3話
神子は焼き払われた集落からたった二人の生き残りである鳶梅と海燕をつれて斑鳩宮にある自宅に戻ってきた。死体を埋めるのにかなり時間を要したので神子の屋敷に到着した時にはもう夕暮れ時だった。
鳶梅と海燕は従者がお風呂に入れている。
「あ~今日は無茶苦茶疲れた~」
神子は堅苦しい服を脱ぎ捨てて薄着になると木の床に寝転がった。
縁側から差し込む夕日の光が神子の顔を茜色に照らす。
普段の神子を見ている官僚が見たら、ビックリすること間違いなしの光景だが、あいにくと神子の自宅は高い垣根に囲われているので見るのは不可能である。
「布都と尾自古はうまくやってるかな?まあ、別に見つからなくてもこっちには鳶梅と海燕が居るから大丈夫だけど。」
でも、証拠が多いことに越した事はない。相手がどんな言い訳をしてくるか分からないからね。
まったく・・・政治会合に参加するようになってから面倒なことばかり起こるわね。
神子は心の中で自分の不運を呪ってため息を吐いた。
そのとき、ドタドタという慌しい足音が聞こえてきた。
神子は体を起こして、耳当てを装着する。
「太子様!!捕まえてきたのじゃ!!」
バンッ!!と障子を開けて入ってきたのは、なぜか男性用の着物を着た銀髪の少女――物部布都だった。
それに続くように神子のもう一人の従者、蘇我尾自古が入ってきた。
その傍らにはさるぐわを噛まさせた状態で蓑巻きにされた男性の姿が・・・・・・
「ご苦労様、布都。何か知ってた?」
「こやつ、その集落の焼き払いに協力したそうじゃ。
しかも、脱税なんてものは嘘。本当の目的は別にあるそうじゃ。」
「そう・・・・・・。じゃあ、あの貴族にはさっさと降りてもらわないとね」
神子の顔から感情の色が抜け落ちる。
いや、もっと正確に言えば、怒りのあまりにそう見えるだけだ。
布都と尾自古はそんな神子を見るのは初めてなのか、一瞬ビクッと体を震わせた。
・・・
・・・・・・
・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・
そして、翌日。
定期的に行われる政治方面に関する会合が開かれた。
神子は誰よりも早く部屋に入り、後から来た官僚たちが神子に会釈して自分の席に着いていく。
数分もすると全ての席が埋まったが、一席だけ空席のままだ。
「神子殿。敦美氏が来ていないようですが、何かご存知ですか?」
神子の隣に座る進行役の高齢の男性が尋ねる。
「いえ、私も何も聞いておりません。」
「そうですか・・・・・・。仕方ない。一人足りぬが始めることにしよう。」
空席を残したまま定例会議が始まろうとした。
その寸前に襖が開いて、ひげを生やしたほんの少し高齢の男性が入ってきた。
「遅れて申し訳ありませんぬ。」
「構わんよ。じゃか、次はもう少し早くきてくれんかの?」
「善処いたします。では、定例k「敦美氏、貴方が参加することは認めません」」
敦美氏が自分の席に着いて定例会議を始めようとした提案する前に神子が口を挟んだ。
「神子殿!!急にどうされたのじゃ!?」
「どうもこうにもありません。あの敦美氏は数日前に集落を丸々一個焼き払っています」
神子の発言に定例会議に集まった官僚たちがザワザワと騒ぎ始める。
「先日、私はその集落を視察する目的で訪れました。しかし、その集落は焼き払われていました。」
「ふん。何処に我がやったという証拠があるのだ?」
「敦美氏。貴方はいつかの会合でその集落を焼き払うことを提案していました。」
「我は提案しただけだ。」
敦美氏は自分が起こした咎を認めようとした。
神子にとっては敦美氏の返答はある程度予測できたものだ。だからこそ、いくつもの証拠を集めてきたのだ。
「私がその集落を訪れたときに二人の子供を拾いました。
布都、尾自古。二人をこの部屋に。」
神子がそう命令を下すと敦美氏が入ってきた方とは反対側の襖が開いて、待機していた布都と尾自古が鳶梅と海燕を連れて部屋に入ってきた。
入ってきた四人に視線が集まり、海燕は鳶梅の後ろに隠れてしまう。
「鳶梅、貴女の集落を襲った犯人を覚えていますね?」
神子の質問に鳶梅はコクリと頷いて迷わずに敦美氏を指差した。
そして、会議会場に居る全員に聞こえるような声で言った。
「アイツが・・・アイツがあたしの故郷を焼き払った!!
あたしと海燕の親を殺したのはそこに居るアイツだ!!」
鳶梅の発現に会場がざわつく。
「た、単なる見間違いだ!!」
敦美氏は慌てふためく。
その反応を見れば、「自分が犯人だ」と言っているようなものだが、それでも敦美氏は認めない。
そのしぶといさに神子はため息を吐いて、もう一枚の札を切ることにした。
尾自古にアイコンタクトをとって昨日、布都が捕まえてきた証人を連れてこさせる。
「私は・・・・・・敦美氏に仕える者でございます。
敦美氏はその集落を間違いなく焼き滅ぼしました。」
「ぐ・・・う・・・」
「誰か!!敦美氏をひっ捕らえよ!!」
鳶梅の証言から神子の言っていることが本当だと確信した進行役は命令した。
その命令を受けた官僚は一斉に敦美氏を取り押さえた。
「ぐぅ・・・・・・」
敦美氏はもがいて必死に拘束から抜け出そうとする。
その様子を神子は蔑むように見つめていた。
「貴様が・・・貴様さえ居なければ!!」
敦美氏は渾身の力を振り絞って腰に携えていた短刀を引き抜いた。
そして、短刀を振り回して拘束を無理やり解くと神子に向かって一直線に向かっていった。
「「太子様!!」」
まったく・・・・・・できれば穏便に終わらせたかったのに。
少し、というかかなり痛いだろうけど、これは自業自得よ?
神子は立ちあがって、腰に提げた刀を抜刀する。
それはいつも彼女が携えている宝剣ではなく、鍛冶師に作らせた特注品。
逆刃刀と呼ばれる峰と切っ先が逆になっており、相手の意識だけを刈り取ることを念頭に置いた日本刀である。
「冥月流剣術、伍之太刀・桜花一閃」
神子の姿と敦美氏の姿が交錯した刹那、敦美氏は前のめりに倒れた。
刃を潰した部分で攻撃したが、相手の意識を刈り取るには十分な威力を発揮したようだ。
こうして、敦美氏は呆気なく御縄につくことになった。
その二日後。
神子は桔梗の居る花畑にやってきた。
敦美氏は当然ながら官僚から下ろされて、都より追放された。
その後、敦美氏の席に神子が入ることになり、神子は最年少で官僚になったことになる。
しかし、官僚になったと言っても幼い神子には何の意味もない。単なる埋め合わせに過ぎない。
また、鳶梅と海燕は神子の自宅で従者として働くことになった。
もちろん2人の保護者的立場になった神子の意向である。
「桔梗」
「おや?しばらく顔を見てなかった神子さんじゃないか。」
「ちょっと色々問題があったのよ。それから、君が居た集落を襲った官僚は都を追い出された。」
「・・・・・・」
神子の言葉を聴いた桔梗は花を弄っていた手を反射的に止めた。
「それと、鳶梅と海燕。この名前に聞き覚えある?」
「あるよ。私が居た集落に時に仲良くなった人間の子供。
私は・・・・・・あの二人も守れなかった。」
桔梗の目じりから涙が零れ落ちてキラキラと光った。
どうやら鳶梅・海燕の姉弟とはとても仲が良かったらしい。
「その二人なら生きてるよ。」
「え?」
「私が証拠集めにその集落に行ったときに見つけて拾った。
親も家も何もないから、私の屋敷で働くことになったよ。」
「そう・・・・・・。」
横顔でよく分からないが、神子は桔梗が「良かった・・・・・・」と小さく呟くのを聞き逃さなかった。
そして、同時に神子は思った。
やはり妖怪もヒトも変わらない。
悲しみ、喜び、時には怒る。違うのは、その立場だけ。
捕食する側と捕食される側。その関係さえなければ、こんなに苦悩することはないのに。
昨日、投稿するのを忘れていたので今日は2つ連続投稿。
当然ながら敦美氏というのは、非実在の官僚であり、かませ犬です。