「サイジョウは、なんであんなとこにいたんだ?」
「あんなとこって?」
無事にレンタルのG-3ガンダムを返却し終わったおれたちは、GBNにログインするでもなく、そこら辺のベンチに腰を下ろし、駄弁っていた。
「ヴァルガだよ、あんなとこにいるなんてよっぽどだよ」
「……でも。アサギ君も、いた」
「そりゃそうだけど……」
おれがヴァルガに潜っていることに、実は海より深い理由が……あったりはしないんだな、これが。
GBNというゲームは神ゲーだ。いくつものフルダイブVRを試してきたおれが保証する。
ただそれは世界観の作り込みだとか、自分の作ったガンプラを自由自在に動かせるだとか、そういう部分の話だ。
こと「対人戦」をやろうとするとGBNはちょっとばかり面倒くさい。
まず選択肢に上がるのはクイックランダムマッチだが、タイマンだけをやっても練習にはならない。
次に候補になるシャフランダム・ロワイヤルは……なんていうか、味方ガチャと揶揄されるぐらいには闇鍋で練習にならない。
少なくとも不特定多数の敵と銃火を交えて現実的に戦いたい、と考えているやつが真っ当な行動をとるなら、フォース……いってみれば、MMO特有のクランみたいなものに加入してフォース戦をやるのが一般的だ。
ただ、フォースに入るということは、他のダイバーと交流を持たなければいけないということでもある。
ゲームの中でまで人間関係に気を遣ってらんねーよ、というおれみたいな人間は、「無制限のフリーバトル」が解禁されているヴァルガ……「ハードコアディメンション・ヴァルガ」に行くのが一番手っ取り早い。
出待ち、リスキル、粘着、袋叩き、広範囲攻撃、上位ダイバーを利用したMPK……ありとあらゆる悪徳が許されたあの場所は、案外モヒカンや蛮族たち以外にも、行き場のないダイバーたちの最後の受け皿としても機能しているのかもしれなかった。
「……アサギ君も」
「なに、サイジョウ」
「……やめとく。怒りそうだから」
怒られそうなことを言おうとするな、とはツッコミたかったけど、少なくとも事前に止めるくらいの理性はサイジョウにもあるらしい。
レンタルのG-3ガンダム。そして本人の肯定。
それは目の前にいる儚げでアンニュイな女の子が昨日、苛烈に殺意を向けて戦った好敵手であるという動かぬ証拠だったが、とてもサイジョウと「ユメカ」がおれの中で繋がってくれない。
「怒らないよ、別に」
「……本当に?」
だから、聞いてみることにした。
これでも怒りゲージのキャパシティは人より多い方……だと思う。
だから、サイジョウがなにを考えているのかを聞くのは、別に悪いことじゃないし、話していれば少しは「ユメカ」の片鱗が見られるかもしれないと期待したからだった。
「……アサギ君も。わたしと同じなのかと思った」
「同じって?」
「……クラスじゃ全然違うけど。わたしは、リアルでもGBNでも行く場所なんてないから。あそこにいた」
淡々と語るサイジョウは眉一つ動かしていない。
だから、彼女がなにを考えてそんなことを言ったのかは掴めなかった。
それでも、わかることはある。サイジョウがクラスで浮いてることに自覚的なのと、GBNでもこれといったフォースに加入してないらしいことだ。
「サイジョウは、戦いがしたかったの?」
「……一人だと、面白くないから」
GBNの中にはアミューズメント施設なんかもあったりするけど、サイジョウの言う通りあの手の施設はぼっちお断りだ。
それに、正直あんま楽しくないしな。
ベアッガイフェスとか定期的に開催されてるけど、なにがいいのかおれにはさっぱりわからない。
「……行くとこがないから、戦ってた」
「それってさ、本当にGBNが楽しいと思ってる?」
「……ううん。だからレンタルガンプラ、返しにきた」
ぽつり、とサイジョウは呟く。
そういうことか。
ヴァルガでダイバーポイントと強者との戦いを求めて戦いに明け暮れるのも、サイジョウの本意ではないらしい。
別に世間が神ゲーと持て囃そうと、合わない人間はごまんといる。
だからそれがサイジョウの選択なら、おれに止める権利はどこにもない。
でも、さ。温情とか同情とかじゃなく。
「……アサギ君。わたしと話してても楽しくなかったでしょ」
「待てよ」
ごめんね、と一言呟いて踵を返したサイジョウの背中に、おれは思わず喉まで出かかっていた言葉を投げつけてしまった。
「……なに。怒ってるなら、その」
「ああ怒ってる、おれは今日ヴァルガで『ユメカ』をぶっ倒すと決めてここにきたんだ」
「……わたしを」
「それが一人だと楽しくないとかなんとか言って勝ち逃げする気なの、サイジョウは?」
完全に因縁だ。
映画に出てくるヤクザが吹っかけるような因縁を、おれは女の子相手にぶちまけていた。
だけど、これは事実なんだから仕方がない。
別にGBNが楽しいとか楽しくないとかはどうでもいい、そんなのは個人の感想だからな。
だけどあれだけ「できる」やつと戦っていいとこまでいったのに、そんな相手に「つまんないから」なんて理由で勝ち逃げされてみろ。
それこそ、面白くない。
「……じゃあ、わたしはどうすればいいのかな。わからない。人付き合い、全然上手くないから」
「おれと戦おうよ、サイジョウ」
「……戦う」
「少なくとも戦いだったらここに付き合えるやつが一人はいるんだ、一人きりじゃつまんなくても、二人ならそこそこ楽しい可能性はあるよな?」
おれがぶちまけていた言葉に、サイジョウは小首を傾げて考え込むような仕草を見せる。
よくよく考えたら、いや、考えなくてもおれがふっかけたのは一方的な暴論だ。
本来なら検討の余地なく拒絶でぶった切られても仕方ないのだが。
「……アサギ君は、わたしと一緒に遊んでくれるの」
「遊ぶっていうか戦うっていうか……それぐらいだけど」
じわり、とサイジョウの眦に涙が滲んだ。
もしかしておれ、なんかやっちゃいました?
いやなんかはやっちゃってるんだけども。
「……わたしと一緒に遊んでも、つまんないよ……」
「おれは昨日、最高に楽しかったけど」
「……えっ……?」
「今まで戦ってきたやつらの中でも最高クラスに歯応えがあったよ、サイジョウは」
こんなものが褒め言葉になるのかどうかはわからないし、ましてやサイジョウが求めている言葉なのかどうかなんて尚更だ。
それでもおれは、昨日最高に楽しかった。
サイジョウの……「ユメカ」のG-3ガンダムと戦っているときが、最高に充実していた。
だからまた戦いたいと思った。
だからまた、GBNで会いたいと思った。
それじゃあ、理由としては不足だろうか。
おれの言葉に、サイジョウはなにか考え込むように俯いてみせると、小さく視線を上げて、もじもじと人差し指を合わせながら問いかけてくる。
「……わたし、こんな体だけど」
「よくわからないけど、フルダイブのゲームなら関係ないんじゃないの」
「……それに、わたし、友達もいないから。面白いことも話せない」
「おれとサイジョウはもう友達じゃないの? 少なくとも話しててつまんないとは思わなかったけど」
これだけ言葉を交わせば友達……といっても大丈夫だろう、多分。
だから。
確証も確信もなくとも、手探りのまま伸ばした指先でそのままなにかを掴み取るように、サイジョウへと微笑みかける。
「やろうよ、GBN」
「……うん、ありがとう。アサギ君」
勝ち逃げなんか絶対させないんだからな、とその手を取って、おれたちはベンチから立ち上がった。
勝ち逃げ厳禁