第9話
獏。
それはヒトの悪夢を食らうことで力を高める妖怪である。
妖怪と分類されるが、その性質はむしろ聖獣に近い。
その姿は奇妙なもので、体は熊、鼻は象、目は犀、尾は牛、脚は虎に似ているとされる。
~神子の屋敷~
季節は夏の初めの初め。暦の上で夏に入ったばかりの頃。
いつも静かな神子の屋敷に騒がしい人物が紛れ込んできた。
「太子さま~!!」
「いきなりなんですか、布都。」
朝方。部屋でのんびりしていた神子の所に物部布都がやって来た。
神子の方はあんまりない休日を満喫していた所を邪魔されたので少しご機嫌斜めのようだ。
布都の方は心なしか、目元に隈があり、若干涙目だ。
「助けてほしいのじゃ!!このままでは、夜も寝られんのじゃ!!」
「とにかく事情を話しなさい。」
そう言って神子は布都を落ち着かせる。
布都が言うには、ここ最近真夜中に目を覚ますことが多いらしい。
何でも嫌な夢を見ることが原因だと思ってるみたいだ。そして、真夜中に目を覚ますと自分以外居ないはずの空間で何やらガサガサと物音がするらしい。
怖くて物音の正体を確認することも、そのままぐっすり眠ることもできないらしい。
「このままではおちおち寝ていられん!!何とかして欲しいのじゃ!!」
布都は余程怖かったのか、目尻に涙を浮かべながら懇願する。
一方、神子は困ったような表情を浮かべていた。
「取りあえず、布都。それだけでは、何も分からないわ。
他に何か手掛かりはないの?」
「分からないのじゃ・・・・・・。」
「まあ、布都の事だから期待はしてなかったけど」
神子の言葉が容赦なく布都の胸を抉る。
「うう~酷いのじゃぁぁ」
「事実でしょう?」
泣き崩れる布都に容赦なく追い討ちを仕掛ける神子。
意図的にやっているのか、それとも知らず知らずのうちにやっているのか・・・・・・・
「鳶梅。」
「はい。」
神子が呼ぶと、神子に仕える従者の一人――鳶梅が襖の向こうから返事を返す。
布都が居るので普段のような少し乱暴な口調は使わない。
「ちょっと客人が寝泊まりするらしいから、予備の布団一式出しておいて。
それから食事も一人分追加でお願い。」
「承知しました。」
「??」
泣き崩れていた布都が正常に戻り、首を傾げる。
すると、神子は微笑みを布都に向けた。
「そんなに怖いなら、今日は泊って行きなさい。
元凶を取り除くことはできないかもしれないけど、今日ぐらいゆっくり眠れるでしょ?」
神子の言葉に布都はパーッと顔を輝かせた。
こうして布都は一日だけ神子の屋敷に泊まることになった。
その夜。
二つ並べられた布団の片方に物部布都は眠っていた。
神子が一緒に居るおかげか布都は深い深い眠りに就いているので、まったく目を覚ます様子がない。
今の時刻は見張り以外の者は眠りに就いているのが普通だ。
しかし、神子は縁側から差し込む月光の下でぐっすり眠る布都の様子を見ていた。
「よっぽど悩まされてたのね。ぐっすり眠ってるわ」
『あなたは眠らなくていいの?』
ずっと起きている神子に植物が尋ねる。
「少し気になることがあってね。布都が起きてると、色々面倒だし。
それよりも、物部氏の屋敷に入り込んだ妖怪の正体は分かる?」
『分からないわ。妖怪が入り込んでるなんて初めて聞いたもの。
多分私たち植物が眠ってる時間帯に来たのね。』
「そう・・・・・・」
海燕経由で聞いた話では、物部氏の屋敷には賊が入り込んだ形跡はないらしい。
また子供が攫われることもなかった。なのに、布都は何度もその姿を見てる。
妖怪・・・・・・だと思うんだけど。
『いつも思うけど、あなた変わったね。』
「そう、かもしれないわね」
『桔梗に会う前のあなたは妖怪を絶対悪と考えていた。いや、そう考えるようにしていた。
だけど、今は無害なのに虐げられている妖怪を助けている。』
「そうね。自分でも随分変わったと思うわ。」
そう呟きながら神子は夜空から大地を見下ろす月を見上げた。
少し雲が掛かっている月は何も言わず大地をぼんやりと照らし続けている。
「私が変わったのは桔梗のおかげ。桔梗に出会ってなかったら、私は変わらなかった。
・・・・・・さて、ずっとこっちを見てる奴、出てきたら?」
―――へえ・・・・・・気づいてたんだ―――
神子は傍らに置いてあった宝剣を掴む。
刹那、神子の屋敷の庭に一人の子供が降り立った。
背丈は神子よりも低く、7歳前後に見える。
中性的な顔立ちで男にも女にも見える整った顔立ちに長い赤髪。
衣装は何とも時代に外れたもので赤と黒を基調にしている。
そして、背中には巨大な爪を模した鎌を背負っていた。
「貴方ね?布都の部屋に侵入して、いろいろ迷惑を掛けてたのは。」
「迷惑掛けてた覚えは無いんだけどな・・・・・・」
神子の前に現れた子供は苦笑いを浮かべた。
布都の部屋に侵入したことを否定しない所を見ると、侵入しているという自覚はあるようだ。
「貴方は一体何者なの?」
「そういえば自己紹介がまだだったね。僕は尼野宮。
人の悪夢を食い、自分の力に変える獏だよ。」
「随分珍しい妖怪ね」
“獏”って言えば、中国・・・この時代での呼び名は隋の伝承に登場する妖怪。
だけど、妖怪って割には性質的には聖獣に近い。何せ悪夢を食べてくれるから。
「いや~色んな人の悪夢を食ってきたけど、あの子の夢は格別だったよ。」
「・・・・・・・・・」
神子は無言でため息を吐いた。
布都が怖がっていたのは、布都の悪夢を食べている最中だった宮だったのだ。
怖がりな彼女は自室に侵入してきた宮が妖怪にしか見えなかったのだろう。
「あの子の怖がりも筋金入りね。」
「あはは♪ なぜか悪夢を食べてる最中に目を覚ますんだよね。
それに、あの子は悪夢を見やすい体質らしいみたいだし、興味深いよ」
宮はケラケラと笑った。
「まあ、今日はあの子が悪夢を見てないから意味ないからね。
それよりも・・・・・・」
宮は笑みを消して神子を指差した。
「僕は君にも興味があるんだ。人でも妖怪でもない特殊な存在。
半妖に似てるけど、半妖でない。陰と陽相反する両方の性質を持つ者。
普通は相反する陰と陽の性質を持つことなんて不可能。」
「私の身体については私自身もよく分からないわ。」
「まあそうだろうね。さて、僕はそろそろ帰らせてもらうよ。
機会があったらまた会おう。」
宮はそう言い残して姿を消した。
「・・・・・・私は、何者なんだろうね」
月を見上げながら呟く神子の質問に答えれる者は誰も居なかった。
にじファン時代とほとんど変更なし。