8月9月は忙しいので更新亀になります。
____目を瞑り、意識を一点に集中するようにしながら全体を俯瞰する。
今来ている場所は普段から訓練所として使ってる森の中……では無くて、水鏡湖の徐々に咲きつつある桜の根元で瞑想をしていた。
五感とはまた違う感覚により、周囲に漂うマナを知覚するのと同時に体内に取り込み魔力へ変換。元々あった体内の魔力と同期させる。
普段なら無意識に出来るまで繰り返したこの工程を、今は一つずつ意識しながら、かつ確かめる様に行っている。
二日ほど魔力の操作を全くしてなかったことと、【過剰変換】の後遺症がないかを確かめる為だ。
水鏡湖までやって来たのは、ここが香々見島の中で最もマナの密度が濃いからである。街から離れていて静かなこともあって魔法の修練を単体でするには、いつもの所よりうってつけなのだ。
因みに海央達はいつもの所で修練しているらしい。
「…………マナの変換、同調、共に良好っと」
しばらく確認を続けたところ、異常なし後遺症もなし。と、ようやく判断が出来た。
……後遺症が出なかったのは素直に助かるな。まだまだ戦わなくちゃならないってのに、力が削がれるのはマズイ。
それから目を開けて軽く柔軟体操をして身体の調子を整える。
……こっちは少し鈍ってんな。二日も寝てりゃ当然っちゃ当然だが。
「鍛え直さないと……って思ったけど、魔法使い組に「休め!」って突っ込まれそうなんだよなー……。しばらくは基礎訓練に留めるか」
最も、それは心配させるようなことをした自分のミスなので、甘んじて受け入れるべきだろう。……おれの戦いにも協力して貰ってるんだし。連携はしっかりとしないとな。
……と、そこまで考えた所でTABを確認してみると、少し早いが登校するにはいい時間になっていた。ここいらで切り上げておくか。
TABを仕舞って、近くに置いていた学生鞄を拾い上げて肩に担いで校舎へと歩を進める。
泉ちゃんには今日は登校することを伝えてるし遅刻するのは流石に申し訳がないので、早めに教室に行くとしよう。
3月半ばにしては少し肌寒い空気を感じながら、おれは水鏡湖を後にするのだった。
-EPISODE 37-
「……お?」
3/13(水) 天気は晴れ時々曇り。 絶好の登校日和。
桜が咲き始める並木道をのんびりと歩き校舎へと入り、いつもより比較的に早い時間に教室に入ると、見慣れた……それでいて“久しぶり”な顔が目に入る。
「おはよーさん、“久しぶり”だな“有里栖”」
「あ、芳乃君、“久しぶり”!」
と、お互いに同じ言葉を言い合ってから、「「……ん?」」と、これまた同じタイミングでお互いに首を傾げる。
「……土曜日に会ってたはずなのに久しぶりってなんぞ?」
「だよねえ。私も同じこと思ったよ。でも、なんだか久しぶりって気がして……」
「それも同感だな。……寝過ぎて頭バグったか?」
うーん……? と、有里栖と揃って謎の感覚に首を傾げ続ける。
いや、うん、目の前の少女は間違いなく“鷺澤有里栖”なんだが、なんか久しぶりに会って話をした気がしてならない。
なんぞこれ?
「……ま、考えても分からんかったら今は放置しておいていいか」
「うーん、私はちょっと記憶が混乱してるような感じがするんだよね……」
「……やっぱり寝過ぎて頭バグったんじゃね。ナナメ45°に叩けば直るか?」
「一昔前の壊れたテレビと一緒にされるのは流石に物申すけど!? そしてそんな残像が出るほどのチョップ受けたら私の頭も割れちゃうよっ?!」
高速で連続チョップの素振りをしながら言うと、有里栖はツッコミつつ頭を庇うように手で覆う。
……うーむ、ツッコミ具合も特に異常なさそうだな。何が原因なんだろうか。
「おはよー……って、ん?」
「どうしたんです兄さ……って、鷺澤さんと灯火さん! もう大丈夫なんですか!?」
と、有里栖と揃って頭を捻っていると教室の入口からこれまた聞き慣れた声が耳に入る。
振り向けば、そこには一登と二乃の姿があったので軽く手を挙げる。
「二人とも、おはよーさん」
「常坂君に二乃ちゃん、おはよう! ……うん、大丈夫だよ。心配かけてごめんね?」
有里栖と揃って言うと、一登も二乃もどこか安心したように一息吐く。
「常坂君はうちまで来てくれたんだよね?可純(カスミ)さんから聞いたよー 」
「気にしなくていいって、俺が勝手にやったことだし。……二人とも、もう熱とかないのか?」
「おれは完全復活だな。……今から化け物が出て来てもすぐに退治出来るぜ」
「なにと戦ってるんですか灯火さんは……」
主に怪異と悪意ある魔法使い相手にコロシアイを繰り広げているが、なにか?
「私も大丈夫。風邪で寝込んじゃってたみたいだけど、もうすっかり元気だよ」
「……と、言ってるが、本人曰く少し記憶が混乱してる感じがするらしい」
「……それ、割と大事なんじゃありません?」
だよなぁ。と二乃の言葉に頷くと、あわわと有里栖があわて出す。
「だ、大丈夫だよー? ちょっと夢見が悪くてぼんやりしてるだけっていうか……そのせいで記憶にもやがかかってる感じがしてるだけで」
「うーん、高熱が出た時は大体そうなりますよね」
「変な夢を見たりとかな。俺は前に一度、延々と段ボールを畳んでいくだけの夢を見たことがあるぞ」
「私も、ねこがひたすら寝てる私の上に積み上がる夢を見たことがあります……幸せでしたけど、苦しかったです」
「段ボールはともかく二乃の方はなんなんだ、その幸せな拷問は」
「あははっ。でも今は元気だから大丈夫、すぐに元通りになると思うから」
と、そんな感じで話をしてると、ふと一登の隣から気配を感じ取る。
そちらを見ればニュッと叶方と杉並が顔を出していた。
「ともあれ、これでSSRが万全の体制になった」
「うんうん、やっぱり有里栖ちゃんがいないとね」
「うおっ、びっくりした……お前らどこから出て来たんだ?」
「気配遮断は探偵の必須スキルだ。常識であろう?」
「そんな常識は聞いたことがねぇよ」
ビシッとツッコミを入れると有里栖を始めとして皆が笑う。
「灯火はもう大丈夫そうだけど、有里栖ちゃんはまだ病み上がりだからね。SSRの活動も今はそんなにないし、ゆっくり調子を戻していけばいいよ」
「白河の恋愛請負の方も、暫くは休まざるを得ないだろうしな」
「……そうなのか?」
なにかトラブルでもあったのか? って思ったけど、昨日は結構ピンピンしてたよな、白河の奴。
トラブルあったらあったで何か言うだろうし……後で聞いてみようか?
「やはりクソボケ待ったなしだな」
「と言うか、悪化してるね」
「灯火さんも兄さんと同じ属性だったんですね。罪深いです、ギルティです、ねこぱんちで断罪すべきです」
「……なぁ一登。なんでそこの3人は、おれの方をチラチラ見ながらコソコソと喋ってんだ?」
「さぁ……?」
一登と二人揃って首を傾げる。
なんだろう、なにか凄まじく不名誉な評価を擦り付けられた気がする。
おかしい、これでも清く正しく……戦場から兵器パクったり化け物銃ブッパしたりしてるけど、それでも真っ当に生きてたつもりなんだが……?
___と、そこでふと、有里栖がポカーンというか、きょとんとした表情を浮かべてることに気付く。
「有里栖、どうかしたのか?」
同じくそれに気付いた一登が問い掛けると、当の有里栖はなんとも困った表情で口を開いた。
「えっと、えすえすあーる……って、なんだっけ?」
「え?」と、一登が困惑した表情で思わず声を漏らす。
おれも、そしてなにやらコソコソしてた他の3人も、虚を突かれたような表情を浮かべる。
冗談……と言うには、あまりにも有里栖の様子がおかしいだろう。有里栖はあくまで真面目に問い返している。
「【Special Smile Realize】。俺たちで立ち上げた同好会……だろ?」
「……あっ、うん! そうだったね。あはは……ごめん。まだ、ぼんやりしてるみたい。そう、だったね。屋上のキャンプ地が部室代わりの」
……ど忘れしていただけか? 屋上の溜まり場のことについては言ってるから完全に忘れてたって訳でもないんだろうが。
「鷺澤さん、本当に大丈夫ですか?」
「大丈夫だよ二乃ちゃん。ちょっとぼんやりしてただけだから。明後日は卒業式だもん。早く本調子に戻さないとね」
「ふむ、今は卒業と入学、栄えある桜の季節と言える。この時期を無碍に過ごすのはもったいないからな」
「そうだな、あの見事な桜を見られないのは可哀想だ」
「水鏡湖の桜、きれいだもんなー」
「今朝見に行ったんだが、あの調子なら卒業式には良い感じに咲くんじゃねぇかな?」
「ふふ、でも【枯れない桜】だと有難みも半減しちゃうよね。いつでも見られるのは嬉しいけど、期間限定のお得感がなくなっちゃうっていうか____」
その有里栖の台詞に皆の動きがまた止まる。
【枯れない桜】……?
なんだそれ? 聞いたことがないぞ?
「……え、あ、あれ? 私なにを……? 桜が枯れないことなんて、あるわけないもんね」
取り敢えず、無言で有里栖の額に手を当てて自分の額にも手を当てる。…………うん、熱はないみたいだな。
「ふぇ!? いきなりどうしたの!?」
「どうしたんはおのれの事じゃい」
「灯火、どう?」
「熱はないな。一応、正常の範囲だと思う」
「……やっぱりまだ本調子じゃないんじゃないか?」
「だ、大丈夫だよー。ただ、寝込んでた時の夢を思い出したみたいだから」
夢と現実がごっちゃになってる時点でやべぇんだってばよ。
と、また、あわあわと慌てだす有里栖にスッと杉並が一歩前に出る。
「鷺澤嬢、いくつか質問をしてもいいか?」
「え? うん…………いいけど、どうしたの?」
「先ほど出た【枯れない桜】の件なのだが、それは年中花を散らさないというものではないか?」
「あ、うん。そうだけど……でも夢の話だよ?」
「かまわん。その夢で見た内容を教えてくれればいい。その桜が枯れないのは品種改良や保全の結果ではなく、どこか不思議な力が働いているから……ではないか?」
「どうだったかな……あまり詳しいことは覚えてないかも。ただ夢の中では、何年も咲き続けている枯れない桜の木があったような気がする……って感じかな?」
うーん……品種改良でも保全でもない不思議な力で咲き誇る【枯れない桜】、か……。
話だけ聞いてると魔法が関わってそうな感じだけど、そんな事例は聞いたことがないよな。一応、後で海央達にも確かめてみるとしても、夢の可能性のが高いか。
「ふむ……」
「なにか気になるのか?」
「いや、少しな。しかし大体分かった。鷺澤嬢、質問に答えてくれて感謝する」
……今の質問で何が分かったのだろうか? と言う疑問が浮かぶが、まぁ杉並だからな……。で呆気なく疑問も氷解する。考えるだけ無駄と言う意味で。
「___やぁ、おはよう。鷺澤も芳乃もしっかり復活してますね!」
と、教室の戸を開いて現れたのは白河だった。
「おはよーさん。……早速だが、有里栖が病み上がりのせいか夢と現実がごっちゃになりかけてる」
「言い方がアレだけど概ね事実だから否定出来ないよねそれ!?」
有里栖がおれの物言いにツッコミを入れる。
中々のキレの良さだ。うん、ツッコミ入れる元気はあるんだよな。
「? なにかあったの?」
「ああ、実はな____」
かくかくしかじか、と白河に一連の流れを説明する。
まるまるうまうま、と理解した白河は「なるほど……」と声を漏らす。
「熱自体はないんだよね?」
「さっきデコ触れて測ってみたが、平熱だった」
「……然りげ無く乙女の柔肌に触れてることについては後で追求するとしましょう。でも、ホントに大丈夫?」
「大丈夫だよー? 熱とかホントにもうないし。でも、普段風邪なんてひかないのにな……」
「急に雪が降ったし仕方ないって。……でも、昨日は驚いたな。メイドさんが出迎えてくれたんだからさ」
「可純さんだよね? 常坂君が来てくれたって教えてくれたんだよ。礼儀正しくて良い子ですねって、褒めてたよー?」
「それは少し恥ずかしいな……」
「可純さんは住み込みのメイドさんなんだけど、すごく優しくてお姉さんみたいなの。怒ると少し恐いんだけどね……あはは」
ふむ、どうやら一登の奴は昨日、有里栖の家まで見舞いに行ってたらしいな。しっかりイベントをこなしているようだ。
そのまま有里栖はその可純さんとやらの話をしていく。
曰く、“美味しそうなものに目がない有里栖”のストッパーになることが多く、その際は「……お嬢様、太りますよ」と囁くそうだ。
年頃の少女に対しては絶大な威力の言葉である。無論、それは有里栖も例外ではないらしい。
「女子にとっては死活問題だもんな」
「ほんと。はぁ……その時に泣く泣く我慢したタルトが、今もたま〜に夢に出てくるくらい」
「それは重症だな」
「でもでも、明日は楽しみにしてるんだよ? なんてたって、明日は3/14! ホワイトデーだもんね! 毎年芳乃君が美味しいお菓子を作ってくるし♪」
_____ピシッと、その瞬間、時間が停止した。
より具体的に言うと、おれを含めた野郎どもバカ4名の動きが一斉に止まる。
「え、あれ、どうしたの常坂君? 皆?」
「ごめん、ちょっとタイム」
即座に一登が両手で大きくタイムを示す「T」の文字を作った後、女性陣から少し離れた位置に移動したあと淀みない動きで4バカがスクラムを組む。
「……やべぇ、完全に忘れてた……!」
「不覚だな。俺様もここ最近調査やらなんやらで完全に失念していた」
「オレもだよー。っていうか、こっちに来てる時点で灯火もだよね?」
「……野暮用やら風邪やらで、おれもすっかり忘れてた」
全員なにやら冷や汗をかきながら、己の不覚を自覚する。
今年のバレンタインデーは【恋のレジェンドバトルパーティ】の打ち上げで女性陣から頂いた絶品チョコケーキだった。
お返しするならそれに負けないくらいのものを。と、意気込んでたは良いものを、怪異やら人形遣いやらとドンパチしてたせいで完全に頭から抜け落ちてしまっていた。
一生の不覚。ただ、気付いたのが今日で良かった。
まだ、一日残っている。
「____一登、器具の準備や調理を手伝ってくれ。杉並、学校終わったら指定する材料買って来い。叶方はラッピングのデザインを任せるからそれの準備。で、放課後、それぞれの準備を終えてからおれの部屋に集合だ」
「分かった。今日は灯火んちに泊まるって二乃とそら姉に伝えておく」
「材料集めについては任せてもらおう。今回ばかりは手段は選ばん。最上級の品質を用意しよう」
「オレは皆に受けの良いデザインを授業中に考えておくよ」
各々のやるべきことを決めてから頷き合い、スクラムを解除する。こういう時のチームワークは流石と言えよう。
「……色々ツッコミたいところはあるけど、なんか大丈夫そうだね」
「そ、そうですね」
「……この調子だと、今日は話は出来そうにないかな。明日の放課後、改めて聞いてみようか」
「ひよりん、どうしたの?」
「や、なんでもないよ鷺澤。芳乃のお菓子が少し楽しみだなって思ってさ」
「ふふ、そうだね。私も楽しみだなー♪どんなお菓子が出てくるかなー♪」
と、無邪気に楽しそうにする有里栖のキラキラな視線が今は大変心苦しい。
……取り敢えず、この食いしん坊キャラの御眼鏡に適うモノは作りたいと思う、そんな朝の一幕であった。
△ ▼ △ ▼ △ ▼
「それで、一体どんなものを作るつもりなんだ芳乃?」
____その日の夕方。
放課後になると同時に行動開始……とする予定だったが、有里栖が病み上がりだと言うこともあって、一登が有里栖を家に送る役目を請け負い、更に家から荷物を持ってくるため、後でおれの部屋で合流となった。
ホワイトデーのお返しを作るために今日は自分の部屋は女子禁制と通達をしておいたが、海央は二乃とソラさんと一緒に常坂家で食べるそうだし、白河も今日は美嶋さんとご飯を一緒に食べるとかなんとか。
で、おれが器具とか色々と準備をしてる間に、おれが頼んだ材料を持って来た杉並がそんなことを尋ねてきた。
「取り敢えずクラスの皆には生チョコでも作ろうかなって。SSRの女性陣にはそれに加えて……まぁ、こっちは見てのお楽しみだな」
「ほう、中々焦らすではないか」
「なにせ初めての挑戦でもあるからな、と」
《コンコン》とノックする音がしてから《ガチャ》と自室の扉が開かれる。
「悪い、待たせた」
「やっほー。こっちも色々と準備出来たよー」
現れたのは有里栖を送って行った一登と、ラッピングのデザインを任せていた叶方が揃ってやって来た。
奇しくも香々見学園を騒がせる4バカがこの部屋に集合した訳である。
「灯火の部屋は久しぶりに来たけど、なんか相変わらず最低限のものしかないな……キッチン以外は」
おれの部屋に久しぶりに来た一登が、その最低限の部屋構成と、それに反して調味料や器具などの装備が充実してるキッチンを比べて苦笑する。
「オレと杉並はもう慣れたけどね。まぁ、もっと物増やしても良いんじゃない?」
「なんなら俺様が何か持って来てやろうか? UFOのプラモデルやチュパカブラの剥製なんかはどうだ?」
「絶対にお断りだ。仮に物を置くとしてもそんな訳の分からんもんは置かねぇよ」
つか、チュパカブラの剥製ってなんなんだよ? どこでそんなん手に入るんだよ。
「バカなこと言ってねぇで始めるぞ。一登は卵割って、グラニュー糖から各種材料をそこのメモの順番通りに入れて混ぜといてくれ。おれは器具を温めつつ“芯”を作る」
「おっけー……って、卵焼き器? 材料にホットケーキミックスもあるし、フライパン使わないのか?」
「と言うか芯ってなに?」
一登と叶方、それぞれの疑問。まぁ、見てたら分かるさ。
「ラップとかの芯にクッキングペーパーを巻いて、長さを卵焼き器に収まるように切る。それから生地がくっつかない様にサラダ油を塗っておく」
「……なるほど。貴様の目論見が見えたぞ」
と、流石は杉並と言うべきか、一登が担当してる材料と卵焼き器、それからこの芯で何やるか察したか。
「で、卵焼き器にも薄口サラダ油を塗ってと、こっちは準備完了だ」
「……っと、こっちも生地出来たぞ。しっかりダマもない」
「おっけー。そんじゃ早速作っていくか」
一登から生地を受け取って、おたま一掬い分を卵焼き器に投入して、生地を薄く伸ばしていく。
ある程度焼けてきたら端のほうに芯を乗せて、クルクルと芯に纏わせる様に巻いていき、形を整えたらもう一度同じ手順で生地を焼いていき、それをひたすら繰り返していく。
「……あ!」
「これ、そう言うこと?」
ここまでくれば、おれが何を作ってるのか分かるだろう。
クルクル、クルクルと、生地を焼いては巻いていき、やがて大きく肥大化したそれをまな板の上に置いてから、形が崩れないように芯を抜き、両端を切り落とす。
すると、これが生地による年輪が特徴的なあるお菓子であることがよく分かるだろう。
「「バームクーヘンだ!」」
「正解」
一登と叶方が口を揃えてその菓子の名前を言う。
そう、おれがホワイトデーでのお返しに選んだのはバームクーヘンだった。
「驚いた、卵焼き器でバームクーヘンって出来るんだな……。てっきり、店とかで使ってる専用の機械がないと作れないと思ってた」
「オレもだよ。よくこんな方法知ってたね」
「芳乃の家にいた頃に、ばあちゃんがこの方法でバームクーヘン作ってるの思い出してな。ちょうどいいから今回採用した」
要は生地で年輪作れば良い訳なので、これなら家でも手軽に作れる方法だったりする。
バームクーヘンはホワイトデーでのお返しだと「幸せであるように」と言う意味もあるので、ピッタリだしな。
「あれ? でも、まだ材料残ってるよね?」
「そうだな。普通のと白いチョコレートに……絹ごし豆腐ぅ? 夕飯の材料かこれ」
「違う違う、それも使うんだよ」
「「え?」」と、一登と叶方が頭の上に?マークを浮かべてる中、おれは取り敢えずバームクーヘンを必要分作っていく。SSR女性陣……有里栖に海央、ソラさんに二乃、そして白河。その5人分をきっちり焼き上げた所で次の作業に入る。
まずは絹ごし豆腐をキッチンペーパーで包んで水気をきる。かかる時間は……大体5分ほどか。
で、水気が切れたら、こし器を使って豆腐を裏ごししていく。フードプロセッサーとかは無いからな。今度買おうかな?
しっかり裏ごししたら次はチョコを軽く刻んで耐熱ボウルに入れてからレンジで一分ほど温める。
それから溶けたチョコと裏ごしした豆腐を、豆腐の白色がなくなるまでかき混ぜる。
「これ、もしかして生チョコ?」
「そう、これを冷やしたら豆腐の分だけヘルシーな生チョコって訳だ。で、今回はこの生チョコをバームクーヘンの穴に入れてと」
「なるほど、考えたな……!」
いや、よくあるレシピだって。豆腐生チョコのレシピは某コンビニエンスストアのレシピだし。
兎にも角にも、生チョコを入れたバームクーヘンをそのまま冷蔵庫で1時間ほど冷やして、あとはココアパウダーをかければ一つ完成だな。
「で、もう一つのホワイトチョコも温めてから絹ごし豆腐と混ぜて、白い生チョコを作るだろ? こっちもバームクーヘンの穴に入れて冷蔵庫で冷やして、それが終わればバームクーヘンの上にグラニュー糖を乗せて、熱したスプーンでグラニュー糖を焦がせば____」
「バームクーヘンブリュレの完成、という訳か」
バーナー使わなくても出来るっていいよな。学生寮の台所でも結構頑張れるし。
「……なんというか手際が滅茶苦茶いいな」
「淀みがないよね。生活力の高さが滲み出てるよ」
「褒めてくれてありがとう。ただ、ちょっと問題がある」
「問題?」
「…………ホワイトデーの菓子作ることに集中し過ぎて、夕飯の用意が何も出来ていない」
「「マジか」」
一登と叶方が口を揃える。マジだよ忘れてたよ。冷蔵庫の中身も大したもん入ってねぇしな。
「なら、今日ばかりは出前で良いだろう。たまにはピザなんかも良いと思うがな」
「あ、それ賛成! 4人いるならちょうどいいよね!」
「ファミリー用のデカい奴あったよな。……付属の卒業記念も兼ねて、今日はピザパーティーと洒落込むか!」
「いいな。そっちは任せた。残ってる豆腐とチョコでクラスの分と泉ちゃんの分の生チョコ作らねぇとさ」
そんなこんなで、無事にホワイトデーの菓子作りを終えたあとはピザパーティーをしながら付属3年間の思い出を振り返りつつ馬鹿話に花を咲かせる。
SSRを結成してからは野郎だけで集まるってのは、あまり無かったので、たまにはこう言うのも悪くないだろう。
「寝袋とタオルケットと杉並が用意してくれたマットはあるが、床で大丈夫そうか?」
「割となんとかなりそうだ。そっちは気にせずいつものベッド使ってくれ」
ピザパーティーも終わり、作ったホワイトデー用の菓子のラッピングも完了したことで、4バカの集いは解散となった。
朝に言ってた通り一登はおれの部屋で泊まることとなる。おれが常坂家に泊まる時は一登の部屋のソファを寝床に使ってたが、この部屋にはソファもないからな。
なので杉並からマットを借りた訳だが、薄いのにやたらフカフカしてるのが特徴的だ。これなら体を痛めずに寝ることが出切るだろう。
風呂も入ったし、ホワイトデーの菓子も準備出来た。
なのであとは寝るだけなのだが、気の合う親友と呼べる男がいるのだ。寝る前のテキトーな話をするだけでもそれなりに時間を使う。
「……それで、卒業式が終わったら有里栖と記憶探しをするって訳か」
「ああ。……まぁ、下心がないとは言えないけどな」
話の内容は有里栖のことだった。
おれの部屋で合流する前、一登は病み上がりの有里栖を家まで送っていたのだが、その道すがらで有里栖の記憶のことについて話をしていたらしい。
曰く、ぼんやりしているという記憶の中で、有里栖はどうやら一登と子供の頃に会っていたらしい。どうにも「不思議で素敵な所」と言う場所で。
で、それを知った一登がそれを探す為に有里栖に思い出探しを提案したそうだ。
ただ、一登としてはそれだけじゃなくて、恋人を作るつもりがないと知っていても、少しでも有里栖との時間を共有出来ればとのことだそうだ。
…………いつの間にか、クソボケだった一登が随分と変わったもんだな。
「……小さい頃に女の子と出会ってて、それが学園一の美少女って言われる有里栖かも知れない、か。なんともまぁ、運命めいた話だな」
「俺自身、そう思うよ」
聞けば聞くほど、物語で使い古されたかのような状況になってるな。って思う。
けれど、それが一登と有里栖にとっての紛れも無い現実なんだよな。
「で、灯火の方はどうなんだよ」
「なにがだよ」
「白河との仲だよ」
ふと、その名前が出て来て思わず言葉が詰まる。
「灯火と白河、SSRが発足してから明らかに距離が縮まってるだろ。何か浮いた話でもないのか?」
「…………え、おのれ、ホントに一登か? ホントにクソボケの称号を欲しいままにしてたはずの一登なのか?」
「殴るぞ?」
額に青筋を立てる一登に思わず両手をあげて降参の意を伝える。
……流石にふざけて誤魔化すのもダメか。
「___そうだよ。惹かれてるよ、白河にさ」
「やっぱそうか」
諦めたかのように言葉にすると、ストンと胸に落ちるものがあった。
白河との距離が縮まったのは、SSRを結成する切っ掛けになった恋愛請負の手伝いからだ。
海央が香々見学園に来てからは、夕飯も一緒に食べることも多くなって、より一緒に過ごす時間が増えた。
魔法使いとしての戦いが激化してからも、白河との日常は変わらなかったし、自然と白河の隣にいるのが半ば当たり前になっていた。
……だから、何も思わない訳がないんだよ。
それこそ何度も何度も言ってることだけどな、白河ひよりって女の子は、学園のアイドルって言われてる有里栖や二乃にソラさん達にも負けないくらい可愛い美少女なんだよ。
そんな子と一緒にいて何も思わない訳が無いだろ。おれだって男だぞ?
ああ、そうだよ。出来たらもっと一緒にいたいと、もっと近くに行きたいと思うさ。
……おれが普通の学生であるなら、そう願うさ。
だけど___
「……まだ、ダメだ」
「ダメってなにがだよ?」
「まだ、やらなきゃいけないことが残ってる」
___あの日視た先視。
必ず来るクソッタレな未来を覆すって言う、未来を視る先視の魔法使いとしての使命/呪い。
そして、あの子と交わした“約束”。
……それを果たさないことには、おれは胸を張って前に進めないんだよ。
「……付属1年に転入して来た時にも言ってたよな、それ。「やらきゃいけないことがあるから、この学園に来た」って。それが何かは……やっぱり教えてくれないんだよな?」
「……悪い」
おのれと二乃にだけは、絶対に言えない。
言えば、間違いなく必要以上に苦しむだけだから。
おのれらは優しいからな。……絶対に気に病んでしまう。
「……大丈夫、それももうすぐ終わる。終わったら、ちゃんと説明するよ」
「……まぁ、今更心配はしないけどな。灯火のデタラメさはこの付属での生活で嫌ってほど思い知ったし」
「言うじゃねぇか。そう言う一登だって付属2年の時の本校生の卒業式の時に、杉並の悪ノリに便乗するくらいには型破りなことしてたじゃねーか」
「便乗しようとして結果的に大目玉を食らったけどな」
「おれと叶方までなし崩し的に巻き込んだことは今でも恨んでるからな……!」
「悪いな、もう覚えてない」
「ふざけんなテメェ……!」
そのままなしくずし的に付属での悪行三昧を思い出しながらお互いに馬鹿話を続ける。
……使命と約束を果たしたら、こんな普通の学生らしい日常をなんの気兼ねもなく過ごせる様になれる筈だ。
友達が死ぬなんてクソみたいな未来に苛まれる必要もない。戦うこともない……ただの人間の様に。
△ ▼ △ ▼ △ ▼
___その男は静かに目を閉じていた。
幾年月にも及ぶ封印処置の中、何も語らず、まるで眠るように。
かつて、血の繋がった自身の弟に敗れたその男は、その日から何も語らず、ただただ、その時を待ち続けている。
必要な未来は既に視ている。
それ故に、焦る必要もない。
男はただ、待つだけで良い。
己の中に燻る暗い炎を絶やさずにいるだけで、その時は来る。
だから、待ち続けている。
次に目を覚ました時が、終わりの始まりだと理解しているから____