東方聖人録 《妖を従える聖人》   作:玄武の使者

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第19話

 

 

 

 

 

 

 

夏が過ぎ、秋が過ぎ、冬が過ぎた。

季節は新しい生命(いのち)が芽吹く春になった。

幽香の元を修行を積み上げること、5年。聖徳太子こと、豊聡耳神子は彼女の元を発とうとしていた。

なお、その5年間で何度も生死の境目をさ迷ったのは言うまでもない。

 

 

「あら、もう行くの?」

 

 

「ええ。そろそろ帰らないと、花畑の植物たちが寂しがるわ。」

 

 

この世とは別の次元に存在する神子だけの世界、仙界。

その仙界の創造主にして管理者である彼女は5年間一度も帰っていない。

帰っている余裕がないほど、幽香の修行は厳しいものだったのだ。

 

 

「じゃあ、修行を無事に終えた弟子に選別よ。」

 

 

そう言って幽香は緑色の大きな帽子を神子に渡した。

植物の力を何度も取り込んだせいで深緑色に染まった髪に合うような色合いになっている。

神子はそれを受け取って頭の上に乗せる。

 

 

「もう一個選別よ。貴女に名前をあげる。

 聖人・豊聡耳神子はすでに死んだ身。演じる必要がなくなった貴女の新しい名は瀬笈 葉。」

 

 

「瀬笈 葉・・・酷い名前ね。」

 

 

「あら、桔梗の志を継ぐことを決めた貴女にはピッタリだと思うわよ?」

 

 

 桔梗の志という名の葉っぱを背負う者で瀬笈 葉。

 まあ、今の私にはピッタリな名前なのは間違いないけど。

 

 

「分かったわ。その二つの選別、ありがたく貰っていくわ。」

 

 

そう言って、新たな名前と帽子を貰った豊聡耳神子改め、瀬笈 葉は帰路に着いた。

 

 

「さて、私も旅に出ましょうか。ついでに文花の奴にも会いに行きましょう。」

 

 

葉を見送った幽香は日傘を広げて、旅支度のためにアトリエに入っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

幽香の拠点――太陽の畑を出た葉は平安京の方角、つまりは西の方角に向かっていた。

仙界の出入り口は何処でも作ることはできるのだが、あまり作りすぎると管理が大変なのだ。

なので、葉は最初に作った出入り口以外は作らないようにしている。

最も作った出入り口をすぐに塞げば、問題ないのだが・・・・・・。

 

 

「今日は日差しが強いわね。」

 

 

『気持ち良くて快適だよぉ~♪ あと、日光のおかげで元気はつらつ♪』

 

 

「まあ、植物たちはね。」

 

 

葉は道端に生えている植物たちと言葉を交わしながら歩き続けていた。

しかし、その行く手を阻むように妖怪化した野犬の群れが立ちふさがった。

むき出しにした口元から涎をだらだらと垂れ流し、目は血走って理性の欠片もない。

 

 

「・・・・・・妖怪が居ることぐらい教えてくれても良いんじゃないの?」

 

 

『ごめんごめん。まあ、あんな奴ら葉なら楽勝でしょ?』

 

 

「まあ、そうだけどね。」

 

 

そう言いながら葉は両腰に付けた4本の鞘の中から丙子椒林剣と七星剣を抜いて、構える。

同時に丙子椒林剣に妖力を流し込んで相手に不治の傷を刻みこむ能力を発動させる。

そして、葉の戦闘準備が整うと同時に野犬の群れが一斉に襲いかかって来た。

 

 

「冥月流剣術、初之太刀・紫電!!」

 

 

先陣を切ってきた野犬の眉間に鋭く速い突きが刺さる。

断末魔の悲鳴を上げる妖怪を無視して、葉は次の標的に狙いを定める。

 

 

「冥月流剣術、六之太刀・舞時雨!!」

 

 

葉の射程圏内に入っていた野犬の身体が断末魔の悲鳴を上げる前に分割される。

しかし、野犬の群れは怯えることも逃亡することもなく葉にその牙を、爪を突きたてようとする。

 

 

「邪魔ッ!!」

 

 

地面を蹴って野犬の群れから離れると、葉は二振りの剣を交差させる。

振り上げた2本の剣に妖力を纏わせて修行で身に付けた妖術を解放する。

 

 

 

―――葉符「クロス・スラッシュ」!!―――

 

 

 

交差させた剣を振り下ろした瞬間、×印の斬撃が放たれた。

その斬撃は射線上に居た野犬の群れを切り刻み、大地を血で染め上げる。

しかし、それでもまだ妖怪化した野犬は葉を狙っている。かなり飢えているようだ。

 

 

「冥月流剣術、七之太刀・影月演舞!!」

 

 

一斉に襲いかかって来た野犬に対して、葉は2本の剣を円形を描くように振り回す。

2本の剣は残った5匹の野犬を切り伏せる。

 

 

「ふぅ・・・こんな昼間に妖怪に襲われるとは思わなかったわ。」

 

 

『容赦ないねぇ~』

 

 

「あっちは完全に理性を失くしてたからね。あのままほっておくと人を襲うのは間違いないわ。」

 

 

そう言いながら丙子椒琳剣と七星剣の血を払って、鞘に戻す。

そして、当初の目的通り仙界の入り口を目指して再び歩き出した。

植物と談笑しながら数分程歩くと、拓けた場所に聳え立つ一本の巨木が視界に入った。

その巨木こそ葉が仙界の入り口の目印にしているものだ。

 

 

「良かった。5年も放置してたから、枯れてるんじゃないかと思ったわ。」

 

 

『勝手に殺すんじゃない。あと100年は生き続けるつもりだぞ?』

 

 

聳え立つ巨木が陽気に話しかけてきた。

すでに樹齢が70を超えるのだが、幹から伸びた枝には無数の木の葉が付いて元気そうだ。

 

 

『それよりもじゃ、儂の根元で眠っている奴を何とかしてくれんか?』

 

 

「ん?」

 

 

反対側を覗いてみると、太い幹に身体を預けて安らかに寝息を立てている

あまり見かけない太陽のような金髪。雪のように白い肌。

まるで人形のような見た目の少女だが、幼い肢体に纏うのは服とは呼べないボロ衣だ。

 

 

普通の人間・・・ではないでしょうね。この周辺に集落はない筈だし。

妖怪とも違うわね。まったく妖気が感じられない。

まさか、私が会ったことがない未知の種族?

 

 

「この子、一体何者なの?」

 

 

『儂にも分からんよ。一昨日の豪雨の夜、雷と一緒に落ちてきたんじゃ。』

 

 

「ってことは、二日も眠り続けてるの?」

 

 

『うむ。どうも雷に打たれてしまったらしい。』

 

 

ますます分からないわね。人間でも妖怪でもない。

太陽の畑でよく見かけた妖精でも雷に打たれて無事な筈はない。

・・・・・・止めた。考えるのは後にして、今はこの子を起こしましょう。

 

 

葉は深く考えるのを止めて、眠っている少女の身体を揺する。

すると、眠っていた少女がゆっくりと瞼を開いて深紅の双眸がさらされる。

 

 

「・・・・・・だれぇ?」

 

 

目覚めた少女は小首を傾げながら葉に問う。

 

 

「瀬笈 葉よ。貴女は?」

 

 

「・・・・・・知らない。気が付いたら、貴女が目の前に居た。」

 

 

「記憶喪失ってこと?」

 

 

「多分そう。」

 

 

言葉ははっきりしてるし、典型的なエピソード記憶の喪失みたいね。

雷に当たったみたいだから、記憶喪失になっててもおかしくないか・・・・・。

この様子だと、自分がどんな存在かも分からないわね。

 

 

「何か覚えていることはある?」

 

 

「ううん、何も。」

 

 

「本当に何も覚えてないのね。」

 

 

このまま放置しておくのも忍びないけど、得体のしれない子を人里に送るのも・・・・・・。

まあ、少なくとも凶暴な妖怪でもなさそうだし、仙界で一先ず面倒見ましょうか。

 

 

「ともかく、呼び名がないのは不便ね。何か希望はある?」

 

 

「・・・・・・ミラ。わたしの名前かどうか分からないけど、何となく馴染みがある。」

 

 

「じゃあ、ミラ。貴女は行く宛とかある?」

 

 

「ない。自分が誰かも分からないし、何で此処に居るのかも分からないから。」

 

 

「そう。なら、私と一緒に来なさい。そっちの方がいろいろと都合が良いし。」

 

 

そう言って葉はミラに右手を差し出す。

ミラは「良いよ。」と言って何の戸惑いもなくその手を握った。

 

 

「それじゃあ、私の活動拠点に案内するよ。」

 

 

葉は七星剣を抜いて、巨木の根元にあった大石に触れる。

すると、何もない空間に裂け目が出来てヒトが通れるような穴が出来上がる。

その穴が葉が作り上げた仙界への入り口なのだ。

 

 

「ミラ、おいで。」

 

 

「うん!!」

 

 

葉がミラを連れて仙界の入り口に飛び込むと、裂け目は自然に閉じて消滅してしまった。




何カ月ぶりの更新になるだろうか・・・・・・・。まあ、地道に改訂作業とかしてましたが。
東方自然癒のプレイ動画を気まぐれに見ていたら、この作品のことを思い出したので更新。
一応、この第19話から第2部に突入して、ここから自然癒の要素がどんどん入ってきます。
無理矢理な形になりましたが、神子の名前もせっかくなので主人公の名前に変更。
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