拙作を読んでいただき、誠にありがとうございます!
人間なんて所詮、弱い生き物だと絶望した。
いかに自分が愚かで惨めで、儚いものなのだとブレインは失意のどん底に落とされる。
命からがら逃げ延びたものの、誇りであった刀を握りしめる理由は自己防衛のみ。
もうあんなことに巻き込まれたくない、死ぬのがあんなに怖いことだなんて思わなかったと眠れぬ夜を幾夜と超えていく。
リ·エスティーゼ王国王都に辿り着いた後も、路地裏に包まり、誰とも関わらぬよう息を潜め続けた。
いつあの化け物が気を変えて殺しに来るか分からない、そんな不安に苛まれ精神的に追い込まれていく。
このまま静かに眠れたらと、降りしきる雨に打たれて体が冷えていった。
きっと雨が上がる頃には自分はいなくなる、そんな予感を覚えながら静かに目を閉じる。
ふと、雨音が響く世界に水を踏みしめる足音が聞こえてきた。
それは段々と大きくなり、いつしか鳴り止む。
誰かが目の前にいる、目を開けたくなどないが、瞼を開けて先には白銀の姿が立ち塞がっていた。
「こんなところにいたのか、随分探したよ」
「……あ、アンタは」
「覚えているかな? 君を探していたんだよ、悪いが付き合ってもらおうか」
凛とした声と見覚えのある純白のように美しい兜に、ブレインは息を呑む。
あの悪魔、ウルベルトの魔の手から救ってくれた恩人を前に救われた気持ちになった。
だが、直後に様子がおかしいと気づく。
その背に見える覇気と、どことなく刺々しい言葉に、男は目の前の騎士に逆らうことができなかった。
連れて行かれたのは王都郊外の森の中、誰にも見られない場所までブレインは白銀の背を追う。
いい加減連れ出した理由を聞かせてもらいたい、そう思ったところでその大きな背が立ち止まった。
「……こんなところまで連れ出して、何だよ?」
「決まってるだろう? 構えなさい」
「ーーはっ?」
「構えろと言っている。 私が今日ここに来たのは、君を斬るためだ」
何日も飲まず食わずでいたが、雨でわずかばかりに喉を潤したので声を出す。
すると、振り返った男が剣を抜けと言い放ち、ブレインの答えを待つことなく騎士は抜刀した。
突然のことに訳が分からないと混乱する男に、戦士はただ殺しに来たと告げるのはなぜか。
あの時助けてくれたのにどうして、まさかという可能性にブレインは体が震えた。
「あ、アンタまさか、あの悪魔の仲間か……?」
「違うな、今はまだ。彼は友人との時間を邪魔した剣団にムカついて虐殺したが、私は君たちを無力化するために手練れだけを殺める気でいたんだよ、あの時」
「ーー!」
「ブレイン・アングラウス、ガゼフ・ストロノーフと同格だと言われた君を刀の錆にすることになるとは残念だよ。 早く構えなさい、無抵抗なものを斬るほど私は冷酷ではない」
最悪の可能性ではなかったが、元々白銀の騎士も自分たちを殺す気でいたと言われ絶句する。
素性まで知られており、剣団に所属していたことは十分に断罪されるべき咎を背負っていた。
いつもなら返り討ちにするが、目の前の傑物は憎むほどに越えたいと願う相手と比べるべくもない高みにいる。
対峙するだけで分かるほどに、隔絶たる実力差にブレインは刀の柄をどうしても握れなかった。
「どうした、私もあまり気が長くないんでな。 抜かないならこのまま両断させてもらうぞ」
「……何でだよ、じゃあ何であの時助けたんだよ!? あの時、助けず見殺しにすれば良かったじゃねぇか!」
「ーーそうだな、確かにその通りだ。 だが君は、助けを願っていたからね」
「……はっ?」
「性分みたいなものだよ、助けを求めていたら助けたい、私の信念みたいなものだ。 だからつい、君を助けてしまった」
震える体に騎士が死の宣告を告げてくる。
だから余計に理解できず、ブレインは救ったのだと糾弾した。
結果的に死ぬなら、あの時死んでいれば無駄に希望を抱かずに済んだのは当然と言える。
それに対して超越の戦士は苦笑したように、自らの性分に従ったまでと言い放った。
助けを乞われたから助けた、そんなことをこの非情過ぎる世界で誰ができるのか。
貴族は領民から貪るだけ税を貪り、壊れるまで弄ぶ。 国は犯罪行為が当然のように横行し、腐敗は他国にまで知れ渡るまでだ。
そんな世界で生きるブレインにも、剣団に所属していた所業に対する罪悪感は多少持ち合わせている。
だがそれは誰もがしている、奪われるくらいなら奪うまでをしただけ。
それを責と言うなら、助ける価値などないのだ。
「……アンタ、狂ってるんじゃねぇのか?」
「否定はしないよ、それをあの悪魔にはいつも言われてる。 業腹だけど、自覚もある」
「ーーなぁ、聞いてもいいか?」
「何かな?」
「……アンタは一体、何を為すために剣を取るんだ?」
目の前の怪物があまりに歪であり、どうしようもない強さを持つのに蛮行を働きたくない。
あまりにチグハグな存在にブレインは、それだけの強さで今も剣を取るのか聞きたくなった。
これが遺言になるかもしれない、だからせめて知りたいと切に願う。
「そうだな……、敢えて言うなら正義のため、かな?」
「ーーははっ、大したもんだな」
「……やる気になったかな?」
「あぁっ、どうせ勝てる相手じゃねぇんだ! 虫けらは虫けらなりの無様を見せてやるよ!」
「意気やよし、全力を見せろ」
返ってきた答えがあまりにこの世界に似合わなすぎて、思わずブレインは笑ってしまった。
だがそれ以上に、自分の信念に突き進む騎士の生き様が眩しく、そして高みに挑みたくなってしまう。
持ちたくないと思った刀を握ると力が湧いてくる、あれだけ死にたくないと願っていた頭が明瞭になっていった。
やれるだけのことをする、その意気でブレインは戦士、たっちを前に覇気をぶつける。
勝負は一瞬で終わる、互いに理解した上で構え、
そして、呆気ないほどに終焉する。
「……殺すんじゃなかったのかよ?」
「気が変わった、君はまだ伸びるし、やり直しもできる」
「……」
「それじゃあ、これからは真っ当に生きることだ」
「ーーっ、待ってくれ!!」
地面に大の字で転がるブレインは傷一つない状態で、生きていることを自覚していた。
そんな自分を見下ろす騎士の言葉に、行き詰まっていた可能性を示唆されてしまう。
用は済んだと立ち去ろうとする背に急いで起き上がり、呼び止めると彼は頭を下げた。
「頼む、俺をアンタの弟子にしてくれ! 俺は、アンタみたいに高潔な人になりたいんだ!」
「……勘違いしているようだけど、私はそこまで偉くはない。 ただ、いつまでも縋り付くしかできないみっともない奴だ」
「それでもいい! 俺は、アンタの元でもっと強くなりたいんだ!」
予期していなかった訳では無いが、ブレインの言葉にたっちは振り向くことなく告げる。
するつもりはないと言っても、このままついてこられても面倒だからだ。
そうなれば今後について、ウルベルトに嫌味を言われるのは明白。
少なからずモモンガ達にも迷惑をかけるかもしれないとして、逡巡した。
「弟子にはできない、というより私も今忙しい身でね。 しばらくは雑用としてなら側に置いてもいい、片手間で剣の相手をしよう。 それで構わないか?」
「ーー! はい、よろしくお願いします、師匠!」
こうして、ブレインは正義の騎士たっち·みーの側仕えとなり、後に正式な弟子となる。
だが彼はまだ知らない、
た「セバス、今日から従者見習いになったブレインだ」
ブ「よ、よろしくお願いします!(何だこの人、隙がねぇぞ……!?)」
セ「……たっち・みー様、問題ないようでしたら、彼の教育を任せていただけないでしょうか?」
た「あぁ、そのつもりだ。 よろしく頼むよ」
セ「ではまず、身なりを整えるところから始めましょう」
ブ「は? いや、俺はそんなのはーー」
セ「何でしょうか、その言葉遣いは……?」
ブ「……!?!?」
た「それじゃあ、私はモモンガさんのところへ行くから、あとよろしくな」
セ「はい、お任せくださいませ」
ブ「えっ!? ちょちょちょ、師匠!?」
セ「さて、それでは始めましょうか」
ブレインさん、せっかく再起したのに、別の意味での地獄の日々が幕開けするのであった