「だぁー、ちくしょう! ポイント全部持ってかれた!」
あのとき、ヴァルガからの脱出エリアで出会ったG-3ガンダムと正面切って戦うという選択肢をとっていなければ、今頃おれがこんな叫びを上げることもなかったのかもしれない。
だけどさ、「いかにも」な強敵を見つけて、そのまま背中を見せて逃走したんじゃあ、モヒカンの名折れってものなんだよ。
いや、別にモヒカンヘアーにしてるわけじゃないんだけどさ。
ハードコアディメンション・ヴァルガ。リスキル粘着騙し討ちFFリンチなんでもあり、GBNの無法地帯を活動拠点にしているダイバーのことを大体のやつらはモヒカンだとか蛮族だとか呼んでいる。
だからモヒカン。蛮族でもいいけどさ。要は通じればいいんだよ。
で、おれはそのヴァルガでそこそこ名が通ってる立場だからこそ、そんな強敵相手に背を向けて逃げるなんてチョイスはなかったわけだ。
それで戦ったG-3ガンダムなんだけど……出来もよければ腕もよかった。
ガンプラの出来がものをいうGBNじゃ及第点以上だ。
でも、それ以上に引っかかったのはあいつの戦い方だった。
「さてはあいつ、『幕末』やってるな……?」
幕末。一部の狂人たちの間で謎の人気を誇るバトルロワイヤルゲーの通称なんだがそれはどうでもいい。
重要なのは、ヴァルガと幕末のゲーム性はある程度似通ってるってところだ。
要するに、バーリトゥード。誇りも誉れもゴミ箱行きなあの民度が底辺を突き抜けたゲームをやってなければ、あんな「状況を利用した殺し方」はできない。
要するになんというか、だ。
「なに言っても言い訳にしかならないんだよなー、ああちくしょう、清々しい負けだった」
同じモヒカンとしても、幕末勢としても敬意を表するレベルの完敗だったことが清々しくもあり悔しいのだ。
反省会は五秒で終わらせろ。
そして「次会ったら必ず殺す」の思いを抱いてなければヴァルガで生きていくことはできない。
「あのG-3ガンダムにもう一度会ったらどう天誅してやるかな……」
ダイバーギアにセットしていたガンプラを机へ置き直し、今日は一旦切り上げて、明日だ明日。
そう考え、夜飯を食って風呂に入って歯を磨いておれは眠りについた。
負けたってのに、やけにすっきりと寝られたのが不思議だった。
◇◆◇
「おはよー、カイトにしては珍しくシャキッとしてんじゃん」
「ああおはよう、昨日は夜更かししなかったからね」
「それ、今日槍でも降るんじゃねえの?」
「おれだってたまには早く寝るんだよ」
「快眠はいいことですねぇ」
やんややんやと友人グループの間で他愛もない会話をする。
いつも繰り返してきた朝の一幕だ。
高校に入って実に三ヶ月ぐらいか、こんだけ経てば、クラスの中での自分の立ち位置っていうのも見えてくる。
陽とか陰とかで人を括るのは馬鹿馬鹿しいとは思うけど、できることなら友達はほしい。
そんな感じで集まったのが俺、アサギ・カイトを中心とした仲良しグループだった。
そこそこの付き合いにそこそこの距離感に、そこそこの楽しさ。多分高校卒業したら疎遠になっていくんだろうな、と思いつつも、お互いその辺は暗黙の内に割り切っている関係だ。
そして、無事に仲良しグループを作れた人間がいれば、そうでないのがいるのも高校ってところなわけで。
ちらりと横目で伺った先にいたゆるくウェーブがかかった茶髪の女子は、今日もイヤホンを耳にさして窓の外を一人でぼんやりと見つめている。
なにが楽しいんだろうな、と思うけど、多分なにも楽しくないんだろうな、とも思う。
「カイト、お前サイジョウのこと気になるの?」
「別にそんなんじゃないよ」
「でも、カイトくん結構サイジョウさんのこと見てますよね?」
「……気のせいだと思うよ」
なんとかしてやりたい、と思うこと自体が多分傲慢なんだろう。
クラスで一人浮いているその子、サイジョウ・ユメカを気にかけることはしても、なにもできないのがおれという人間の限界だ。
確かにいつもアンニュイで、なに考えてるのかよくわかんねーところもあるけど、多分悪いやつじゃないとは思うんだけどなあ。
話したことないからわかんないけどさ。
そんなおれの心配をよそに、サイジョウ・ユメカは日差しに当てられたのか寝こけていた。
随分と気持ちよさそうに。
◇◆◇
「じゃあおれ、今日は用事あるから」
「りょうかーい」
「うーっす、お疲れー」
「お疲れ様ですー!」
友人たちに見送られて、チャリンコで高校をあとにする。
普段は友達付き合い優先だけど、おれだってたまには息抜きしたくなるときもあるって話だ。
だからおれは軽い嘘をついて自転車をお台場へと、ガンダムベースへと走らせていた。
「ここも随分様変わりしたよな」
なんやかんやあって元々巨大な展示場だったところがマンモス高に変わったりして。
変わってないのは精々ガンダムベース本店があるところぐらいだろうか。
自転車を降りて遊歩道を歩いていると、そこに女の子が落ちていた。
女の子が落ちていたってなんだよ、って話になるかもしれないけど、そうとしか言いようがないんだから仕方ない。
寝てるのか倒れてるのか知らないけど、周りの人も知らんぷりを決め込んでやがる。
ちくしょう、なんなんだ今日は。しかもこいつ、クラスの。
「おい、大丈夫か!?」
「……く、すり……」
「薬!? ああ、これか!」
鞄から水の入ったペットボトルを取り出して、女の子の……サイジョウ・ユメカのちょっと先に落ちていた錠剤とセットで持たせる。
「……んくっ……んくっ……けほっ……」
「大丈夫か?」
「……多分。ありがとう、助けてくれて」
さっきまで倒れてたのが嘘のように、むくりと身を起こすと、服や髪についた汚れを払って、サイジョウは立ち上がる。
なんだか病弱で、月に一回か二回ぐらい病院に行かなきゃならない体質だってのは覚えてたけど、そんなにひどいんだろうか。
「……ない」
「今度はなにをなくしたんだ?」
「……それ、は」
なにか言い淀んだ彼女にこれ以上聞くべきかと迷って逸らした視線の先。
遊歩道に置かれた石のベンチに近いところで横たわっていた「そいつ」が目に入る。
そして、おれは絶句した。なぜなら、そいつは。
「G-3ガンダム……!」
「えっ?」
「間違いない、おれが昨日ヴァルガで見かけた……でも、なんでこんなとこに」
幸いなことに、地面に横たわっていたG-3ガンダムに破損の類は見当たらなかった。
拾い上げて観察してみると、丁寧に作られていることが本当によくわかる。
合わせ目消しから表面処理という基本的な工程もさながら、細部の工作までよく作り込まれていた。
「……あの」
「ああ、ごめんサイジョウ。これ……」
「……ガンプラ。私が借りた。だから、返しにきた」
「借りた?」
「……ガンダムベースは、ガンプラのレンタルもやってる。から」
つまりこのガンプラの持ち主は彼女じゃないにしても、昨日こいつを使っていたのはサイジョウで確定ということだ。
つまるところ、それは。
「……もしかして、君がヴァルガの『ユメカ』?」
「……そう。だけど」
おれの言葉を、きょとんと小首を傾げながらサイジョウは肯定する。
今日出会ったら必ず殺してやると決意していた一方的な因縁の宿敵は、なんの因果かクラスで浮いているアンニュイな女の子だった。
なんてよくできた話だろうかと呆れながら、おれは溜息をつく。
なにがあったのかわからないとばかりにきょとんと小首を傾げたまま、サイジョウはねだるように、ガンプラを返してくれと、おれへ手を差し出していた。
それはきっと運命の出会い