冷蔵庫に女の子とロールケーキが入っていたので食べました。   作:匿名天使

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一年に一度だけ許されたデート

 

 街中には角や翼、尻尾……ボルトや包帯を身に付けて溢れかえった人々とジャック・オー・ランタンを模した照明がハロウィンであることを教えてくる。

 そんな現実から乖離した異世界のような街中を俺はナギサと歩いていた。

 

 

「本当に大丈夫でしょうか?」

「大丈夫だって。今日はハロウィンだからどいつもこいつも人間離れした見た目になってるから翼やヘイローも仮装としか見られてないよ」

「それにしては視線が多い気がしますが……」

 

 不安を覚えているナギサを安心させるために返事を返したが視線が多いと言うのでぐるりと辺りを見渡すとナギサの言っていることが理解できた。

 男も女も子供までもがナギサに釘付けになっている。最近は見慣れていたせいで忘れていたがナギサは絶世の美女と言われても違和感がないほど美人だ。それのせいで目立ってしまっている。

 ハロウィンは気分が高揚して犯罪を犯してしまう馬鹿が多いのが心配だ。今のナギサは銃を家に置いてきているし、襲われたら危ないなと考え

 

「迷子にならないように手を繋ごう」

「え、あ、はい……」

 

 周りの野郎共に見せつけるように手を繋ぎ、ナギサをナンパするか話し合っていた男達の悔しそうな顔を眺めながら小走りで大通りを抜けてショッピングモールに入った。

 ここでも仮装している人は多く、ナギサの翼やヘイローが異物として捉えられない。ハロウィン的に言えば天使はおかしいのだが日本のハロウィンはルール無用である。

 

「おそらく普通に歩けるのは今日だけだし欲しいものがあったら好きに言えよ。なんでも買ってやるから」

「…では、あの店にある猫耳カチューシャを」

「猫耳……」

 

 ハロウィンのコスプレ用として売られているチープな猫耳カチューシャだ。ナギサが付けるのだろうか?だとしたらとても可愛いと思う。

 猫耳のついたナギサを妄想しながら購入して手渡すと、ピンク色の紙袋からすぐさま取り出して限界まで手を伸ばし、俺の頭に付けてきた。

その姿を近くの鏡で確認したのだがあまりにも似合っていない。俺と似たような身長の男が付いていたら絶対に二度見してしまうレベルだ。

 

 少し遠慮気味な態度で彼女の目を見つめながら聞いた。きっとナギサもわかっているだろうがこの意味は外してもいいか聞いているだけである。しかし単刀直入に言うのも違う気がしたので遠回しに言うことにした。

 

「あのー、ナギサ……男の俺がやっても気持ち悪いだけだと思うのだが」

「ふふ。お可愛いですよ」

「……すっごい複雑な気分になるな……仮装と言って良いのかわからないがこんなことをしたのは小学生以来だな」

「ご家族やご友人とハロウィンパーティーなどは開かなかったのですか?」

「母さんも父さんも共働きで家に帰ってくるのは遅かったし、友達はいたけどパーティーやお泊まりをする仲の友達は1人もできなかったから。小学生の時に仮装したのも爺ちゃんが無理矢理着させてきたせいだけどな」

「…良いお祖父様ですね」

「……俺もそう思う。女にだらしなくて、ギャンブル好きで、冗談とは言え子供にアルコール度数40以上の酒を少し飲ませてくる頭のおかしい人だったけど、1人寂しく家にいた俺を連れて水族館や動物園に連れて行ってくれたりと優しい人だったよ。

まあ、いつまで経ってもあの爺さんから精神科医の父さんが生まれてきたことに驚きだけどな」

 

 俺の家は母さんがバリバリのキャリアウーマンで父さんが精神科医。お金には困っていなかったがそれでも寂しい日はいくらでもあった。そんな中で爺ちゃんがいてくれたから性格が捻じ曲がらずにいれたのかもしれない。

 

「そういえば私を匿ってくれたのもお祖父様が理由でしたか?」

「………そうだよ……この話はこの辺にしてショッピングを続けようか。それとこのカチューシャ外してもいい?」

「ダメです。今日一日中は付けておいてください」

「……はい…」

 

 思い切って単刀直入に聞いてもダメだったよ。

 

 恥ずかしい姿を晒しながら歩いているとナギサだけでなく俺にまで視線が集まる。そりゃ身長180センチ程で目が笑っていない男が猫耳付けてたら誰だって気になるよ。仮装するにしても隣を歩くナギサとのクオリティの差もあるせいでより目立ってしまう。

 しかしナギサは気にすること無く俺が恥ずかしがっている姿を楽しんでいるようだ。そんな彼女に文句を言いたくもなるが俺は大人なので我慢を選んだ。

 

「そういえばキヴォトスにもショッピングモールってあったの?」

「普通にありましたよ。よく爆破されていましたが」

「…やっぱりキヴォトスってやばい場所だな……人々の耐久力の差なんだろうが」

「私からすると銃弾1発で死に至るかもしれないというのは信じられませんでした。キヴォトスでの常識がこちらではほとんど通用しませんから」

「……やっぱりキヴォトスに帰りたい?」

「……そうですね。帰ってミカさんや先生、ヒフミさんにセイアさんとお会いしたいです。…しかしハジメさんと離れ離れになるのも寂しいですね」

「…女々しいと思うが俺もナギサと離れるのは寂しいな」

 

 今思えば特定の人と半年近く過ごすのは初めてだった。

 “ただいま”と言えば“おかえり”が返ってきて、“おはよう”や“おやすみ”と言えば同じ言葉が返ってくる。

 家に帰れば温かいご飯が作ってくれたり、一緒にご飯を作ったり、紅茶とロールケーキを嗜みながら他愛無い話をする。

 ナギサに言うのは恥ずかしいがそんな生活が21年間の人生の中で最も楽しい。

 

 

 

 突然ナギサが俺の手を引き、雰囲気が良さげな服屋に入った。

 その店はレディースではなくメンズ系の服が多く、なぜこの店に入ったのか疑問に思っていたのだが答えはすぐに分かった。

 

「ハジメさんは明るい色よりも黒や灰色などの暗い色の方が似合いますね。こちらの紺色のテーラードジャケットと黒のチェスターコート、どちらがお好きですか?」

 

 どうやら俺の服を選んでくれるらしい。しかし俺は服に全く興味が無い。というよりも男の服にお金をかける必要はあるのか?と思っているからである。

 しかしナギサからすると違うようだ。

 

「俺の服なんか適当でよくない?それよりもナギサが欲しいものを…」

「ハジメさんはいつもTシャツやジャージばかりでファッションに気を使わないのはどうかと思います。なので私が欲しいものはハジメさんの服です」

「……わかりました」

 

 ナギサが選んだ服や上着を試着しては新しく持ってきた服を試着する。ナギサのセンスはとても良くて俺では考えつかないような組み合わせで俺に似合うようにしてくれる。しかし猫耳カチューシャを取ってはダメなようだ。

 

「あと何着試着すればいいの?」

「あと8着ですよ」

 

 あと8着か…女の子と買い物するなんて初めてだけど女の子ってみんなこうなの?ナギサが楽しいそうだからいいんだけどさ、ちょっと疲れる。

 

「ナギサの服はいいの?」

「私の服はネットショッピングで買えますし着る機会もあまりありませんから」

「……ごめん」

「気にしないでください。外に出る機会が少なくとも毎日楽しいですから」

 

 俺がもっと良い案を考えつければ結果は変わっていたのだろう。そう思うと気にしないでと言われてもやっぱり気にしてしまう。

 

「それよりもこちらのネックセーターを着てください」

「あ、はい」

 

 

 

 

 結局買ったのは初めの方に試着した黒のチェスターコートとネイビーのセットアップとブラックのタートルネックニット。さりげない色の違いが洒脱な着こなしへと導き、足元はあえてカジュアルめに仕上げている。大人な感じで上品さが伝わってくる。

 

「似合ってる?」

「とてもお似合いですよ」

「本当?結構大人っぽいから俺に似合わないと思うのだけど」

「そんなことありませんよ。落ち着いた色合いがハジメさんに似合っていますし、カッコいいですよ」

「……お世辞でも嬉しいよ。ナギサが選んでくれたことだしこれを買うことにするよ」

「では今からその服を着てハロウィンデートをしましょうか♪」

「…そんな風に男を揶揄っているといつか襲われるぞ」

「ハジメさんは襲いますか?」

「襲うわけないだろ…例え話だよ…」

「私構いませんよ」

「………もうこの話は終わり!デートでもなんでもするから!!」

 

 両手でおそらく赤面しているであろう顔を隠す。冗談でも童貞に襲っていいとか言うのは本気で心臓に悪いのでやめて欲しい…

 なんだか最近はナギサにあらゆる主導権を握られてる気がする。いや、別に嫌という訳でもないのだが男として…なんか…ちょっとだけ悔しい。もっと男としてでも大人としても格好がつけたいのだ!

 

「どこか行きたい場所とかある?」

「ハジメさんにお任せします」

「え………映画館とか?」

「では行きましょうか」

「ナギサは映画館……というかこの世界の映画を観るのは初めてだよな?この中から気になるタイトルとかあるか?」

 

 スマホで近くの映画館の予約情報と上映されている映画を調べた画面を見せる。俺としてはこの誰がどう見てもB級映画の【シャークザウスル×マシンガンシャーク】が気になってしまったがナギサもいるので見ようと思わない。しかしレンタルDVD屋で見かけることがあったら借りようかなと思ってしまった。

 

「……ではこの映画を」

 

 ナギサが指差したのはSF恋愛映画。

 見たことも聞いたことも無い映画。

 

 時間的にちょうど良さそうなので映画館へ移動してナギサの翼が他の客に迷惑がかからないように後ろの方にあるカップルシートを選択して飲み物を買った後、移動した。カップルのそのままの意味を考えれば組なので問題はない。いいね?

 

 俺たちの他にもコスプレをしながら映画館に来ている人もいたが俺たち以外はこのシアタールームに誰1人としていない。俺とナギサの2人きりで観れる大画面スクリーンになっている。

 おそらく深夜近くであることや、ハロウィンの日に観たい映画というわけでもないのだろう。なんなら面白くないからかもしれない。

 

 

 そんな不安は映画が始まると泡のようにいつのまにか消えてなくなった。

 その映画を観た時……何かが弾けるように脳内を暴れ始めた。映画の内容はどこにでもありそうな別世界の人間同士の恋物語だ。起承転結が全て予想できる程に普通だ。

 

 突然現れた異種族の女性が現代にいる男性に恋をして、2人は恋人になって、元の世界に戻れる状況で『元の世界に戻って家族や友人と共に過ごす』か『この世界に残って愛する者と生涯を共にするか』。異世界とこの世界には時間差があって100年程度しか生きれない人間ではもう一度世界を繋げる頃には男性はすでに死んでいるという現実を突きつけられた女性は……

 

 この作品は俺の目からしても名作とは思えない。それでもこの作品に俺の中の何かを確実に変化させるほど感化してしまった。目からは自然と涙が流れてしまっている。こんな作品は腐るほど観て来たはずなのに今までと違う衝撃が加えられてしまった。

 別に話が最高という訳でも無い。演出も並程度。音楽も普通だ。それでも胸を打たれた理由は感情移入ができるからだ。恋愛作品の舞台に高校が選ばれることが多いのは日本人の高校への進学率が高く、高校生活を送った人達が共感や感情移入しやすいのと同じで状況が似ているからこそ名作でなくとも自分にとっては最高の作品と思えた。

 

その理由はおそらく……いいや、きっと俺がナギサのことが好きだから。

 

 俺は自分とナギサを男性と女性に重ねて観ている。

 ナギサには幸せになってほしい。だからこの想いを自覚することすら無意識に避けていた。きっと自覚したらナギサが帰ってしまう時に止めてしまいそうになるからだ。ちょうど映画内で男性が異世界へと帰ろうとした女性を引き留めているように。

 

 俺の心に自覚という釘が深く突き刺さる。この感情は認識してはいけなかった。知るべきではなかった。

ナギサはこの世界で生きていけない。この世界では息ができないのと同じだ。俺のエゴで彼女の幸せを奪ってはならない。

 

 『日常はトランプタワーのように繊細で壊れやすい。だから崩壊に怯えながら僅かな間を楽しむことしかできない』という映画のセリフが脳内で何度も再生される。

 

 映画はもうすぐクライマックスシーン。

 男性と女性はお互いの愛を再認識するために深いキスをして抱きしめ合う。そして女性は…………を選んだ。

 

 

 

 

 

 

 映画館から家への帰り道。ハロウィンはもうすぐ終わりを告げるというのに街は仮装した人々で活気に溢れていた。

 

「名作という訳ではないが良い映画だったな」

「……私もいずれ悩むことになるのでしょうか?」

 

 その言葉に俺は返答できない。キヴォトスに帰って友人達と幸せになってほしい気持ちとずっと一緒にいたい気持ちが複雑に絡み合い、上手く言葉を作り出すことができないからだ。

 

「……この世界での一年はキヴォトスにとって100年や1日とズレている可能性があるかもしれません…」

 

 ナギサも映画の内容を自分と重ねている節があるようだ。俺だけじゃなくて少し安心する。

 

「……そればっかりはキヴォトスとこっちの世界で時間差が無いことを祈るしかないな……もしも向こうに行って100年経っていたときナギサはどうする?」

「……わかりません。私を知っている人がいないキヴォトスを想像したこともありませんでしたから。……もしもの場合はハジメさんの元へ帰ってきてもよろしいですか?」

「……こんな俺の元で良ければな。いつでも好きに帰ってこい。……やばい、言ってからめちゃくちゃ恥ずかしくなってきた」

「ふふっ、その言葉だけでも私にとっては嬉しいものですよ」

 

 我ながらクサイセリフを吐いたなと後悔しながら少し上機嫌なナギサと家に帰って、いつものような会話をした後、いつものように睡眠を取った。

 

 

 このいつもが永遠に続けばいいのにと思ってしまった自分にイラつきながら。

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