Persona The Crossover【ペルソナ3×ペルソナ4 クロスオーバー 本編後】   作:ベリーベリーハード

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ペルソナ3リロードを経て脳が焼かれた結果、以前適当に書いていたものを持ち出して現在に至る。若干後悔している。


六月十四日 晴れ

 一人の英雄がいた。

 傷付き、その身が朽ち果ててもなお、世界を救った英雄がいた。

 地に濡れた暗影は悲哀の雨雫に流されて、再び世界には平和の陽が降り注ぐ。

 そうして英雄は人柱になった。

 その名を、姿を知る者は少なく、やがて彼のキセキは歴史に埋もれた。

 

 けれどーー確かに彼はそこに居たのだ。

 

 あたしは、そのことを決して忘れはしない。

 

 

 ーー六月十四日。花村家、深夜。

 

 

「……ヨースケ」

 

 暗闇の中、声がする。それは誰かの名を呼ぶか細い声。しかし返答は無い。

 

「……ヨースケ。起きるクマよ」

「……ん…………んぅ…………」

 

 声は更に名を呼んだ。それは丸い形をした暗影を浮かび上がらせて、相手からの反応を待っている。しかし返答は無い。

 

「ぬぅ。仕方がないクマ。こうなったらーー」

 

 暗影はゆらりと蠢いた。楕円から真上に伸びた一本の突起が意思を持つように円を描いて小刻みに旋回する。旋回は遠心力を生み、やがて一定のリズムを獲得した所で、

 

「ちぃええすとおおおお!クマ!!」

「ごばっ!!?」

 

 何の躊躇なく振り落とされた。ーー気持ちよさそうに寝ていた花村陽介の土手っ腹に。

 

「ぐ、ぐぅっ……て、てっめえ……クマ吉ィ……!!」

 

 苦悶と激痛の中で急速覚醒した陽介は怒り心頭に暗影を睨みつけていた。暗闇でも解る単調なシルエット。寝台の真横に立つその不法侵入者は、紛れもなく花村家居候のクマだった。

 クマは振り下ろした右手をご機嫌に掲げて、

 

「ぐっもーにんっ。おはようクマ、ヨースケ」

「おはようクマ♪……じゃねーよこの野郎!! いきなり何すんだ!! っていうか今何時だと思ってんだ!!」

「じかん?」

 

 クマはきょろきょろと部屋を見回し、壁にかけてあった時計を見つける。

 

「えーっとね、あ、およそ零時クマ」

「そうですねその通り大正解!! だったらもう俺が何を言いたいかは解るよなッ!?」

「おはようのあいさつクマか?」

「マイペースかッ!! じゃなくて部屋から出てけって言ってんだよ!! ここは俺の部屋!! お前の部屋はアッチ!! 以上!! おやすみ!!」

 

 ブチ切れ度合い百二十パーセントである。

 仕方がない。クマは微笑を浮かべて、優しい手つきでポンポンと陽介の肩を叩いて、

 

「どーどー。落ち着くクマ、ヨースケ。今のは軽いクマジョーククマよ。寝起きで機嫌がわるわるなヨースケの心を小粋にほぐしてあげようと思っただけなんだクマ」

「……ハア。もはや何が小粋なのかすらも解んねえよ……」

 

 分からない。言動の全てに理解が追い付いていかない。

 怒りを通り越して虚脱感に包まれた陽介は大きな大きな溜め息を吐き出して、力無く肩を落とした。

 

「たくっ……それで? マジで何の用なんだ? 言っとくけど、こんだけやって実は何もありませんでしたってオチならマジでキレっかんな、俺」

「ぬっ、失敬な。それだとまるでクマがとんでもないヒマクマみたいな言い方ジャマイカ」

「違うのか?」

「か、勘違いしないでよねっ! 用がなかったらヨースケの部屋になんか入らないんだからっ!」

「うぜえ……」

 

 あまりのフリーダムっぷりにまたしても怒りが込み上げてくる。

 陽介は再びクマを睨みつけて犬歯を剥いた。

 

「だーもうっ! いいから早く用件を言えっての! 明日バイトで朝早いの! マジでもう寝たいの!」

「むむぅ。仕方ないクマね。それじゃ、タントーチョクニューに言うクマよ」

 

 クマは渋々と頭を振ってから少しの間を空けて、

 

「ーー嫌な気配が近付いてるクマ」

「嫌な気配……?」

 

 陽介は考える。まさか、

 

「ド、ドロボー!?」

「うんにゃ、違うクマ」

 

 良くない想像はあっさりと否定される。じゃあ何だってんだよ、と言いたげな陽介を前にクマは鼻をひくつかせた。

 

「気配、ちゅーか匂い自体はまだ遠くの方にあるし、何よりコレはヒトの匂いじゃないクマよ」

「ヒトの匂いじゃないって……ちょ、お前いきなり怖い事言うなよっ。ヒトじゃないってんなら一体何だってんだよ」

「それは……分からんクマ」

「はあ?」

「だからわからんっちゅーてるの! むしろこれが何なのかを聞きたいのはクマの方よ!」

 

 苛立ちともどかしさを表現するようにクマは床の上で全身をウネウネと悶えさせている。

 その青くて丸い大きな芋虫を見下ろしながら、陽介は呆れたように二度目の溜め息を吐き出した。

 

「……なんだよ。ムダにビビらせやがって。つーか、それってお前の勘違いとかじゃないのか?」

「断じてカンチガイじゃないクマよ! だって、今この時もクマのセンサーにはビビッと反応してる。反応はしてるけど……なんとゆーかどうにもハッキリしないクマ。なんか、こう、食べ物の匂いはしてるのにお皿の上は空っぽみたいな、もどかしーい感覚が……」

「……ああ、そうか。なんかよくわかんねえけど、それでも、とりあえず俺が起こされた意味が全くなかったって事だけはよーくわかった」

 

 陽介は時計を見る。時刻は二十三時五十八分。時間が時間だというのに、目はすっかりと冴えてしまっている。

 ーーたくっ。明日マジで朝早いんだから勘弁してくれよ。

 そんな恨み言とは裏腹に陽介は枕元の棚からテレビのリモコンを取り出していた。

 どうせ今から寝ようとしてもすぐには寝付けないだろ、とやさぐれた気持ちで電源ボタンを入れる。瞬く間に明るくなった画面の中には一人のニュースキャスターが映り込んでいた。

 

「ーー地方では天気が崩れ、沿岸から山陸部にかけて雨が降るでしょう。外出時には傘を携帯してお出かけした方が良さそうですね。以上、気象情報でした」

 

 まもなく零時です。

 暗闇に浮き出た明るい画面が明朗に時報を告げる。

 そしてーー唐突に画面の光が消えた。

 

「は?」

 

 驚いた陽介は続けざまにポチポチとリモコンのボタンを押す。しかし何も反応しない。

 故障か?ーーそんなことを考えながら暗い画面を見ていた陽介の目の前で、再びテレビに光が灯る。再び映し出された画面にはチカチカと白黒の砂嵐がーーいや、違う。

 

「……嘘だろ?」

「ぬん? 急に怖い顔してどうしたクマかヨースケーーって、ぎょへええええっ!?」

 

 砂嵐が止む。代わりに、画面には薄ぼやけた映像が倍速のような忙しなさで映し出されていた。

 風景のようなノイズ。人影のような線。建物のような輪郭。

 チャンネルを変えても、電源ボタンを押しても、何一つ変わる事のない光源。

 解らない。コレが何を示すかは解らない。ただ、零時丁度に起こるその現象の名前を、陽介も、クマも、確かに知っていた。

 震える声で、陽介はポツリと呟く。

 

 ーーマヨナカ、テレビ

 

 

 

 

「あれは絶対に見間違いなんかじゃねえ!」

 

 断言する言葉は強い意志に満ちていた。

 日曜日のうららかな昼間。家族連れで賑わう大型スーパー『ジュネス』のフードコートで、花村陽介は念を押すように言葉を続けた。

 

「信じられないかもしれないけど、マジのマジで見たんだって!」

 

 エプロン姿である。バイトの合間を縫った休憩時間を使って陽介が力説する相手は同級生であり、友人であり、同じ苦楽を共にした活動仲間でもある里中千枝と天城雪子だった。

 テーブルから身を乗り出して顔面を突き付けてくる陽介の動きに合わせるように千枝は身を引いて、ヒラヒラと手を振る。

 

「あー、はいはい。わかったわかった。わかったから、ちゃんと座りなさいっての」

「おまっ、だからマジなんだって! 昨日の夜にまたアレがーーマヨナカテレビが映ったんだ! 誓って嘘なんてついちゃいねえよ!」

「だーかーらっ、べつに誰も嘘だなんて言ってないじゃん。ねえ、雪子?」

 

 あまりにも必死にまくし立てる陽介から視線を外して、千枝は雪子の方を向く。

 雪子はストロベリーシェイクを片手に目線だけを上げて、

 

「……え? あ、うん。大丈夫だよ。ただ少し話が突然過ぎるってだけで、私は別に花村くんが嘘をついてるだなんてちょっとしか思ってないから。安心して」

「なんにも安心できねえ……。つか、やっぱりちょっとは嘘だと思ってんじゃねえか!!」

「……雪子」

「え? あれ? 私、今変なこと言った?」

「ははは……。まあ雪子らしいっちゃらしいから別にいいんだけどね」

「いや、全然よくねーっての!」

 

 ズズズ、とシェイクがすり減る音に並行して陽介はウガーッと吠えて頭を抱える。

 二つ隣の席から風船片手にその葛藤を眺める小学生男児の存在にも気付かず、陽介は疲弊したようにどかりと椅子に深く座り込んだ。

 

「……ハア。つーかどうなってんだよ。去年の事件も、GWのアレコレも、始まりはマヨナカテレビだったろ? ってことは、今回のもまた何かとんでもない事が起こる前触れだったりするのか? もう立て続けに起こり過ぎて色々わけわかんねえよ何が一体どうなってんだよ!」

「花村あんたねえ。一人でがむしゃらに考えるのはいいけど、いい加減にちょっとは落ち着いたら? ほら、ひとまず深呼吸しなって。ひっ、ひっ、ふー、って」

「ぐ……わ、悪ぃ。そうだな。確かにそうだよな。一旦、落ち着かなきゃだよな。ひっひっふー、ひっひっふー……って、これ妊婦さんがやるやつじゃねえか!?」

「あれ? そうだったっけ?」

「ふふっ、ち、ちえ、花村くんは、っ、男の子、だよ……ぷはははっ」

 

 実に楽しそうに笑い始める雪子はどこがそんなに面白かったのか。

 話の腰を折るどころか身体までくの字に曲げて腹を抱える雪子に陽介は渾身の力でビシリと人差し指を突き付けた。

 

「はいそこツボに入らない! というかお前らマジでちゃんと考えろよ! このままじゃまたヤバいことが起こるかもなんだぞ!?」

「まあ、うん、それは分かってるんだけどさあ……」

 

 千枝はバツが悪そうに自分の膝に視線を落としている。それから上目遣いに陽介を見て、

 

「……ねえ、花村さ。あんたホントのホントに見たのよね? 実は寝ぼけてたとか、夢だったとか、そういうオチじゃないでしょうね?」

「ねえって! アレは確実に現実の事だった! なんだったらクマに……って、アイツはまだ仕事中で居ないけど、後で聞いてみれば本当だってことがすぐにわかる!」

「そっか。じゃあホントに……うーん、でもなあ」

 

 珍しく歯切れが悪い千枝は、どうやら確証を持てずにいるらしい。とはいえ陽介にも彼女の気持ちは少なからず理解出来ていた。

 それは『信じられない』というよりは『信じたくない』という防波堤。

 誰だって大変な事はしたくないのだ。それが自分だけでなく、他人や世界を巻き込むような大変に繋がるのであれば、尚更である。

 

「……ねえ、花村くん。花村くんは昨夜マヨナカテレビを見たのよね?」

 

 と、空気が重苦しさを増そうとした所で、笑いの引いた雪子が尋ねた。

 

「ああ、そうだけど」

 

 肯定する花村に雪子は続ける。

 

「だったら教えてくれないかな? テレビには何が映っていたの?」

「うっ……」

「あ、そういえばまだ聞いてなかったね。教えてよ、花村」

「いや、その、それはだな……」

 

 先ほどまでの熱弁から一転、陽介は困ったように眉根を寄せて言葉を詰まらせる。これ以上になく分かりやすい、困惑。

 

「……? どうしたのよ、急に黙っちゃって。見たものを言うだけなんだから簡単でしょ?」

「い、いや、べつにアレだ。確かに言うは易しって感じでお前らに教えるのもまあ、やぶさかではないんだけど、しかしそのなんというか、ソレについては言いたくとも言えない事情があるっていうかないっていうか……」

「花村くん?」

「……花村、あんたまさか」

 

 千枝はギロリと目つきを尖らせた。

 

「いやいやいやいや、ちげーからな!? 覚えてないとか、ましてや嘘をついてるわけじゃなくてだな」

「はーなーむーらー?」

「映像がぼやけ過ぎてて何が何だかよくわかんなかったんですスイマセンッした!!」

「やっぱり……」

 

 呆れたように目を細める千枝に陽介は慌てて身振り手振りを交えて弁明する。

 

「で、でもなんか人影らしきものが見えたのは確かなんだよ! こう、幽霊みたいなぬぼーっとした染みみたいな人影がさ!」

「ちょ、そういう不気味な例え方やめてよ。深夜バラエティとか見れなくなるじゃん」

「んなこと言われてもそういう風にしか見えなかったから仕方ねえだろ。それに俺だって急な事でパニクって、ちゃんと見れなかったんだよ。まさかまたマヨナカテレビが映るなんて思ってもなかったしさ」

 

 見たのは全くの偶然だったーーそう話す陽介に雪子は小さく頷いた。

 

「うん。でも実際仕方ないよね。私だって同じ状況だったらマトモに観察なんて出来ないと思うし」

「……ん。まあね。あたしだって、アレコレ頑張って解決したものがまたあっさり復活しちゃったら、逆に夢だと思い込みたくなるかも。さすがにね」

 

 口調こそ軽いものの、千枝の言葉の端々には確かな重みが内包されていた。雪子も、陽介も、その重量は鮮明に共有しているものだ。自然と返す言葉も無くなり、三人の耳には周りの喧騒だけがやたらと大きく聞こえていた。

 すると「あー、うぉっほん」花村がわざとらしく咳払いをする。

 

「いや、でもさ。もしかしたら今回のはマヨナカテレビとは関係ないのかもしれねえじゃん? たまたま電波が悪くてそう見えただけ、みたいなさ。ほら、昨日は雨だって降ってなかったし。単純にテレビが壊れてたって可能性も無きにしもあらず、っていうかさ」

「はあ? なにそれ。さっきと言ってること全然違うじゃん」

「だから、あくまでも可能性の話をしてんだよ。第一、こんな所で俺達が色々杞憂して、ましてや落ち込んでたって何にもならないだろ? だからだな、どうせ頭を働かせるんならもうちょっと建設的な事を考えるべきだと俺は思うわけで……」

 

 スラスラと言葉を並べる陽介からは分かりやすい気遣いが垣間見える。

 千枝はパチパチと二回、瞬きをしてからニンマリと口角を吊り上げた。

 

「建設的ねえ。といっても、成績が常に低空飛行のあんたが頭働かせたってロクな案は出ないと思うけどね」

「余計なお世話だっつーの! つか、今の話の中で成績は関係なくね!?」

「……ふふっ」

 

 微笑む雪子は何も言わない。ニヤニヤと笑う千枝も何も言わない。

 仕方がないので陽介は「とりあえずっ!」と言葉の勢いに任せて、

 

「この話は他のメンバーとも共有して話し合った上で決めようぜ。今日集合出来なかった奴には俺からメールしとく。あと、念の為に今日の夜は各自でテレビの確認な。昨日今日と連続して映るとは思えないけど、それでもやってみる価値はあると思う」

「うん、わかった」

「りょーかい」

「うしっ、じゃあもし万が一にも何かが映ったら明日の放課後また集合って事で」

 

 言い終えて、陽介は時計を確認する。気付けば休憩時間を過ぎていた。慌てて二人と別れた陽介は、持ち場に戻る道中で、ポツリと本音をこぼす。

 

「……つっても、何にも映らないのが一番いいことなんだけどな」

 

 不安は未だ胸中を渦巻いている。

 そのモヤモヤを誤魔化すように「いらっしゃいませー!!」大きく声を上げて、陽介は通路を駆け出した。

 

 

 ーー六月十五日、深夜。

 

 

「ウソ、でしょ……?」

 テレビの前で、千枝は驚愕に目を見開いた。

 

「……これって、まさか……」

 その異様な様を見て、雪子は目を疑う。

 

「八十神、高校……?」

 明る過ぎる夜空。巨大な半月。そして天まで届かんばかりの異形な塔。

 陽介は、雪子は、千枝は、こうして思い知った。

 世界はまた、何かを変えようとしている。

 その始まりを、影に潜む時間が報せようとしていた。

 

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