第7話
古代日本の都、斑鳩宮。
最高権力者のお膝元である都は未だかつてない混乱に見舞われていた。
数日前から近くの集落を視察しに行ったはずの神子が戻ってきていないからである。
一日程度なら、どこかで泊めてもらっているのだろうと思うが、数日間帰ってきていないとなれば、話は違う。
そして、その報告に喜ぶ者も居れば、焦る者も居る。
神子を慕う貴族たちはすぐに神子の捜索を命じるが、神子を忌まわしく思う派閥によって妨害される。
そんな醜い争いが水面下が繰り返されていた。
「ん?あれは・・・・・・」
門番は一本道を歩いてくる人影を見つけた。
最初は警戒した門番だったが、徐々に近づいてくるにつれてその人影がはっきりすると、驚愕した。
「神子様!!ようやくお戻りになられましたか!!」
「すいません。いろいろ事情があって帰るのが遅くなりました。」
神子は申し訳なさそうな表情を浮かべた。
桔梗の心臓を喰らったせいで禍々しい紅色に変わったはずの瞳は元の色に戻っている。
「何かあったのですか?お召し物が汚れていますが・・・・・・。」
神子の衣服は桔梗を殺した奴の返り血が付着している。
時間がかなり空いたために落とすことができなかったので、そのまま都に帰ってきてしまったのだ。
門番からの質問に神子はあらかじめ考えていた返答を返す。
「実は、作物を食い荒らす妖怪の退治を頼まれたんです。
この血はその妖怪の返り血です。」
「そうでしたか!!神子様、あまり無茶をなさらないでくださいよ?
貴女の屋敷の者が心配しておりましたよ。」
「すいません。何せ、作物を食い荒らす妖怪なれば私たちの生活にも間接的に被害をもたらすと思ったもので。」
「いえいえ。神子様が無事ならそれで構いません。ですが、次からは自重してくださると助かります。」
「肝に銘じておきます。私は少し疲れましたので、今日は屋敷で休ませてもらいます。」
「了解しました。」
それだけ言うと神子は自分の屋敷に向かった。
町の人々は返り血の付いた衣服を着ている神子に不審な目を向けたが、彼女は気にすることなく自分の屋敷に戻っていった。
~神子の屋敷~
数日ぶりに自分の屋敷に戻ってきた神子は縁側で寝転んで日光を一身に浴びていた。
戻った途端、従者兼護衛である鳶梅や海燕に散々怒られて開放されたのはつい数分前だ。
返り血で汚れた衣服は新しい物に変えた。
「あの二人を拾ったのは私なのに、説教するなんてどういう神経してるんだろうね?
立場的にはこっちのほうが上なのに。」
『まあ、お二方も本気で神子様を心配しておりましたから。』
神子の耳に声が届く。
さっきまで元の色だった瞳は再び禍々しい紅色に変わっていた。
ついさっきの声は庭に植えられている松の樹の声だ。
「それよりも、私の話は|植物たち(みんな)に伝えてくれた?」
『はい。』
「よし。これで私も色々楽ができるわ」
桔梗の能力を受け継いで改めて植物の凄さを私は理解した。
植物は日本全域に生息している。それを利用すれば、広大なネットワークもどきを展開できる。
さすがに海を挟むと無理だけど、それでも本州全ての情報をかき集めることができる。
「じゃあ、手はずどおりに。」
『分かっています。皆にも伝えておきます。
それよりも神子様、誰が来たようです。』
「ん。」
神子の瞳の色が元に戻る。それと同時に植物たちの声が聞こえなくなる。
桔梗の心臓を喰らった神子は帰ってくるまでの数日間ずっと自分の身体について研究していた。
そして、桔梗の能力をON/OFFできるようになったのだ。瞳の色の変化によって見分けられるようになっている。
「神子様、とある貴族の方が参っていますが、どうしますか?」
「今日は疲れてるから、追い返して」
「分かりました。」
そう言うと従者は襖を静かに閉めた。
ピタピタと足音が遠ざかっていくのを確認すると、神子は再び能力をONにした。
「はあ~・・・・・・」
『どうかしましたか?』
先ほどとは別の声が神子の耳に届く。
「いや、桔梗のことを思い出してね。」
神子は身体を起こすと膝を抱えて座った。
「桔梗は自分の死を予感して、志を継ぐ者として私を選んだ。
私は桔梗の期待に添えるようなことができるのか心配になったの。」
桔梗は植物の妖怪。
元は強い力を持っていたが、故郷の花畑が死滅してしまったことが原因で弱体化。
その弱体化は酷くなっていき、花畑を守る結界の力がかなり弱くなった所を襲撃された。
しかし、桔梗は死期を予測して、神子に数多くの物を残して逝った。
神子に遺産を残していったのは自分の志を継いで貰うためであるのだ。
『多分、神子が自分にできる精一杯のことをすれば、彼女も満足すると思うよ?』
「私にできる精一杯のこと、か。」
神子はほんのり暖かい縁側に寝転がり、これからのことを考える。
表では“豊聡耳神子”で演じ、裏では“■■ ■■”として活動する。
そんな生活がもうすぐ始まろうとしている。
『まあ、ねちねち考えるのも無駄だと思うよ?』
「・・・・・・そうだね。」
とりあえず、明日押し寄せてくる貴族たちに対する言い訳を考えないとね。
複雑なことを考えるのはその後にしよう。
翌日。
昨日は何かと理由をつけて追い返した貴族たちが神子の屋敷に集まってきた。
全員揃って開口一番の台詞が「大丈夫ですか!!」というものだったのは言うまでもない。
中には「狸が化けているんじゃないか?」と疑う輩も居た。
朝っぱらから押しかけてきた貴族たちを適当にあしらって神子はやはり自室で休んでいた。
「あ~・・・・・・疲れたわ。」
「今回はアンタのほうが悪い。」
自室でくつろいでいると乱暴な口調の声が聞こえてきた。
この屋敷に住む者でそんな乱暴な言葉を掛ける従者を神子は一人しか知らない。
そう、敦美氏によって焼き払われた集落から拾ってきた鳶梅である。
「鳶梅、口には気をつけた方がいいわよ。」
「此処にはアタシとアンタしか居ないから大丈夫よ。」
「普段から気をついてないと、すぐに襤褸(ぼろ)が出るって言ってるのよ。」
「大丈夫よ。ちゃんと時と場合は弁えてるから。」
「それなら構わないけど、何のようなの?」
「はい、コレ。」
そう言って鳶梅は一枚の紙切れを渡した。
そこには会合の日程が記されていた。日にちは明日の寅の刻。
「ん。ありがと」
紙切れを渡すだけ渡すと鳶梅は神子の部屋から出て行った。
「さて、しばらくは“表”の私を演じないとね」
神子の含みのある言葉を聞いた者は誰も居なかった。
~???~
斑鳩宮より遠く離れた東の方。
美しく咲き誇る秋の花たちを世話している一人の女性が居た。
時代離れした衣装に日光を遮るための傘で顔を隠した女性は植物の声に耳を傾ける。
「そう・・・・・・彼女は亡くなってしまったのね」
元気良く生えている草原の上に腰を下ろして太陽を見上げる。
「悲しくない・・・といえば嘘になるわね。彼女は私の同胞みたいなものだし」
―――・・・・・・・―――
「それは興味深い話ね。」
女性は植物からもたらされた情報に興味を示した。
「こっちから会いに行くのもいいけど、今は時期じゃないわね」
―――・・・・・・・・―――
「何となくよ。でも、いつかは合間見えることになるわね。
ふふ♪ 今は平穏を享受していると良いわ。」
花たちに囲まれた緑髪の女性はサドスティックな笑みを浮かべた。
「いつか会いましょう。我が同胞を食らいし者、豊聡耳神子。」