徹夜で合わせ目消しやら表面処理やら捨てサフやら、諸々の工程をこなしてきた代償は翌日になって現れる。
まだ冴えきっていない頭を無理やり動かすように、冷蔵庫で冷やしていたエナジードリンクを流し込む。
なんか一日に二本以上飲むのはヤバいとかいう噂が立ってるぐらいの代物だから実際カフェインやらアルギニンがめちゃくちゃキマる。
ライオットブラッドだっけか、まあそれはどうでもいいや。これに比べれば大抵のエナジードリンクは砂糖水だ。
徹夜でヴァルガだったり幕末だったりをすることが多いからお世話になりっぱなしだからありがたい。
食パンにマーガリンを塗ってトースターで焼いている間にそんなことをぼんやりと考えつつ、机に立たせているG-3ガンダムのことを考える。
初代ガンダムのカラーバリエーションキットとしてなにかと限定品にされがちなG-3ガンダムだが、おれが素体としてチョイスしたのはレンタルガンプラと同じ、HGUCのREVIVE版だった。
チョイスの理由は単純明快、ユメカが借りてたのと同じだからっていうのもあれば、REVIVE版は良くも悪くもオーソドックスな作りだから、動きに癖がないのが最大の理由だ。
可動に特化した「Beyond Global」版もあるにはある。ただあれは可動箇所が多い分、より繊細な制御が求められるし、作り込むにも気合いがいる。
なんてつらつらと語ってみたけど、あのときのG-3ガンダムと戦って勝ちたい、ってのが本音なところは否めない。
おれが果たしてガンダムベースのレンタルガンプラ並に精緻なそれを作れるかどうかはわからないけど、可能な限り全力でやるのが約束だからな。
ちょっと距離感がおかしい、新たな友達の顔を浮かべながら焼き上がったトーストを齧って家を出た、そのときだった。
「……おはよ。アサギ君」
「うわびっくりした」
ドアを開けると美少女がいた。
いつもみたいにアンニュイな顔をしてこっちの顔を覗き込んでいるユメカの考えていることは今日もよくわからない。
ただ、ドアを開けるなりいきなりゼロ距離で顔を突き合わせてくるのはやめてほしい。心臓に悪いから。
「なんでここに?」
「……アサギ君と。一緒に登校したいから」
「そりゃどうも……家近いんだっけ?」
「……近い。と、思うかな」
なんか曖昧に濁された気がするけど、いいか。
まさか家が正反対の方向にあって、わざわざ早起きしておれの家まで遥々やってきただとか、そんなホラー展開なわけもなかろう。
などと呑気なことを考えて、あくび混じりにトーストを咀嚼しながら玄関を施錠したそのとき、おれは再び恐怖を味わうこととなった。
「初めましてアサギ様、お迎えに上がりました」
「はじめまして、どちら様ですか?」
なんか知らんけど、家の玄関から玄関前に駐車している黒塗りで縦に長い高級車まで赤絨毯が伸びている。
そして、恭しくおれに一礼しているのはクラシカルなメイド服を着た、多分おんなじ年頃ぐらいの女の子。
いやいや、冗談だろ。家出て五秒でリムジンとか、一周回って冷静になるぐらいには絵面が冗談すぎる。
「わたくしはヒビキ・リオと申します。ユメカお嬢様のお世話を一任されているメイド長です」
「ははっ、ユメカさん、これなんの冗談?」
恭しく一礼してきたヒビキさんなのかリオさんなのかよくわからない感じの名前の人からぎこちなく視線を逸らしながらユメカに問いかけると、彼女はきょとんと小首を傾げておれに受け取った言葉のボールを投げ返してくる。
「……冗談? わからない。全部現実だよ」
「そっかぁ……」
現実だったかぁ。
いや確かにユメカがお嬢様だとかそういう話は聞いてても普段どうやって登下校してるかとか全然わかんなかったし、知ろうともしなかったけどさ。
でも一つ言い訳させてほしい。朝起きて家を出たら玄関前にリムジンが駐車してるのは普通にホラーに片足突っ込んでるんだよ。
「……乗らないの?」
「乗せてくれるんすか」
「はい。わたくしたちはアサギ様をお迎えにここまで参りましたので」
これまた表情一つ変えずに、リオさん……でいいんだよな、は淡々と語る。
なんか全体的に表情が薄いんだよ、ユメカの周り。この状況だと軽く怖いんだよ。
エスコートされるままにぎくしゃくとした動きでリムジンに乗せられたおれは、もうここまできたら毒を喰らえば皿までの精神で、ユメカへと問いかける。
「参考までに聞くけど、ユメカの家ってどっち?」
「……あっち」
そう言ってユメカが指し示した方角は見事に我が家が建っている住宅街から正反対の、タワーマンションが密集している街区だった。
ホラーじゃん、完全に。
今から向かうのが学校じゃなくて東京湾だったらどうしようとか怯える日が来るなんて思いもしなかったよ。
◇◆◇
「お前リムジン乗ってきたの?」
「てかなんでサイジョウさんと一緒に登校してきたの?」
「すごいですねぇ、私も乗せてもらえるでしょうか……」
なんの変哲もない高校にリムジンで乗り付けてきたらそりゃあ話題にもなるよな。
机を取り囲む友人グループにそんなことを迫られながら、針の筵に立たされたような感覚で、おれは冷や汗を流していた。
おれをこんなことにした張本人たるユメカは教室に着くなりイヤホンを耳にさしていつもの席で寝こけている。仲良くなりたいんだかそうでないんだかわからない。
「おれだってびっくりしてるんだよ、なんでリムジンに乗せられたのかなんてわからん」
「てかサイジョウさん、今までリムジンで来たことなかったじゃん」
「そうなの?」
「それならもっと話題になってるだろ」
そりゃそうか。友人たちの言葉に肩を竦めつつ、おれはユメカがなんでこんな暴挙に出たのかをぼんやり考える。
仲良くなりたい……って割におれたちのグループからは距離取ってるし、イヤホンさして寝てるし。
そう考えると一緒に登校したかったんだろうか。反対方向から歩いてくるのは、ユメカの体質を考えるとしんどそうだしな。
もしかしてユメカはおれと仲良くしたいのであって、おれの友達とは別に距離を縮めたくないんだろうか……なんて考えは、さすがに思い上がりか。
どっちにしたって教室はリムジンの噂で持ちきりだったし、中にはわざわざユメカにコンタクトを取りに行こうとしたクラスメイトもいたけど、いつものアンニュイバリアに弾き返されてとぼとぼと席に戻っていく。
やることが極端だなあ、と、ぼんやり苦笑しながら、これ以上考えても仕方なさそうなことを思考から切り離して、作業途中のG-3ガンダムのことを考える。
表面処理とディテールアップは終わった。
あとやるべきは塗装だけだ。
まあ、それが一番複雑で難しい工程なんだけどさ。
そんなこんなで始まった退屈な授業を半目で見ながら板書だけを書き写していると、意外にもユメカはちゃんと目を開いてノートを書き写していた。
律儀なものだ、というよりあれが学生のあるべき姿なんだろうけどさ。
その表情はいつものように気怠げで、なにを考えているのかは相変わらずわからなかった。
エナドリの飲みすぎダメ、ゼッタイ