隋の国より渡来した青蛾と名乗る仙人。
彼女が齎したのは道教という宗教だった。
豊聡耳神子は自身のとある目的のために道教を利用することを決めた。
神子が真に目指すのは不老不死ではない。
彼女が目指すものは・・・・・・空間を作る術。
青蛾の勧めで親仏派の蘇我氏に味方した神子。
神子の協力を得られた蘇我氏は破竹の勢いで物部氏の一族を滅ぼしていた。
その争いの最中、布都と屠自古は結託し、布都は屠自古を神子側に引き込んだらしい。
「これは?」
物部氏と蘇我氏の争いに決着が付いた日より数日。
青蛾は小さな袋を持って神子の前に現れた。
「それは丹薬という錬丹術には欠かせない薬の一種です。
豊聡耳様にはこの薬を毎日服用してもらいます。」
「服用するだけ?」
「ちゃんと仙術の修行もします。」
「そうですか・・・・・・」
神子は袋を開けて、中身を覗く。
袋の中身は無臭の粉末。その粉末が青蛾の言う丹薬なのだろう。
しかし、それほど量が多いわけではなく分量によっては4日足らずでなくなってしまいそうだ。
「以外と少ないですね。」
「それだけでも大体半年分ぐらいはあります。
丹薬を摂取するのは本当に微量なので。」
「そうですか。」
神子は棚から劇薬を扱うときに使う小さな薬さじを取り出して、桶の水で丁寧に洗う。
ふいに青蛾は棚に置いてある瓢箪の中身がとても気になった。
神子に気づかれないように瓢箪に触れてみる。
「豊聡耳様、この瓢箪の中身は一体何ですか?」
「その瓢箪の中身は絶対に飲まないでください。
中身は高濃度の毒薬ですから。」
「え・・・・・?」
青蛾の表情がみるみる青ざめていく。
飲んではいないのだが、毒薬に触っていたと言われれば、気分も悪くなる。
中には触っただけで人体に影響を及ぼすモノもあるからだ。
「触ったくらいなら大丈夫です。体内に摂取しない限りは安全です。」
「そ、そうですか・・・。ちなみに、何で毒薬が?」
「それらは全部失敗作です。毒は少量と用法を守れば、薬にもなる。
私が薬を作り始めた頃はへたくそでしたから。」
中には劇薬も混じってた筈だけど、全部失敗作なのよね。
毒草の量を間違えたり、製法を間違ったりしてた未熟だった証。
まあ、中には植物たちが作らせたモノもあるけど。
神子は複数ある瓢箪の内の1つが生まれた切っ掛けを思い出していた。
その毒薬はとんでもない劇薬で、摂取すれば瞬く間に死に至るほど毒素が強いものだ。
これは神子が自分の意思で作ったわけではなく、植物の言われたとおりに作った結果である。
植物に変な影響があっても困るので、捨てるに捨てられないのだ。
「これで良いでしょう。」
劇薬を扱う時に使う薬さじを洗い終わった神子は机の上に薬包紙を置き、青蛾から貰った袋より本当にごく少量の丹薬をその上に乗せる。
そして、薬包紙に乗せた丹薬を一気に口の中に流し込む。
「マズッ!!」
それが神子が漏らした最初の感想だった。
「薬ですから。それよりも身体に異変はありませんか?」
「特にないです。摂取した時に眩暈がしたくらいですね。」
「普通なら少し摂取しただけで調子が悪くなったりするんですが、妖怪と人間の違いかしらね?」
「・・・・・・」
青蛾の言葉に神子は少し顔を顰めた。
「さて、次は仙術の修行に移りましょう。」
「はい。」
「豊聡耳様には仙術の基礎から学んでもらいます。
空間を作る仙術はそれほど難しい部類の術ではないのですぐに会得できます。」
「はい。」
神子の仙術の修行が本格的に始まった。
~桔梗の花畑~
仙術の修行を終えた後、神子は“桔梗の花畑(神子命名)”を訪れた。
今までは妖猫の黎鈴しか居なかった花畑だが、新しい住人として獏の妖怪―尼野宮が加わった。
しかし、今日はその二人だけではなかった。
「おう、久しぶりだな。」
「何で貴女が居るのかしら?紅鬼」
桔梗の花畑に居たのはかつて神子と敵対した鬼の紅鬼だった。
さらに、紅鬼が浅井氏の家から連れ出したオッドアイの少女が一緒に居た。
四人して紅鬼が持ち込んだと考えられるお酒で酒盛りをしていたようだ。
「あれ~?みこだ~」
間延びした声で神子に抱きついてきたのは、妖猫の黎鈴だ。
その頬は紅く染まっている。どうやら、お酒を飲んで酔ってしまっているようだ。
「みこもおさけのもうよ~♪」
「・・・・・・仕方ないですね。」
オッドアイの少女が神子の漆塗りの杯を渡す。
そして、紅鬼が持ってきたと思われる酒をトクトクと杯に注ぐ。
「ありがとう。」
「・・・・・・・」
神子がお礼を言ってもオッドアイの少女は口を開かない。
敵意は無いようだが、神子に心を許していないようだ。
「こら、龍華。」
「・・・・・・・」
紅鬼はオッドアイの少女を嗜めるが、少女は無言で黎鈴の猫の溜まり場に移動した。
代わりに紅鬼が神子の隣に座る。
「悪いな。どうも龍華はわし以外にはあんな調子でな。」
「あの子が経験したことを考えれば無理もない話だわ。」
そう言いながら神子は酒を口に運ぶ。
「龍華っていうのはあの子の名前?」
「ああ。名前がないといろいろ不便だからな。」
存在することを許されない忌み子。
その多くは生け贄として神様の供物にされることが多い。
家系によっては忌み子と分かった瞬間に殺す所もある。
結局の所、貴族は子や孫を道具としてしか認識していないんだよね。
神子は酒を飲みながら悲しい表情を浮かべた。
前世でも酒をよく飲んでいた神子は自分で酒を注ぎ、飲んでいく。
「良い飲みっぷりだねぇ♪こっちまでうれしくなるよ。
あの二人はあんな状態だしな。」
黎鈴はいまだに神子に抱きついており、離す気配がまったくない。
宮の方はすでに酔いつぶれて深い眠りに入っている。
この二人はお酒に対してそれほど免疫がないようだ。
「それはどうも。」
そっけない返事を返しながら紅鬼と神子は酒を飲み続ける。
二人とも頬が薄っすらと赤くなっているが、それほど酔っている様子はない。
「なあ、アンタは人間のことをどう思ってるんだ?」
「人間の私にする質問かしら?」
「人間であり、妖怪でもあるアンタだからこそ聞きたいんだ。」
「・・・・・・私の考えは、貴女と同じよ。」
「そうか。」
神子の言葉に短く返答すると、紅鬼は杯(特大サイズ)を口につけた。
「何で人間は同じ種族なのに、互いに争うんだろうな。」
「それは妖怪にも言えることよ。妖怪と人間の間に大した違いなんかないわ。」
「確かに、な。」
その後も紅鬼と神子は酒盛りを続けた。
・・・
・・・・・・
・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・
数日後、神子は自室で空間系の仙術に関する書物を読んでいた。
神子の師匠である青蛾は二日に一回の頻度でしか神子の処に来ない。
なので、会合もなく、青蛾の来ない日は自習という形になる。植物たちの声を聞きながら書物を読むことが神子の日課になっていた。
「神器を利用して力場を形成し、その中で練り上げた力を変換することで仙術は使えるようになる。っていうのが仙術の基礎だったわね。」
『つまり、神器を身につけていれば仙術はいつでも使えるの?』
「そういうことになるわね。」
もっとも私の手元には神器になるようなモノはない。
丙子椒林剣という宝剣を持ってるけど、神器には適してないらしい。
なのに、神器にするものは何でもいいらしい。どういうこと?
『ねえねえ。力場を形成できるなら、私たちでも良いんじゃないの?』
「可能性はあるわね。でも、上手く気を錬れないからまだ無理よ。」
『まどろっこしいな~。別に仙術なんて会得しなくてもいいんじゃないの?
桔梗の花畑には誰も辿り着けないし、神子十分強いし。』
『馬鹿か、お前は。桔梗は偶々花畑に辿り着いた奴に殺されたんだぞ?』
「そうよ。それに私もそんなに強い訳じゃないわ。
私にもっと力があれば桔梗は今も私と一緒に笑ってくれている筈だったから。」
神子は縁側に腰を下ろし、静かに夜空に浮かび上がる月を見つめた。
悲哀に満ちた表情を浮かべる神子に対して、植物は声を掛けるようなことをしなかった。
なお、神子は植物を神器とした力場の形成には無事に成功し、青蛾を驚かせた。
仙術についてはオリジナル的な部分が多くなると思います。
ネットで調べても、あまりよく分からなかったです。
あと、神子は桔梗のことをまだ気にしています。
と言ってもトラウマというレベルまでは達していませんが。