第5話
植物にはさまざまな力がある。
傷を癒したり、香りで人の気分すらも癒すことができる。
しかし、時には人を苦しませる毒をもつ植物もある。
植物が薬となるか、人を殺す道具となるかは扱う人の性による。
夏と秋のちょうど境目。
真夏に比べると幾分か過ごしやすくなった季節、神子は市場を散策していた。
いつもは桔梗のところに直行するのだが、偶には市場の様子を見るのも一興と考えて斑鳩宮から少し離れた場所にある市場までやってきたのだ。
その市場は貴族の食事を支える大事な役目を負っている。
「いつ来ても此処は活気があるわね。前に来たのは夏だったかな?」
相変わらずの市場の活気に神子の頬も緩む。
この時代は物々交換が主流――一応、富本銭という貨幣があるが、浸透していない――なので市場を訪れる人は大荷物を担いでいる。
やっぱり貨幣はあまり浸透してないわね。渡来人から聞いた制度を真似しただけだから当然と言えば当然か・・・・・・・。
まあ、無理して混乱を招くよりは良いわ。
「これはこれは神子様。貴女も視察ですかな?」
「あら、椎名さん。そういえば、ここは貴方の管轄でしたね」
神子に声を掛けたのは中年の少し年老いた男性だ。
彼の名前は椎名と言い、神子の才能を素直に認める神子側の官僚である。
そのため、神子を嫉む者たちから恨みを買うこともあるが、彼は自分にも神子にもその矛先が行かないように色々立ち回っている優れた人物である。
「ええ。隋の国の文化を取り入れて、どのような変化があったのか視察に来たのですが・・・・・・」
「あまり普及はしていないようですね。」
「はい。まあ、仕方ないといえば仕方ないのですが・・・・・・」
椎名は苦笑いを浮かべた。
この時代に貨幣制度を導入しようと進言したのは他でもない椎名である。
渡来人の話を聞いて、その文化に興味を持つようになった者は少なくない。
椎名もその一人である。
「焦らずにやっていくしかありません」
「そうですな。私どもはこれで失礼します。
神子様もあまり従者を従えずに出歩くのは勘弁してもらえませんかな?
肝が冷えますわい。」
「善処します。」
一応視察っていう名目の休暇だから、従者を連れてくるわけないじゃん。
アンタの欲望をお見通しなんだからね?まあ、しばらくは利用されてるふりをしてあげるよ。
神子は心の中に椎名に対して黒い笑みを浮かべていた。
実は、親神子派の派閥も一枚岩ではない。椎名のように神子を利用して権力や富を得ようとする輩も居れば、純粋に神子を尊敬している者も居る。
後者の数はほとんど居ない。神子が知る限りでは物部布都と蘇我屠自古ぐらいだ。
ちなみに、神子は前者の方の顔ぶれはある程度知っている。
「私もそろそろ帰りましょうか」
自分の屋敷に戻ろうと踵を返した時、ドカッ!!ドカッ!!という打撃音が聞こえてきた。
その音は市場の建物と建物の間にある路地のほうから聞こえてきた。
神子は屋敷に戻る足を止めて、音が聞こえてきた路地に足を進めた。
「けっ!!くそガキが」
路地にたどり着いた時、入れ違いになるように男性が路地から出て、そのまま立ち去った。
神子はその男性をいぶかしむような視線を向けたが、男性はそのまま立ち去った。
その時、うめき声のような泣き声のような声が神子の耳に届いた。
「あれは・・・・・・」
それほど広くない路地に居たのは、麻という植物から作られた庶民の衣服を着た一人の少女だった。
神子は少女に駆け寄り、「大丈夫?」と声を掛けた。
少女の顔は頬が赤く腫れており、足にも切り傷があった。
「こんな所で何をしてるの?」
「ぐす・・・ぐす・・・おとおさんとおかあさんが、病気になったの。
それで・・・・・・薬草を持って帰ろうと思ったんだけど・・・・・・」
なるほど。薬草を手に入れようと都までやってきたのは良いけど、
その薬草と等価交換できる物がなかったのね。で、市場から盗んだ。
だけど、さっきの男性に捕まって結局薬が手に入らなかったってことか。
「どうしよう・・・・・・このままじゃあ!!」
「・・・・・・私に宛てがあるよ。」
「え!?」
「だから、貴方の両親がどんな様子なのか教えてくれる?」
「うん・・・・・・。」
・・・
・・・・・・
・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・
お昼を過ぎる頃。
神子は森の中を桔梗がいる花畑に向かって走っていた。
といっても、その森は足場が整備されているわけではないので小走り程度の速度だ。
少女から聞いた彼女の両親の病状を頭の中で反復しながら、花畑を目指す。
「ん?今日は随分慌ててるね」
花畑と森の境目にちょうど存在する大木。
よく神子が凭れ掛かっている樹の枝に植物の妖怪――桔梗は腰掛けていた。
「桔梗、お願いがあるの。」
「?」
首を傾げる桔梗に神子は事情を説明した。
少女説明中・・・・・・・
「――――っていう訳なの。」
「やっぱり神子はお人よしだね~。
まあ、ちょうどこの花畑に生えてる物で作れるし。」
桔梗は緑の髪を揺らしながら優雅に着地した。
トコトコと花畑に移動すると、花に話し掛けながら一本一本丁寧に摘み取っていく。
「ついて来て。絶対に私を見失わないように」
桔梗は神子にそう念を押すと森に囲まれた花畑の西側の森に入って行った。
桔梗の後に続いて森の中を進んでいくと、高床式のウッドハウスが在った。
「えっ!?森には建物なんか無かったはずなのに・・・・・・」
「此処は私の家。正規の通路を通ってこないと、見つからないようになってるんだ。」
「それって花畑と同じ?」
「そう。正規の通路を通ってこなかったら、この家には絶対にたどり着けない。」
正規のルートを通ってこないと、たどり着けないなんてどんな手品を使ってるのかしら?
まあ、そんなことができるからこの花畑が穢されることなく存在してられる訳か。
今まで誰にもあの美しい花畑が発見されなかった理由に納得していると桔梗は自分の家に入ってしまった。それに気づいた神子は慌てて彼女の後を追った。
神子が連れて来られた桔梗の家は非常に簡素なものだった。
置いてある家具は棚だけ。その棚はすべて桔梗自身が製作したと思われる薬品がびっしりと並べられていた。
「少し待っててね?すぐに出来上がるから。」
桔梗は棚の引き出しから石材で作られた道具を取り出すと薬草を調合し始めた。
「・・・・・・・ねえ、桔梗。」
「何?」
「頼んだ張本人が言うのも何だけど、植物を殺すことにためらいはないの?」
この時代、薬を作るには植物から作るしかない。
だけど、それは植物の命を奪うこと。そして、桔梗は植物たちの声が聞こえる。
なのに・・・・・・どうして桔梗は平然としていられるの?
「無いよ。」
「どうして?」
「私が植物たちの気持ちをよく理解してるから。
そうとしか言い様がないよ。」
「訳が分からないよ。」
「そうだろうね。」
花畑で摘み取ってきた植物を磨り潰して、薬を作りながら桔梗は苦笑いした。
「これは植物と会話をすることができる私だから理解できること。
神子も植物の声が聞こえるようになったら、理解できるよ。っと、できた」
「はやっ!!」
桔梗はほんの数分で薬を作り上げた。
出来上がった液体状の薬を清潔に洗浄された瓢箪に注ぎ、蓋をする。
「この私に掛かれば楽勝よ。さあ、この薬を届けてあげて。
私は薬を作ることはできるけど、渡すことはできないから。」
桔梗は少し悲しそうな表情を浮かべながら薬が入った瓢箪を神子に渡した。
神子はその入れ物をしっかりと握り締めると少女の元に走り出した。
「おとおさん・・・おかあさん・・・」
市場の端の方。
神子と別れたその場所で先ほどの少女はずっと神子が帰ってくるのを待っていた。
薬を手に入れる術を持たない少女は神子を頼るしかなかった。
ゆえに、ずっと祈るように神子の帰りを待った。
「お願い・・・早く!!」
蚊の鳴くような声で少女が呟いた時、誰かが少女の頭を撫でた。
「お待たせ♪」
かなり急いできたのだろう。神子は全力で走ってきたかのように息が荒い。
その手には薬が入れられているであろう瓢箪が握られていた。
「はい、これ。」
「でも・・・・・・私」
「お代なんて要らないよ。早く持って行ってやりなさい。」
「・・・・・・うん!!」
神子から瓢箪を受け取った少女は「ありがとう!!」と言い残して嵐の如く去っていった。
少女が何処の村から来たのかは分からない。しかし、神子より年下の女の子が来れる範囲が体力的に限られている以上そう遠くは無いだろう。
神子は少女の姿が見えなくなると、無言でその場から姿を消した。
ちなみに、桔梗にはモチーフになった妖怪が居ます。
といっても、二次創作キャラなので知名度はそれほど高くないです。
多分、神子が必殺技を習得したらモチーフになっているキャラが分かると思います。
分かる人はどれくらい居るか分かりませんが。