とても嬉しくて励みにさせて貰っています。
何時も遅くなって申し訳ありません。
VR空間に設営されたライブハウス。照明の切られた薄暗い中、本日集まった百余名の観衆達が私語に騒めている。
現実世界では壮大な仕掛けもVR世界なら簡単だ。VR黎明期に提唱された現実よりも現実らしくという理念は、VR全盛期と呼ばれる現在だと技術として昇華されている。リアルではないリアリティなので法令に違反する事も可能だ。足元の照明と非常口に続く証明も消し、誰も見えない視界の中、舞台に空いた穴から二人の少女がゆるりとせり上がる。一人は私、歌風ハルカ。もう一人は妹、歌風カナタ。呼吸すら必要としない電脳世界においても分かる妹の息遣い。カナタは心を整えるように大きく息を吸い込んだ。妹の手元にはキーボード、私の両手にはドラムスティック。真っ暗闇の空間でも分かる凛と輝く瞳、人差し指の腹を鍵盤に添える。ふっと小さく吐き出された息と共に奏でた一音が世界を支配する。
私は演奏が得意な方ではない。リズムを外さないように気を付けて、控えめにドラムを叩いて妹のフォローに徹する。
「~♪」
スポットライトが妹を照らす、中性的な歌声がライブハウスに響き渡る。
落ち着いた曲調の旋律に低音の歌声が乗せられる。サビに入る時に、妹の声よりも若干高めな女性的な声を意識して妹の歌声に乗せた。スポットライトが私をも照らし、二人分の声量に負けないようにドラムを叩く力を若干、強くする。私が妹に視線を送れば、妹も私に視線を返す。双子の私達にアイコンタクトなんて必要ないけども、それでも通じ合わせたい想いってのはある。
私は、観客の顔を見ることが出来ない。観衆との距離がやけに遠く感じられる。自分の奏でる音すらも遠のいて、だけど聞こえていない訳ではない。心臓の鼓動を感じる。極度の集中状態、楽譜は頭から飛んでしまっているけども、もう譜面なんて必要なかった。バーチャルな肉体に沁みついた鼓動に魂を詰め込んだ。何もかもが遠く感じられる世界の中に妹の奏でる旋律と歌声が鮮明に響き渡る。熱のない身体に汗が滲む気がした、零す吐息に情熱が宿る。
サビを終えて、メロディーを奏でる。妹を休憩する為にドラムを中心としたパート、大人しくなった妹の代わりに私が場を繋ぐ。数十秒の見せ場、妹の腕前と比較して拙い腕前。私がドラムを選んだ理由なんて、音ゲーで触れたことがあるからっていう理由だ。まだ小学校の時にランキングトップを駆け抜けるUMAって奴を目指して日夜、頑張って練習していたのだけどノーミスで打ち切ってもスコアが全然、届かなかった苦い記憶を思い出す。なんとか妹の演奏に見劣りしないように歯を食い縛って叩き続ける。実際には、流れるはずのない汗が滴るのを全身に感じながらなんとか次のパートに繋げる事が出来た。
再び妹のピアノの旋律と歌声がライブ会場を支配し、私は安堵の息を零す。
そして曲は再びサビに入る。
妹から私を呼び掛ける視線を感じた。視線を返す、妹の私を信頼し切った顔を見た。私は姉である。故に私には、妹を先導する義務がある。義務という言葉を使ってしまえば、堅苦しく思えるかも知れないけど、妹は姉に甘える権利があるように姉には妹を甘やかす権利があるのだ。そして私は姉である、妹の尊敬される姉で在りたいと姉であり続けることを自らに課している。
故に私は、仕方ないなあ、と微笑み返してスポットライトの光が消えた。
時間にして一秒未満の暗転、バーチャルな世界にリアルなんて必要ない。必要なのはリアリティ、煩わしい世界の法則から解き放たれた私達が次に姿を現したのは舞台の中心、ライトは舞台全体を照らして楽器を奏でるのは私達の次に演奏するメインの方々。だけど今だけは私達の引き立て役、舞い散るは銀色の紙吹雪。恐るべきはサーバーの処理能力、ライトに照らされてキラキラと輝く紙吹雪に負けじと満面の笑顔でステップを刻んだ。ピアノとドラムだけでは演奏し切れなかった壮大な曲に乗せられて、私達双子は演奏を続ける先輩方に見守られながら阿吽の呼吸で歌と踊りを慣習に披露した。
私達は今、ライブ会場という小さな世界の中心に立っている。
◇
週に一度のVRライブイベントはサイバネプロジェクトの貴重な収入源になっている。
フルダイブ型VRゲーム機の開発により、アバターを通じて電脳世界に顕現する事はモニター越しに視聴するのとは違った生の熱量を感じ取る事ができた。勿論、現実世界の方が良いという意見も多いし、否定するつもりもない。VR空間には無駄がない、現実世界にあるはずの不純物がないのだ。あるのは意図した無駄だけだ。あくまでもリアリティを追求した世界にリアルは存在しなかった。
しかし、それでもVRライブチケットに金銭を投じる者は少なくない。
モニター越しの編集された映像が無料公開されていても、百を超えるファンが生の熱量を感じる為にチケット片手に会場へと赴いた。
まあ今回の主役は和風ロックバンドの先輩方であり、私達のファンじゃないのだけどね。
だけど私達の顔と名前を少しでも覚えて貰う為に全力を出し切ったつもりだ。その甲斐あってか私達の出している曲の売り上げが十人分ほど伸ばしている。現実世界のベッドの上で目を覚ます。アイマスク型のVRゲーム機を外すと一足早く目覚めていた弟が隣でぐったりとしていた。私は髪を整えるように弟の頭を優しく撫で、飲み物を調達する為に一人で部屋を出る。
自販機は寮の外に置いてある。
ゆるゆると外に出ると珍しい人と遭遇した。
胸元を開いたシャツを着たダウナー系の背の高い女性、彼女はサイバネに所属するVsの一人でVs名は呉紅葉。世間的には小春日和の相方として知られている。
彼女は、私を見るや否や「双子ちゃん?」と小首を傾げて問いかけた。
私はビシッと背筋を伸ばす。彼女の事は苦手だ、何時も表情と声色が同じなので何を考えているのか分からない。感情が死んでいる訳でもなく、他人に対して興味を持っていない訳でもない。誰に対しても同じ態度を取るので距離感を測るのが非常に難しい人だった。日和と紅葉は幼馴染なだけあり、お互いの考えている事がある程度わかるようだ。実際、二人の距離感は他と比べて一歩分、近くなっている。
そして弟との距離も半歩分だけ近かった。
紅葉パイセンは私の首筋に顔を近付けるとスンと鼻を鳴らした。
「ん、違った。姉の方だった」
パイセンは僅かに眉を潜めて、ペットボトルを片手に寮へと戻った。
……えっ? 弟と見分けを付ける為に何時もこんなことしてんの? 急に弟の貞操が心配になって来た。自販機に硬貨を入れて、後で問い詰める必要があると購入したペットボトルに口を付ける。傭兵さんの呼び名でも知られる紅葉は、リアルだとモデル体型の美人さんなのだけど、私の心は驚く程に彼女に惹かれなかった。少し痛いキャラをしているまんまパイセンの下着姿でもちょっとはむらっと来る私にしては非常に珍しい事だ。
よく世間では黙っていれば美人という言葉が使われる。
だけど紅葉パイセンに限って云えば、黙っていても少し不気味に思える所がある。
寮の入り口から部屋に戻る時、必ず食堂を通る構造になっている。
食堂には、外に出る時には居なかった四人組の女性が机の一角を占拠していた。リアルだとダボッとした衣服を好んで着る隠蓑シノブと胸元に猫の模様を付けたシャツを着る江ノ島まんま、胸元に猫の穴を空けたブラジャーを愛用している。巨乳である。私の肉体に童貞の概念があれば、何度も殺されていた。成人した時には必ず18禁のフルダイブVRゲームを購入すると心に決めている。何時も二人組の他に更にもう二人、妙に色気のある二人の内一人は花魁姿の狐女のアバターを用いる神楽というVsで四人組の団長を務める。もう一人は、文福亭リコ。線のように目の細い狸娘のアバターを使っている。リアルの彼女は目が細いって訳でもないのだけど、笑った時の顔がアバターにそっくりさんだった。
四人は一組のバーチャルアイドルグループ、略してVIG。電脳でんでら妖樂団の名で売り出し中の面子だ。
妖樂団は、和風のロックバンド。少し前に私達姉妹が前座を務めたライブイベントの主役である。
隠蓑シノブのギターのように肩から下げた三味線の演奏する姿に江ノ島まんまのキャラに反して落ち着いたベースの旋律。歌を担当するのは花魁の神楽で、その歌唱力は他者を圧倒して会場を支配する。また神楽は多芸で琴の他に篠笛とピアノを演奏する事が出来た、ちなみにシノブはギターも弾ける。神楽の口が塞がっている時にボーカルを担当するのはシノブであり、見せ場の時には神楽に合わせて歌っている時もある。江ノ島まんまと文福亭リコもコーラスを担当している時があるけど、メインは神楽でサブがシノブと言った感じだ。
その妖樂団の面々が今、何をしているのかと云うと四人分のケーキを並べて反省会を開いていた。
机の端に立て掛けた液晶端末の映像を睨み付けており、妖樂団の団長を務める花魁の神楽が手元にノートを開いてペン回しを披露する。気が付いた点があれば、その都度ノートに書き込んでいるようだ。挨拶した方が良いのかな、と思いもするけど声を掛けられる雰囲気ではない。意識が高いってこういう事を言うんだろうなあ、と遠くから眺めながらライブの御礼を後回しにして自室に向かった。
私は結構、適当な所がある。
部屋に戻るとベッドで横になっていた弟が携帯端末の液晶を睨み付けている。弟は真面目さんだ。そそっと横から覗いてやれば、やっぱりとでもいうべきか。先程のライブイベントで演奏する私達の姿が映されていた。半分まで飲んだペットボトルを弟の頭に乗せる。反応の悪い弟は、頭に乗せられたペットボトルを無言で掴んで残っていた分を飲み干す。
声を掛けられる雰囲気ではなく、私はアイマスク型VRゲーム機を装着し、彼女の隣で横になってゲームを起動した。
ライブイベントの後で疲弊していてもゲームは別腹、娯楽こそが休息なのである。
◇
久し振りにストーリーモードを起動する。
赤茶色の短い神に制服の上からパーカーを羽織った姿、歌風ハルカとして電脳都市に顕現する。
初期位置は物語の中盤以降に解放されるセーフハウスで外から色々と家具を持ち込む事が出来るのだけど、CODE:Fでの私は効率重視。装備を収納しておける棚の他に設定を確認できるノートPCしか置いていなかった。他のVsの配信とか見てると結構、内装にも拘る人が多いのだけど、私はVsになる前にCODE:Fをクリアしてしまっているので内装に手間を掛ける必要がなかった。
セーフハウスの外に出ると電脳都市の中心街、行き交う民衆に車のクラクションが鳴らされる音。ハイブリット車が主流になりつつある今の御時世、ガソリンを用いたエンジンは音がうるさく感じられる。対戦の時は無人になる都市も今は雑踏に塗れている。
近場のカフェテラスに腰を下ろし、寄って来た店員にホットなカフェラテを注文する。
「落ち着いて見渡すと結構、良い雰囲気なんだよねえ」
近頃はゲームの中でデートするとか流行っているらしいし、と届けられたカフェラテを啜る。
クリア済みのセーブデータを読み込んでいるので今、マップはフリーモードになっている。作中に起きた好きなミッションとエピソードを再生できるし、過去のボスキャラともう一度戦う事も可能だ。そしてフリーモードになった事でオンライン環境に入る事も出来る。オンライン化した電脳都市は、某蝙蝠男在中の犯罪都市も真っ青な世紀末世界であり、街の至る所で銃声と爆発のハーモニーが奏でられている。オンライン化とは別に自分の環境にフレンドを呼び出す事も可能で、これはストーリーの途中でも出来る。
ネットで結婚なんて今時、珍しくもない。
CODE:Fには、幾つかのデートスポットもあって遠距離恋愛中のカップルが活用してるなんて話も聞いた事もある。避妊の重要性が周知されている現在、コミュニケーションとしての性行為をする時にもゲームが活用されている。ちなみにゲームが発展しても出生率に影響はない。まあ当然と云えば当然の事で、子供を作るなんて一大事を性欲に任せる人間なんて多くない。
結局、大切なのは所得のようだ。
「ゲームで性癖を拗らせる人が多いのは事実なんだけどね」
露出狂になれるゲームが販売された時は問題視されたけど、結果として露出狂は減った。
勿論、露出を続ける人間は居たのだけど、欲望を発散する先があるとないとでは違うようだ。ついでにいうと痴漢シチュのゲームが販売された結果、痴漢の犯罪率が急激に減少したという話もある。昔の人はよく世の中変わったなあ、と呟いている。私も十年後か二十年後に同じことを呟いているのだろうか。世界は急速に変化を続けており、付いて行くだけでも精一杯になる時が来るのかも知れない。
だけどまあ、その時の事はその時が来た時に考えれば良い。
後輩を沢山作って、経歴に胡坐を掻いた私が生意気にふんぞり返る未来も楽しそうだ。
パンと両手で頬を叩いて気合を入れる。じっくりと腰を据えて物思いに耽るなんて歌風ハルカではない、解釈違いだ! 即断即決、考えるよりも先に行動する。それが私、歌風ハルカだ。反省会を行っている妹にメッセージを送り、私は私達を称えるに相応しい場所を探しに町へと繰り出す。
反省会なんて似合わない、私達姉妹には祝賀会が必要なのだ!
◆
ピロリン♪
件名:対戦ありがとうございます
送信者:tokumei_03
本文:お初お目にかかります。今度、大切なバトルロワイヤル戦があるのですが一緒のチームで戦って貰えませんか?
◇
ピロリン♪
件名:Re:対戦ありがとうございます
送信者:REN
本文:はじめまして。チームで戦うことは余りありませんが、それでも良ければ良いですよ