仙術。
それは仙人が使う魔法のようなモノ。
空間を作り上げたり、壁を通り抜けたり摩訶不思議な現象を起こす。
しかし、その術は門外不出。
世の中に広まることはない。
~神子の屋敷~
神子が邪仙、青蛾に弟子入りしてから早いもので半月以上が経過した。
官僚の立場を利用しながら仏教を民衆に広めつつ、裏では青蛾の下で仙術の修行に努めていた。
「まさかこんなに早く習得できるとは・・・・・・」
「伊達に神童とは呼ばれていません。」
青蛾の下で仙術の修行をすること半年以上、神子は目的であった空間を作り上げる仙術を見事に会得した。
その術によって神子だけの世界――通称:仙界――を作り上げ、その世界で黎鈴らと永い時を暮らすのがいつの間にか神子の目標となっていた。
「豊聡耳様の才能は初めから存じていました。そうでなけば、私がわざわざ出向く訳がありません。」
「そういうことを言ってると天界に招かれないと思うわよ?」
「それは困りますね~。では、少し師匠らしいことをしましょう。」
そう言って青蛾は白い布に包まれたモノを渡した。
形を見る限り十中八九刀剣の類いだろう。それを受け取った神子はするすると布を解いていく。
「これは・・・・・・」
布の中から現れたのは案の定、鞘に納められた両刃の剣だった。
柄の先には太陽を模した飾りが取り付けられ、刃渡りは神子が愛用している宝剣『丙子椒林剣』と大差ない。
「その剣は道教の宝剣。銘は『七星剣』と言います。」
「そんなモノを貰っていいの?」
「はい。私が持っていても意味はありませんから。」
そう言って青蛾は立ち上がった。
「では、今日でお別れです。」
「短い間だったけど、世話になったわね。」
「ええ。また、何処かでお会いしましょう。」
青蛾はそれだけ言い残すとお得意の壁抜けの術を使って何処かに言ってしまった。
「・・・・・・あんまり師匠らしいことはしてくれなかったけど、居なくなると寂しいものね。」
神子は青蛾が通り抜けた壁を見つめながらそう呟いた。
刹那、神子の瞳が深紅に染まる。
「桔梗の花畑に皆居る?」
『居るようじゃ。ついでに鬼や忌み子も一緒じゃ。』
「それは好都合ね。」
我ながらとんでもないことを考えるわね。桔梗の花畑ごと仙界に移住させるなんて。
だけど、いずれは私も都を出ていかないといけない身。だから、実行に移すしかない。
神子は夜空に昇った三日月を見上げながら決意を固めた。
「私が作り上げるのは、人と妖怪が共存共栄する世界。それが私の理想。」
・・・
・・・・・・
・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・
数週間後。神子は斑鳩宮を出て、桔梗の花畑へと向かっていた。
季節はちょうど冬。
先日降り積もった雪がまだ溶けずに残っており、山道は非常に滑り易くなっている。
普通の人なら山に入ろうとは思わない状態なのだが、神子はそんなことお構い無しに山道を正しいルートで登っていく。
四季の中で最も咲き誇る花が少ない季節だが、桔梗が育て上げた花畑の門番――幻覚を見せる花粉を放つ不思議な植物――は一年中咲いている。
慣れ親しんだ道を登っていくと、花畑に住む四人がいつも通り談笑していた。
「おや、神子じゃないか!!最近来なかったからどうしたのかと思ったぞ。」
神子に真っ先に気付いたのは、鬼の紅鬼だ。
喧嘩とお酒が大好きな彼女だが、今日は自重しているようだ。
「ちょっと忙しくてね。迂闊に外に出ることも儘ならなかったのよ。」
民衆に仏教を広めるために経典を小野妹子に取りに行かせたり、法隆寺を建てるように指示を出したり色々したわね。
これでも早く案件が片付いた方だわ。
蘇我の名家が後ろ楯になってくれてるおかげで反対する奴はほとんど居ないし。
「さて、と。あんまり此処に居たら、幸運に憑かれてる奴が迷い混んでするかもしれないし、さっさと始めるわ。」
「「「「???」」」」
四人は首をかしげるが、神子はお構い無しに準備に取り掛かる。
「皆、私に力を貸して!!」
神子の瞳が深紅の色に変わり、妖力が放出される。
さらに、植物の力を集めていく。
これから神子がやろうとしているのは、人智の範囲を越えた行為である。
そのため、神子の妖力だけでは絶対的に足りない。その足りない分を植物の力で補っているのだ。
植物の力を集めると言っても、植物は無限に近い数が存在する。その無限に近い数の植物から少しずつ力を分けて貰っているのだ。
「2つの空間を固定。互いの空間を置換!!」
黎鈴らには神子が何をやっているのか分からなかった。
しかし、神子の妖力がみるみる失われているのが分かった。
妖力を消費して妖術を使う機会は多々あったが、今回は消費される妖力の量が桁違いだ。
並みの妖怪が50体程度集まって賄えるような量の妖力が1つの妖術を行使するために失われていく。
「はあ・・・はあ・・・ぐっ」
そして、神子は花畑の上に倒れ込んだ。
「「「神子!!」」」
黎鈴たちはすぐに神子に駆け寄った。
神子は見ただけで分かるくらいに衰弱していた。
時雨は神子を下から抱き上げて一先ず木にもたれ掛からした。
「植物の妖怪である以上、回復は早いと思うが・・・一体何をしたらこんなに衰弱するんだ?」
「というか、さっき何したんだろ?」
「さあ・・・・・・」
「それは神子が目覚めてから聞けばいいだろ。それに、最近忙しかったようだし、少しくらい寝かせてやらんとな。」
そう言いながら時雨は神子の頬を撫でた。
・・・
・・・・・・
・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・
「ん・・・・・・」
あれ、私・・・・・・ああ、空間置換の反動で意識が飛んじゃったのか。
「おっ、起きたか?」
うっすらと目蓋を持ち上げると、ぼんやりと時雨の姿が映った。
「ええ。」
「体は大丈夫か?」
「まだ怠いわ。まあ、妖力のほとんどを使い果たしたから当然といえば当然ね。」
体は動かせない程怠いが、意識ははっきりと研ぎ澄まされていく。
そして、神子は時雨に膝枕されていることに気付いた。しかし、体が満足に動かせない状態では何もできない。
それに、何故か心が安らいだ。
「それにしても、一体何をしたんだ?」
「ちゃんと話すよ。黎鈴や宮は?」
「あの二人なら、何か食べる物を探しに行った。そろそろ帰ってくる頃だと思うが・・・・・」
「採って来たよ~。」
噂をすれば影、とはまさにこのことだろう。
両手で大量の木の実や果物を抱え込んだ黎鈴と宮が合流した。
「どうだった?」
「どうもこうもありゃしないよ。いくら歩いても草原とか、川とか、森があるだけ。」
「まあ、そうだろうね。此処は全く違う場所だから。」
「どういうことだ?」
「此処は仙界。私が作り上げた世界。」
「仙界・・・・・・聞いたことはあるが、実際に見るのは初めてだ。」
まあそうだろうね。私の師匠、青蛾が言ってたけど、わざわざ自分だけの空間を作り上げて隠居する仙人はあまり居ないって話だし。
そもそも、妖怪は仙人の肉体を喰らう捕食者。仲良くしてる仙人も私ぐらいしか居ないしね。
「この仙界と外の世界の一部をそっくりそのまま入れ換えたの。だから、この仙界の住人は私たち五人だけ。」
「何とも無茶なことをしたものだ」
「「???」」
龍華と黎鈴は揃って首を傾げた。
「ごめん、宮。あの二人に上手く説明しておいて。また眠くなってきた。」
「りょーかい。」
二人への説明を宮に丸投げすると、神子は再び眼を閉じた。当然、紅鬼の膝を枕代わりにして。
「それにしても、何でこんな世界を作ったのかな?」
宮は神子の寝顔を眺めながら呟いた。
「この子のことだ。単純に私たちが死ぬ様を見たくなかったんだろ。」
「あー。まあ、神子は優しいからね。」
「その優しさが仇とならなければいいんだが・・・・・・」
最近スランプ気味です。