メスガキゲーマーはわからせたい!   作:にゃあたいぷ。

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7.ジャイアントキリング

 RENと八目鰻を間にある距離は約15メートル。

 金髪の少女は獰猛な笑みを隠しもせず、凛と輝かせた金色の瞳でサングラスを掛けた青年を睨み付ける。青年は両手をだらりと下げたまま、相手の一挙手一投足を観察した。沈黙が二人の間合いを埋める中、息を飲んだのは八目鰻の視聴者達だった。優位なのは八目鰻だ。勝算が高いのは八目鰻、格上なのはRENではなくてプロゲーマーの八目鰻。そのような事は分かっている、分かっていたが楽しそうに笑うRENに対して、八目鰻も強気に歪める口元に喜色を感じる。

 八目鰻が笑う時は、何時だって未知との遭遇だった。

 

「…………」

 

 睨み合いが続く中、八目鰻は不動を保ってる。

 挑戦するのは自分ではなく相手、プロゲーマーとしての矜持が、青年に見を選択させる。小細工を弄するも良し、策を立てるも良し、真正面から全身全霊の一撃を叩き込むも良し。これが同じプロが相手であれば、こんな生温い真似はしない。しかし八目鰻はプロであり、RENはアマチュアだ。ならば、挑戦を受けて立つのはプロとしての責務である。何よりもプロゲーマーがアマチュア相手に策を弄してなんとやらだ。

 地力の差で叩きのめす。八目鰻は拳銃の銃口すらも相手に突き付けず、ただ相手が動くのを待った。

 

「そろそろ飽きたから行くね」

 

 呟かれた幼い声、RENはゆるりと身体を沈める。

 予備動作もない脱力による始動、八目鰻は一瞬、反応に送れる。

 RENの左手は後方に翳されていた。

 即ち、それは、

 

「CODE:バースト」

 

 ドン! と鳴り響かせる衝撃波の反動を利用した急加速。八目鰻は咄嗟に拳銃の引き金を絞ったが、銃弾はRENの頭上を掠めて一息に距離を詰める。再び始まるかに思えたRENの連撃、しかし相手の攻撃が始まる前に八目鰻が刃を合わせた。金属同士のこすれる音、数秒間の鍔迫り合いの後、二人は再び弾かれるように距離を取る。間合いが空いたと同時に八目鰻は拳銃を構えた。照準を合わせる、相手が回避する方向を読んで銃口の向きを変えた。八目鰻から見て一瞬、左に重心を傾けた直後、瞬く間に右へと切り替えた。不可解な挙動に八目鰻の照準は外され、軌道修正も間に合わず、発砲した銃弾はRENの右腕を掠める。青年は舌打ちを零し、再び斬り込んできたRENに合わせて片手剣を振るった。

 

「フッ──!!」

 

 横に薙ぎ払った八目鰻の片手剣が空を切る。

 少女が身を屈めた。少し前に見せた自分の挙動を真似た動きを見せられた八目鰻は「クソ、ガキ……!」と内心をピキらせながら後ろ回し蹴りに移行する。しかしRENは受け止めず、今度は大きく身を仰け反らせたスウェーで対処した。RENが姿勢を戻し、八目鰻が体勢を立て直す。

 二人は、同時に一歩、前へと踏み込んだ。

 凶悪な笑顔でお互いを睨み付ける。RENの意趣返しに加えて、完全に避け切った後ろ回し蹴り。本人の意図しての事かは分からないが、八目鰻に挑発と受け取られるには十分な行動だった。青年のモチベーションは、アマチュア時代の尖っていた時期に戻っていた。退く選択肢はない、対してRENも持ち前の気性から引く気など毛頭もなかった。

 二人の熱量が観戦する視聴者にも伝播する。

 

no name:これは完全にピキってますわ

no name:全く同じことをされてから梯子外された気分はどう?

no name:RENやべー

no name:鰻はまだ切り札切ってねえぞ

no name:ここまでされちゃ行かない訳にはいけねえだろ

 

 表示を切ったコメント欄が勢いよく流れる中、八目鰻はCODE起動のワードを口遊んだ。

 

「CODE:ダブルスピード」

 

 プロゲーマーが実力の一端を見せる。

 

 

 気配が変わった?

 それまでどっしりと構えていたはずの対戦相手が急に凶暴な顔を見せる。

 ビリビリと感じる威圧感に、RENは思わず口元を更に歪めた。

 凛と輝く金色の瞳は、好奇心に染め上げられる。

 何が来るのか、何が起きるのか。

 ワクワクが止められない、故にRENは情緒のままに斬り掛かった。

 

「CODE:ダブルスピード」

 

 呟かれる言葉、振り始めた片手剣の一撃は出所で抑えられる。

 瞬間、RENは分からせられる。RENの心の内に秘められた生存本能のような何かが警鐘を発した。これは不味い、と距離を取る。CODE:ダブルスピードは動作速度を倍にする。倍にするのは速度そのものではなく、動作速度だ。即ち、単純計算で手数が倍になる。RENの瞳には、捉え切れない速度で八目鰻が動き出す。RENには、優れた直感はない。ほとんど読みだけで相手の攻撃を受け止める。受けながら懸命に後退する。

 距離を取り過ぎては相手の左手に持った拳銃で狙い撃たれる。かといって近過ぎれば、CODE:ダブルスピードの速度に押し負ける。

 CODE:ダブルスピードは、時間感覚までは引き延ばされない。あくまでも動作速度のみを倍にするCODEである。故にCODE:ダブルスピードはプロゲーマーでも完璧に扱う事は難しいとされており、逆に振り回されてミスを頻発する諸刃の剣をされていた。故に好んで使用する者が少ないCODEである。しかし攻撃の隙も倍速で縮まっているので多少のミスであれば、ゴリ押せる。予め練習しておいた動きを脳死で繰り返すのがCODE:ダブルスピードの基本的な使い方だ。

 しかし八目鰻は、そこで留まる男ではない。

 人間性能全一と呼ばれるには、理由がある。日本の中ではトップと評される動体視力と反射神経、加えて大会で優勝する為に重ねた努力がCODE:ダブルスピードのデメリットを踏み倒す。RENは必要最低限の動きで相手の片手剣による連撃を防いでいたが、凌ぎ切れなかった斬撃と時折、混ぜて来る拳銃の銃弾にシールドを削られる。辛うじて急所だけは避けている、といった状況に追いやられていた。

 一度、攻勢に出た彼を止める事はプロでも困難とされている。

 

 しかしCODE:ダブルスピードは強力だが、リソースの消費が激しいCODEでもある。

 CODE:ダブルスピードで追い詰められた時の対策は、兎にも角にも耐え凌ぐ事。

 だが、それも相手が八目鰻以外であればの話。

 その対策は嫌という程に取られた過去があり、亀のように固めたガードを抉じ開けて来た。

 

「……ぐうっ!」

 

 故にRENも何れ耐え切れなくなる事を悟る。

 シールドはもう四割以下、仕切り直す為に相手の居る方角に左手を翳し、しかし嫌な予感がして直ぐ引っ込めた。瞬間、RENの指先を八目鰻の片手剣が切り払った。まだシールドに余裕があったので指は残っている。しかし状況は好転せず、下手に手を出した分だけ余分にシールドを削る結果に終わってしまった。苦し紛れでは対処される。徐々に押し込まれる。相手のリソースが尽きる前にシールドを削り切られる。

 何か手を打つ必要がある。シールドがまだ残っている内に行動に移さなくてはならない。

 

 覚悟を決める必要がある。

 リスクを背負わずに切り抜ける事が出来ない事を自覚し、行動に移す覚悟が必要だ。

 RENは、あえて片手剣と拳銃に意識を割いた。

 受け切れないのであれば、警戒する対象を限定する。

 他の攻撃は全て、無視をした。

 

「ガラ空きだ!」

 

 そうなれば隙を逃さないのが八目鰻という男だ。

 CODE:ダブルスピードを用いた高速戦闘の最中であっても彼の類稀な動体視力は相手の置かれた状況を見極める。RENが自分の蹴りを意識から外したのを察し、彼女の鳩尾に前蹴りを叩き込んだ。小柄な少女の身体がポーンと驚く程に蹴り飛ばされる。不自然な程に、脳裏に掠める違和感。しかし危機感まで感じなかった青年は、RENに追撃を仕掛ける為に駆け出す。仰向けに倒れる彼女の右手には片手剣が握られており、左手を床に付けたまま上半身を起こす。

 そこで初めて、八目鰻は、RENから危険を感じ取った。

 直接的な殺意は感じられなかった。実際、RENは直接、八目鰻に反撃するつもりはなかった。

 故に、八目鰻は、彼女の害意に気付くのが遅れた。

 

「CODE:バースト」

 

 起動の言葉は、まるで悪女のような挑発的な笑顔を以て囁かれた。

 RENが倒れた場所は連絡通路。今、自分が置かれた状況を掌握した八目鰻は、サッと血の気が引いた。スローモーションに見える視界の中、手を伸ばしても届かない距離。誘い込まれた、と気付いた時には遅かった。

 RENの床に添えられた左手から放たれた強力な衝撃波が連絡通路を粉々に砕く。

 踏み締める床を失った八目鰻は体勢を崩す。

 

 八目鰻は自身の置かれた状況を正しく認識していた。

 空中に放り出された自分は身動きを取れないが、RENはCODE:バーストで空中でも動き回る事ができる。

 この状況を脱するには──RENは、八目鰻に対して左手を翳す。

 瞬間、対戦相手の口元が僅かに歪んだのをRENは見る。一秒にも満たない刹那の瞬間、本当に笑ったのか核心は得られなかった。しかしRENは自分の目を信じた。

 左手は対戦相手から頭上に向ける。

 

「CODE:バースト」

 

 確実な勝利を得る為に、衝撃波で相手よりも一足早く二階の連絡通路に降り立つ。

 その彼女の選択に八目鰻は舌打ちを零す。この危機的な状況を脱する鍵は、RENのCODE:バーストにあった。

 片手剣の腹で衝撃波を受け止めて、建物の端まで吹き飛ばされるのが彼が考えた逃走経路。

 多少のダメージよりも今、自分が置かれている状況の方が危険だ。

 しかし、RENは、寸での所で、衝撃波を撃つ方向を変えてしまった。

 

「強い、今まで戦って来た誰よりも強い」

 

 地面に着地したRENは荒く息を零す。

 しかし金色の瞳に疲弊の色はなく、むしろ色めき立って頭上を見上げた。

 多数の瓦礫に混じって落下する青年の姿。はためくパーカーの背中には、彼が所属するプロゲーミングチームSCARSのロゴが刻まれている。

 そして彼の両手には、突撃銃が握られていた。

 

「この程度の不利で諦めるほど柔ならプロになってねーんだわ」

 

 引き絞る引き金に撃ち鳴らされる無数の弾幕、RENは逃げなかった。

 片手剣で頭部だけを庇って、周囲を見渡す。此処で退いては、次にCODE:ダブルスピードの猛撃を受けた時に凌ぎ切れない為だ。

 勝機を探り、RENの視界に入り込んだのは連絡通路に置かれたベンチだった。

 RENはベンチを片手で握り締めると「だあらぁっ!!」と青年に向けて力任せにぶん投げた。

 ベンチが高速で回転しながら八目鰻の顔面に向けて飛来する。

 八目鰻は、咄嗟に両手に持った突撃銃で打ち払った。

 その時、僅かだが、八目鰻の視界が、ベンチに阻まれてしまっていた。

 自由落下を続ける中、打ち払ったベンチの先に見た光景は、彼を恐れさせるのに十分な代物だった。

 頭上に左手を掲げたRENの姿が見えた。

 

「CODE:バースト!!」

 

 強力な衝撃波が、途中にある細かな瓦礫片を砕いて青年を襲った。

 ベンチを打ち払った時に体勢を崩していた八目鰻は、咄嗟で自分の身体を片腕で庇った。

 CODE:ダブルスピードの効力が残っていてくれたおかげで間に合った。

 この一動作を最後に効力が尽きる。

 

 CODE:バーストは本来、対大型ボス用のCODEとして扱われる。

 ストーリーモードだと最初に手に入るCODEであり、硬い装甲を持っている最初のボスにダメージを通す為に活用するのが始まりだ。どれだけ硬い装甲を持っている雑魚的に対しても安定したダメージを与える事が出来るし、脆い壁を破壊する事も可能だ。雑魚を一蹴するのは爽快感がある。CODE:バーストのデメリットである大きな反動も攻略がメインとなるストーリーモードでは、充分に許容できる範囲のデメリットでしかなかった。ストーリーモードであれば、最初から最後まで使い続ける事が出来る汎用性の高いCODEとされている。

 しかし対人戦だと大きな隙が致命的になる事が多い。他に対人戦でも強力なCODEが多いのに、あえてCODE:バーストを採用する程の価値はなかった。

 

 即ち、CODE:バーストは対人仕様ではないだけで、元々強く設定されているCODEではあったのだ。

 

 放たれた衝撃波は、空中で身動きの取れない八目鰻の左腕を根本から捥ぎ取った。

 シールドを貫通する高威力、同時に突撃銃を吹き飛ばされる。

 

no name:決まったー!!

no name:これはもう無理だ

no name:ジャイアントキリング

no name:勝負が決まりましたわ

no name:まじか、RENやべー!

 

 この対戦を観戦する視聴者が荒れ狂う中、RENもまた勝利を確信する。

 シールドの耐久値は一割未満、薄氷の勝利。策が嵌り、気を緩めた一瞬の隙を銃弾が貫いた。

 

「……へっ?」

 

 乾いた発砲音、RENの右足に刺さる一発の鉛玉。シールドが貫通した、即ち耐久値が尽きた。

 八目鰻の右手には、拳銃が握られていた。

 肉体が1と0に分解されつつある中、青年は双眸を見開いて魔法の言葉を口にする。

 

「CODE:ダブルスピードぉぉっ!!」

 

 叫ぶ八目鰻の右手には持ち替えた片手剣が握られる。

 対するRENも片手剣を構える。

 自由落下を続けるパーカーの青年、落下地点で待ち受ける金髪の少女。

 二人の勝負は、最終局面を迎える。

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