~諏訪の国近く~
「ふぇ?」
少女は素っ頓狂な声を上げた。
それも当然のことだ。少女の目に映る光景が一瞬の内の豹変したのだ。
茜色に染まった森に居た筈が、気が付けば諏訪国の中心街の近く。
ミラと華琳はもう見慣れているので平然としているが、最初の頃は少女と同じ反応をしたものだ。
「“飛来神の術”。あらかじめ術式を刻んだ場所に移動できる仙術よ。」
葉は近くの地面に突き刺さっていた短刀を引き抜いて、後ろ腰のポーチに戻す。
少女を追い掛ける時に設置して、いつでも中心街に戻れるようにしていたのだ。
“飛来神の術”には術式(紋章)が刻まれた物品を一対用意する必要があるのだが、葉はそれに短刀を用いている。
「そう言えば、自己紹介がまだだったわね。私は瀬笈 葉。」
「その御供、ミラだよ。」
「ボクは鞍馬 華琳。ミラと同じ葉の旅の御供。」
「あっ、わたくしは東風谷美衣〈こちやのみい〉と言います。危ない所を助けていただいてありがとうございます。」
そう言って、白地に僅かに緑色を添えた巫女服を着た少女――東風谷美衣は頭を下げる。
「本当に間に合って良かったわ。でも、何であんな危険な真似をしたのかしら?」
葉は美衣に険しい視線を向ける。
日暮れ直前に1人で森の中を歩くことは自殺行為に等しい行動である。
それに、襲ってくる妖怪が1体とは限らないので危険度は非常に高いのは周知の事実だ。
葉でも夜な夜な1人で森に向かうような真似はしない。
「そ、それは・・・・・・」
美衣は言い淀む。
だが、植物がある限り葉に隠し事するのは不可能なことを彼女は知らない。
近くに居る植物たちが美衣の隠し事を暴露する。
なるほどね。病床に伏せっている母親の代わり、か。
立派と言えば立派だけど、まともに術も使えないのに妖怪と戦うのは無謀ね。
それは周りの人も止める訳だわ。
「まあ、いいわ。あんまり私には関係のないことだし。」
「葉、お腹空いたぁ~」
「ボクも。」
「そうね。そろそろ夕餉の時間だし。
じゃあ、貴女も早く自分の家に帰った方が良いわよ。」
「あ、はい。」
そんな忠告だけ残して葉はミラと華琳と共にその場を去ろうとする。
しかし、そんな彼女らを狙って鉄の輪っかが上空から降り注いだ。
―――キンッ!! キンッ!! キンッ!!
襲いかかって来た3つの鉄輪を葉が全て弾き落とす。
もちろん、植物が声を掛けてくれたから対応できたのだが・・・・・・
「まったく・・・・いきなり襲いかかってくるなんて酷いわね。」
「五月蠅いよ、妖怪。」
鉄輪が飛んできた方向を見ると、奇抜な帽子を被った女性が浮かんでいた。
細い両腕には先ほど投擲された鉄輪とまったく同じ物を持ち、黄金色の双眸には明らかな敵意が浮かんでいる。
『気をつけて!! アイツ、ここら辺一帯の信仰を集める土着神だよ!!』
土着神、ね。ホームグラウンド内なら八百万の神々を越える力を発揮できる神様か。
向こうは完全にこっちのことを敵視してるみたいだし、戦闘は避けられないわね。
まったく、今日は厄日みたいね。
「大人しく見逃して様子はなさそうだね。」
「みたいだね。」
女性の敵意を感じ取ったミラと華琳が拳を、槍を構える。
「へぇ・・・諏訪の土着神、この洩矢諏訪子に勝てると思ってるの? 妖怪風情が。」
「妖怪だからって、嘗めて掛ると痛い目に合うことを思い知らせてあげるよ。」
「そっちこそ。私の大事な孫に手を出したこと、後悔させてあげるよ!!」
言うが早いか、洩矢 諏訪子と名乗った土着神が鉄輪を投げる。
その鉄輪を華琳の槍が弾き落とすと同時にミラが地面を蹴って諏訪子に肉薄する。
「でりゃあぁぁぁぁ!!」
気合いを込めて容赦なく諏訪子の顔面を狙うが、その拳は彼女の手によって防がれる。
「酷いなぁ。顔は女の命なのに」
「いつまでそんな減らず口が叩けるかな?」
「そうそう。」
動きを止めた諏訪子の背後には槍を振り上げた華琳の姿。
槍は本来突くことによって攻撃する武器なのだが、華琳の槍は刀身の部分を大きくして斬ることもできる剣槍とも呼ぶべき武器である。
いや、柄を異常なくらいに長くした剣と言った方が正しいのかもしれない。
「ぜりゃあぁぁぁ!!!」
「残念。」
突然、地面が隆起して矢のように華琳に襲いかかってくる。
華琳は咄嗟に純白の両翼をはためかせて、その攻撃を避ける。
「よいしょっと!!」
華琳の奇襲を退けた諏訪子はそのままミラも投げ飛ばす。
葉や華琳と違って空を飛ぶことができないミラはそのまま地面に叩きつけられる。
さすがは土着神。ミラや華琳だけじゃあ、相手にならないか。
まったく、こっちには争う気なんてないのにあの様子じゃあ聞かないでしょうね。
仕方ないけど、ある程度叩きのめしてからゆっくり話すとしましょう。
「しばらく離れてた方が良いわ。私も土着神が相手だと、加減が利かないから。」
「あ、あの・・・あの人はわたしの叔母なんです。出来れば手荒な真似は・・・・・・」
「ちょっとそれは無理な注文ね。向こうは大人しく話を聞いてくれる様子はなさそうだし」
そう言って、葉は4本の剣から2本を選出して抜刀する。
今回、葉が選んだのは普通の日本刀と峰と刃が反対になった逆刃刀。
選んだ2本の剣をしっかりと握りしめて彼女は浮遊する諏訪子に向かっていく。
「ミラ、華琳!! 退きなさい!!」
諏訪子と戦っていたミラと華琳の2人と入れ違いになるように葉が前に出る。
「冥月流剣術 終之太刀、裂華螺旋剣舞・赤椿!!」
両手に握りしめた二振りの剣から放たれる縦横無尽の剣閃。
しかし、妖力も霊力も纏わせていない斬撃では土着神である諏訪子を傷つけることはできない。
そんなことは彼女も百も承知だ。
「月花符『――水仙――』!!」
葉の周囲に鮮やかな緑色の球体がいくつも浮かぶ。
彼女が手を振りかざした瞬間、緑色の球体が一斉に諏訪子に向かっていく。
自動追尾式の球体は諏訪子をしつこく追い掛け回す。
「このっ・・・・・!!」
華琳の不意打ちを妨害した時のように周囲の地面を隆起させて盾の代わりにする。
生憎と葉の妖術〈月花符『――水仙――』〉に能力によって作り上げられた盾を貫く威力はなく、当たった瞬間に霧散してしまう。
「月花符『――沈丁花――』!!」
妖力を帯びた二振りの剣がおぼろげに発光する。
一撃目と二撃目で諏訪子の盾を破壊し、三撃目で諏訪子の身体を交差するように切り裂く。
身体を奔る痛みに顔を顰める諏訪子だが、葉の攻撃はまだ終わっていない。
「月花符『――梅――』!!」
右手に持った日本刀を逆手に持ち替えて、そのまま振り抜く。
すると、幾重の風の刃が諏訪子の身体をずたずたに切り裂いた。
「せりゃあぁぁぁぁ!!!!」
最後に逆刃刀を諏訪子の頭部に思いっきり叩きつける。
脳天に鈍い一撃を受けた諏訪子はそのまま地面に堕ちて行った。
「ふぅ・・・・・・手加減するのも中々難しいものね。」
「よくも・・・やってくれたね。」
地面にひれ伏した諏訪子の雰囲気が変わる。
刹那、地面に亀裂が生じて巨大な白蛇が裂け目から姿を現した。
まさか・・・・・・この蛇は崇り神〈ミシャグジ〉!?
しかも、分霊体とかじゃなくて完全な崇り神本体を召喚したというの!?
「ミシャグジ様の崇り、その身に受けてみなさい!!」
「これは・・・・・・流石にきついわね。」
〈ミシャグジ〉というのは太古の時代――具体的には大和朝廷が成立するより前に諏訪地方で主に信仰されていた崇り神の一柱である。・
生誕、農作、軍事、様々な事柄の祟り神であり、少しでも蔑ろにするとたちどころに神罰が下るとされている。
実はこの〈ミシャグジ様〉を統括するのが諏訪子であり、諏訪の国周辺の信仰を集めているのだ。
日本の神は信仰の量がそのまま力になる。
土着神はホームグランド――諏訪子の場合は自分の王国――周辺限定で強い力を発揮できる。
この勝負は葉が圧倒的に不利な状況だ。
ホームグラウンドで土着神の相手をするのはキツイわね。
最悪の場合は植物の力を借りる必要もあるか・・・・・・。
『葉!! すぐにその場所から離れて!!』
「えっ?」
植物の声に従って、葉はその場から離れる。
その刹那、巨大な御柱が上空から落ちてきて、葉が居た場所に刺さった。
「この・・・・・・バカ諏訪子!!」
地面に突き刺さった御柱からジャンプした女性が大蛇の頭に乗る諏訪子を殴り飛ばした。
態勢を崩した諏訪子は地面に落ち、追い撃ちに等身大の御柱が投擲された。
「まったく・・・うちの巫女を助けてくれた恩人たちに何してるんだか。」
こうして、葉と諏訪子による戦闘は乱入者によって強制的に終了となった
ギリギリ土曜日に間に合いました・・・・・・。
資格試験とか町祭のせいで更新が遅れました。