早速GBNにログインして果たし合いだと意気込んだのはよかったが、おれは一つ大変なことを見落としていた。
それは。
「ごめんなさい、レンタルのガンプラは貸したあとにメンテナンスしないといけないから……」
やけに距離感の近い女の店員さんが、「一度借りたG-3ガンダムをもう一度貸してほしい」というサイジョウのお願いをやんわりと拒絶する。
それはそうだ。
サイジョウが雑な扱いをしていた、と言いたいわけじゃない。
ただ、レンタルガンプラは多くの人の手に渡る以上、定期的にメンテナンスをしないと悲惨なことになる。
塗膜が剥がれたりだとかはまだリカバーしやすいからいいとしても、関節の渋みだとか、どこか破損している箇所はないか、だとか。
例えどんなに客側が丁寧に扱っていたとしても、金を払って貸し借りをする商品である以上、店側もまた誠心誠意、ガンプラを万全の状態に仕上げる義務があるのだ。多分。
「……どうしよう。戦えなくなった」
「他のガンプラは借りられないの?」
「……アサギ君は。それで、いいの」
どうやらサイジョウはあのG-3ガンダムでおれとの再戦を望んでいるらしかった。
G-3ガンダムなら一応ガンダムベース限定商品として何個かバリエーションがあるから買えなくもない。
でも、「あの」G-3ガンダムを再現するとなると中々骨が折れる。
一見キットをストレート組みして全塗装しただけの代物に見えても、色を塗る前にかけられた手間暇を一朝一夕で再現しようとしてもそれは無理だ。
おれのガンプラもそこそこ手間暇をかけて作ったものだし。
それを今ここで、工作ブースを使って一から再現してくれと言われたら、どんな凄腕であったとしても──それこそシャフリヤールでもない限りは多分黙って首を横に振るだろう。
かといって、素組みのG-3ガンダムでエントリーするのもちょっと問題がある。
別に、素組みのキットでGBNをやるのが悪いとは言っていない。過激派の中ではそういう論調がまかり通ってはいるけどな。
ただ、ガンプラの出来がものをいうGBNじゃ、ハードコアディメンション・ヴァルガの性質上、「三分の壁」を超えて生き残ることは極めて困難なのだ。
二年前には素組みのRX-78-2、初代ガンダムでイフリートの改造機と「三分の壁」を超えてバチバチにやり合ってたダイバーがいた、なんて噂もあったけど、眉唾物だしな。
もしそれが本当だったら、後学のために実物を拝んでみたいぐらいだよ。
素組みでヴァルガを生き残るくらいの地力を持っている相手なんだ、もし戦えたら負けたとしてもその立ち回りは参考になるだろう。
「おれはサイジョウと戦えるならなにに乗っててもいいけど、サイジョウはよくないんだよな」
「……うん。よくない。でも」
「でも?」
「……アサギ君と、遊びたい」
制服の裾を引っ張って、相変わらずアンニュイな表情のまま、サイジョウは呟く。
確かに機体を変えてリターンマッチするのは違和感があるかもしれないけど、ヴァルガじゃそんなの日常茶飯事だしなあ。
と、言ったところできっとサイジョウは納得しない。
仕方ない、そうなればシャフリヤールじゃないけど、やるしかないか。
「明後日」
「……明後日」
「明後日まで待ってくれたら、完全に同じとはいかないけど、G-3ガンダムを作れると思う」
最短で頑張ってもそのくらいかかるのは容赦してほしいところだったけど、それを許してくれるかどうかは相手次第だ。
シャフリヤールくらいの凄腕だったら多分一日もあれば作れるんだろうけどさ、あいにくおれは彼じゃない。
だけど、できることは最大限やるつもりだし、手を抜くつもりなんてかけらもない。あとはサイジョウがこの提案に乗ってくれるかどうかだ。
「……わかった。明後日まで待つ。GBNは」
「ありがとう、サイジョウ」
「……ユメカ」
「えっ?」
「……ユメカって。そう呼んで」
少しだけ頬を染めて俯きながら、その茶髪を指先にくるくる絡めて弄びつつ、サイジョウは唐突にそんな提案をふっかけてきた。
なんか急に距離感近くなったな。
クラスだと近づき難い感じだったけど、本当はこんな感じなんだろうか。
「えっと……ユメカ」
「……ありがとう。アサギ君」
「そんな、別に礼を言われるほどのことじゃ」
「……わたし、友達いないから」
「えっ?」
「……変なところがあったら、言って。直すから」
どうやらおれが思っていたよりもずっと、ユメカという女の子は繊細な子だったらしい。
それで言ったら知り合った初日で名前呼びの時点で結構距離感おかしいといえばおかしいんだけど、名前を呼ぶこと自体になにか問題があるわけじゃないし。
じゃあ別にいいか、と頭の中で結論を下して、おれはガンダムベース限定で売ってるG-3ガンダムのキットを手にレジへと向かう。
その間も、ユメカはちょこちょこと後ろをついて回ってきているのが少し可愛らしいと思ってしまった。
「こんなこと聞くのもなんだけどさ」
「なに?」
「ユメカってプラスチックの削り粉とか、平気なの」
なにやら一身上の都合を抱えているのは知っているし、だからこそレンタルガンプラを使ってたんだろうけど、一応聞いてみる。
「……ダメ。かな、だから借りてた」
「そっか、変なこと聞いてごめん」
「……ううん、平気。でも、ちょっと残念」
「残念って、なにが?」
「……わたしの体が丈夫なら。アサギ君と一緒にガンプラ、作れたのに」
残念そうに呟くユメカにかけてやれる言葉は見つからなかった。
やりたいことができない苦しみはわかる。
だけど、それは本質的にユメカに寄り添ってるわけじゃない、一方的な同情でしかないからだ。
「……ごめん。聞かなかったことにして」
「そうする」
「……ありがとう」
もう少し言葉を交わせば違うのかもしれないけど、おれとユメカはあくまで今日、友達になったばかりの関係だ。
その話を受け止めるには重すぎたし、軽くするためにはもっと色々な言葉を交わさなきゃいけない、そんな気がした。
会計を終えたガンプラを袋に詰めて、おれたちは小さな不理解を抱えてガンダムベースをあとにする。
「家、こっちなの?」
「……一応。だけど」
「ここまで歩いてきたの?」
「……モノレール」
「そっか」
自転車でくるよりは、そっちの方が確かに早いのかもしれない。
もっとも、モノレールやら電車を使うと元ビッグサイトな学校の生徒たちとかち合う可能性がデカいから、おれは自転車通学を選んでるんだけどさ。
ユメカの家がどこにあるのかはわからないけど、とりあえずはその言葉を信じて、おれの家がある方へ歩く。
「……アサギ君」
「どうしたの、ユメカ」
「……ううん。なんでもない」
「そっか」
「……うん」
他愛もなく意味もなく、言葉を少しずつ積み重ねて、おれたちは帰り道を歩む。
なったばっかりの友達。結んだばかりの約束。そこに少しだけ複雑な思いを抱きつつ。
結局おれの家に帰るまでユメカは隣を離れてくれなかったから、彼女の家がどこにあるのかは最後まで謎のままだった。
謎多きミステリアスガール