冷蔵庫に女の子とロールケーキが入っていたので食べました。   作:匿名天使

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あと2話か3話で終われそう


なんでもない日常

 

 冬の寒さが残り、眩しいほどの日差しが窓から入る。近所の街路樹に集まっている雀達の鳴き声が程良いBGMへと変化していた。

 なんていい日なのだろう。歌でも歌いたくなる。そんな日だ。

 

 今日は大学もバイトも用事も何もない日。こんな日は……寝るに限る。

 

 

 睡眠は大事だ。自分の中にある三大欲求で睡眠欲が1番強いと断言できるほど寝ることが好きだ。寝ると何も考えなくてよくなる。寝ている時間は現実から切り離された異空間とも呼べる暗闇に落ちることができる。意識が真っ白に漂白され、脳というキャンパスを新たな1ページに変える事ができるのも睡眠だけだ。なのだが

 

 

「ナギサ……布団に勝手に入ってくるのはいいが寝させてくれ」

「いやです。3日間も家を空けていたのですから構ってください」

 

 

 桐藤ナギサお嬢様が寝させてくれない。かれこれ30分ほど睡眠妨害をされていた。

 

 今から3日前。俺は実家に呼び出されて3日間も忙しい両親の代わりに名前も知らない親戚の遺品整理を嫌々手伝いに行った。場所が遠く、飛行機での移動もあり、約3日間も家を空けていた。

 本来なら2日で帰れるはずだったのだが飛行機のエンジントラブルにより帰る頃には夜遅く、約3日と言っていい時間を向こうで過ごす羽目になってしまい、帰ってきてからも飯も食べる暇もなく寝てしまった俺に怒っているのだろう。

 

 ナギサの怒りを鎮めるために頭を撫でてあげる。すると俺をホールドしながら胸の辺りに顔を擦り付ける。男の胸に埋もれて何が楽しいんだか…

 

 

「バレンタイン…」

「なに?」

「わざわざバレンタインの日に家を空けなくてもいいじゃないですか」

 

 

 今日は2月15日。バレンタインの1日後だ。

 バレンタインにチョコを用意していると前々から言っていたのに急用でどこかに行っていたのが気に食わない。不快な気分になったので今日は構ってください。そんなところだろう。

 しかし今は眠い。昨日……いや、時間的には今日の午前2時。そして今は午前6時30分。4時間しか寝ていない俺には構ってあげるだけの体力も気力も無いのだ。

 

 

「それに関しては謝る。でも今は寝させてくれ」

「いーやーでーす!」

 

 

 子供かな?子供だったわ。最近のナギサは遠慮が無い。それが嫌というわけではない。遠慮が無いという事は相手を信頼している証なのだろう。それでも俺は……眠りたいのだ。

 

 

「昨夜、寝る時間に関しては同じでしたよね?」

 

 

 ナギサは俺が帰ってくるまで起きていた。凄く申し訳ない気持ちでいっぱいになった。でも申し訳ない気持ちよりも主人の帰りを待つ忠犬に思えてしまったのは内緒。

 

 無言でナギサの頭をわしゃわしゃと撫でながら、どうにか寝る方法を考えているとナギサは俺の匂いを嗅ぎ始める。

 

 

「ハジメさん知っていますか?いい香りがする人とは遺伝子から相性がいいらしいですよ」

「……現実でゲノハラされる機会があるなんて新鮮だなー。……というかナギサはどこでそんな情報を拾ってくるの…」

 

 

 ナギサがネットの汚い部分に触れないか心配だ。特に掲示板やいつも本社が爆破されている動画サイトは面白いけど汚すぎる…

 

 

「そういえば昨日風呂に入らずに寝てしまったから臭いと思うんだけど…」

「確かに少し臭いますが私は好きですよ」

「……シャワー浴びてくる」

 

 

 少し恥ずかしくなってきたので抱きついてくるナギサを引き剥がし、眠気を我慢してシャワーを浴びる。髪の毛と体を念入りに洗い、私服からパジャマにしている、世界一カッコいいイケメンと書かれたダサTに着替えて部屋に戻るとドライヤーを持ちながら何者にも負けない笑顔のナギサが待っていた。

 半強制に俺をベッドの横に座らせ、ベッドに座ったナギサがドライヤーで俺の髪を乾かしていく。温度は少し熱く、あまり良い気分にならないが不快というわけでもないので無抵抗でかけられることに。

 

 

「ハジメさんは髪の毛を乾かさずに寝てしまうことが多いですから。時間のある今日ぐらいはドライヤーをかけてください」

「ドライヤーって面倒じゃない?それに男なんだし髪のキューティクルとか、そこまで気にしなくても……」

「……将来禿げますよ」

「……いくらでもドライヤーをかけてくれ!さあ、早く!」

 

 

 無言でドライヤーをかけられているとナギサの笑い声が聞こえてきた。その笑い声は楽しくて笑ったというよりも、どこか懐かしむような笑い声だ。

 

 

「どうした?急に笑って…」

「少し昔を思い出しただけです。ミカさんにも色々と理由をつけてドライヤーをかけていたので」

 

 

 そのことを語るナギサは少し落ち着きがあり、どこか沈んでいるような気もした。近くを見ているのに遠い場所を見つめる彼女の横顔が美しくも切なく、悲壮感を漂わせていた。

 

 

「ナギサがこっちに来たのが6月の15日だから、ちょうど8ヶ月か……この生活も長くなったな」

「そうですね。そろそろ帰り方を見つけなければいけない頃なのでしょう」

「…やっぱり、キヴォトスに帰りたい?」

「帰りたいと断言できますね。……しかしハジメさんと離れ離れになるのも悲しいですから、帰る時にはハジメさんもご一緒に来ていただけますか?」

「もし、俺がキヴォトスに行ったら、今とは逆の生活になりそうだな…」

 

 

 俺がキヴォトスに行けたとしても、銃弾爆弾雨霰で絶対に死ぬ未来しか予想できない。だとしたら引き篭もる以外の選択肢はないだろう。

そんなことを考えているとドライヤーのブォーという風の音が途切れ、髪に当たる熱風が無くなる。

 

 

「はい、乾きましたよ」

「ありがとう、じゃあおやすみ」

「待ってください」

 

 

 布団に戻ろうとするとナギサに止められ、バランスが悪かったのかベッドに倒れてしまう。最近思っていたのだが、ナギサは意外と力が強い。昔はメンタルの影響から身体が弱っていたのもあるのだろう。今では力負けすることはないが、本気を出さないと負ける程には強い。

 

 

「せっかくですし…膝枕はいかがですか?」

「膝枕……やだよ恥ずかしい」

「添い寝には動じないのに、膝枕は恥ずかしいのですか…」

 

 

 仕方ないだろ。添い寝は慣れたし、俺が読んでいるようなラブコメにはあまり出てこないものだから、そっち方面で意識はしてなかったけど膝枕ともなると身近すぎて逆に恥ずかしいし…

 

 

「じゃあ俺はこのままベッドで寝るか…っ!」

 

 

 勢いをつけて枕に顔を埋めようとすると、枕を取られたので枕無しで寝ることにした。俺の行動が予想外だったナギサは頬を膨らませながら、枕で俺を殴りつけてくる。全く痛くないが睡眠妨害には十分であった。

 

 

「私の膝でしか寝させませんよ」

「なんで膝枕にこだわるんだ……というか普通の枕の方が寝心地もいいだろ…」

「……私が膝枕をしたいだけですが何か?」

「つ、強い……!なんて真っ直ぐな目をしているんだ!」

 

 

 己の理念や願望を貫き通す強い意志が瞳の奥から感じる。抗っても次の手は考えているとでも言わんばかりの目をしていた。

 いい目をしている、本気の目だ……

 

 

「わかったよ。膝枕で寝るから……後でどうなっても知らないぞ」

「やっと屈しましたね。拒みながらも最後には受け入れてくれるところ好きですよ。ツンデレみたいで」

「男のツンデレとか需要無いな」

「私にはありますから」

 

 

 頭をナギサの太ももに乗せる。枕とは違い、反発性が強く、人の温もりを感じられた。しかしあれだな……美少女から膝枕されているというのに寝てしまいそうになるのは贅沢な気がする。頭も撫でられて赤子のように安眠できそうだ。

 

 

「大きな弟ができたみたいです」

「弟って……年齢的に俺が兄でしょ」

「…早速ですがハジメさん、私のことはこれから『お姉ちゃん』と呼んでください」

「話聞いてる?」

「『お姉ちゃん』と呼べば、睡眠を妨げないと誓いましょう」

「………姉さん」

「お姉ちゃん…ですよ」

「……こっちに来た時と性格変わりすぎじゃないか?」

 

 

 もっとお淑やかだったはずなのだが……

 

 

「それを言うならハジメさんも変わったと思いますよ。最初の頃のハジメさんは愚痴一つ溢していませんでしたから」

「男という生き物は、好き嫌い関係無しに女の子の前では格好良くいたいものなのだよ。それに精神状態が不安定な頃のナギサに弱いところを見せるのはダメだと思っていたからな。今のナギサになら弱いところを見せてもいいと判断したから、こうして膝枕されているわけですし…」

「……私もハジメさんを信頼しているから膝枕をしているのですよ」

 

 

 膝枕をされているので顔は見られていないと思うが…絶対に見せられない顔をしている。好きな人から信頼されていると言われて嬉しくない人はいない。

 

 

「私が思っていたよりも、ハジメさんは子供っぽいです」

「…俺が思っていたよりも、ナギサはいたずらっ子だった」

「私に100回も負けているのに未だにチェスで挑んでくる負けず嫌いなところ、歯を磨いた後にお菓子を食べて再度磨くことをやめないところ、ファッションセンスが捻り曲がっているところ、寝ている時に私に抱きついてくるところ、朝に弱いところなどハジメさんは子供っぽいです」

「……自分でも子供っぽいと思っていたけど、実際に並べられるとメンタルダメージが…」

「安心してください。ハジメさんにも大人っぽいところはありますよ!」

「例えば?」

「………………」

「泣いてもいい?」

「冗談ですよ。ハジメさんは温厚篤実で志操堅固なところですね」

「どっちも聞いたことがない……」

「そういえばハジメさんは理系でしたね。温厚篤実は穏やかで情が深く、誠実なこと。志操堅固は考え・主義などを堅く守り、何があっても変えないさまです。ハジメさんは優しくも頑固者ですから」

 

 

 頑固者……俺って頑固なのかな?

 自分では思ってもいない言葉が飛び出してきたから驚いてしまう。しかし振り返ってみると、特定のことに対しては頑固者というより、我慢していることが思いつくがこの事を言っているのだろう。

 

 

「そんな子供っぽくて頑固者な俺に幻滅しました?」

「ある意味安心しました。大人と言っても私と変わらない子供であること、そして私を信頼して本心を出してくれたことは嬉しかったです。ハジメさんは少しお茶目な私に幻滅しましたか?」

「驚いただけで幻滅はしてないよ。なんなら、ナギサが子供のようにイタズラで笑っているのを見て、自分の行動は間違えていなかったと思えて安心した」

 

 

 ナギサの笑い声が聞こえてくる。先ほどのとは違い、今が楽しくて笑っている。陽気な声であった。それと同時に頭を乗せている太ももが震えだす。

 

 

「……ハジメさん……膝枕で足が痺れてきたのですが…」

「だからどうなっても知らないと、先に忠告してやったのに…」

 

 

 ベッドから起き上がり、ナギサの足の裏を指でツンツンする。すると可愛らしい悲鳴を上げながらベッドに倒れるも、足だけが動いていない。

 

 

「ひゃっ!!ちょっと…今は!……っ!!」

「結構重症だな……」

 

 

 流石にこの状況で寝るのは、どうかと思うのでキッチンに向かい、お土産として買ってきたバームクーヘンとベルガモットの香りがするアールグレイ(フレーバーティー)を持ち、机に移動した。

 

 

「朝ごはん食べる?」

「今の状況を理解していますよね?こっちに来て食べさせてください」

「バームクーヘンはいいけど、紅茶は難しくないか?」

「頑張ってください。あーん」

「はい、あーん」

 

 

 少し面倒と思いながらも、フォークで切り分けたバームクーヘンをナギサの口に入れ、アールグレイをゆっくり、慎重に飲ませる。

 美少女にあーんは恋愛イベントのはずなのに理由のせいで介護か何かに思えてくる。夢がないな。

 

 その後、ナギサに食べさせていると眠ってしまった。ナギサも俺と同じ時間しか寝ていないので、ある程度予想できていたが食事中に寝てしまうとは思ってもいなかった。

 ベッドに腰掛けている状態をキープしたまま寝てしまう。寝ていても背筋が真っ直ぐなのは一種の芸術なのではないかと思えてしまう。

 

 残ったバームクーヘンとアールグレイを食して、ナギサの頭を自分の太ももまで運び、膝枕をしてあげることにした。

 最初は俺が寝るつもりだったのに逆転してしまっているが膝枕をしたままでも寝ることは可能だ。

 

 

 どうでもいい日常が楽しく思える。何もしていない、特別な何かがあるわけでもない。ただ2人で惰眠を貪ることが最高の幸せだと思った。

 

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