基本、天然気質なモモンガ様がかつての仲間だった人たちやNPC、ツアーなどを巻き込んでいきます
死の支配者、転生する【プロローグ】
「楽しかった、本当に、楽しかったんだ……」
鈴木 悟は装着したヘッドマウントディスプレイを装着したまま、憂いげに呟く。
彼の脳裏に過るのは、過ぎ去りし日々であり、悟にとって幸福な時間だった。
それも今、終わりを迎えようとしている。
DMMO-RPG「ユグドラシル」、12年のサービス期間の終了は男にとって死刑を言い渡されたようなものだ。
全てが終わる、ナザリック地下大墳墓を必死に維持し続けてきた労力も無に帰す。
自分のしてきたことは、所詮過去に縋るしかできない意地でしかなかった。
だがそれでも拠り所ではあった、喪失はあっても後悔はない。
刻一刻と迫るサービス終了時間に、悟は静かに瞳を閉じた。
全てが終わる、そう思うだけで胸がいっぱいになり、たまらなく現実を受け入れたくなくなる。
だから、ここで全て終わらせてもいいのかもしれなかった。
もう何もかも意味がないのだから、自分が終わっても悔いはない。
そう思った直後、心のわだかまりが解けていくような気がした。
そうだ、だからもう、終わっても後悔はないーーーー
それが鈴木 悟だった男の、最期の記憶だった。
「……夢? アンデッドなのに??」
不意に、それは目を覚ましたという自覚を持つ。
しかし、彼は自分が寝る必要などない存在だと理解していた。
それなのに夢を見ていたというのだから、どういうことなんだと頭を振る。
目の前の机を見ると、羊皮紙やら羽ペンやら、開きっぱなしの本が散々としているのは、意識を失うまで研究を続けていたからだ。
流石に根を詰めすぎたのかと思い、彼は椅子から立ち上がって背伸びをする。
だがコリというものから縁遠い体なので、ただの気休めだ。
人間だった名残がまだあるのかもしれないと考えつつ、部屋から出ていく。
薄暗い廊下を歩き、スロープ状になっている道を登っていくと朝日が差し込んでいた。
やがて日の下に出ると、太陽が眩しいほどに輝いている。
光を遮るように翳した掌は、白磁器のように汚れ一つない骨の指だ。
「いい天気だぁ、今日も〜。 アンデッドでも、お日様に当たるのは大事だよなぁ〜」
のほほんとした口調で太陽光のありがたみを全身に感じる男の風貌は、指だけでなく顔まで骨そのもの。
上質な黒いローブを羽織り、禍々しさを感じさせる覇気を持っているのに、本人の気質はとても穏やかだ。
自宅兼工房にもなっている地下への入り口前で、骸骨は今日という日を迎える。
「さて、今日は何をしようかなぁ〜♪」
見るからに死者然とした存在は、まるで生者のように振る舞っていた。
彼の名はモモンガ、死の支配者という世界にとって規格外の存在でありながら、隠遁生活を送る魔法詠唱者でもある。
モモンガという名の存在は、ある時自我を持った。
気づいた時には見るからに高価なローブを羽織り、指には指輪がいくつもついている。
骨の指を見て驚き、近くにあった河原を覗くと案の定顔も骨だった。
自分が死者、それもアンデッドと呼ばれる異形種だと自覚したものの、だからといって生者を害そうとは思っていない。
むしろ誰にも束縛されず、自由に行動できる喜びに満ちていた。
しかもなぜかは分からないが、力が漲るように湧いてくるので、自分が強いという自覚もある。
試しに意識の内側に問いかけてみると、多種多様な魔法や自身のMPなど、手に取るように把握できた。
疑問はあったが、とりあえず自衛をする分には事足りると納得しておく。
続いての問題は、これからどうしたらいいのかについてだ。
「う〜ん、この格好じゃあご近所の方々にご迷惑をかけることになるし……、やっぱり隠遁生活しかないのかな?」
顎に手を当て、今後の方針を考える。
せっかく自由に生きられるのだから誰かと生活したい、そんな欲があった。
だがただの人間の前に出たら、ほぼ間違いなく忌み嫌われ、最悪討伐されてしまう。
なぜか分からないけど、その自覚があった。
それにずっと、自分の頭の片隅にある見覚えのない記憶が過ぎっているのも影響しているのかもしれない。
「これは、誰の記憶なんだろうなぁ? もしかして俺の? う〜ん……? まっ、いっか! その内なんとかなるだろう!」
とても気軽に考える自称アンデッドの行動は、生者が見れば奇妙を通り越して恐れを抱かせるのに十分だ。
しかし悲しいことに、モモンガ本人は毛ほども気にしている様子はない。
とりあえず今できることから始めていこうと辺りを散策することにした。
そこで分かったのが、太陽を起点として南に進めば人工的に作られた道を発見する。
逆に北へ進めば鬱蒼とした森の奥へと続いていたので、そちらへ進路を向けた。
『誰かと暮らせたら良かったのになぁ』、そんな一抹の寂しさに包まれながらモモンガの日々は始まりを迎える。
当初は何をしたらいいのかと悩んだモモンガの日常は、かれこれ30年という歳月が過ぎていた。
住居造りから何まで位階魔法を使ってあれこれ試行錯誤し、現在の形に落ち着く。
生活用品も魔法で全て作ることができたので、結果として不自由することはあまりなかった。
ただそれでも壁はすぐ出来て、魔法を使うにしても生活に役立てそうなものがなく、男は大いに悩む。
アンデッドなので食事はおろか睡眠も必要ないのだが、それはそれだ。
『だったら自分で魔法を作れるようになればいいのでは?』と考えに落ち着くと、彼の生きる方針が定まる。
最初は独学で進めていたものの、途中から挫折を覚え始めた。
何かないかと手を伸ばした時、虚空に自分の腕が飲み込まれているのを見て仰天する。
「へっ!? な、何これ!? 俺にこんな能力が!? あ、あれ?? 本だ……」
一瞬飲み込まれるのでは、そんな危機感に襲われたが手を引くとそこには本を持っていた。
試しにもう一度意識して中空に手を向けると、またしても黒い穴が浮かぶ。
今度はじっくりと試すとそこに何があるのか、手に取るように分かった。
試しに中にあるもの全てを出してみようとするも、あまりの多さに途中で断念する。
「な、なんだこれ? なんかすごいいっぱい物があるぞ……、これって、本当に全部俺のものなのか……?」
身に覚えのない物がずらりと部屋の所狭しと置かれているが、モモンガはその全てが何かを理解していた。
取り出せるということは自分のものということなのだろうと、深く考えずありがたく使わせてもらおうと楽観的に考える。
適当に取り出した本は何冊もあり、それを参考にして魔法の研究を続けていった。
だがその日々も段々と飽きが出始めていたので、他に刺激となることはないかとアンデッドらしからぬ行動力を発揮する。
「……よし、街へ行こう! 姿を消せば誰にもバレないはず!」
アンデッドが人間の前に出たら大騒ぎになる、という自覚は流石のモモンガにもあった。
だから見えないよう魔法で姿を消せばいいというのは、少し抜けているのではと否めなくもない。
しかしそれを指摘するものもいないので、そそくさと30年ぶりにモモンガは森を抜けて人がいる場所へと向かうのだった。
「ふむふむ、なるほど、冒険者か……」
その日の夜、街へ向かったモモンガは集めた情報をまとめる。
分かったことは人間の街というものがどんなものか、どんな人がいるのか、普段どんなことをしているかだ。
結果として彼のような異形種は人間の街には住んでおらず、一歩でも踏み込めば即アウト。
街の警備を担う衛兵はもちろん、腕に覚えのある人間たちとの戦闘は避けられなかった。
しかしその中で気になったのが、冒険者という枠組みについて、モモンガの琴線が響く。
冒険、つまりはあちこちへと赴いて旅をするものと思った彼は、次に自分のしたいことを決めた。
「よし! 魔法の研究も一区切りがついたし、次は冒険だ! ふふふ、何が待っているかなぁ〜♪」
ウキウキと人間よりも人間らしいテンションで、モモンガは明日からの行動を練り始める。
この時彼はまだ、自分がいる世界の冒険者とは如何なるものかを完全に理解していなかった。
まさか彼のような魔物を討伐することが基本という事実を知るのは、今からおよそ数年後の話である。
塩素の音さん、誤字報告ありがとうございます!