「──事件は現代史、そして皆さんもよく親しまれているVRゲームとは切っても切り離せない問題であり、多くの犠牲者を出したとても痛ましい事件でした」
今日も今日とてリムジンに揺られて登校した我が高校は四限目に達したことで、現代史の授業が執り行われていた。
普段は寝てるやつが多い現代史でも、確か二十年だかそれ以上前に起きたVRゲームを巡るその事件はゲームで実に死者一万人近くを出したこともあってか、VRという割と身近な題材を扱っていることもあってか、そこそこ真剣に聞いている生徒は多い印象だ。
ユメカは例によって窓の外を眺めていて、相変わらずなにを考えているかわからなかったけど。あ、ペン回ししてる。
「僕がまだ小学生だった頃ですから、皆さんのご両親が丁度世代でしょうか。当時はどのチャンネルもこの話題ばかりで、事の重大さを理解していなかった身としては退屈に感じていましたよ……本当に、あの事件が今でなくて、皆さんが巻き込まれなくて良かったと、大人になった今では心から思います」
本当だよ。
ゲームだから命懸けの戦いが楽しめるのであって、おれたちはデスゲームをしたいわけじゃないんだ。
たかがゲーム、されどゲーム。娯楽に命をかけているだとか、GBNは遊びじゃないとか言ってるやつがいたって、あくまでも「遊び」の範囲を出ないから全力で楽しめるのだ。
「──ええ、本当に。心からよかったと、皆さんの元気な姿を見ていると思います」
過去の犠牲者たちを悼むように俯いた現代史の先生、真加部先生は心の底から残念そうにそう呟いた。
それはただの哀悼のはずだった。なのに。
ぞわり、と背筋が粟立つ。
なんなんだ、この悪寒は。
いや、確かにこの事件の中には先生のご両親の知り合いだって巻き込まれていたかもしれないんだ、その重みに感じてしまったものなのだろうか。
「では、この事件に際して──」
続く授業の中身が頭に入ってこない程度には、あのとき感じた悪寒は脊髄にこびりついて離れなかった。
◇◆◇
「……アサギ君。ごはん」
「おれはごはんじゃないよ……って冗談はともかく、ユメカも一緒に食べるか?」
「……うん」
昼休みを迎えた教室で、今日はなにか思うところでもあったのか、ユメカは小さな弁当箱をその手に持って、おれの机の周りにできている人だかりに相対していた。
ヴァルガでの一幕を経てから、少しだけユメカは変わったのかもしれない。
こういったら失礼かもしれないけど、生きることに少しだけ前向きになったっていうか。捨て鉢な感じが薄れている気がする。
「あれ? サイジョウさんも一緒にご飯食べるの?」
「珍しいなー、さてはカイト、お前なんかあったな?」
「き、禁断の関係……ごくり……」
机を囲んでいた友人一同は、それこそパンダが歩いている光景でも見たかのように浮かれた調子で不躾にユメカとおれを交互に見遣っていた。
なんだろう。文字通りおれもユメカも客寄せパンダじゃないんだけどなあ。
なんかあったかなんかなかったかの二択で聞かれれば、なんかあったんだけどさ。
「……アサギ君。ここ、いい?」
「ああいいよ、もうちょい詰めてもらって」
「いきなり隣に座るとか見せつけてくれるじゃん、なになに? アサギと本当になにかあった系?」
ナチュラルにおれの隣まで椅子を運んできたユメカに対して、活発そうな印象を与える金髪をショートにまとめた女子──ミキがそう問いかける。
「……なにかって。なに?」
「なにって……そりゃ特別なコト! 二人っきりの秘密とか……」
「……あるよ。アサギ君とわたしの秘密」
臆面もなくそう返したユメカの答えに、おれたちの周りだけじゃなく教室が色めき立つ。
客観的に見れば、浮世離れした美少女が冴えないおれとなにかしらの「秘密」を共有していると白状したんだ、勘繰るのも無理はない。
勘繰られる側としては痛くもない腹を探るのはやめろって言いたい限りだけどさ。
「カイト……お前、親友たるこの俺を置いて『階段』上っちまったのか……!? 嘘だと言ってくれ……!」
「別にそんなんじゃないから安心していいよ、タクミ。そうでしょ、ユメカ?」
荒ぶるラグビー部の親友ことタクミをどうどうと宥めつつ、ユメカへと同意を求めて呼びかけたが、どういうわけか彼女はぷい、と横を向いて、意味ありげに口元を隠して微笑むだけだった。
ちょっとユメカさん、どういう意味なんですかそれは。
困惑するおれを他所に、クラス中が祭りでも始まったかのように浮かれて色めき立つんだからもう目も当てられない。
ユメカがなにを考えてるかわかんないのは今に始まったことじゃないけど、今日は殊更意味不明だった。
しかも、とばっちりでおれはタクミにヘッドロックされる羽目になっている。
これを理不尽といわずになんというんだ。
「……アサギ君」
「いててて……まだなんかあるの、ユメカ」
「……連絡先。そういえば交換してなかった」
「それは今言うべきことなのかなあ」
「……言うべきだよ。今気づいたから」
そういえばそうだった。
毎朝リムジンが迎えにきてくれるもんだから完全に忘れてたけど、おれの住所は真っ当な手段で入手されたものじゃない。
それに、休日とかも連絡を取れるから交換しておいて損はないか。G-3ガンダムの調整が必要なときとか、手間かからなそうだし。
「……ありがとう。アサギ君」
「いやいや別に……それならついでにユメカもおれたちのロイングループに入っておく?」
「……いいの?」
「いいよ。減るもんじゃないし」
そんな具合のやり取りを経て、おれたちはとんとん拍子に連絡先の交換を終えたわけだったけど、連絡先の交換もしてない相手と秘密を共有してるっていうのもよく考えたら中々おかしな話だ。
おれとの会話が終わるのを律儀に待っていたクラスメイトたちがユメカへと殺到していく様子を横目に見ながら、おれは向けられた助けを求めるような視線に親指を立てて笑ってみせた。
是非とも同じ針の筵を味わっていただきたく。
◇◆◇
そんなことがあったせいなのかそうでないのかはわからないけど、帰りに立ち寄ったガンダムベースでGBNにログインした後も、ユメカはご機嫌斜めだった。
「ごめんって」
「……むすー」
正直なところ、この前の一戦で割と満足したのもあって、GBNにログインしたのは半ば惰性なのは否めなかった。
たった一戦に満足して牙を抜かれたんじゃ、モヒカンの名折れだな。
と、思いながらも、これ以上今のユメカとなにをするのかと考えるとこれが中々浮かんでこないわけで。
「あら、アナタたちが噂の?」
気さくな声が背中からおれを呼び止めたのは、そんな具合に機嫌を直してくれないユメカとこれからの方針に頭を悩ませていたときのことだった。
「噂になってるんですか? マギーさん」
「ええ。トップランカーの『FOEさん』キョウスケちゃんと『黒騎士』ハーゼちゃんの両方にケンカを売ったって、巷じゃ結構な噂よ?」
個人ランキング23位の猛者にして、GBNの初心者ナビゲーターを買って出ているそのお姐さんこと、マギーさんはおれたちにウィンクを投げてそう語る。
ケンカを売ったっていうと聞こえが悪いなあ、ただ単に意地を張っただけだってのに。
「……強い人がいたら。戦いたくなる。アサギ君も。そうでしょ」
「まあ、うん……」
「あらあら、あのディメンションに入り浸ってるだけあるわねぇ……」
マギーさんはお手上げだとばかりに肩を竦める。そんなに世間体が悪いのか、ヴァルガ民であることは。
「でも、アナタたちは浮かない顔してるわね。そうね……さしずめ活動方針に迷ってる、ってとこかしら?」
驚いたな。図星だ。
心でも読めるのかと問いかけたくなるマギーさんの言葉に、おれとユメカは思わず顔を見合わせていた。
「……ええ、まあ。この前派手に一戦やらかしたので燃え尽き気味というか」
「ふぅん……それなら、フォースを組んでみるのはどうかしら?」
──見たところ、アナタたちフレンド登録もしてないでしょう?
ばちこーん、と飛ばしたウィンクと共に、マギーさんはおれたちの現状を看破してみせる。
フォースか。ヴァルガメインの活動じゃ特に組むメリットもないし、ソロでもあんまり困らないから意識したこともなかった。
「そうだなぁ、ユメカはなんかほしい家具とかフォースネストとか、ある?」
「……特に。ない。でも」
何気ない問いかけに、フォースランキング表をコンソールに展開しながら、ユメカは楚々としていながらも獰猛な笑みを浮かべる。
「……いつかは。『AVALON』のお城……壊してみたいかな」
「それは素敵な提案だ」
猛者と戦うなら、なにも手段はヴァルガに限らない。
つまりはそういうことですよね、とおれたちはマギーさんに視線で訴えかける。
「本当に血気盛んなのねぇ……でも、輝いてるわ。アナタたち」
肩を竦めてそう語るマギーさんも、おれたちも、皆一様に苦笑を浮かべていた。
輝いてる、か。
でも、きっとその輝きはドス黒く燃えているに違いない。
苦笑と共にそのままユメカへフレンド申請を叩きつけて、おれたちはフォース結成のためにカウンターへと向かって走り出した。肝心の、フォースの名前も考えずに。
むすーっとするユメカちゃんUC