ベルくんが吸血鬼な話。 作:UNACCOUNT
吸血鬼とは。
神が下界に降臨する以前、現在から一万年前の暗黒期、地上をモンスターが跳梁跋扈する時代から存在する人の血肉を喰らう。下界に降りる神々を悩ませる古代からの怪物である。
その特性は知られる通り。しかし神々により生存していた吸血鬼は一掃された。
少なくない犠牲によって。
「ヘスティア……ッ」
信じられない目を向けて、テーブルを叩き立ち上がる。信じられなかった。冗談だと笑い飛ばしたい気持ちもある。けれど、ヘスティアの態度がそうはさせなかった。
「ヘファイストス、今のは本当のことだ。ボクの子は吸血鬼なんだ」
申し訳なさそうに顔を下に向けて、それでも、と顔を向ける。その様子に冷静になったのか、再び席に着く。
「ヘスティア…わかってる? 暗黒期から私たちを苦しめてた怪物…いわばモンスターなの。神話時代で大幅に個体数を減らしたと言っても、いろんな神が送還された。子供達の犠牲だって…」
それに、と言葉を続ける。そういう顔は苦しそうに見えた。
「人間じゃない」
しんと静まりかえる。ヘスティアの顔は影で包まれ表情を覗かせない。
たとえ喧嘩になっても、縁が切れてしまっても…とさらに続けようとする。
先に沈黙を破ったのは、ヘスティアだった。
「…あの子は人間だよ。ヘファイストス。
……太陽を浴びられないし生活リズムも違う。今だってダンジョンに篭りっぱなしになっているんだろう。あとでちゃんと叱ろうと思う。大蒜の匂いを嗅いだだけで死んじゃいそうにもなってた。今だってすごく心配さ。ステイタス更新のとき、すごく切った指を見てくるし、きっとお腹をすかせているんだろう。
確かに、吸血鬼だけどさ。ヘファイストス。あの子は、人間だよ」
そんなわけない。ヘファイストスの目が訴えた。
「それにあの子は秘密にしてるんだろうけど、ベルくんの夢は英雄なんだ」
さらに目が見開かれた。人を害する存在が人を守る英雄に? どうしてそうなるのか。
「…っ…それでもよ。ヘスティア。吸血鬼ってのは…」
「なんでさ分からず屋ぁ!! 堅物! キレ症っ!」
大声で声を遮るヘスティアに少しだけシリアスな空気が薄れた気がした。というかぶち壊れていた。
「は、はぁぁあ!? 怒るのはあっちが悪いときでしょ! というかキレ症じゃない!」
「君だってあれじゃないか! 自分の子供とあれじゃないか!」
「あれって何よあれって! だいたいあなたがその子を育てた訳でもないから慎重になってるの! 誰かを食べたらどうするの!」
「そんなことならないしさせない!!」
いつしか二人の間にあったテーブルはどこへやら。二人は取っ組み合いの掴み合いになっていた。そのまま床に転げこむ。
ヘスティアが相手の頬を掴む。
「たいふぁい! その子がいまふぁでっ! 血を吸わなかった証拠もないでしょうが!」
ヘファイストスが相手の頬を引っ張る。
「そんなの、子供たちをしんふぃればわかるたろっ」
ぐいぐいとやんやとつつき合いどつき合い。そのうちヘスティアがまた声を上げた。
「あっ!」
「うっさいっ……どうしたの」
声を上げて固まったヘスティアに、取っ組み合いは一時終了した。
「そう言えば、あの子から今までのこと書いた本を貰ってたんだ。今思い出したよ」
仕舞い込んでいた本を取り出す。ちょっとだけ生暖かい。渡された時は夜だったから分からなかったが、随分と使い込まれているように見えた。
「…あんたどこにしまってるの。それ」
「えぇー。君もそれ聞くのかい?」
「いいえ、いいけど、ロキの前でそれやらないでね」
わかってるさ。ロキにはできない芸当だしね!
どこかでくしゃみの音が響いた気がした。さてと、言葉を置いてその本について語る。
「これはベルくんがくれた本。吸血鬼のこととか、ベルくん自身のことが書かれてる。これならわかるんじゃない?」
このままじゃなにも進展はない。そう判断し、とりあえず出されたものを読んでみることにした。本を取ろうと手を伸ばすと、本を離してくれない。
「あ。ボクもまだ読んでないから隣に来てくれよ。一緒に読もうぜ」
さらっと仲直りまでしてくる神友に、ため息をつきつつもその隣に腰を下ろした。
結果として。
本を閉じて、目の前に立ち上がるのはヘファイストス。背中を向けてその顔は見えない。
「…その本にあること全てを信用した訳じゃない…けど。そこにある情報とあんたが言ってること。それに…まあ誠意? を踏まえて」
わかりやすくヘスティアは喉を鳴らす。ごくり。
「口をつぐんでやらなくも……ない」
ほんとうかい!
「あんたの言ってたやつも、作ってやらなくも…………ない」
ほ、ほんとうかい! なんか間が長くないかい!?
ただし! と声をあげる。
「その子を実際に見ないと分からない。ただでさえ吸血鬼っていう凶ネタなんだから」
「いやだ!」
「は!?」
ヘスティアは腰にしがみつきながら話す。
「あの子にお土産持って帰るって言っちゃってるんだ!」
「それこそ知らないわよ! だいたいここで作ってもし私が納得しなかったら作り損でしょ! その時でも借金になるのよ!」
「かまうもんか! あの子のためなんだ!」
またもや掴み合いになりかけたが、ゆっくりと腕を下げて、ヘスティアの頭に置く。まあいいかと言葉を添えて。
「いいわ。作りはする。借金と水の泡になる覚悟をしときなさい」