第4話
敦美氏が都を追放されてから数ヶ月が経過した。
梅雨の季節も通り過ぎて、日本は暑い夏を迎えていた。
ギンギンと真夏の太陽が照りつける中、神子は一人桔梗の縄張りである花畑に居た。
以前は春の花が咲き誇っていた花畑はすでに夏の花で埋めつくされている。
「暑い~」
「そりゃあ、そんなゴツイ服を着てたら当然でしょ。」
「私だって好きで着てるんじゃないよ・・・・・・」
この時代の貴族が着ている衣服は基本的にゴツイものが多い。
平安時代における十二単|(じゅうにひとえ)がいい例である。
華美な衣装はその家系の権力の大きさを表す役目を負っていたので当然といえば、当然である。
「じゃあ、脱げばいいじゃん」
「そうもいかないよ。これでも私は官僚。だらけている姿を見せるわけにはいかない。」
だけど、正直に言うとかなり辛い。これでも、着る枚数を少なくしてる筈なのに・・・。
しかも、貴族って毎日お風呂に入るわけじゃないんだよね~。
私は前世の癖で毎日入ってるけど、この時代はお風呂を一回沸かすのも結構面倒。
「ふ~ん・・・人間は大変だね。でも、今日の暑さは妖怪の私でも堪えるよ」
桔梗は苦笑いを浮かべながら神子の隣に座る。
ちょうど樹が太陽の光を一日中遮ってくれているので、地面がひんやりと冷たいままなのでかなり快適な場所である。
「・・・・・・ねえ、桔梗。貴女は何で人に害を為そうとしないの?」
「それに似たような質問、私が取引を持ち掛けたときにも聞いて来たね。
私が人に害を為さない理由は簡単。私にはそんなの無意味だから。」
「?」
桔梗の言葉に神子は首をかしげた。
「神子は私たち妖怪は何のためにヒトを襲い、食らうと思う?」
「自分の腹を満たすためじゃないの?」
「半分正解。だけど、妖怪が人を襲うのにはもっと根本的な理由があるんだよ。」
「根本的な、理由?」
「妖怪にもいろんな成り立ちを持つ妖怪が居るんだよ。
遥かに長い時を生きる内に妖怪となった者、ヒトの身から妖怪に堕ちた者。そして、ヒトの畏れが具現化して妖怪となった者。
こんな感じに妖怪が生まれるのにはいくつかの経緯がある。
ヒトの畏れが具現化した妖怪はその“畏れ”がないと生きていくことができない。」
「そうか・・・ヒトを襲い、捕食することで“畏れ”を獲得してる訳か。」
「正解。私の場合はヒトの“畏れ”を具現した妖怪じゃないから、わざわざヒトを襲う必要がないんだよ。」
桔梗の説明に神子は納得した。
食欲を満たすのと同時に人々から“畏れ”を集めることで自分の存在を維持する。
妖怪の捕食行動にそんな一面があるなんて思いもしなかったわね。
でも、わざわざヒトを捕食して“畏れ”を集める必要はないと思うけど・・・・・・。
「まあ、単純に食欲を満たすためにヒトを襲う妖怪も居るけどね。
逆に人を驚かせるだけで自分の欲求を満たせる妖怪も居るし。」
神子の疑惑を感じ取ったのか、桔梗は花を愛でながら言葉を紡ぐ。
「なるほどね。それにしても、妖怪について随分詳しいみたいね。」
「昔馴染みの妖怪に教えて貰っただけだよ。
ヒトや妖怪をからかうのが何よりも楽しみな困った妖怪だったけど。」
過去に出会ったその妖怪のことを思い出した桔梗は苦笑いを浮かべた。
そして、ふと浮かんできた疑問を神子は尋ねた。
「桔梗はどれくらい前から此処の花畑に居るの?」
「そんなに昔から住んでる訳じゃないよ。
少なくとも5年以上前は此処から遠く離れた場所に住んでたし。」
「それならどうして、此処に移住してきたの?」
「・・・・・・・」
最後の質問に桔梗は無言を貫いた。
神子も余計な詮索はせずにそのまま黙りこんだ。
そして、元々静かだった花畑を静寂が支配した。
「ねぇ、神子。私からも一つ質問してもいいかなぁ?」
「何?」
「もし人に害を成さない妖怪に出会ったら、神子はどうする?」
「そうね・・・そんな妖怪に会ったら、とりあえず保護するわね。
別に私は好きで妖怪を退治してる訳じゃないからね。人と妖怪が仲良くできるに越したことはない。」
「そっか。」
神子の返答にそっけなく返事をする桔梗。
しかし、神子の目には桔梗が嬉しそうな表情を浮かべているように見えた。
「私はそろそろ帰るわ。部下が私を心配してるかもしれないし。」
「ん。」
そう言い残して、神子は花畑から立ち去った。
▼ ▼ ▼ ▼ ▼
一人花畑に残された桔梗は神子の姿が見えなくなると近くの樹の幹に凭れかかった。
心なしか桔梗がどんどん弱ってきているようにも見える。
「ゲホッ!! ゴホッ!!」
腰を休めるなり桔梗は思いっきり咳き込んだ。
口を押さえた白い手には真っ赤な鮮血が付着していた。
しかし、自分の体の変調にさして驚くこともなく桔梗は苦笑いを浮かべた。
「もう、限界が近いか・・・・・・。」
『結界を維持するのもかなりきついか?』
自分の寿命を悟っている桔梗に凭れかかった樹が話しかける。
「かなり、ね。正直に言うと結界も少し綻びが出始めている。」
桔梗の花畑には桔梗による結界に守られている。
そのため、普通の人間ではそう簡単に花畑にたどり着くことはできない。
神子がこの花畑にたどり着けるのも結界の綻びを通っているからだ。
「もう少しぐらいもってくれると思ったけど、無理みたいだね。
まあ、私の後継者が見つかっただけでもいいか。」
『あの少女を後継者にするのか? あやつは普通の人間じゃぞ?』
「それくらい分かってる。だけど、もう私の体がもたないからね。
生きていられる内に託せるモノは託しておかないとね。」
そう言いながら桔梗はクスリッと笑う。
「私が予定よりも早く死んだら、神子に伝言をお願いできる?」
『盟友の頼みじゃ。断るわけにはいかんじゃろ。』
「ありがとう。」
桔梗はゆっくりと瞼を下ろして、静かに安らかな眠りについた。
今は滅んでしまった故郷の光景を思い描きながら・・・・・・・・
2013年4月22日。
第4話を大幅改訂して、後の話との矛盾を解消しました。
矛盾に気づかされてから、おおよそ4カ月。何してるんだ、私。