Persona The Crossover【ペルソナ3×ペルソナ4 クロスオーバー 本編後】 作:ベリーベリーハード
「ベールベルベルベルベット~♪ わーがあるじ、ながいはな~♪」
歌っている。凄まじい空気の中で、エリザベスは声高らかに歌声を披露している。
「ベールベルベルベルベット~♪ わーがあるじ、ながいはな~♪」
陽介には状況が分からない。千枝にも雪子にも完二にも状況が分からない。ただクマだけが微妙にリズムに乗っている所を見るに、そういう波長の人物にだけ伝わる何かがあるのかもしれない。
彼女はただ歌い続けるばかりで、
「ベールベルベルベルベット~♪ わーがあるじ、ながいーー」
「あの……ちょっといいっすか?」
流石にこれ以上のリピートは色々な意味で勘弁してもらいたかった。
勇気を振り絞って声をかけた陽介に、エリザベスはキョトンと首を傾げてみせて、
「はなー」
最後の一小節を無感情に吐き出してから、エリザベスは再び人形のような笑みを浮かべる。
「失礼いたしました。私、柄にもなくキンのチョーをしておりますせいか、つい歌いたくなってしまいまして。よろしければ貴方様もご一緒にいかがでしょうか?」
「全力で遠慮しておきます……。いや、じゃなくてですね」
困惑する陽介は向ける言葉にも困っていた。一体何者で、何で此処にいて、どうやって現れたのかーー陽介が頭の中を必死に整理していると、エリザベスは凛とした声を響かせる。
「私は、彼を救う術を長らく探し続けておりました」
見れば、エリザベスは扉を見上げていた。ーーいや、違う。正確には、そこに縛り付けられた少年を見つめていたのだろう。
彼女の顔は陽介達からでは視認出来ない。ただ、その声に秘められた尋常ではない圧が、聴こうとせずとも頭の中を侵食するようだった。
「力ではなく、呪いでもなく、救いでもなく、死の超越さえも超越した先。命の答えを超えた先。私が思い至った方法は、結局の所、ただの一つでございました」
カツカツと後ろ向きにエリザベスは歩く。それは単なる気まぐれか、はたまた一秒でも長く『彼』の顔を見ていたいという想いからか。
ただジッと宙を見上げ続けていた彼女は、やがて満足したのか、クルリと陽介達に振り向いた。
「ですので、どうか貴方様方のご助力をお願い出来ませんでしょうか?」
「へ?……え?」
問われた言葉の意味を考えて、やっぱり理解出来なくて、陽介はぽかんと口を開ける。
ーー助力って、何の?
「私は彼を助ける術を持ち合わせています。ですが事を進めるにあたっての人手が現状足りておりません。猫の手も財宝の手も借りたい私にとって、貴方方の助力は蜂に蜜、ネコに小判、ジャックフロストにメギドラオンでございます。どうかこの哀れなエレベーターガールをお救いになると思って、お力を貸してはいただけないでしょうか?」
「助、ける……?」
反芻した言葉に陽介は少なからず動揺した。
それはつまりーー
「……彼を元に戻す方法があるんですか?」
恐る恐ると口に出した雪子の質問に、エリザベスは微笑を浮かべて「はい」と答える。
「ほ、本当に? 助けられるの?」
「もしオレ達を騙そうってんならただじゃおかねえぞゴラァ!」
疑念を示す千枝と完二に、エリザベスは微笑を浮かべて「我が主に誓って嘘は一つもございません」と答える。
「……クマは、出来るならあの子を助けたいクマ。クマも前はずっと一人だったから解る。クマ達がなんとかしないと、きっとあの子はずっと寂しいままクマよ」
「……そうだな。そうだよな」
エリザベスは微笑を浮かべている。陽介は、クマは、千枝は、雪子は、完二は、互いに顔を見合わせ、そして決めた。
一歩、前に踏み込んだ陽介が答える。
「わかりました。正直、まだ解らない事だらけですけど、俺達で力を合わせてアイツを助けましょう」
「ふふっ、ありがとうございます」
エレベーターガールはいつまでも絶えぬ微笑を携えて、そして救出作戦は決行された。
「ーーでは参ります。準備はよろしいでしょうか」
エリザベスを中心に、陽介達は一人一人離れて彼女を囲んでいる。
目的は【儀式】の遂行。依頼は護衛。
どんな儀式で何から護衛するのか。そもそも彼女は本当に何者なのかーーあまり詳しい説明もされず、何もかもが不透明な状況は、陽介達にとっても決して気が抜けない緊張の渦中だった。
「皆……いいな?」
陽介が尋ねる。だが、既に覚悟を決めた面々は、無言でただ頷くだけだった。陽介もまた頷きを返して、エリザベスに話しかける。
「大丈夫です。お願いします」
「承りました。ーーそれでは参ります」
静寂の中、彼女は取り出した本をおもむろに開く。直後、エリザベスの周囲に重圧が生まれた。光の粒子を撒き散らす本から、一枚のカードが宙に浮かび上がる。
《ーー愚者》
エリザベスが言葉を紡ぐ。そして咆哮にも似た空気の振動が前触れなく部屋中に轟いた。
「ッーーな、なんだァ!?」
素っ頓狂な声を上げたのは完二だ。つられて陽介は完二を見る。囲んだ円の対角線に居た完二は、その背後に目を向けて、何かを見上げていた。
それは黒くて巨大な悍ましいナニカ。忽然と現れたその怪物は、巨大な二の腕のようなモノを大きく振り上げてーー
「ッ、避けろ完二!!」
「ーーペルソナァ!!」
突如生まれた巨人が両腕を交差して降りかかる暴力を受け止める。しかし余りにも体格差がありすぎた。留めたものの、完二は今にも崩れ落ちそうに膝を震わせている。
その窮地に、ナギナタを繰る女傑が凄まじいスピードで突貫した。
「ゴッドハンドォ!!」
千枝の咆哮が巨大な握り拳を生む。
真横から叩き付けられた怪物は体勢を崩して、僅かによろめいた。
《ーー魔術師。女教皇。女帝 》
「完二くん、大丈夫!?」
「うっす! 助かりました千枝先輩!」
「気にしないで! そんなことよりも、めちゃくちゃ硬いよアイツ。分厚い鋼鉄でも殴ってる気分だっての」
「ちっ、上等じゃねえか。効かねえってんなら効くまで殴り続けてやらァ!」
「あっ、ちょっと!?」
怒号を上げて完二は駆け出した。静止の声も聞かず、両腕を顔の前に掲げる。
そして再び吠えた。
「キルラァァッシュ!!」
逞しい巨人が目にも止まらぬ速さで殴打を繰り返す。大気を揺るがすような振動が続き、重さのある一発一発が確実に怪物を退かせている。
「しゃーおらーッ! このまま決めてやらァ!」
完二は大きく右腕を振り上げる。さっきのお返しとばかりに拳に力を込め、そして振り下ろした瞬間ーー怪物の内側からとてつもない衝撃波が放散された。
《ーー皇帝。法王。恋愛 》
「ぐ、ガッ!?」
「完二くん!?」
吹き飛んだ完二に雪子が慌てて駆け寄る。雪子のペルソナ【コノハナサクヤ】が治癒をかけるが、ダメージが大きいのか、完二はすぐには立ち上がれていない。
怪物が、完二達に近づいていく。
「マズいッーークマ!! アレやるぞ!!」
「ラジャー!! クマァ!!」
クマと陽介が同時に構える。
それぞれのペルソナ同士が光を発し、呼応して、合わさる心の力を発現させた。
『ジュネスボンバー!!』
掛け声に合わせて巨大なクマのオブジェが降ってくる。クナイも降ってくる。手裏剣も降ってくる。それらは怪物を取り囲むように撒き散らされ、直後、けたたましい炸裂音と共に衝撃波と紙吹雪を怪物にお見舞いする。
《ーー戦車。正義。隠者 》
「完全命中ッ! 今のはさすがに応えただろ!」
「クマックマックマッ。まあクマにかかればこれぐらい朝ラーメン前クマね!」
沸き立つ二人の前で怪物は床に倒れてピクリとも動かない。
もしかして本当にクリティカルヒット?ーーそんな事を考えていた陽介だったが、突然背筋を襲った悪寒に身震いして、咄嗟にクマを担ぎ上げた。
「クマっ?」
「ジライヤァ!」
発現したペルソナは疾風のような迅速さで陽介とクマをその場から連れ去る。
それから一秒にも満たない時間を経て、陽介達が居た場所に眩いばかりの閃光と稲妻が降り注いだ。
《ーー運命。剛毅。刑死者 》
「ーーっぶねえ!! ギリギリかよ!!」
「よくやったクマ、ヨースケ! クマの指示通りだったクマね!」
「さらっと自分の手柄にしてんじゃねーよ!ーーつーか、んなことよりも」
陽介は怪物に目を向ける。暗闇を粘土細工のように練って固めて生まれたようなその不気味な外見からはダメージが通っているのかも判断出来ない。
今まで色んなシャドウと戦ってきた陽介達だが、この敵の存在は明らかに異質なものだった。
「なあ、クマ。お前の鼻でアレの弱点とか分かったりしないよな?」
「む、むぅ。スマンけんど、クマの鼻は探知しか出来ないクマ。リセちゃんみたいに敵のサーチとかは無理クマよ」
申し訳なさそうにクマはしょぼんと俯く。その頭を陽介はガシガシと撫でて、一つ、大きく息を吸った。
《ーー死神。節制。悪魔 》
「里中! 大技はまだ何発か打てるか!?」
「大丈夫! まだ全然余力はあるよ!」
「完二! もう限界か!? 疲れたなら後ろに下がっててもいいぞ!」
「ざっ、けんなよテメェッ!! まだピンピンしてるわ!! 腕立てしながら逆立ち出来るわ!!」
「よっし! それなら里中と完二は隙を見てデカいのをぶちかましてやれ! その隙を、俺と天城とクマで必ず作ってやる! いいか! 思い出せ! 俺達の目的はアイツを倒す事じゃない。エリザベスさんに近付けないようにアイツをいなして、時間を稼ぐ事だ! 俺達なら絶対やれる! 俺達のリーダーに誇れるような武勇伝を今ここで打ち立ててやろうぜ!」
友人であり、仲間であり、相棒でもある少年を陽介は脳裏に浮かべる。
彼はどんな時でも諦めなかった。そして仲間を信じていた。
だから陽介も諦めない。仲間を信じ、仲間に信じられる為に、陽介は僅かに凝り固まった恐怖心を握り潰し、奇妙な高揚感と共に号令をかける。
「行くぜ、お前ら!!」
《ーー塔。星。月 》
「マハラギダイン!!」
広範囲に生まれた業炎が怪物の足元を焼く。
「ガルダイン!!」
続いて疾風が渦を巻き、その炎を絡めとる。合わさった炎の渦は怪物を取り囲み、身動きを取れなくしていた。
「今クマ! チエちゃんっ、カンジっ、受け取るクマァ!」
マハタルカジャ。
光が奔り、千枝と完二のペルソナが呼応するように力を増す。直後、トモエとタケミカヅチは跳躍し、渦の真上で拳を構えた。
「ゴッドハンドッ!!」
「イノセントタックッ!!」
巨大な握り拳と光を束ねた巨大な突起が怪物に突き刺さる。完璧な連携だった。
やがて渦が収まり、視界が開けた先でーー怪物は何事も無かったかのようにユラユラと揺れていた。
《ーー太陽、審判ーー》
「マジかよ……。タフ過ぎんだろ、アレ」
「い、今のは結構自信あったんだけどなあ……」
完二と千枝はゲンナリと怪物を見ている。陽介達の目から見ても、その連携と威力は申し分ないものだったと思う。
だとすると、やはり原因はたった一つーーそもそもの耐久力が異常に過ぎるのだ。
「結局、マジモンの怪物って事かよ……って、嘆いててもしゃーないか。とりあえずどこまでやれるか分からねえけど、もう一度俺と天城で隙をーー」
「ーーもう結構でございます」
凛。声が陽介を呼び止める。
気付けばエリザベスが陽介達を見ていた。微笑み、両の目から血の涙を流す彼女は、慈しむような手付きで一枚のカードを手に取り、宙に掲げる。
「ーー宇宙。ユニバース。全ての終わり。そして全ての始まり。仮初の力であろうとも、これが私の見つけたたった一つの答えでございます」
力が、重圧が、伝播する。
たった一枚のカードから放たれたプレッシャーに誰もが気圧されていた。
あまりにも密度が違い過ぎる。まるでこの世の全てを内包したような存在感が、小さな長方形から今にも溢れ出そうとしている。
「ーーああ、願わくば、もう一度、貴方の側へーー」
そしてカードは砕けた。眩い光が全てを塗り潰す。壁も床も大気も感覚も肉体さえも塗り潰して、全てがただの光となる。
しかしーーただ一つだけ。意識が消える直前に、一言だけ、陽介には聴こえたような気がした。
それは、悪戯好きの子供がはしゃぐような楽しげな声音で、
「ーーまた、お会いしましょう」
それが最後に聞いた、彼女の最後の言葉だった。