冷蔵庫に女の子とロールケーキが入っていたので食べました。 作:匿名天使
特徴的なフローラルで果実のような華やかで甘い香りが漂ってくる。その匂いにより俺の意識はゆっくりと覚醒して、重い瞼を開けるとそこにはエプロン姿の天使がいた。
比喩表現ではなく翼の生えたガチ天使だ。
とうとう俺にもお迎えが来てしまったようだ。天国に行けるということはゲームを借りパクしてしまったことを山田君は許してくれたのだろう。
「お目覚めですか?お茶を用意しましたので楽しんでください」
ナギサがそう言ったので机の上を見ると2つのティーカップにティーポット、そして美味しそうなロールケーキが置いてあった。
あの甘い香りは紅茶とロールケーキの匂いからだ。
部屋についている電子時計を見てみると、2:42と表示されていた。つまり俺はあれから6時間近く寝てしまったらしい。
「……とりあえずおはよう」
「おはようございます。昨夜はその……ご迷惑をおかけしたことをお詫び申し上げます」
「大丈夫だって。それでこれはナギサが作ったの?」
「はい。材料は茶器を買った時に一緒に買いました」
「へーそうなんだ」
「その件で一つお話があります。試すような真似をして申し訳ありませんでした。ハジメさんがどういった人間かを測るために茶器や茶葉以外の許可を出された物以外もカートに入れてどういった反応をするか見極めていました」
oh…そんなことされてたんだ。まあいいんだけどさ。
そんなことで信用を得れるなら幾らでも使ってくれていいんだ。
「別にいいよ、それでナギサのロールケーキが食えるんだったら勝手に買ってもらっても。なんならこれからも一声かけてくれたら買うから欲しいものがあったら言ってくれ」
「…ありがとうございます」
「今はそんなこと忘れてナギサが入れてくれた紅茶と作ってくれたロールケーキを楽しもう。辛気臭い顔してたら俺が嫌な気分になるからもっと笑ってくれ」
指でほっぺた辺りを持ち上げて笑顔を作る。すると笑いを堪えるようにナギサは口元を押さえて後ろを向いた。
……親からも笑顔が下手って言われたけどそこまで?
「俺の笑顔ってそんなに下手?確かにあんまり笑わないタイプだけどさ……」
「い、いえ!お下手で……は……」
「はい!この話終わり!紅茶が冷める前にいただこうか!」
なんだか悲しい気持ちになってきたので話を打ち切りティーカップの取っ手に指を入れるのではなく右手でつまみながら口元へ運ぶ。ナギサが紅茶を買った日から作法については調べていたので問題はないと思い紅茶を口に入れる。
爽快感のある引き締まった渋み、深いコクのある味わいが口の中で広がる。砂糖やミルクを入れずに飲むストレートティーは初めて飲んだがとても美味しい。
ペットボトルで売っている紅茶の嫌気がするほどの甘ったるい感じもなくて合成香味料特有の香りが無い。
どこかのテレビで紅茶はストレートが1番と言っていた理由が今理解できた。これを飲んだらペットボトルのやつなんか飲める気がしない。
「すごく美味しい。そして落ち着く味わいだ」
「それはよかったです!寝起きの紅茶はリラックス効果と眠気解消の効果がありますから朝に飲むのはオススメですよ。
ロールケーキの方も食べてみてください。この前食べた時とは違い、紅茶と一緒に食べることでより一層美味しく感じると思います」
そう言われたのでフォークでクリームがたくさん入ったロールケーキを切り取り、一口。
生クリームが甘すぎることがなく、フワフワのスポンジと相性抜群でとても美味い。紅茶の渋みが甘さを引き立たせているのだろう。
ここで紅茶を飲むと口に残ったロールケーキの甘さが紅茶の渋みによって流されて後味がとても良いものになっている。
「この前食べたロールケーキよりも美味く感じる」
「それはよかったです♪」
「この紅茶はなんて銘柄なの?」
「ダージリンです。値段が相場よりも安いもので少し心配でしたが上質な茶葉だったので、とても美味しい紅茶を淹れることができました」
「確か…とある会社は最上級の茶葉を格安で販売することで紅茶界に革命を起こしたことがあるからな。そのおかげで大衆でも品質の良い紅茶を飲めるようにしたという歴史もあるほど茶葉に関しちゃ安物でも味の信頼ができるものが多いだろう」
「素敵な会社ですね。アッサムティーやセイロンティーなども買っているのでまた別の機会にお出ししようと思うのですがお好きな飲み方などはありますか?」
「紅茶に関してはナギサが来てから少し調べた程度だし色々と教えてくれないか?」
「はい!今飲んでいるダージリンはマスカテルフレーバーと言って夏頃に収穫されたセカンドフラッシュです。特徴はなんといってもフルーツのマスカットを思わせるような甘い香りが渋みの強いダージリンと相性が良く、飲みやすいものとなっています。アッサムティーに関しては甘みと独特のコクが強いのでミルクティーにして飲むのをオススメします。私はあまり飲まないのですがアッサムティーにスパイスなどを入れてチャイにすることもできるのでよかったら試してみてください。
他にもフレーバーティーとしてアールグレイというベルガモットで柑橘系の香りをつけた紅茶はアイスティーにして飲むのも一味違う紅茶を楽しめますよ」
「……とりあえず気になったのはアッサムティーのミルクティーかな。ストレートで飲んで美味しいけどミルクを入れて飲むのはどんな味になるか気になる」
「では明日はミルクティーとそれに合うお菓子も作るので楽しみにしておいてください」
その後、全て食べ終わり少し狭い流し台で2人で横並びになりながら食器を洗う。ナギサの翼が少し触れるがめちゃくちゃ気持ちいい。ふわふわなのにシルクのような肌触り、これで寝具を作ったら安眠できそうと考えたがさすがに変態的な発想なので脳内から消した。
「突然だけど皿洗いが終わったらドライブに行かないか?」
「ドライブですか?」
「そう、ナギサも家に篭りっぱなしじゃストレスが貯まると思ってな。車の中だと翼やヘイローは見えにくいし少人数だけならコスプレで誤魔化せるしな」
「……そうですね、私もこちらの世界を見てみたいと思っていたので行きたいです」
皿洗いを終えた俺たちはそれぞれ私服に着替えて外に出た。
ナギサの服装は大人っぽいカジュアルコーデと言うべきだろう。落ち着いた色がナギサによく似合っている。こっちの世界では翼の生えた人なんていないので翼を出す部分をハサミで切っている。
俺は長袖の白いTシャツにジーンズ、もうすぐ夏真っ盛りだが6月は雨が多いので少し肌寒くなる可能性もあると考えて軽い上着を着る。ゲームの初期装備よりちょっとだけランクアップしたみたいな服装だ。
このアパートは都内からそこそこ離れているおかげで風呂トイレ別、防音、キッチンが広い、収納が大きい、近くに借りれる駐車場がある。
これで家賃がそこまで高くない。
その代わりに車を持っていないと移動が面倒なほど立地が悪いのと近くにスーパーと言った買い物ができる場所が少ない点だろう。
立地が悪いとはいえ、人通りは普通にあるので見つかると面倒だと考えて、俺1人で駐車場に置いてある車へ行き、アパートの前まで車を運転する。監視カメラから翼が見えないように移動させて
翼を見えにくくするようにナギサを後部座席に乗せて出発した。
◇
ビルやマンションが立ち並び、小さい子供から杖をついているお年寄りまでその辺を歩いている。タクシーやバス、電車といったもので移動している人は朝に比べたら比較的に少なく、社会人達は今もスーツを着て働いているのだろう。
車の音や信号機の視覚障がい者等の方が横断歩道を渡るに際し、歩行者用信号が青色であることを知らせる音、車に付いているラジオから出される懐かしのアルバム曲が日常を醸し出す。
「こうして自分の目で見ているとキヴォトスとの違いがはっきりとわかりますね」
「どんなところが違うの?」
「例えばですが角や翼といった特徴が誰1人所有していなかったり、歩いている人が誰も銃を持ち歩いていないことが違いますね」
「日本はかなり平和な国だからな。誰も銃を持っていなかったら銃を持つ必要もなくなるだろ?まあ、フィリピンやオーストリアっていう国では銃の携帯が許されてたりするらしいけどな。
というかキヴォトスではナギサみたいに翼があるだけじゃないの?」
「人によって違ってきますよ。私のように翼がある人もいればケモノの耳や尻尾が付いている人もいました」
「ケモ耳っ子か……。前に言ってたゲヘナってところの生徒に角とかコウモリみたいな翼とか生えてた?」
「確かにそのような特徴を持った方はゲヘナに多い印象です」
……これって聖書の天使と悪魔では?
トリニティが三位一体でゲヘナが地獄だよな。そう考えるとトリニティで生徒会長をしていたナギサは何か有名な天使だったりするのだろうか?
三大天使と仮定すると『ミカさん』がミカエル。名前的に。
『セイアさん』が未来を見ることができたと言っていたが流石に昔読んだだけの聖書を全て覚えているわけではないのでラファエルかガブリエル、どちらであるかわからない。
もしも仮定があっているとするのならキヴォトスはゲームのような世界観だな。実は別世界のゲームだったりするのだろうか?
そんなくだらないことを思い浮かべていると信号が青になったのでアクセルを踏み、ドライブを続ける。
「ナギサは塾とか通ってた?」
「塾は行ったことがありません。幼い頃は家庭教師がいましたので」
「家庭教師か……俺ならその時点で逃げ出しそうだな」
「勉強がお嫌いなのですか?」
「うーん、勉強が嫌いというよりも幼い頃から教師というものに恵まれなくてな。小学生の頃は教師に嫌われてたし、中学の頃はパワハラ教師を殴ったせいで少しの間停学。高校になってからも酷い教師ばかりで親身になって教えられるという行為に慣れていないというか、警戒してしまってそれどころじゃないというか…」
「…私たちは先生に恵まれていましたね」
そう言いながら窓の外を見つめるナギサの横顔はどこか寂しそうな表情を見せる。先生という方はそれだけ良い人らしい。そんな人みたいに誰もを笑顔にすることはできないけどナギサ1人くらいはと思った俺はナギサに行きたい場所を聞いてみた。
「行ってみたい場所ですか……でしたら海を見てみたいです」
「海?そりゃまたどうして?」
「確かにキヴォトスにも海はありましたが中学生の時から多忙で幼少に行ったのを最後に見る機会もありませんでしたから」
「そうか……なら行ってみるか」
市街地を中心から海がよく見える沿岸部まで移動する。この辺りはよく来ていて、海を一望できるベンチがあるのが特徴だ。人通りも滅多に無く、ここならナギサを外に出て翼を堂々と広げていられるだろう。
「どうだ?久しぶりに外に出た気分は」
「やはり、外に出て動けることのありがたさに感謝しましたね」
「そうか、数少ない機会だし今のうちに楽しんでおけよ。それよりも海はどうだ?たまに俺はこのベンチに座って海を眺めているのだが」
「……波の音をゆっくりと聞くのは久しぶりですから、ここまで落ち着けるものだとは思いませんでした」
夕日が海を赤く染めて、色の境界が作り出される。ここだけ別世界に来てしまったように思えた。
波の音というのは心を癒し落ち着かせる効果がある。 それは波の音が母親の胎内で感じていた音と似ていることから、波の音を聞くと、自然と体内回帰をしたような感覚となり、安心感を得れるかららしい。
ナギサがリラックスできる方法を探しているとそう書いてあったので試してみたが効果はあったらしい。俺とナギサはベンチに座る。波の音を無言で聴いていると川の流れのように緩やかで早く時間が進んでいく。気づけば30分経っていた事実に驚きながらナギサを見ると綺麗な姿勢で座りながら寝てしまっている。
「……無防備に寝やがって…俺が悪い人だったらどうするつもりなんだ、まったく」
お姫様抱っこで車に運び、寝やすいように椅子を移動させて翼が邪魔にならないように寝かせた。
その後は特にやることもないのでそのまま家へと帰り、目覚めたナギサと夜ご飯を食べていつも通りに寝た。