冷蔵庫に女の子とロールケーキが入っていたので食べました。 作:匿名天使
あれから10日ほどが経った。ナギサとは程々に仲良くなることができている……と思う。
初めの頃は出来るだけ1人で落ち着けるように話しかけることはせずに受け身の体制でやっていたが今では向こうから積極的に話をしてくれるまで仲良くなれた。
ちなみに最初はナギサが安心して眠れるように俺の手足を結束バンドで縛りつけながら睡眠をとっていたが、逆に安心できないと言われたので今は普通に寝ている。ナギサには俺のベッドを使ってもらい俺は予備の布団で寝るようにしている。
現在は茶器や茶葉をネット通販で選んでいるナギサを眺めながら大学のレポートを書いている。
美少女は目の保養になるとは本当だったのか……
服などの日用品は予備や俺のを使ってもらっていたのだが新しいのを買った方がいいと考えたのでナギサが家に住み始めた次の日に通販で好きに選んでもらうことにした。
というか俺とナギサの身長差のせいで服を貸したときにブカブカで胸が見えそうになってしまった時があった。
その時は自身に目潰しをすることで見ることはなかったが心臓に悪すぎるのでどんな値段でもいいから買ってもいいと伝えた。
紅茶を買うことの発端はナギサと一緒に冷蔵庫の中に入っていたロールケーキ。あれはナギサが趣味で作っていたものであり食べさせてもらった時にめちゃくちゃ美味しかったのだが、そのロールケーキに合う紅茶が淹れれないことを凄く悔しがっていたので買ってあげることにした。
お金に関しては高校時代は友達もいなくてバイトばかりの生活を送っていたおかげもあって結構溜まっている。大学生になってから使う機会もあると考えていたのだが趣味も特になければ車も父さんのお下がりを貰ったので使う機会がほとんどない。
「ハジメさん」
「どうした?買いたいやつ決まった?」
「はい……ですがやはり値段が……」
「大丈夫だって」
そう言いってナギサからパソコンの画面を見させてもらう。凄く高い。紅茶ってこんなに高いんだ。それに茶器の種類が多いのも原因の一つだな。確かに買えない値段でもないが……
「…やはりだめでしょうか?」
「………男に二言はない」
値段のことは一旦忘れて購入ボタンを押した。元々支払いの設定をしていたせいですぐに購入完了という文字が表示される。
仕方ないのだ。これは爺ちゃんとの約束関係無しに女の子の前ではカッコつけてしまう。それが男の性質なのだよ。
「そういえばこの世界の紅茶の銘柄でよく選べたな。直接見たり味わったりしたわけでもないのに」
「それに関してはキヴォトスと銘柄は変わりありませんでしたから」
「え?まじで?ダージリンとかオレンジ・ペコとかキヴォトスにもあったの?」
「紅茶だけでなく、様々な物が共通していることがわかりました。カレンダーに書かれている行事にもいくつか見覚えが」
「クリスマスとかイースターとか?」
「ハロウィンやお正月もありました」
まるで日本のように宗教の闇鍋化してない?クリスマスとイースターはキリスト教のものだからキヴォトスにもありそうと思っていたけどハロウィンや正月まであるのはやばいな。
「キヴォトスにこっちの世界から来た人とかいなかった?やけに文化か近い気がするんだけど」
「……ヘイローを持たない方でしたら1人だけ心当たりがあります」
「……前に言ってた先生って人?」
「はい、先生はハジメさんと同じで銃弾1発で致命傷になったと聞きます。それでも先生は危害を加えようとした私ですら助け出そうとしてくださりました」
先生や幼馴染のミカさんを語る時のナギサの表情はとても明るい。声のトーンも一つ上がっている。
その先生という人はどういう人なのだろうか?俺たちと変わらない身体能力で銃が蔓延るキヴォトスを駆け回り、生徒たちを助けていったと聞かされたときは少し引いたが、まるで物語の主人公のようだと思ってしまった。
「あれ?というかナギサは先生に危害を加えたことがあったの?」
「あ、いや…それは………はい。色々と疑心暗鬼になっていたときに……」
同居人が思っていたよりもアグレッシブだった件について。いやまあ、昔に教師を殴ったことのある俺が言うのもなんだけどな。
「今は反省してるんでしょ?それに先生がナギサのことを許してるのなら、もう話は終わったことなんだし」
「…そう言われましても、自分のことが許せません。先生を傷つけて、私が本来守るべきトリニティの生徒を退学寸前まで追い込み、ミカさんが抱えた悩みに気づくこともできなかった私を私自身が到底許せないのです」
後悔の念に駆られているナギサを慰めながらメンタルケアをする。10日しか暮らしていないがナギサの性格は大体理解できた。
責任感が強くて間違えたアクセルを踏み続けるタイプだろう。でも本当は普通の高校生のように遊びたいが遊び方がわからない。そんな感じだと思った。
言葉使いや食べ方の美しさから幼少期から教育されて育ったことが察される。
俺としてはこっちの世界でぐらいは普通の少女のように楽しんでほしいものだ。
◇
とある日の夜。俺は夜中に意識が覚醒する。時間的には夜の2時半頃。本来なら起きるはずのない時間帯だ。それでも目覚めてしまった理由は泣き声が聞こえてきたからだ。美声と呼べる少女の声で泣いている。俺は誰の泣き声なのかを瞬時に察した。これはナギサの声だ。
角度的な問題で顔は見れないが確かに泣いていることだけはわかった。
「………置いて……いかないでください……ミカさん……ヒ…みさん……先…い」
何かに縋り付くような泣き声が耳に伝わる。
俺はナギサの過去を全て知っているわけではない。なんなら知らないことの方が多い。それでもはっきりとナギサが過去に怯えていることが理解できてしまった。
俺は立ち上がりナギサの様子を窺う。顔色は悪くて呼吸も安定していないことを確認しているとナギサは瞬時に目を覚まし、一心不乱に枕元に置いてある銃を手に取った。その恐るべき銃口は俺へと向けられる。
死への恐怖、体を動かなくして脳の活動を一時停止させるには十分なものであった。
「落ち着け!ナギサ!」
ここで銃を奪い取ったりすることはせずに両手を上げて無抵抗を示す。
「えっ………私は……」
自分が何をしたのかを理解したナギサは一種の放心状態になる。
これはかなりの重症だな。おそらくPTSD。再体験症状群が発症したと考えていいだろう。ナギサはこの世界にいるだけで不自由であり考えれないほどのストレスを受けているんだ。発症する理由としては十分すぎる。
「落ち着け……置いていかないから。ゆっくりと深呼吸してみろ」
「あ、あの、私っ!」
「大丈夫……ナギサを責めないから」
「でも!殺されるかもしれない恐怖は私が1番知っていたはずでしたのに!!」
ナギサは怯えていた。俺に、世界に、夢に、過去に、そして自分自身に恐怖していた。ナギサの美しい顔は後悔の色に染められて、体はそれを肯定するかのように震えている。
死への恐怖を理解しているからこそ自分の行いの意味を深く理解しているのだろう。
ただの少女がここまで精神的に追い詰められていいわけがない。
「俺の手を掴め、俺なら大丈夫だから。
確かに俺はナギサの幼馴染や先生と比べると肉体的にも精神的にも弱い。人間性も負けているだろう。だからと言ってナギサを怖がる理由にはならないし、銃を持たせる判断をしたのは俺だ」
本当のことを言うのならすごく怖い。俺も銃を向けられた瞬間は恐怖で体が震えていたかもしれない。それでもナギサを見ていると怖がっている暇なんてないと思ってしまう。
銃を机の上に置いて差し出した俺の手をナギサはゆっくりと掴む。その手はとても小さくて弱々しいものだった。
俺はナギサの横に座り、目線を合わせる。
「怖い夢を見たのか?」
「……はい、私の罪とも言える夢です」
自己肯定感がほとんど無い。優秀な人を陥りやすい悪循環をしてしまっている。しかもナギサの場合は他人を捨てて考えるというよりも他人に頼れない状況に慣れてしまい、本音を話そうにもブレーキをかけてしまう。
「ここには俺しかいないんだ。信用しきれないかもしれないけど…少しくらいは本音を話してもいいんじゃないか?
せめてこの世界でくらいはティーパーティーの桐藤ナギサではなく、『ナギサ』という1人の女の子として生きていてもいいんだ」
すると彼女は俺のパジャマの握りしめ、頭を俺の胸に預けた。すると服越しに濡れた感触が肌へと伝わる。
ナギサは何も言わない。ただ俺を離さないようにしている。
俺は子供を慰めるように優しく頭を撫でる。今日は月明かりもない夜、真っ暗で俺たち以外は誰もいない静かな空間。刹那の静寂が恐怖を煽らないように俺たちは会話をする。
「私は……桐藤家に生まれてからは両親が敷いていたレールを歩み、期待に応えてきました。しかしそこに私の意思は介在しません。
ティーパーティーも自分からなったわけではなく桐藤家の人間として引き受けなければなりませんでした。
それでも私にはミカさんやヒフミさんがいたおかげで頑張ることができていたのに…」
話しているナギサの姿は神に懺悔をする敬虔なる信徒のようだった。
「ミカさんという『止まり木』を理解することができずに壊してしまった。ヒフミさんという『麻薬』に依存していたはずなのに捨ててしまった。
彼女たちは最後には戻ってきたはずですのに私は……見えないふりをしていたこの目で、ゴミ箱へと捨ててしまったこの腕で、嘘も真実も全て間違えた私はもう一度彼女たちを見ることも手を差し伸べることもできません」
ナギサの力が自然と強くなる。感情的になっているのだろう。
「本当は……仲良くお茶を楽しみたい。楽しく談笑していたい。権力や派閥に関係無く小さい頃のように遊んでみたい……そう願う私はダメでしょうか?」
「ダメじゃない。その願いは正しいものであり綺麗なものだと俺は思う。……もっと溜まった本音話せ。きっと楽になる」
それからナギサは泣いた。どこにでもいる少女のように本音を漏らしながら泣いた。
泣いて泣いてひたすらに思いを口にして疲れてしまったナギサは安らかに眠りについてしまう。顔色はなかなかに良くて悪夢は見ていないようだ。
ああ、めちゃくちゃ疲れた。年頃の女の子ってどう慰めるのが正解なのだろうか。特にナギサは繊細な方だ。いや、繊細に扱わなければ千切れてしまうしまうほどにすり減ったと言うべきだろう。元いた世界なら友人たちがナギサのメンタルを回復ができただろうがここには俺以外ナギサを知っている人はいない。
あり得ない状況だからこそ悪夢を見たり、過去を思い出して動悸が激しくなるのだろう。俺にできることは頑張って理解してあげることぐらいだな。
さて、ここからどうするべきか……ナギサが俺の腕を掴んで離さない。抜け出そうと思えば簡単に抜け出せるのだが久しぶり安眠できているナギサを起こしてしまう可能性がある。あと腕枕のように使っているせいで腕の感覚がなくなってきている。こんな状況で繊細な操作ができるわけがない。
明日は大学があるからできるだけ早く寝たい。俺の単位とナギサの幸せどちらを取るかという話である。なんというか手のかかる妹ができたみたいだ。
時刻は5時頃。起きてから2時間半も経っている。講義は10時からでナギサが目覚めるのも早くて8時(いつもは6時に起きているが今日は+2時間半起きていたため)。ここから大学まで車で40分。朝飯を食べるのことも計算に入れると俺の睡眠時間は最高でも1時間か……
色々と方法を考えているとナギサが少し動き出す。これで解放されるかと希望していると『猫のように顔を擦り付けてきた』。
もう大学の単位とかどうでもいいわ。フル単なんかよりもナギサの幸せの方が大事に決まってるだろ!!
「あれ………私は確かハジメさんと…」
「おはよう…ナギサ」
「おはようございま……ハジメさん!!」
「ごめん……ちょっとだけでいいから寝させて……ほしい…」
体から力が抜ける。ナギサが自然と起きてくれたことに対する安心感とスマホも触らずにナギサの顔を眺めるくらいしかやることがなかった数時間の疲労が一気に体を襲う。
「もしかして……私が腕を掴んで寝ていたせいで…」
「だい…丈夫。可愛い寝顔を見れたから得したようなものだ」
俺は一体何を口走っているのだろう。まずい、頭が回らない。決まった時間に寝ているタイプからすると夜更かしはかなり辛い。自分が言っている言葉の意味すら理解できていない。
「か、可愛い?!」
「oh、cuticle……」
その言葉を最後に俺は意識を落としてベッドの上で寝てしまった。
ナギサはエデン条約編終了直後ぐらいだと思ってください