仙界に半ば強制的に連れ込まれた鴉天狗の少女は驚いた。
鬱蒼と茂る森の姿は消え、目の前に広がるのは季節相応の花々に満たされた世界。
そして、自分の命を狙っていた追手の気配が完璧に消えてしまったのだ。
そんな怪奇現象を体験して驚かない方がおかしい。
「こっち。」
驚いている少女の手を引いて葉は屋敷に向かう。
屋敷の玄関にたどり着くと、ちょうど仙界の中で食糧を集めていたミラも戻って来た所だった。
「おかえり、葉。その子、どうしたの?」
「事情は後で話すわ。」
それだけ言い残すと、葉は少女を連れて屋敷の中に連れ込んだ。
そのまま少女を自室に案内して、葉は慣れて手つきで傷口に包帯を巻いていく。
いつもなら薬に浸けた特殊な包帯を巻くのだが、5年の月日の間に使い物にならなくなっている。
「よし。一先ずこれで応急手当は終わり。」
「・・・・・・何を考えてるの?」
「別に。単に傷ついた貴女をほっておけなかっただけ。」
「華琳に関わることは全ての鴉天狗を敵に回したのと同様なんだよ?」
「それは白い翼の鴉天狗が破滅の象徴だから?」
「知ってたなら、何でっ!?」
少女は怒鳴るように言った。
鴉天狗の間で極々稀に生まれてくる突然変異で白い翼を持つ者は“破滅の象徴”とされている。
かつて屋敷に居た紅鬼が言うには何十年も前に誕生した白い翼の鴉天狗が狂って殺戮を繰り広げた。
その天狗が狂乱した理由は不明だが、その事件以降、鴉天狗の間で白い翼は“破滅の象徴”とされたのだ。
以来、白い翼の鴉天狗は排除の対象になっており、それに関わった者も皆殺しにするくらい徹底している。
「言ったでしょ? ほっておけなかったから。それが貴女を助けて理由よ。」
「・・・・・・・・・」
少女は唖然とした。
妖怪というのは基本的に自己中心的なので、無償で誰かを助けるような変わり者は少ない。
葉やその精神に大きな影響を与えた桔梗が特殊のだ。
「馬鹿じゃないの!! 華琳に関わることは死を意味するんだよ!!」
「私をそこらへんの妖怪と一緒にしない方がいいよ。」
葉は不敵にほほ笑む。
事実、下っ端の鴉天狗では束になっても今の葉に勝つのは難しい。
彼女はまだ若い妖怪であるが、その実力は上級妖怪にも匹敵する程。
さらには、相手に不治の傷を負わせる丙子椒琳剣があるので葉に真っ向から勝てるのはほとんど居ない。
「それに私の仙界にはどうやっても入って来れないわ。」
「・・・・・・どういうこと?」
「この仙界は外界とは完全に隔絶されたもう1つの世界なの。さっきみたいにちゃんとした入り口を使わないと入れないのよ。」
「この世界は貴女が作ったの?」
「そうよ。私の理想を実現するために作り上げた何人にも侵されぬ世界。
ここに居る限り命の安全は保障されるわ。」
葉は自慢げに語る。
仙界に入るには葉が作った出入り口を使うしかない。
その出入り口も巧妙に隠されている上に専用の道具を使わないと出入り口が開かれないようになっている。
なので、境界や空間に干渉する能力を持っていない限り部外者が入ってくることはない。
「そう言えば、自己紹介がまだだったわね。
私は瀬笈 葉。この屋敷の主で、少し変わった植物の妖怪よ。」
「鞍馬 華琳。鞍馬山にある天狗の里出身。」
「鞍馬山からあそこまで逃げてきたの?」
葉は目を丸くした。
鞍馬山は現在の都(平安京)にほど近い場所にある山であり、葉と華琳が出会った場所はかなり離れている。
ある程度成長した鴉天狗ならどうでもない距離だが、まだ若い華琳にとってはそうではない。
ましてやそれまでに同族から襲撃を何度も受けるので、葉に出会えたのは軌跡に近い。
「お父さんとお母さんが・・・・・・途中まで守ってくれたの。」
華琳は少し表情を曇らせて言った。
「お父さんとお母さんは華琳がある程度大きくなるまで匿ってくれたの。
だけど、途中で他の鴉天狗に見つかって・・・・・・・」
「貴女を逃がすために殿を引き受けた、ということかしら?」
「うん。」
「じゃあ、掟に背いた貴女の両親は・・・・・・」
「殺された。その後も何人か華琳を匿ってくれた人も居たけど、皆殺されちゃった。」
ぎゅっ、と拳を強く握りしめる華琳。
「だから、華琳に関わるなんて間違ってるんだよ。」
「・・・・・・・・・」
彼女の話を聞いていた葉は無言で華琳に近づくと、両頬に自分の両手を添える。
葉の禍々しい深紅の瞳と華琳の明るい赤色の瞳が互いに凝視する。
「そうやって虚勢を張らなくても良いと思うわよ?」
「なっ!? 虚勢なんて張ってない!!」
「嘘。心の中では常にだれかの助けを求めてるのは丸分かりよ。」
「そんなことない!!」
葉の言葉を華琳は強く否定する。
だが、葉は完全に華琳の本心を見抜いていた。
「じゃあ、何で私の手を無理にでも振りほどかなかったの?」
「それは・・・・・怪我してたからで」
「それも嘘。私が掴んだのは無傷だった右手だったのよ?
力で敵わないにしても他人と関わりを持ちたくないなら、少しでも抵抗する筈よ。」
「違う・・・・・・違う!!」
「まったく、往生際が悪いわね。」
葉はため息を吐くと、怪我に響かないように優しく華琳の身体を抱きしめた。
華琳は拒絶するように手足をバタつかせたが、本気で拒絶しているような様子はない。
「大丈夫よ。私は華琳の前から絶対に居なくなったりしない。」
「そんなこと・・・・・・無理に決まってる」
「この世に“絶対”なんてあり得ないわ。私はそれをよく知っている。」
葉の脳裏に浮かぶのは今は亡き桔梗の姿。
ヒトを襲うことも怖がらせることもせず、ヒトを助けていたイレギュラーな植物の妖怪。
「もう一度言うけど、天狗ごときで倒されるほど弱くはないわ。だから、安心しなさい。」
「・・・・・・・・本当に、華琳の前から居なくならない?」
「ええ。」
「じゃあ・・・・・・華琳を、助けて」
「任せなさい。」
葉は自信満々に言った。
書いててずっと違和感が拭えませんが、私の才能ではこれが限界です。