冷蔵庫に女の子とロールケーキが入っていたので食べました。   作:匿名天使

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お嬢様は聖夜に揶揄う【前編】

 

 ピピピピ…

 

 電子音が喧ましく鳴る目覚ましに深い眠りへと落ちていた意識が起こされる。いまだに眠くて落ちてしまいそうな瞼を擦り、大きく腕を伸ばして目覚まし時計を止める。その後ゆっくりと布団から出ようとすると寒すぎて布団に逆戻りしてしまう。流石に寒すぎると思い、枕元に置いてあったスマートフォンで調べてみると今日は異常気象の大寒波らしい。昼になればある程度落ち着くらしいが朝の間は雪も降っているようだ。

 こんな部屋では朝ごはんを落ち着いて食べられないと思い、三秒間だけ布団の外に出て、エアコンのリモコンを確保して暖房をつけようとしたのだが付く気配がない。なんと…リモコンの電池が切れていたのだ!

 

 

「おはようございます」

 

 

 悔し涙を浮かべていると隣のベッドで寝ていたナギサから挨拶が聞こえてきたので目だけを動かして視認する。寝起きだからか髪が少しボサボサになっており、可愛いと思えるような小さな欠伸をしている。

 

 

「……暖房入れませんか?」

「リモコンの電池がなかったぜ」

「予備の単三電池は……キッチンでしたか?」

「そうだよ……しりとりで負けた方が取りに行くことにしないか?」

「よろしいですよ。では先行はいただきます」

 

 

 

 

 

 

 

「アルコール」「…ルックス」「スルー」「……ルネサンス」「スカル」「………ルッツ」「ツール」「………瑠璃」「リール」「……………ルージュ」「ジュール」「る……る……出てこない!!」

「では私の勝ちですね。寒いのでお気をつけて」

「…仕方ないか」

 

 

 る攻めされて完封された俺はそそくさと寒さが天元突破しているキッチンに単三電池を取りに行く。キッチンに置いていると言ってもキッチン近くにある棚に収納しているだけなので、その棚を開けて単三電池を持って帰ろうとしたその時に気づく。単三電池が……無い!!な、何!!!!この寒さの中で布団の暖かさすらも犠牲にした結果がこれとは……ふざけやがって!!出鱈目にも程がある!!

 俺はすぐさま布団に駆けつけて入るがすでに熱気は失われており、肌が凍りつくぐらい寒い。歯をガタガタと鳴らしながら凍えてしまうのではないかと思ってしまうほどだ。

 

 

「そこまで寒いのであれば、こちらのベッドでご一緒に寝ませんか?」

「……断る」

「ハジメさんは寒いの苦手なので善意で提案したというのに……泣いてしまいそうです」

「流石に半年も一緒に暮らしていたらそれが嘘だってわかるぞ」

「あ、見破られてしまいましたか」

「ナギサは嘘をつくときに2回瞬きをするからな」

「ちなみにハジメさんは嘘をつくときに右頬だけが上がっていることを知っていますよ。ちなみに今も上がっています」

「…俺ってそんなにわかりやすい癖持ってたのか。なんかちょっとだけショック」

「とりあえずこの話はこの辺にして単三電池はどうでした?」

「…なかった。近くのコンビニまで行きたいけど室内でこの寒さなら外はもっと寒いから行きたくない」

「ではこういたしましょうか」

 

 

 ナギサはベッドから降りて俺の布団の中へ入ってきた。シャンプーの香りと女の子特有の香りが混ざり合った匂いが布団の中に充満する。この光景も何回かあったがいつまで経っても慣れることがない。心臓の音はうるさいし、ダメなところを触ってしまわないかと心配になる。というか普通に考えれば未成年と同衾は事件。

 こうして間近に来るとナギサの顔の良さを再認識する。長いまつ毛に黄金の瞳、モデルのような小顔。天使かな?天使だったわ。そんな天使にサメパジャマを着せているのは何とも背徳感がすごい。

 

 

「こうすれば暖かいと思うのですが」

「そうだね……それとナギサ…男の胸を揉んで楽しいか?」

「ハジメさんって意外と筋肉質ですね。たまたま触れてしまっただけなのですが途中から楽しくなってきてしましました」

「…こういう時って普通逆じゃない?恋愛漫画とかで見るようなラッキースケベで男がスケベされる側はあまり聞いたことがないな」

「ハジメさんは私の胸を揉みたいのですか?エッチな人ですね」

「俺の胸を揉まれながら言われても説得力が無いよ……」

 

 

 揉まれ続けていると手に持っていたスマートフォンが震え出す。何事かと確認しようとするとナギサも顔を覗かせてきたので一緒に見ることにした。

 普段はあまり使っていないSNSからの通知が多い。何かあったのだろうかと確認すると理由は一目で分かった。

 

 

「ナギサが描いたロールケーキの絵がめちゃくちゃ話題になってる。『美しいこれ以上の芸術作品は存在し得ないでしょう』や『ロールケーキしか載ってねぇ!』『そろそろロールケーキを食べないと死ぬぜ!』などの感想もあるな。…あ、ロールケーキの絵だけを投稿し続けている変態扱いされてる」

 

 

 実はナギサが描いていたロールケーキの絵をSNSに投稿した。水彩画に切り絵、鉛筆画、パステルアートなど様々な作り方で出来た美しいロールケーキの絵を描いているナギサを見ているとネットに上げたらどんな反応するだろうと思い、許可をとって載せてみた。

 

 

「このままロールケーキ画展を開く未来も遠くはありませんね」

「ロールケーキの絵だけを飾っている画展とか一周回って怖いな」

「そうですか?」

「そうだよ。もっとショートケーキやチーズケーキも描いてみたら?」

「私が絵を描こうとすると無意識のうちにロールケーキが出来上がるので描くことはできませんね」

「なにそれ…こわ」

 

 

 ナギサの謎すぎる特殊能力に恐怖しながらスマートフォンを触っていたせいで冷たくなった手を羽毛布団の中に入れて温める。すると指がナギサの白くて美しい翼に触れたので少し気になってしまい聞いてみることにした。

 

 

「そういえばナギサに生えてる翼って痛覚通ってるの?」

「普通に通っていますよ。少しぐらいなら動かすこともできますし」

「飛ぶことは?」

「それはできませんね」

「……使い所ある?」

「私にはありませんね。強い人などは翼を使って姿勢制御などを行うことが可能らしいですが戦えない私には必要ありませんし、少し暖かい防寒具としての役割しかこなせませんね」

「それって暖かいんだ………ちょっとだけ触っていい?」

「……では、布団の中では寝返りを打ちにくいので触るのならば抱きつくようにしながらでお願いします」

「じゃあ失礼して」

「えっ……」

 

 

 ナギサが驚いたような声を上げるが無視してじっくりと翼を観察する。まるで抱き枕に抱きつくように脇の辺りから腕を通してナギサの純白の翼に触れる。サラサラとしていてふわふわ、シルクのようなのにコットンのようにも思える。表面の温度はそこまで高く無いのだが羽と羽の間に指を入れると40度ほどの温度が伝わってくる。

 今までにも触れる機会は何度かあったが少し触れる程度でじっくり触れることはなかった。

 

 

「あの……ハジメさん?」

 

 

 羽自体には髪の毛のように痛覚が通っていない。鳥のように手の形が変わって翼になったわけでもないのに骨格ができている。不思議だ。

 

 

「……じっくり触られると流石に恥ずかしく…あっ!」

 

 

 ……翼の付け根辺りを撫でるとナギサから可愛らしい声が漏れる。

 ここで先ほどまで自分がやっていたことの重大さに気づいてしまう。もしも翼の付け根辺りが敏感ならばそれはもうセクハラと変わらないのでは……

 

 

「……ごめん」

「………ダメです」

 

 

 顔を赤らめながら少しもどかしく言う姿に理性が蒸発しそうになるが何とか平常心を保とうと舌を噛む。

 

 

「どうしたら許してくれる?」

「…今日は一日中私に付き合ってください」

「え、でも俺今日は午後から少し用事が……あ、すみません。今日は休みます」

 

 

 ナギサの有無を言わせない無言の圧に本能が屈して逆らえなかった。美人の笑顔は綺麗だと思うのに怖いと思うよな。笑顔って元々は威嚇って話もあるぐらいだし本能的に恐怖を感じ取るのだろう。

 

 

「……8時になったら布団を片付けて朝食を取りましょうか。今朝の紅茶はどの銘柄がよろしいですか?」

「うーん……ミルクティーが飲みたいからアッサムティーにしようかな」

「ではシュトーレンも出しましょうか。本来はクリスマスの夜に食べるイメージがありますが朝に食べてはいけないというルールもありませんし」

「前に食べたラム酒とか使うやつだよな。ナギサがラム酒を欲しいと言った時は不良になったのかと思った」

「未成年でも製菓用のラム酒は買えますよ」

「…そういえば料理酒は子供でも買えるのを忘れてた」

 

 

 そんな枝葉末節な話をしていると時計の針が七時半を回っていることに気づいたので渋々布団から起き上がり、寒いキッチンにある黒い電子ケトルでお湯を沸かす。

 よく紅茶を淹れるのに電子ケトルで沸かしたお湯を使っても美味しいの?という意見を耳にするが答えは“YES”だ。

 紅茶を淹れる時に使うお湯の温度は95℃〜98℃とされている。これは紅茶の風味を構成する大切な成分であるタンニン(ポリフェノールの一種、カテキン)が溶け出してくるのが95℃以上だからだ。 カフェインは80℃で良く出てくるので、95℃以下の温度だと、カフェインばかりが強く出てエグミのある紅茶になっているからである。

 そして沸騰したお湯、つまり100℃のお湯にすると酸素が抜けて茶葉の旨味が抽出されないからだ。

 

 紅茶は繊細な加減で淹れることが重要なのだが少しお高い電子ケトルは温度の調節機能があり、紅茶を淹れるのに向いていると言えるだろう。

 

 ちなみに日本の水はほとんど軟水というマグネシウムの含有量が少なくお腹にも優しいこの水で紅茶を淹れた際は茶葉の持ち味が引き出され、風味豊かで美味しい。逆に硬水で淹れると渋みなどが少なくなるので飲みやすくなる。

 個人的には軟水で淹れた紅茶の方が好きだが今回はミルクティーなのでその辺はあまり気にならないがダージリンなどのストレートティーで飲むのがいい紅茶は気にした方がいい。

 

 これらの知識はほぼ全てナギサが教えてくれた。ティータイムをするたびに教えてくれるのだが楽しく説明するナギサが凄く可愛い。だからついつい紅茶について聞いてしまう。

 他にも今回淹れようとしているミルクティーではティーカップの中に紅茶を先に入れるかミルクを先に入れるかの2つの注ぎ方がある。

 紅茶を先に入れて、その後ミルクを注ぎ込む方法は風味の調節がしやすく、ミルクを先に入れる方法ではミルクのタンパク質に変性が起きないため科学的には美味とされている。

 

 

「ハジメさんはミルクの先入れか後入れ、どちらがよろしいですか?」

「そうだな……後入れで」

「わかりました」

 

 

 俺もこの半年ほどで紅茶について詳しくなっている。淹れ方についてもナギサに教えてもらいながら上達はしているのだがやはりナギサが淹れる紅茶の方が美味しい。なので毎回ナギサが淹れてくれる。

 

 ミルクティーとシュトーレンを机の上に並べ、アッサムティーが入ったティーポットをウォーマーの上に設置してブレックファースト・ティー(朝食時に飲む紅茶)を楽しむ。

 

 まずはミルクティーを口に入れる。低温殺菌で作られたミルクはよりクリーミーで、生クリームのような味わいがあり、ほのかな甘みを感じられる。また、ミルク特有の臭みが少ないためアッサムティーの芳醇な香りが失われることのないミルクティーに仕上がっている。

 

 半年間ほぼ毎日紅茶を飲んでいるおかげで最近は味だけである程度の銘柄は当てられるほどだ。

 

 

「もうすぐ年末ですがハジメさんはご実家に帰省なさいますか?」

「今年はいいや。ナギサを1人残して実家に帰るのも心配だし親には連絡だけしておくよ」

「では年越しは私と一緒というわけですね。……ではホラー映画を夜通し楽しみましょうか」

「えっ…」

 

 

 ティーカップの取っ手を持つ指が震えて、嫌な汗が流れる。心臓から聞こえる鼓動がだんだん早くなる。

 俺はホラー映画が大の苦手だ。別に事故物件に住もうが心霊スポットに行こうが何も怖いとは思わないがホラー映画は別。シンプルに映像が怖いのだ。

 

 

「あのー、ナギサ…ど、どうしてホラー映画を……?」

「夏頃に見ましたホラー映画がとても良かった物ですから他の作品も……と思いまして」

「ホラーじゃない映画でも良くない?ほら!ハリーポッターとかパイレーツ・オブ・カリビアンとか他にもゴジラとか…恋愛映画なら君の名はとかあるからそっちを見ようよ!」

「…ホラー映画を観ましょう」

「俺の話聞いてる?」

「聞いていますよ」

「そこまでしてホラー映画を観たいのなら1人で見てほしい」

「1人でなんてそんな……私は臆病なので泣いてしまうかも知れません」

「ならホラー映画を観なければいいでしょ!」

「……それもそうですね。ハジメさんに可哀想な思いをさせるわけにもいきませんし私は我慢することにします。戯言を言ってしまい申し訳ありませんでした」

 

 

 ナギサはどこか沈んだような表情とため息を吐く。さっきまで楽しげに動いていた翼はゆっくりと動きが遅くなる。明らかに気分が落ち込んだと言った感じだ。しかし俺には分かる。これはトラップだ。俺にホラー映画を観させようとするナギサの罠だとわかっている!トラップだと分かっているはずなのだが

 

 

「わかった!!ホラー映画だろうが何だろうが一緒に見てやるから落ち込まないでまくれ!」

「ありがとうございます。ハジメさん♪」

 

 あああ!!畜生!やっぱりあんな顔されたら断れねぇよ!アイアムピュア!好きな女の子のお願いを断れない純情ボーイなんだよ。

 ナギサもそれに気づいているのかは知らないが俺が本気で嫌がるギリギリのラインを見極めているせいで叱れない。

 

 

「せめてホラー映画を観る時は部屋の電気を…」

「ダメです♪」

「わァ…ぁ……」

 

 

 クリスマスの朝。ミルクティーを飲みながら俺の年末が地獄に決まったことにちいかわ泣きをしているとナギサがテレビのリモコンを持ってくる。

 

 

「ハジメさんは先ほど単三電池が無いとおっしゃっていましたがテレビのリモコンや目覚まし時計の電池を入れ替えればよかったのでは?」

「…………いつから気づいていた?」

「初めからですよ」

 

 

 もう…何も信用できない。

 


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