宇沢さんはこういう風になることもあるのかなあ、という想像です
若干曇らせっぽい感じもするけど……暗くはないつもり。

※本作はpixivにもマルチ投稿しています

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so far, so near

 

 

 

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 ただどこか遠くへ行きたかった。

 

 私がトリニティにいた頃から何年もの月日が経って、すべては様変わりしていた。

 周囲に杏山カズサはいないし、先生もいないし、スイーツ部や自警団やほかの友達もいない。

 卒業してからは、何となくの疎遠や向かうところの無い倦怠で満たされていて、だから今の私にはそれらしか持っているものが無かった。

 他ならない私自身が昔の私を捨ててしまっていた。いや、それはいつの間にか剥がれ落ちた外壁みたいな、醒める前に見た夢みたいな、そういうものだった。

 つまり、私が捨てたのであれ捨てられたのであれ──かつての宇沢レイサはもうここにはいなかった。

 

 ここにいるのは、曇った目をした独りの人間だった。

 

 

 

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 支度は簡単に済ませた。

 一時期、強迫観念みたいなものに突き動かされてアルバイトをしていたから、そこそこお金はあった。今では何故あんなことをしていたのか分からないけれど。

 

 これは死に向かう旅なのだろうか?その問いに私は違うと答えるしかない。

 私の中に死ぬほどの勇気もなければ、死ぬほどの理由もない。つまりこれは現実逃避で、逃避行で、とにかく何かから逃げるための旅なのだった。

 でも、もしそれが現実から逃げるためなのだとしたら、こうして「現実逃避の旅」と認識することはむしろ現実に縛られていることになりやしないだろうか。

 ああ、つまらない人間になったからか変な屁理屈が思い浮かぶ。

 本当につまらない。

 

 どうしてこんなに私は冷めてしまったんだろう。探したら昔の私は見つかるんだろうか?

 でも、たとえ昔の私を見つけても、それは今の私ではなくて、今の私が以前に戻ることはもはや不可能で……

 皆が知る宇沢レイサはもういない。

 私は今から、それを確かめに行くのかもしれないな、と思った。

 

 けれど、それもまた小賢しくて気持ち悪いから、すぐに考えないようにした。

 

 

 

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 トリニティ付近の地区はお洒落で飾り気のある街並みをしていて、歩いているだけで自分が浮いている感じがした。

 バスが来るまで我慢し、乗った後は少しだけくつろいだ気分になって揺られる。自分で動かなくていいというのは楽だ。

 やがて駅で電車に乗り換えて、とにかく行けるところまで行くことにする。

 滅多に遠出したことがなかったから少し怖い。行ってしまったら戻れないような、恐ろしいところに行くような感じもした。

 全部気のせいなのに。

 

 電車は外の景色をスクロールさせながら、たまに止まってはまた走って進んでいく。

 近くの座席には休暇中だろうか、楽しそうな女子生徒たちや、家族で談笑している姿が見えた。

 ……何もこんなところで見せつけなくてもいいだろうに。私はこうしたものを見たくて旅に出たのではないし、むしろそれから遠ざかりたかったのだから。

 昔の私なら、あんな輪の中に空気を読まず入っていったりしたのかもしれない。

 そう思うと、羨ましいような気味が悪いような気がして気分が悪くなった。

 

 

 

   4

 

 昼食をとるため手ごろな駅で降りる。

 飲食店で食べる気にはならなかったので、適当にパンやジュースを買って公園へ向かった。

 立地が良くないのか人もまばらで、ベンチに座り人目を気にせず食事をとることができた。

 陽光はあたたかで明るくて、パンは甘くてジュースは炭酸が強くて。普段通りの天気と昔なじみの安物舌が、沈んだまま浮き上がることのない心とあまりにもミスマッチで、少し笑いが出そうになった。

 別にそんなことで笑わないけど。

 

 昔はこんなベンチに寝そべって朝を迎えたりもしたんだっけ。信じられなかった。

 蟻とか虫が絶対いるだろうし、汚いのに。

 ……これも、変わったということなんだろう。

 

 

 

   5

 

 再び電車に乗ってからは、代わり映えのしない光景が続いて飽きてしまった。

 楽しそうな人、寝ている人、暗い顔した人、みんな三者三様で似たり寄ったり。

 自分もその中の一人だというのに、それを観察している自分だけはそうじゃないような気がしてしまって、ああ、こういうところが本当に……と自己嫌悪に陥る。

 

 でも、そんな心の動きすら他人にとっては見えないし、どうでもいいものなのだ。

 私もみんなを一緒くたにして「代わり映えのしない」なんて形容してしまっているのだから。

 ……そう思うと、何だか人間というものが多少哀れでかわいそうなものに感じられた。

 

 一旦電車を降りる。

 私は、無人駅の募金箱に小銭を弾いて投げ入れた。

 かわいそうな人間のために、気まぐれで。

 

 

 

   6

 

 だいぶ遠くまで来た気がした。明らかに空気が違う。

 北方の極地にあるレッドウィンターは、年中寒く雪の積もる場所だと聞く。もしかしたらこの路線はそこまで続いているのかもしれない。

 それほどまでに私は肌寒さを覚えて、上着を持ってきたら良かったと思った。

 

 けれど、その寒さは意外にも落ち着きを与えてくれた。

 暖かさと明るさの反対は、寒さと暗さ。

 寒くなれば人は動かず温まろうとする。太陽は隠れ、雲からは光でなく陰が落ちる。

 見れば電車内の人達も、みな静かに過ごしていた。

 

 ……落ち込んだ人に無暗に明るく接したって逆効果で、それは氷を火で炙るみたいなものだと思う。互いに消耗するだけで得るものは無い。本当に必要なのは、その暗さ冷たさより少しだけ暖かい何かなのだ。

 不意に、そんなことを思った。何故かは分からない。

 ただ何となく、この冬じみた雰囲気が今の私には優しく感じられた──気がした、せいかも。

 

 

 

   7

 

 その日私は、辿り着いた北方の街で宿をとることにした。

 なんだか疲れてしまったから、明日には帰るつもりで。

 上着が足りないし、それらを本格的に買って滞在するほど貯金を使う気も無かったし、何だかんだ言ってトリニティが私の家なんだなと思ったから。

 ……どうせ、こんな殊勝なことを言えるのも今のうちなんだろうけど。

 

 夏なのに雪の降る街は茶色のレンガを半ば白く染めて、街路樹のやはり半分埋もれた枝葉と併せて、冬めいた色合いをしていた。

 そこに夜の黒も合わさり、ますますシックな色相になる。

 こじんまりしたホテルの一室から見えるその眺めは、寂しげで、だけど暖かく思えた。

 

 

 

 ──鏡を見る。

 そこには、暗い目をした女が、紫の瞳に黒髪の女が映っている。

 自慢だった淡い二色の髪、そして二つ結びは、ただ長めの黒髪に成り下がっていた。

 でも今は、これが雪の街に似つかわしい気がした。

 

 

 

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 夕食を食べ、入浴を済ませ、眠ってしまえば朝は来る。

 けれどベッドの中で目を覚ましたとき、まだ時計の針は午前六時前を指していた。

 早朝は朝ではなかった、少なくとも私の中では。

 まだ街は寝静まったままで、物音ひとつしない部屋の雰囲気がそれを口にせずとも語っていた。

 

 ふと、閉まったカーテンの向こう側が気になる。

 そういえば昔、先生と朝焼けを眺めたっけ。どうしてあの頃はあんなに感動したんだろうな、と思う。確かに綺麗だけれど、それほどではなかったろうに。

 昔の私だからだろうか。それとも思い出の美化だろうか。

 何となく開けたい誘惑に駆られて、私はベッドから抜け出して……窓のカーテンを開けた。

 それほどでもない、既視感に満ちた景色が現れることを予想して。

 

 それで──

 

 

 

   9

 

 『

 

 それで、その朝焼けは……美しかったんです。びっくりしました。

 だって、こんな風になってしまった私が、無感動になってしまった私が、ただの朝焼けに見とれるなんて……

 思ってもいませんでした。

 きっと私は、色々なことを知った振りしていたんでしょうね。

 その後、私は何事もなく無事にトリニティへと帰り着きました。

 いつもと同じ、つまらない街並みの──でもほんの少しは安心できる街に。

 

 ねえ先生、旅って不思議ですね。

 私は今回、変わってしまった自分を改めて見つけて、今更ながら虚しく思ったりもしたのに。

 ちょっとだけ、変わってない部分もあることを知ったんです。

 見た目も別人になってしまって、もうまるっきり宇沢レイサは消えたと思っていたのに……

 

 もしかしたら先生は、この不思議な心理すらも分かってくれるのかもしれませんね?

 そう、あの頃みたいに。

 

 』

 

 

 


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