第9話
夜。
それは魑魅魍魎たちが活動を開始する狼煙。
魑魅魍魎たちはヒトを喰らい、時にはヒトを攫う。
ヒトが他の生き物を喰らうように妖怪もヒトを喰らう。
ならば、本質は同じ。されど、決して歩み寄るなどない。
~斑鳩宮 神子の屋敷~
「子供が攫われた?」
『うん。名前は忘れたけど、どっかの貴族の子供が妖怪に攫われたらしいよ。』
斑鳩宮内に存在する豊聡耳神子の屋敷。
その部屋の主である神子本人しか入ることを許されない部屋で、神子は禍々しい紅い瞳を輝かせながら庭に生え揃った植物たちと会話をしていた。
「そう。となると、近いうちに山狩りが行われるわね。」
『というか、ただのヒトが勝てるの?』
「うーん・・・勝率は限りなく低いわね。まあ、だからこそ妖怪を倒したら英雄扱いされるわけだけど。」
そう言って神子は湯呑みに入れられた緑茶を啜った。
今のご時勢、妖怪にタイマンで勝てる人間など何処にも居ない。
飛鳥時代に陰陽師など居るわけもなく、人間は集団で妖怪に襲い掛かることしかできない。
『じゃあ、神子は勝てるの?』
「勝てないことはないわね。ただ、戦う場所にも因るかな?
周りに人間が居ると邪魔な上に力を十全に発揮できないからね。」
まあ、勝てるにしても命の覚悟をしないといけないのは間違いないわね。
桔梗から貰った力を完全に使いこなせてるわけじゃないし。
「そういえば、子供を攫った妖怪は?」
『ここから東の方角の山を根城にしてる天狗みたい。』
天狗、ね。益々勝率が低くなったわね。
山みたいに樹が多い場所で戦うと、一方的に蹂躙されるのが関の山ね。
まあ、私には関係のないことだけど。いざと言う時には・・・・・・
「私が出ないといけないわね。あまり被害を大きくするのも望ましくない。」
『そうだね。』
「その天狗の動向は逐一報告してくれる?」
『分かったよ。皆に伝えておく。』
「お願い。」
今頃、子供をさらわれた貴族たちが騒ぎ出してる頃かな?
大方多額の報酬金を餌に討伐隊を組織してる頃ね。
そんなことを考えながら神子は再び緑茶をすすった。
・・・
・・・・・・
・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・
数日後の夜。
天狗の被害は毎日続き、その度に幼い子供が攫われ、遂に死者まで出てきた。
いくら警備を固めても天狗の力に敵うわけがなく、被害が出る一方。
そして、討伐隊を結成しても自分のテリトリーから出てこないため、天狗にコテンパンにやられている。
森の中は天狗がもっとも戦い易い場所。そこに挑むなど愚の骨頂である。
「いい加減看過できない状況になってきたわね。」
攫われた子供の数はもう7人を超えている。
天狗に攫われた子供たちはその心臓を食われて、天狗の力になっている。
これ以上天狗が力を増す前に何か手を打たないといけない。
「・・・・・・私が出るしかないわね」
神子は部屋を薄暗く照らすろうそくを消すと、静かに立ち上がった。
今宵は新月。それは妖怪の力が弱まる日。
闇に閉ざされた空間で神子の紅い瞳が不気味に光る。
「じゃあ、行って来るわね」
『天狗はかなり力を増しています。いくら新月だからと言って油断しないでください』
「分かってる」
そう言い残して神子は妖怪退治に出発した。
▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼
天狗の根城は斑鳩宮から東に方角に進んだ所にある山である。
それほど標高が高くない山だが、少し傾斜がきつい。
歩いてなら、何時間も掛かる山だが、空を飛べる神子は僅か数分でその山に到着した。
「此処ね。」
『天狗はこの山の頂上に居るよ。真っ暗だからお互いに相手の姿は見え難いけど、天狗は気配に敏感だから気をつけてね?』
「貴重な情報ありがと。じゃあ、行って来るわね」
神子は再び飛び上がり、頂上を目指した。
ずっと暗闇の中を進んできたので、僅かに見えるようになってきた。
そして、数秒で頂上にたどり着いた時、神子の耳に叫び声が聞こえた。
「っ!!」
頂上には見え難いが、二つの人影があった。
片方の人影には羽があった。恐らくその人影が天狗なのだろう。
神子は宝剣を抜き放つと、その影に突進した。
ゴッ!!
足の裏に軟らかい感触。どうやら地面ではなく、きちんと天狗にヒットしたようだ。
「ぐおおおお!!我の食事の邪魔をするとは何奴!?」
闇の中で低い声が呻く。
「貴方を討伐しに来た人間よ。」
「人間?馬鹿なことを言うな。
それだけ妖気を放出してる奴が人間なわけがないだろ。」
「私は人間であり、妖怪でもあるの。どっちにせよ、貴方を倒しにきたというのは変わりないわ」
「この我を倒そうというのか?面白い奴だ。
まさか人間に味方するおろかな妖怪が居るとはな」
「そのおろかな妖怪に倒されるのよ」
「ほざけぇ!!」
上手い具合に挑発に引っかかってくれたわね。
後は、近くに居る子供に攻撃が行かないように立ち回るだけ。
向こうは子供らの心臓を食べてパワーアップしてる。勝てるどうかは五分五分ね。
そんな事を考えながら神子は耳当てを外し、聴覚を研ぎ澄ます。
「くらえぇぇ!!」
ビュンッ!!と風を切る音が聞こえてきた。
しかし、天狗と神子の距離は開けたまま。恐らく遠距離攻撃を仕掛けたのだろう。
神子は宝剣を構えて、天狗の攻撃に備える。刹那、金属が擦れる音がした。
「むっ。我の風の刃を受け止めるか・・・・・・」
「真正面からの攻撃に対応できない程弱くないわよ。」
―――冥月流 天翔牙―――
宝剣を逆手に持ち、地面を軽快に蹴る。
そして、天狗との距離を限りなくゼロに近づけてそのまま宝剣を振るった。
もちろん宝剣は固い地面を抉りながらゆっくりと進む。しかし、矛先が地面から抜けた瞬間何倍もの速さで天狗を切り裂いた。
「ぬおぉぉぉぉ!?」
「天翔連撃!!」
宝剣を振りぬいた瞬間、右手に持ち替えてそのまま切り裂く。
さらに今度は左手に持ち替えて逆手で切り上げる。
「こ、こしゃくなぁぁぁ!!」
激昂した天狗は巨大な腕――天狗の身長は2Mを超えている――を神子に向かって振り下ろした。
神子はその場で小さな体を一回転。すると、足がちょうど腕に当たり、空振った。
「冥月流、崩蹴連脚!!」
足払いで天狗の体勢を崩してから水月に向かって飛び蹴り。
さらに、天狗の体を土台に再び跳ねて踵落としを天狗の水月にクリティカルヒットさせる神子。
相手が天狗ということもあって神子はまったく容赦しない。
「ぐおぉ・・・嘗めるなぁぁぁぁ!!!」
夜空に轟くような咆哮と同時に天狗の代名詞でもある葉団扇を振るう。
すると、竜巻でも起こったような突風が吹き、神子は吹き飛ばされた。
しかし、神子は空中体勢を整えて天狗を見る。
「キサマァ!!我を見下すな!!」
人間の急所にダメージを与えても大した効果はないか・・・・・・。
まあ、それで倒れてくれるようなら普通の人間でも妖怪を倒せるわね。
それに相手もいい具合に怒ってるみたいだし、そろそろ仕掛けましょうか。
神子はこの時初めて宝剣に妖力を注ぎ込んだ。
すると、宝剣に描かれた紅い文様が闇の中で怪しく輝く。
「な、何だ!?その禍々しい剣は!!」
神子から天狗の表情が見えない。しかし、口調から天狗が何かしらの危険を察知したようだ。
「さあね。私にもよく分からないわよ。」
そう言いながら神子はその矛先を天狗に向ける。
そして、大きく深呼吸。
「これで幕引きよ。」
神子は静かにそう言った。
刹那、神子は虚空を蹴り、天狗に向かっていった。
天狗も葉団扇を振ろうとするが、神子の方が早かった。
「冥月流奥義、零落白夜!!」
空中から地上に向かう最中に天狗の胴体を一閃。
地面に着地した瞬間、体を反転させて胴体に一閃。
さらに宝剣を天狗の体に深く突き刺す。
「ば、馬鹿な・・・・・・この我がぁぁぁぁ!!」
ドスンッという鈍い音を立てて天狗は倒れ臥した。
宝剣を引き抜き、付着した血を払うと鞘に戻す。
「貴方の敗因はただ一つ。手に入れた力に満足し、驕っていたから。」
さて、連れ去られた子供はどうなったのかな?
神子の耳には何の音も聞こえない。
耳当てを外した状態の神子なら、半径1M内の呼吸音でも聞き取ることができる。
しかし、子供の呼吸音はまったく聞こえない。
「あれ?」
おかしいわね。ずっとそこに居ると思ってたのに・・・・・・
まさかとは思うけど、別の妖怪に食べられた?
夜の山を何の装備もなしに居るのは餌になってるようなもんだし・・・・・・
神子がおろおろと考え事をしていると、ピカッ!!と眩い光が闇の中を照らした。
ずっと暗闇に居た神子は一時的に視力を奪われる。
そして、視力が回復すると・・・・・・
「やれやれ。ついて来て正解だったようだね」
「黎鈴!?」
気を失った子供を背負った一尾の妖怪、黎鈴が青白い光源と共に立っていた。
「星空を見上げてたら、あんたの姿が見えたから追ってきたんだ。
単独で天狗を倒すなんてすごいことをするね~」
「今回は運がよかっただけよ。」
「ふ~ん・・・まあいいや。」
この後、天狗に攫われた子供は無事に親元に届けられた。
しかし。その子供は誰に助けられたのかまったく知らず、斑鳩宮はちょっとした謎に包まれた。
気がついたら5日も日が空いていました。
まだストックは残っているのですが、ついつい出し渋ってしまいます。
私の悪い癖です。