Persona The Crossover【ペルソナ3×ペルソナ4 クロスオーバー 本編後】   作:ベリーベリーハード

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六月十六日 晴れのち曇りのち体育館のち花村家

 ーー六月十六日。花村家。夜。

 

「うーん。まあ、サイズ的にはそんなもんか?」

 

 自室のベッドに腰掛けながら、陽介は眉根を寄せて首を傾げる。その対面にはカジュアルな服装に身を包んだ少年の姿があった。

 

「どうだ? どこか窮屈だったり、なんか動きにくかったりはするか?」

「……問題ない。着れたら何でも構わない」

「まっ、そりゃそうか。お洒落して出かけるって状況でもないしな」

 

 陽介はおどけるように笑って頷く。

 

「にしてもビックリしたよなあ。まさか着ぐるみの中に別人が入ってたなんて全然気が付かなかったっての」

 

 しかも全裸で。

 陽介はしみじみと思い出す。着ぐるみの中からすっぽんぽんの男が出てくる場面を、まさか一度ならず二度までも見る羽目になるとは思いもしなかった。

 

「で、改めて聞くけどさ、何で着ぐるみの中に居たのかは覚えてないんだよな?」

 

 少年はこくりと頷く。

 

「着ぐるみの中に入る前の事も、覚えてないんだよな?」

 

 再びの首肯。

 

「んで……自分の名前とか、住んでた場所とかも、何も解らないんだよな?」

「……覚えてない」

「そっか。……そっかあ」

 

 ぼふん、とベッドに後頭部を投げ出して、陽介は天井を見る。

 記憶を失った謎の美少年。漫画やドラマの世界ではよくみる陳腐な設定だが、まさかそれを現実で目の当たりにする日が来るとは……。

 

「……いや、まあ、クマは例外として」

 

 今は呑気に湯船に浸かっているだろう元・記憶喪失者の存在を思い出して陽介は苦笑する。

 と、不意に右ポケットから振動と着信音が流れて、慌てて陽介は携帯を手に取った。

 液晶画面には『里中千枝』の文字。

 

「もしもし。どうした、里中」

『あ、花村? 彼、まだそこにいるよね? どう? あれから何か分かった?」

「……その事か。いや、まだ何も分からずじまいだ。自分の名前も、住んでた場所も、何も覚えてないってよ」

『そっか。うん、じゃあ本当に記憶喪失なんだね……』

 

 通話口の向こう側で声のトーンがあからさまに落ちる。

 日も落ちた夜中に裸で着ぐるみな少年を放っておくわけにもいかず、その流れで少年は花村家に連れて来られた。何も記憶が無い、という話はその道中で聞いたものだ。

 その話を帰路の途中で聞いていた千枝は、今なお彼を心配しているようだった。

 

『あのさ、実はさっき堂島さんに連絡が取れたんだ。ほら、急に居なくなったり失踪しちゃった人って警察に捜索願いが出てたりするじゃん? だから、もしかしたら彼の捜索願いも出てるかもしれないし、そういうアレコレの確認を堂島さんに頼めないかなーって」

「……なるほどな。確かに、俺達で何とかするよりは警察の力を借りた方が確実っちゃ確実か。どうしたよ、里中。妙に冴えてんじゃんか」

『ま、まあね。じゃあさ、明日の放課後に彼を連れて稲羽署に行こうよ。十六時に行くって、堂島さんにはもう伝えてあるからさ』

「ああ、分かった。明日の放課後だな」

 

 細かな段取りを決めたのちに陽介は通話を切る。それから床の上でボーッと座る少年に声をかけた。

 

「明日、お前の捜索願いが出てないか調べる為に八十稲羽警察署へ行こうってさ。里中ーーあの、ショートカットでジャージの奴な? その里中が電話くれた」

「……警察?」

 

 無表情が陽介を見上げる。不安……そうにはまるで見えないが、一応、陽介はフォローを入れる。

 

「大丈夫。そんな大事にするつもりは無いって。それに堂島さんっていう知り合いの刑事が居てさ。その人なら信用も出来るし、お前の事も絶対悪いようにはしないって」

「……そう」

 

 どうでもよさそうに少年は視線を床に落とす。無関心というか、肝が太いというか。記憶が無いにも関わらず動揺も心配もしていないその姿に、何故だか陽介は『彼』の面影を見た。

 ーー全然似てない筈なんだけどな。

 ただただ床を見る少年を陽介はしみじみと眺めている。無駄な時間が過ぎていく。すると、部屋の中まで聞こえてくるドタドタと階段を駆け上るような音に続けて、

 

「さっぱりクマー! やっぱり一番風呂は気持ちいいですたい!」

 

 肩にタオル。腰に手。そしてパンツ一丁のクマが騒々しく戸を開く。

 陽介はジロリとその半裸マンを睨みつけた。

 

「うるせーな。あと服着ろ。湯冷めすんぞ」

「クマはキタローを呼びに来ただけクマよ。お客さんにはポカポカの湯船でくつろいでもらうのが一番ってユキちゃんが言ってたから。とゆーわけで、クマ印のあっつい出し汁、召し上がれ♡」

「気持ち悪い言い方すんなってのっ!……つか、キタローって何だ?」

「キタローはキタロークマよ。日曜日に見たアニメで同じ髪型してるのが居たクマ」

 

 少年を見ながらクマはあっけらかんと言う。

 何となくイメージ出来てしまったのか「あー……」と陽介は間延びした声を漏らして、

 

「あ、いや、ダメだろ! 勝手に変な名前を押し付けんなって!」

「べつにいいけど」

「いいのかよ……」

 

 器が広すぎる。というか、無関心が過ぎるだけかもしれない。

 

「決まりクマね! じゃあキタローは存分にお客さんを満喫するクマよ!」

「……ありがとう?」

「まあ本人がいいならいいんだけどさ……。ああ、タオルと着替えは俺の持ってけ。その服がサイズ合うなら大丈夫だろ」

「……ありがとう」

 

 受け取った諸々を手にキタローは部屋を出ていく。その後ろ姿を何となく見送ってから、陽介はクマを見た。

 

「あのさ、クマ。もしかしてアイツも、お前と同じだったりすんのかな?」

「おなじ?」

「その……ああ、いや。やっぱり何でもない」

 

 ーークマと同じように人間ではないのか、と。聞こうとした言葉を呑み込んで、陽介は再びベッドに倒れ込んだ。

 そうして天井を眺める陽介に、声がポツリと、

 

「……キタローからはヨースケ達と同じ匂いがする。確かにちょっと変な匂いも混じってるけど、でもキタローはきっとクマとは違うクマよ。きっと、キタローにはキタローを待っている人達が居るはずだから。だから、キタローを見つけられるように、クマ達がそのお手伝いをしてあげなくちゃいけないクマ」

「……そうだな」

「そうクマ。だから明日はキタローをぶぁっくしょーーい!!!」

 

 盛大なくしゃみが室内に響き渡る。言わんこっちゃない、と陽介は苦笑してクマをさっさと追い出した。

 廊下から聞こえる二回目のくしゃみを聞きながら、陽介はソッと目を閉じる。思った以上に疲労があったのか、予期せぬ睡魔が駆け足でやってきていた。着々と薄れていく意識の中で、陽介はぼんやりと思う。

 ーー大丈夫だ。きっと明日になれば全部解決する。

 まどろみの中で陽介は静かに微笑み、そしてあっさりと眠りに落ちた。

 

 

 

 

 頭がぼんやりとする。

 眠いからではない。熱い湯船に浸かっているからでもない。

 ただ、ぼんやりとする。周りの湯気を全て頭の中に詰め込んだような不明瞭さ。不透明さ。思考の境界が解らない。自分が今どこで何をして何故息を吸っているのかが解らない。何も解らない。思い出せない。

 それはまるで死人のような感覚だった。実感が無いのだ。生の実感が。夢の中をただ漫然と生きているような感覚が、現実味を限りなく薄く広く伸ばして、その中心に自分が立っている。その足で、何を踏みつけているのかも解らぬままに。

 

「……キミは、誰?」

 

 湯船に映る自分に、つい問いかけてみる。しかし答えは当然返って来なかった。

 返って来ない、はずだった。

 

【ーー我は◾️◾️ーー汝は◾️◾️ーー】

 

 突然だった。水面の自分が黒く歪む。同時に、ノイズ混じりの声が頭の中に響いていた。ざりざりと脳味噌を削るようなその音がどうしようもなく頭痛を誘発する。吐きそうになる。たまらず◾️◾️は両手で頭を抱えるようにして湯船に深く潜り込んだ。

 ボゴボゴと気泡が音になって水面で弾ける。子宮に収まる胎児のように身体を丸めて、ただ縮こまる。が、やがて耐えられなくなったのか◾️◾️は湯船の中から勢いよく飛び出して、大きく息を吸った。

 

「……っ……はっ……」

 

 ーー声はもう止んでいた。ついでに息を吸う意味も理解した。

 頭は未だぼんやりしたままだが、どちらかといえば今の状況は湯あたりだ。のろのろと散漫な動作で湯船から脱出し、浴室の壁に背中を預けて座り込む。

 意識が朦朧とする。

 浅く呼吸を繰り返しながら目を閉じる。

 歪んだ暗闇の先で◾️◾は️何かが蠢くのを見た。そうだ。解らないけど、解る。知らないけど、知っている。

 アレはーー

 

「……ぺ……ル……ソ……ナ……」

 

 何かを掴み取った感覚に◾️◾️は生まれて初めて笑みを浮かべる。

 死んだように眠りについたその姿が見つかったのは、それから十五分後の事だった。

 

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