生。

 

それを機にして教室がざわざわと騒がしくなる中、常坂兄がボクの所に向かって来ていた。

 

 

「なぁ白河……有里栖のこと何か知ってるか?」

 

「……残念、ボクも特段何も聞いてはいないんだ。風邪でも引いたんじゃないかなとは思うけど」

 

「まぁ、昨日季節外れの雪が降ってたしな……」

 

 

……雪、降ってたんだ。

 

ずっと部屋で過去の自分のやらかしに悶えていたから分からなかった。

 

 

「そっちは芳乃について何か知ってるかい?」

 

「SSRの共有COMU見てなかったのか? 海央ちゃんから灯火がダウンしたってあったぞ?」

 

「マジですか」

 

 

慌ててTABを立ち上げて、SSR共有のCOMUを見てみると、確かに色々と書いてあった。

 

 

『お兄ちゃん、昨日の雪でダウンしちゃったみたいで今日はお休みします!』

 

『で、お兄ちゃんがダウンするのはちょっと珍しいので、あたしが付き添いで看病してますので心配しないでも大丈夫だよ! みおーん より』

 

 

…………とのことらしい。

 

芳乃が雪程度でダウンと言うのは少し引っかかるけど、芳乃も人間だし……たまにはそんなこともあるかと納得しておく。

 

海央ちゃんも付き添いで休んだみたいで、まぁ、それなら大丈夫だろうと思う。

 

大丈夫だとは思うんだけど……。

 

………………。

 

 

「と言うことは今、芳乃は海央ちゃんと二人っきり……?」

 

 

……なんだかモヤッとした感覚がして、それに気付いた瞬間にハッとして頭を振る。

 

マジですか……今ボク、海央ちゃんに“ヤキモチ”焼いてた……?

 

 

「ど、どうした白河? いきなり頭を振って」

 

「な、なんでもないよ。それよりそろそろ授業が始まるし、席に戻ったらどうだい? ……鷺澤のことについては、何か分かったら知らせるよ」

 

「あ、うん、分かった」

 

 

なんとか取り繕うことに成功して、常坂兄も大人しく自分の席に戻る。

 

いつもなら鷺澤と距離が近付きつつあることに喜ぶところだけど、今のボクはボクで自分の感情に振り回されないようにするのがやっとだ。

 

 

___恋は劇薬だなんてよく言われてるけど、それを身を持って思い知るなんて。

 

 

次の授業の準備をしながら、思わず溜め息を吐く。

 

……一番問題なのは、この感情を全く不快に思わないことなんだよね。

 

頬が染まるのを自覚しながら、もう一度溜め息を吐くのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ところで同士・常坂よ、昨日がワンダーランドで最後のバイトだったはずだが、帰ったのは何時頃だった?」

 

 

____昼休み。

 

 

灯火がいないので杉並と叶方、そして俺___常坂一登の3人で購買に寄り、戦利品のサンドイッチを中庭で食っていたところに、神妙な顔をした杉並にそんな話を振られていた。

 

 

「何時頃って……確か雪が降り出した頃だな」

 

 

営業時間の終わった夜の遊園地で、有里栖と色々と話してた時に降ってきた雪。

 

寒くなると行けないからってことで話を切って、そこで解散となったんだよな。

 

 

「その時、ワンダーランド南東の海岸に何か見えなかったか?」

 

「……いや、特には何も見ていない」

 

 

……杉並に言った通り、俺は何も見ていなかった。

 

けれど、言葉に出来ない“何か”を感じたんだよな。

 

それは人の持つ五感とはまた違う、“普段は機能していない”はずの見えない器官が震えるような感覚だった。

 

ただ、それもほぼ一瞬で消えて、その後には何も感じなくなったけど。

 

 

「やはりか……」

 

 

しかし、杉並は俺の返答を予測していたようで、顎に手を添えてなにやら考える素振りを見せている。

 

……そんな、あからさまなポーズ取られると気になるのが人と言うものである。

 

 

「で、それがどうしたんだよ?」

 

「またオカルト絡みの話じゃない?」

 

「うむ、確実な証拠は何一つとして得られてないのだが」

 

 

杉並にしては珍しく歯切れの悪い様子を見せながら、TABを操作してある画像を俺と叶方に見せる。

 

それは、一言で言うなら“閃光”だった。

 

ただ、画質が荒くて、写りも悪い。

 

その閃光を除けば辛うじてどこかの海岸を映してるのが分かる程度だ。

 

 

「なんなんだ、これ?」

 

「昨日、季節外れの雪が降り出してから間もない頃に本島側の海岸から撮られた、ワンダーランド南東の海岸沿いの写真だ」

 

「え?」

 

 

ワンダーランドのバイトを始めるようになってから、あの海岸のことはそれとなく聞いていた。ワンダーランドを遊び終えた人達が余韻に浸るために訪れる穴場の一つだと。

 

そんな所から、あんなビームみたいなのが見えただって?

 

 

「……何かの間違いだろ。こんなビームじみたもんが出てたら流石に俺どころか誰だって気付く」

 

「その通り、普通なら誰でも気付くはずだ。……俺も昨日、寮の屋上で少しばかり作業をしていたのだが、同時刻にそんなものは視認すら出来なかった。

 

だと言うのに、本島側からはこの閃光が見えたと言う目撃情報が幾つも挙げられている」

 

「……ホントにオカルトじみた話だったね」

 

 

叶方の呟きに頷く。

 

……この閃光が、俺が昨日感じたものの正体なのだろうか?

 

島の中では見えずに外から見えた謎の閃光。

 

考えられるとするなら、やはり“魔法”か。

 

懐に入れてある懐中時計。あれを使った鏡の魔法しか使えない俺でもなにかを感じ取ったんだ。魔法絡みで何かがあったと見るべきか。

 

と言うか、こんなビーム出せるような魔法使いがいるのか? ジジイなら行けるかも知れないけど、今は行方不明だしな……。

 

 

「こちらの方も後々調査するつもりだが……今のところ、香々見島ではこの閃光の目撃情報はない。それにもう一つ、この島の北の森にもなにやら興味深いものが見つかった」

 

 

そう言ってTABの画面をスライド操作してから、また別の画像を見せてくる。

 

 

「なに、これ……?」

 

 

叶方が絶句したような声を漏らした。

 

杉並が見せたのは、木々に囲まれた中で出来た大きなクレーターの画像だった。

 

……どう考えても、こんなの自然発生する訳が無い。

 

隕石が落ちて来たとするなら、この規模の奴なら大々的なニュースになってるはずだし。

 

 

「隕石にしてはクレーターの規模が小さいし、専門機関からもそんな情報はなかったと言う。別の何かで作られたと見るべきだろう」

 

「……よくこんなのに気づいたな」

 

「なに、例の不審集団を探す過程で我が非公式___ゲフンゲフン! ……俺が懇意にしてる組織の技術の粋を集めて作られた秘密兵器が昨日突如として反応してな。辿ってみた所、その跡があった」

 

「あー……屋上でやってたなんかの作業って、それかぁ」

 

「アテになるのか、それ?」

 

「無論だとも」

 

 

胡散臭ぇ……。

 

杉並のバックにいる謎組織製のアイテムとか、胡散臭いにもほどがある。

 

ただ、そんな胡散臭い機械でこう言うクレーターを見つけたってのは確かか。

 

 

「前々からあったとかじゃないの? この島の北とか、開発も進んでないから誰も寄り付かないでしょ?」

 

「それはない。その場所は以前にも確認したことがあったが、その時にはこんなクレーターなぞ無かった。それに、この周りにも妙な破壊痕を幾つも確認してな」

 

 

なんでそんな人の寄り付かない所を確認してるんだ。っていう疑問は聞いても無駄だろう。杉並だし。

 

でも、それはそれとして、いよいよもって不可解なことになってきたな。

 

杉並が前々から追ってる不審集団といい、どうにも何かきな臭い感じがする。

 

 

「この情報を共有したのは、少し用心はしておいた方がいいと判断したからだ。……この俺を持ってしても、尻尾が掴めない何かが起きてる可能性がある」

 

「………………」

 

 

流石に考えすぎだとも思うが、わざわざあの杉並が真面目に話してることだ。留意しとくべきなのかもしれない。

 

灯火がいたら荒事になってもなんとかなるんだけどなぁ。と思った所で、流石にそれは頼り過ぎかと思い直す。

 

有里栖と同じく灯火も体調崩してるみたいだし。いくら身体能力おかしくて荒事に滅法強くても、頼り過ぎなのはよくないしな。

 

有里栖も……昨日はあんなに元気そうだったのにな。

 

 

「ま、一登は今はそんなことより有里栖ちゃんの方が気がかりっぽいよねー」

 

「ぐっ……!」

 

 

図星を突かれて思わず飲み込もうとしてたサンドイッチが喉に詰りそうになる……あぶねぇ。

 

 

「二人とも、ただの風邪だと思うし、まぁ大丈夫でしょ」

 

「まぁ、そうだな……」

 

 

今度は詰まらせないようにサンドイッチを腹に収めていく。

 

にしても、杉並でも尻尾が掴めないナニか、か……。二乃やそら姉にも気をつけるよう言っとくか。念の為。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………………」

 

 

 

 

____その日の夕方。

 

 

 

場所は学生寮の男子区画の一室。

 

いつもならこの時間、趣味も兼ねて夕飯の支度をしているだろう兄……芳乃灯火は、ベッドの中で静かに寝息を立てていた。

 

昨日の怪異との戦いから全く目を覚ます気配のない兄の傍らに、あたし___咲三海央はずっといたのだった。

 

 

「………お兄ちゃん」

 

 

あたしの呼び掛けに、兄は答えない。

 

昨日現れた強大な怪異・鵺を葬る為に相当な無茶をした後、意識を失ってからずっとこれだ。

 

幸いにも命に別条は無かったものの、その反動からか今の今まで全く目を覚まさないでいる。

 

 

「不足する魔力を補う為に、マナから魔力へ変換する工程をわざと暴走させる……やっぱり、聞くだけでも無茶苦茶過ぎる……!」

 

 

……兄は体内に保有する魔力の量こそ低いが、それを補って余りある【マナから魔力への変換効率】と【魔力の精密なコントロール】に秀でていた。

 

それは、【魔力を収束して放つ武器】を普段から扱ってるにも関わらず滅多に魔力切れを起こさない所からも見て取れる。

 

消費した魔力をすぐさま空気中のマナから変換して自身の魔力にする…………それを戦闘中にすら常時行っている。尋常じゃない修練を重ねていた証拠とも言えるだろう。

 

だが、鵺との戦いで兄がやったのは、その変換効率をわざと暴走させ自身の容量を超える魔力を精製、それを体外に纏うようにして無理矢理コントロールすることで力にすると言う離れ業だった。反則技と言ってもいい。

 

当然、そんな状態が長続きするはずもない。

 

確かに一時的に莫大な魔力は得られるだろうが、身体が保つわけもない。

 

実際に身体が耐えられる限界を超えてもそれを維持してた反動か、今も意識が戻らないでいる。

 

 

「やっほー、ミオちゃん! トーカ君は……変わらずやな」

 

 

と、聞き覚えのある声がして振り向くと、入り口にはレジ袋を抱えた姉みたいな人がいた。

 

 

「アキ姉……」

 

「……ごめんなぁ。トーカ君のこと止められへんで」

 

 

アキ姉こと盾石晶、それからジン先輩こと氷室仁。

 

二人とも、止められる位置にいたのにお兄ちゃんを止めれなかったことを悔やんでいた。

 

 

「ううん、状況を考えたらお兄ちゃんが無茶しなきゃ鵺が逃げてたかも知れないもん。だから、理解は出来るよ」

 

 

そう。あの場でお兄ちゃんが行動しなければ間違いなく鵺は逃げていた。

 

悪意によって象られた怪異を逃がすことが、どれたけ危険なのかは、きっと言うまでもない。

 

ましてやマナの残骸が降り注いだことで、より状況が切迫していた。他に選べる手段がなかったんだ。

 

 

「……頭で理解してても感情はまた別やで」

 

「……うん。だから、起きた時に真っ先に怒ろうかなって」

 

 

無茶し過ぎだよって、もっと自分を大事にしてって。

 

それからめいいっぱい甘え倒してやると。

 

 

「そっちはどう?」

 

「ぼちぼちやな。ウチは今日の昼間にミオちゃんが暴れた所を片付けたし、シーナちゃんの迎え終わったらジン君が鵺の出た所を見てくるらしいし」

 

 

あたしは【人形遣い】の操る人形達と交戦していたけど、怪異が討伐された段階で人形遣いは逃げ出した。

 

逃げ出す。と言っても、元々意識を人形に憑依させてただけみたいだから、その憑依を解いただけみたい。

 

残ってた人形も残さず砕いた所、塵となって消えて行った。以前戦ったお兄ちゃんとジン先輩の報告にあった隠蔽用の機能らしい。

 

で、アキ姉と合流した後にお兄ちゃんが倒れたと知って……人気のない所だったこともあって即離脱したと言う訳だったりする。

 

 

「【防人】への報告は?」

 

「それも済ましたよ。……魔法の秘匿の関係でイチャモンを言うてきてるバカも出て来てるみたいやけど、そこは当主様がなんとかするーって」

 

「……やっぱり出て来るんだね、そういうの」

 

「まぁ、鵺を仕留めるためにトーカ君が最後に放った攻撃……あれが本島側から見えてたみたいなんよ」

 

 

鵺を倒した一撃。

 

遠く離れていたあたしでも感じ取れた魔力の奔流。なるほど確かに個人が持つには過ぎた火力かも知れない。しかし、その一撃にはそれ相応の対価を支払っている。その結果が今の兄だ。

 

大体、文句を言うのであれば、あの状況でどうすればいいのか是非ともお手本を見せてほしいと思う。

 

 

「……ぐ、ぁ……くそ、どのくらい寝てた……?」

 

「「え?」」

 

 

ずっと聞きたかった声が聞こえた瞬間、アキ姉共々なんとも間抜けな声を出してしまう。

 

バッと慌ててベッドの方へと視線を向けると、いつの間にかお兄ちゃんが目を覚ましていた。

 

 

「お兄ちゃん!?」

 

「トーカ君!?」

 

「……悪い、少し音量を下げてくれ。頭に響く」

 

 

普段よりも緩慢な動作で何とか上体を上げた兄は、疲労がまだ抜けきってないのか、表情はとても険しい。

 

 

「いつ起きたんよ! と言うか起きたんなら言ってや!」

 

「今起きた所だ……海央もいるってことは、あのクソ野郎も退いたってことだよな。……と言うか、どれぐらい寝てたんだ」

 

「丸一日寝てたんよ。ホンマに無茶し過ぎやで!……ってミオちゃん?」

 

「〜〜〜〜〜〜ッッッ!!」

 

 

___気が付いたらガバっと、兄に抱き着いていた。

 

 

抑えていた感情が決壊して、涙へと変わっていく。

 

 

「ばかぁ……! ホントに、心配したんだからね……!」

 

 

もっと、言うべきことはあったと思う。文句の一つ二つでも言って怒るべきなのかも知れない。

 

でも、目を覚ましたお兄ちゃんを見て、なによりも安堵してしまったから、もう何も言えなくて。

 

ただ、ただ、あたしはお兄ちゃんの胸の中で泣くことしか出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……悪かったな。結果的に迷惑をかけちまった」

 

 

それから暫くして、あたしが落ち着いたこともあってお兄ちゃんが倒れてからのあれやこれやを共有。

 

それからお兄ちゃんは素直に謝った。……や、謝るのは良いんだけど。

 

 

「お兄ちゃん、あれもう禁止。今後絶対に使わないで」

 

 

【取替の悪戯】とか化け物リボルバーはまだ分かる。魔力も少なくて本来の体質から変質してるお兄ちゃんじゃ、魔法での攻撃能力は効果が見込めないだろうし。

 

鵺を倒した極光。化け物リボルバーの魔具としての機能を拡張した怪物ライフルも……突っ込みどころはあるけど別にいい。でも魔力を補う為の手段として使った術式だけは絶対にダメ。

 

あれは確実に身を滅ぼすものだ。

 

 

「…………それは、確約出来ない。いや、滅多に使う気もないけど」

 

 

つまり使うべきと判断したら容赦なく使う、と。

 

……あたしの脳内裁判、判決、有罪、ギルティ。なので、スッと拳を構える。なお、身体強化の魔法は使用済み。

 

よし、殴ろう。

 

 

「あたしのゲンコツは痛いよ?」

 

「判断が早いのは大変よろしいけど勘弁してくれ……! 流石に今の状態で実力行使されたら今度こそ再起不能だ。ちょ、ゲンコツ駄目だからって大牙拳砲はやめろ!構えんな!魔力を練るな!ホントにやめろください!? 部屋ごと吹き飛ぶだろうが殺す気か?!」

 

「いや、怒られるのも無理ないでホンマに……?」

 

「……それはホントに自覚してる。つか、そもそもマナの残骸が降らなきゃボーダーライン超える前に鵺を消し飛ばせる魔力は貯めれたはずなんだけどな……」

 

「それ鑑みてもアレはアカンやろ! なんやねん魔力への変換をわざわざ暴走させるって! 観測してる方の寿命縮まるわっ! なにより普通死ぬやろあんなん!?」

 

 

アキ姉のツッコミにうんうんと頷く。いくら変換効率が優れていても人体である以上は身体機能の限界があるんだから。

 

 

「……死なねぇ様に調整したんだよ。それでも無傷は34秒まで。完全に自壊する55秒が限界だ。今後使うにしても34秒以上は使わねぇよ」

 

 

どうやら使わない選択肢と言うのはお兄ちゃんの中にはないらしい。「「はぁ……」」とアキ姉と揃って溜息を吐く。

 

これは間違いなく駄兄の所業。

 

 

「こんな頑固な子やったっけ、トーカ君って」

 

「……うん、そうなんだ。やると決めたら意地でも止まらないんだ、お兄ちゃんって」

 

 

……これはお兄ちゃんが咲三の家にまだいた頃の話になる。

 

魔法の修練で何度も失敗を繰り返しても、それが一度やると決めたものなら、その目標まで一直線だったことを思い出す。

 

また一つ、あの頃と変わらない所を見つけたことに喜ぶべきなのか嘆くべきなのか。

 

 

「とーにーかーくー! トーカ君は暫く休むこと! ええから休め! このままやったら咲三灯真と相対する前に死んでまうわ!」

 

「うん、と言うかこの状態で動いたら、もう絶対に大牙拳砲でぶっ飛ばす」

 

「おっかねぇよ」

 

 

溜息を吐きながらも「分かったよ」と観念したように言う兄の姿に、あたしはもう一度溜息を吐く。

 

 

「それじゃあ、トーカ君も起きたしウチは帰ろうかな。あ、ご飯とかテキトーに買ってきたから食べてなー」

 

 

アキ姉は手に持ってたレジ袋を机の上に置いてから「ほなねー」と部屋を後にする。

 

袋の中身はコンビニ弁当とかだ。……そう言えばアキ姉は料理出来なかったんだっけ。

 

 

「お兄ちゃんご飯食べる?」

 

「……たまにはコンビニ弁当でもいいか」

 

 

いつもお兄ちゃんの美味しい手料理を食べてるから不安だったけど、コンビニのお弁当もそれなりに美味しくいただけた。

 

この後もう一度安静にするよう強く……それはもう強く言ってから、あたしも部屋を後にすることに。

 

……それにしても、だ。

 

この兄は一体どれだけの切り札を持っているんだろう。

 

合体トカゲを屠った近接巨大兵器。

 

魔力を収束して放つ怪物リボルバー。

 

許容値以上の魔力を生み出す禁術。

 

鵺を完全に葬った化け物ライフル。

 

そして、例の“とっておき”。

 

普段から使ってる【取替の悪戯】でさえ、自分自身すら対象にして空間を越えたりもする。

 

……【黒無】と言う世界を滅ぼす厄災。それを父親であるおじさ……咲三灯真が引き起こす未来を視たからこそ、過剰なまでの手札を用意していたんだろうけど。

 

あの兄のことだ。更にとびきりの隠し札くらい用意しているに違いない。

 

出来たら、それがお兄ちゃんの負担にならないものであることを、あたしは密かに祈るのでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………駄目だな。少なくとも今日は魔法が使わねぇ方がいいか」

 

 

海央が帰ったことで静かになった寮の自室、ベッドの中で軽い魔法を使おうとした所、強い痛みが走った。

 

より正確にはマナから魔力への変換をしようとした所で痛みが走った。……【過剰変換】の代償か。

 

つまるところ、魔力の補充が出来ない状態な訳だが、自前の魔力を使うのは可能。ただ、元々の魔力保有量がへっぽこなので、補充出来ない状態で魔法を使えば当然魔力は消費されて、いざという時に【取替の悪戯】で武器を呼び出すことが出来なくなる。

 

おれの戦法は【取替の悪戯】で武器を取り出すのが前提だ。それが出来ない上に身体強化の魔法も使えないなら、少し人より鍛えてるだけのガキでしかない。

 

そうなると今は回復するまで療養するしかない。取り敢えず明日も学校は休むことになるだろう。

 

 

「今は寝るか……にしても」

 

 

額に腕を当てて、目を覚ました時の“違和感”について考える。

 

確か、夢を見ていた様な気がした。

 

……ただ、内容はどういう訳か思い出せない。

 

 

「“じいちゃんの魔法”使えるから、夢の内容とかは結構覚えられるはずなんだけどな……」

 

 

____ズキッと、頭に痛みが走った。

 

 

 

まだ本調子に戻ってないのに無茶し過ぎたか……?

 

それ以上考えるなと言わんばかりの痛みに顔を顰める。

 

……いいか、今は寝よう。さっさと寝て、体力も体調も魔力も回復させよう。それが今のおれに出来る最善の選択肢だろう。

 

目を瞑ると、眠気は程なくやって来た。やはりまだ体力が回復しきってない証拠だろう。

 

意識が微睡んで行くのを感じながら、おれは素直に眠気に身を委ねていくことにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

“……色々と良くしてくれたのに、逃げる様なカタチになってごめんね”

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

完全に眠りに落ちる間際、そんな誰かの悲しそうな言葉を思い出した様な気がした____

 

 

 

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