東方聖人録 《妖を従える聖人》   作:玄武の使者

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第22話

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

~倭の国 諏訪の国~

 

 

新しい命が芽吹く春。

冬を越えて数多くの植物が顔を出すその季節に葉は仙界の新たな住人と共に旅に出ていた。

連れ添うのは謎の妖怪、ミラと天狗の忌み子、鞍馬 華琳。

三人は倭の国の東の方へ方へと旅を続けていた。

 

 

「此処が諏訪の国、か。」

 

 

三人がたどり着いたのは美濃国諏訪地方の大きな湖周辺に栄える町である。

かつては王国としても知られており、長い年月の間に勢力は衰えたもののその気になれば朝廷とも張りあえる国だ。

たどり着いた町は活気に満ちており、町の人々も活き活きしている。

 

 

「華琳、羽は常に隠しておきなさいよ?」

 

 

「うん。」

 

 

外見が人間に近い葉とミラは問題ないが、華琳の純白の翼は目立ちすぎる。

町中に入ればその瞬間、国を治めている者に狙われるのは間違いない。

 

しかし、華琳には旅路の途中で覚醒した固有能力がある。

彼女の能力は〈認識を阻害する程度の能力〉である。

その名称の通り、相手からの認識を阻害して見えにくくすることができるのだ。

 

 

閑話休題

 

 

「さて、とりあえず宿を確保しましょうか。」

 

 

「でも、葉。私たちの手持ちでは・・・・・・」

 

 

「大丈夫よ。私たちには“これ”があるから。」

 

 

葉が示したのは、腰にぶら上げている瓢箪だ。

 

 

「確か、蔵に保管されてたお酒だよね?」

 

 

「ええ。屋敷に居候してた鬼が残していったお酒よ。」

 

 

正確には紅鬼が残していった“酒虫”で新しく作ったんだけど。

この時代はお酒を作るのも難しいから結構高値で売れるのよね。

まあ、この時代はまだ統一通貨なんてないから物々交換になるんだけど。

 

 

「華琳、ミラ。行くわよ。」

 

 

「「はい。」」

 

 

葉たちは諏訪の国に足を踏み入れた。

 

 

◆     ◆     ◆     ◆

 

 

諏訪の国の中心である湖の畔に聳え立つ荘厳な神社。

その神社の屋根の上に黄金色の髪を持つ女性が静かに佇んでいた。

しかし、その表情には少しばかり焦りの色が見え隠れしている。

 

 

「何処に・・・何処に行ったの・・・・・・!?」

 

 

「落ち着け、諏訪子。」

 

 

諏訪子と呼ばれた黄金色の髪の女性の後ろに太い注連縄を背負った女性が現れた。

二人とも神子と同じように時代から逸れた衣服を着ているが、それを気にする者は誰もいない。

 

 

「この状況で落ち着いていられる訳ないでしょ!!

 あの子、まだ碌に術も使えないのに・・・・・・」

 

 

「諏訪子!!」

 

 

女性の怒声が神社の上に轟く。

 

 

「お前は崇り神を従えるこの国の土着神だろ!!

 お前が取り乱してこの状況が変わるわけでもないだろ!?

 この国を民に不安にさせるだけだ!!」

 

 

女性に叱咤され、諏訪子と呼ばれた女性のパニック状態に陥った頭が冷えていく。

 

 

「・・・・・・そうだね、神奈子。あんたの言うとおりだよ。」

 

 

「まったく・・・孫が居なくなって心配になるのは分かるがな。

 幸いにもあの子はまだ子供だ。町の外には出ていないだろう。」

 

 

「そうだね。神奈子、私はちょっと神社を離れるよ。」

 

 

「ああ。」

 

 

諏訪子はふわりと宙に浮かびあがると、麓の町の方に降りて行った。

それはちょうど葉たちが諏訪の国に着いた時だった。

 

 

 

・・・

 

 

 

 

・・・・・・

 

 

 

 

・・・・・・・・・

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・

 

 

 

葉たちは宿になりそうな場所を探しつつ物資の補給に勤しんでいた。

紅鬼の置き土産を用いて作ったお酒を市場で売りに出されている物品と交換していく。

基本的に衣類は後回し。何故なら、葉は自分の妖力だけで衣服を編み上げることができるからだ。

さらに言えば、黎鈴がいろいろ自作した衣服を残していったので衣類には困っていないのだ。

 

 

「さて、こんなものかしらね。」

 

 

「そうですね。それにしても、一体どれだけお酒を作っていたんですか?」

 

 

「そうね、ざっと酒樽5つ分ぐらいは作ってあるわ。

 紅鬼がくれた酒虫のおかげでお酒には困らないからね。」

 

 

“酒虫”というのは、中国に伝わる酒の精である。

外見は山椒魚に似ており、サイズは大人の手のひらぐらい。

水をお酒に変える不思議な特性を持っているので酒好きの鬼には最適な生き物だ。

紅鬼は仙界に居た頃、この酒虫を使ってお酒を大量に生産していた。

 

 

「作り過ぎでしょ。葉もわたしもあまりお酒を飲む方じゃないのに。」

 

 

ミラは呆れた。

葉は下戸という訳ではない。むしろ、鬼と対等に飲み比べできる程だ。

しかし、彼女はお酒よりも御茶の方を好む。なので、お酒を飲むことはあんまりない。

 

 

「だからこうして、有益な物に変えてるのよ。」

 

 

「だとしても消費しきれないでしょ・・・・・」

 

 

そんな会話を交わしながら葉たちは諏訪の国の町中を歩く。

 

 

 

その最中―――

 

 

 

「きゃっ!!」

 

 

 

少しよそ見をしていた神子の体に小さな物体がぶつかって来た。

視線を下ろすと、若草色の髪をした齢8歳ぐらいの少女が尻もちをついて転んでいた。

巫女の証とも言える白と緑の巫女服を身に纏い、手には御幣を握りしめている。

十中八九、巫女の見習いの少女だろう。

 

 

「大丈夫?」

 

 

神子が転んでしまった少女に手を差し出す。

すると、その少女はその差し出された神子の手を掴むことなく何処かに走っていった。

 

 

「誰だろ?」

 

 

「何か酷く焦ってたみたいだけど・・・・・・」

 

 

「あの方向は・・・・・・」

 

 

少女が走り去る先を記憶した葉は空を見上げた。

まだ夕暮れにはなっていないが、そろそろ妖怪たちの動きが活発になり始める時間だ。

そして、少女が走って行った方向は葉の見間違いでなければ町の外。

もうすぐ夕暮れに差し掛かろうとする時間に町の外に出るのは危険だ。

 

 

「ミラ、華琳。念のために追いかけるわよ。」

 

 

「分かった。」「うん。」

 

 

嫌な予感が脳裏を掠めた神子はすぐに若草色の少女の後を追った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

~諏訪の国周辺の森~

 

 

諏訪の町を出た葉たちはすれ違った少女を追跡していた。

いくら距離が離れていても植物たちと葉が揃えば、位置を特定することなど造作もない。

植物たちの連絡網によれば、先ほどの少女は犬型の妖怪と戦闘を繰り広げているらしい。

 

 

「あとどれくらい離れてる?」

 

 

『ざっと、三千尺ですな。どうやら追いこまれているようですが・・・・・・』

 

 

おおよそ900メートル。結構な距離が開いているわね。

しかも、そのから移動することを考えると、追いつくまでに1キロほど。

さて、それまでさっきの女の子が耐えきれるか・・・・・

 

 

そんなことを思いながら葉はミラと華琳を先導しつつ、少女を追い掛ける。

脚部に集束させた妖力を爆発させて短距離を一瞬で移動する歩法――瞬動術を用いて少しでも時間を縮めるが、さすがに距離が開き過ぎている。

 

 

「町からこんなに離れるなんて、かなりの命知らずだね。」

 

 

「同感。」

 

 

ミラの言葉に華琳も同意する。

 

 

「華琳、その位置から何か見える?」

 

 

「何も見えないよ。ちょっと距離が離れすぎてる」

 

 

ミラと葉は瞬動術で大地を駆けているが、ミラは白い翼を広げて森の少し上を飛んでいる。

天狗の特性で華琳は視力がずば抜けて高いが、さすがにまだまだ離れているようだ。

 

 

「ごめん、皆。少しだけ力を貸してくれる?」

 

 

葉は植物たちに協力を仰ぐ。

彼女の協力要請を植物たちが拒む訳もなく、喜んで力を貸してくれる。

妖怪を倒すことはできないが、植物たちだけでも足止めぐらいは可能だ。

 

 

「うん、ありがとう。」

 

 

快く協力してくれた植物たちにお礼を言いつつ、葉は急ぐ。

 

 

 

▼    ▼    ▼    ▼    ▼

 

 

 

一方、葉たちが追い掛けている少女は絶体絶命の危機に見舞われていた。

右手に御幣を、左手に複数の御札を持って妖怪たちを睨みつけるが、その足は震えている。

少女を取り囲むのは野犬が長い年月の間に妖怪化しただけの下級妖怪だが、相手をじりじりと追い詰めるような狡猾な行動で少女を追い詰めている。

 

 

「風よ、敵を切り裂く刃となれ!!」

 

 

少女は呪文を唱えながら一枚の御札を投げる。

御札に込められた霊力が風の刃となるが、それは無差別に放たれた少女自身も傷つける。

 

 

「っっ!!」

 

 

痛みに顔を顰める少女。

彼女はまだ術を上手く扱うことができないので、術を使うとバックファイアを受けてしまうのだ。

しかし、威力の低い風の刃では妖怪を倒すことができない。

 

 

「「「「・・・・・・・・」」」」

 

 

4匹の妖怪がじりじりと少女との距離を詰めていく。

そして、妖怪たちが一斉に飛びかかろうとした時、植物の蔦が妖怪たちを拘束する。

蔦によって雁字搦めにされた妖怪は拘束を引き千切ろうとするが、上手く噛み切ることができない。

 

 

「い、今の内に・・・・・・・」

 

 

妖怪たちが動けなくなっている内に逃げようとする少女。

しかし、妖怪は恐るべき執念で少女の足に噛み付いた。

 

 

「こ、このっ!!」

 

 

何とか口を開いて脱出しようとするが、妖怪は強い力で噛み付いて放そうとしない。

そして、1匹が拘束している内に他の3匹が蔦の拘束から解放されてしまった。

拘束から抜け出した妖怪がジリジリと少女に近づいてくる。

 

 

「い、いや・・・・・・来ないで」

 

 

妖怪たちがそんな言葉を聞く筈もなく、鋭い牙を覗かせて近づいてくる。

 

 

「いやぁぁぁぁぁ!!!」

 

 

恐怖に負けた少女が大声で叫ぶ。

その時、上空から降り注いだ一本の槍が少女を拘束していた妖怪を串刺しにした。

 

 

「ふぅ・・・・・・何とか間に合った。」

 

 

そう言いながら降りてきた華琳は少女を守るように前に立つ。

 

 

「さあ、勝てると思うなら掛って来なさい」

 

 

妖怪を貫いた槍を引き抜いて構える華琳。

その身体から放たれる妖力に残された妖怪は二の足を踏む。

華琳の威圧に気圧された妖怪たちは我先にと逃げ出した。

 

 

「無事に間に合ってよかった。あと少し遅かったら、今頃捕食されてたね。」

 

 

「何で妖怪が・・・・・・」

 

 

「ん? 何となく気になった助けただけ。妖怪は自由気ままな生き物だからね。」

 

 

華琳はクスクスと笑いながら饒舌に語る。

その間に遅れて葉とミラが華琳と合流した。

 

 

「御苦労さま、華琳。」

 

 

「夕餉の後に水菓子を所望する。」

 

 

「はいはい。そんなことより、その子の怪我を治してあげないと。」

 

 

そう言って葉は少女の傷口に手を翳して治癒妖術――〈リーフストーム〉を使う。

噛み付かれた時に出来た傷口は瞬く間に塞がっていき、元の状態に戻った。

 

 

「はい、治療完了。」

 

 

「・・・・・・・・ありがと」

 

 

少女は小さな声でお礼を言う。

 

 

「どういたしまして。さて、目的は達成できたことだし、町に戻ろうか。」

 

 

「もうすぐ日も暮れるしねぇ。」

 

 

そう言いながらミラは葉の服の裾を掴む。

そして、華琳も同じように服の裾を掴んで少女の手を葉が握る。

 

 

「じゃあ、行くわよ!!」

 

 

刹那、葉たちは森の中から忽然と姿を消した。

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