「……あの、これは一体?」
たっちが国興しのメンバー候補である建御雷たちを伴い、総拠点となったモモンガの住処に帰還する。
いつも通り賑やかな日常があると思っていたわけだが、それはまた別の色を帯びていた。
思わず尋ねてしまった騎士に、家主である骸骨様は疲れた様子で答える。
「ええっとですね……。 こっちでも仲間になってくれそうな方がいたので、俺とウルベルトさんで勧誘に行ったんです。 そしたら、その……、攻撃されまして……」
「ウルベルトさん、正直に答えてください。 今度は何をしでかしたんですか?」
「てめぇは一々俺を疑わねぇと気が済まねぇのか!? だが、今回は……、心当たりがあるから、その、なんだ……」
「で、この御方はどうして縛られているのです?」
「こうしないとウルベルトさんに突撃していくんですよ、手段を選んでる暇がなかったもので……」
モモンガはたっちに問われ、頭を抱えながら答える。
そんな彼らの足元では、岩のような肌をした異形種が雁字搦めに縛られて藻掻いていた。
轡もされて喋れなくしているのは、今も唸るように声を上げているからだろう。
たっちはすぐさま、心当たりがあると言わざるを得ない悪魔を睨みつけた。
ウルベルト的にその態度は腹が立つも、その通りなのでいつもの覇気はない。
それはそれで戸惑う騎士の困惑はどうあれ、この状況はあまり良くなかった。
「それで、たっちさん。 後ろに見慣れない方々がいますけど……」
「あぁっ、えっと、私が勧誘してきた人達です。 名前はーー」
「よぉ、アンタがモモンガって奴か? 初めまして、俺は武人 建御雷って名だ! こっちは息子のコキュートスだ! よろしく頼む!」
「あっ、これはどうも、ご丁寧に。 モモンガと言います」
「ふぅん? 話に聞いてた通り、アンデッドとは思えねぇくらい理知的だな? 俺もアンタに用件があるんだが、まず足元のそいつだな」
「そ、そうですね……。 ウルベルトさん、せめて轡だけでも外しますよ?」
「ーー構いません、どうぞ」
仕切り直し、というわけではないが、改めてモモンガはたっちが連れてきた異形種2名について問う。
紹介しようとする騎士の横をすり抜けて、建御雷は往々と握手を求めた。
それにつられる形で差し出す死の支配者の手を握ると、単純な握力で破壊できないことに剣士は気づく。
たっちの言葉はあながち間違いではなかったと高鳴る胸を抑えつつ、まず足元の問題から済ませていいと譲ってくれた。
それに感謝しつつ、モモンガがウルベルトに確認してから、拘束され藻掻く異形種の口に縛った布を取る。
直後、殺気を悪魔に遠慮なくぶつける男のドスをきかせた声が轟いた。
「てめぇ、このクソ悪魔! 自然を破壊するだけに飽き足らず、修復もしねぇ
「ぶ、ブループラネットさん!? 落ち着いてください!」
「えぇい、止めないでくださいモモンガさん! 貴方はともかく、そこのド腐れ外道には一発死をお見舞いしてやらねぇと気が済まないんですよ! あっ、それならモモンガさんがいるじゃん! よし行け、モモンガ!」
「人を勝手に使い魔扱いしないでください!?」
両手足を縛られながらも、陸に打ち上げられた魚のようにジタバタ藻掻くブループラネットと呼ばれた異形種の男が叫ぶ。
モモンガは落ち着かせようとするも、言葉が届いていないようで対応に四苦八苦していた。
今の状態で仲間になってほしいと告げても、今後を踏まえるとウルベルトとの間に溝を生みかねない。
何もしていないのに八方塞がりなこの状況に、たっちは益々訳がわからなくなった。
「……ウルベルトさん、この人はなぜ貴方にそこまで固執しているのですか?」
「あ〜……、前にトブの大森林でツアーと殺り合ったことがあってな」
「はっ? 何ですそれ、聞いてませんよ?」
「大分前の話だよ! その時に周囲を更地にしたことを、どうやら根に持たれて……」
「? この人に直接影響があると? 確かあそこは魔境とあって、誰のモノでもないはずでは?」
「モモンガさん曰く、この人が自主的に管理してるみたいです」
「ここでもモモンガさんですか……」
頼れる裁定係が機能せず、仕方なくたっちはウルベルトにも訳を問う。
いつもなら悪態をつくところだが、今日のウルベルトは珍しく素直に答えた。
一部内容に騎士は引っかかるものの、全体的に見て因縁をもたらす要素は少ない。
だがそれでもブループラネットの怒りを買っているのは何故か、という点には納得したくてもできかねた。
誰のものでもない場所を管理する、そのことに意味があるのかというのが大きい。
それほどの怒りを覚えるのはどうしてかと考えるよりも先に、モモンガが説明してくれた。
「ブループラネットさんは自然保護を目的に活動しているんです。 トブの大森林でもそれを精力的にやられているようでして……」
「自然保護、ですか。 自主的にあの秘境をというのはいいとして、ウルベルトさんはモモンガさんに勧誘について行ったと?」
「まぁな、顔が合った瞬間に飛び掛かられて何事だと思ったけどよ……」
「そ、そうですか……」
足元からのやまぬ罵声に、モモンガはブループラネットの怒りを沈めながら、たっちの質問に答える。
確認も兼ねて騎士は悪魔に尋ねると、憔悴しきったように疲れる姿に苦笑した。
因縁めいたもので喧嘩という殺し合いをする間柄なだけに、今のウルベルトにたっちはほんの少し同情する。
どうしたものかと悩んでいると、空気を読んで黙っていたもう一組の来訪者が声を出した。
「お取り込み中のところ悪いんだが、そろそろいいか?」
「あっ、すみません、おもてなしもせずに!? と、とりあえずこちらーー」
「いやっ、今のところそういうのはいい」
「えっ?」
「単刀直入に言おう。 モモンガさん、俺と手合わせをしてくれ」
「はっ?」
「ちょっ、建御雷さん、貴方は!?」
建御雷が手を挙げながらモモンガに歩み寄る。 そこで支配者は、来客を放置していた失態に気づいた。
落ち着いてもらおうと案内しようとするが、男の言葉にモモンガは驚きの声を上げる。
傍らで聞いていたウルベルトの抜けた声と共に、柄にもなくたっちの慌てる声が響いた。
聖騎士はここで、建御雷がモモンガと最初から戦うことを決めていたことを失念していたと、頭を抱えたくなる。
間違いなく、後から最上位悪魔が食ってかかることが目に見えているが、今はそれどころではなかった。
「……えっと、私と手合わせをしたいとは何でまた?」
「そんなの理由は一つだ、アンタがたっちさんに認められてるってことだ」
「たっちさんに? でも、私は見ての通り魔法詠唱者ですし、近接戦はそこまで得意じゃないですよ?」
「へぇっ? その割には余裕がありそうだが?」
「えっ、えぇっ、まぁ、たっちさんに手解きを少々……」
「なるほど、それなら問題ねぇな!」
「今の話の流れで納得するんですか!?」
「だ〜か〜ら、たっちさんが認めるってことはそれだけ大きい意味があるってことだよ。 あっ、魔法でも何でも使っていいぞ、そうじゃなきゃすぐ終わっちまうし、俺としても来た意味がねぇからな!」
「はっはいっ……、では胸をお借りしますね?」
「ぶっ、はははっ! どっちかっていうと、俺が借りるんだけどな! モモンガさん、アンタ面白いな! 嫌いじゃないぜ、アンタみたいな人は!」
建御雷の申し出に、モモンガはひどく困惑する。
てっきり新たな仲間と思っていただけに、戦えと言われて戸惑うのも無理なかった。
だがアンデッドは話を聞けば聞くほど、たっちとは別ベクトルの剣士の言葉に頷きたくなる。
国興しの一団を結成し、その面々が超越者に当たり、中でもたっちは間違いなく最強格だ。
次点にウルベルトが続くとモモンガは考えているが、このことを口にすると騎士と悪魔の戦端が開かれてしまうのであくまで考えに留めている。
たっちが少なからず自分を認めてくれている、骸骨的にはその事実が少なからず嬉しかった。
しかし同時に、それが今回のような事態を招く可能性を知り、内心ため息をつきつつ建御雷の申し出を受けることにする。
意外とすんなり受け入れたので、たっちとウルベルトは驚きを隠せなかった。
「それじゃあすぐ始めますか?」
「俺は構わねぇんだけどよ、奴さんはどうする?」
「えっ、あっ忘れてた……」
「モモンガさん酷い!? 人のことをこんなに縛ったくせに忘れるなんて、この鬼畜アンデッド!」
「縛ったままで問題ないですね」
「そうだな、聞かなかったことにしてくれ」
「嘘です、すみません、最善の努力で暴れないので解いてください……」
「約束ですよ? 全く、ブループラネットさんの知識も頼りにしたいんですからね!」
外野が呆然とする中、モモンガは建御雷との相対をするために準備に取り掛かろうとする。
すると相手からの指摘で、足元で未だ縛られたままのブループラネットのことを忘れていたことに気づいた。
拘束されながらも元気すぎる魚のように跳ねながら抗議する様に、余裕ありと現状維持が決定してしまう。
さすがに放置されるのは堪えたのか、異形種が素直に謝るとモモンガは呆れながら縄を解いた。
そして無事に立ち上がると、ウルベルトの方へと首を向ける。
「とりあえずモモンガさんに免じて許します。 ですが次に大森林で暴れた際には、その身を以て償わせてやるから覚悟しておけよ……?」
「ぁっ、ぅん……、すんませんでした……」
「はぁ……、それじゃあ始めましょうか? あっ、そちらの従僕さんはどうしますか?」
「あぁっ、コキュートスか? どうする、お前も参加するか?」
「宜シイノデスカ? シカシ、数デ圧倒スルノハ武人トシテ如何ナモノカト……」
「それなら心配ご無用ですよ、パンドラ〜!」
凄むブループラネットに、ウルベルトはいつになく弱々しく謝罪した。
その姿にたっちは素直に驚きつつ、自分がいないときに相当揉めたのだろうと察した。
一応は落着したので、モモンガが建御雷と試合う前に手持ち無沙汰になる氷の蟲人に意識が向いた。
己の息子にも配慮してくれたことに感謝しつつ、主として建御雷が問うと表情こそ変化ないが、声色が喜色を帯びる。
だがコキュートスが懸念を漏らすのは、このままでは死の支配者が二人を相手取ることになる。
どうやら一対一の真剣勝負を求める二人に心配無用と、モモンガは明後日の方向を向いて叫んだ。
直後、名を呼ばれたのと同時に姿を現すように中空に影が生まれる。
優雅かつ華麗に舞い、地面に降り立つとクルクルと回転しながら彼はモモンガの足元で跪いた。
「モモぉ〜、ンガ様ぁ〜! 貴方様の忠実なる下僕かつ一人息子! パンドラズ・アクターがここに推参いたしまし、た!!!!」
「登場が過激だ、もう少し普通に現れなさい。 あと自己主張が強すぎるから控えろ」
「いきなりのダメ出しとは、さすがは我が主! 相変わらず厳しいことで!」
「いいから立ちなさい、客人の前だ、私の顔に泥を塗る真似はよせ」
「なんと!? これは失礼いたしました、ようこそお客人方。 私はパンドラズ・アクター、モモンガ様の御手で創造された下僕にて御座います」
「お、おぅ……?? 武人 建御雷だ、よろしくな」
「あっ、と……、ブループラネットです、よろしく……」
「宜シク頼ム。 私ハ建御雷様ガ懐刀、コキュートスト申ス」
相変わらずの演技じみた登場に、主以外は呆気に取られてしまう。
対して、当のモモンガは既に慣れはしたものの、どうしてこうなったと自らの右腕に頭を抱えたくなった。
あまりに存在感が強くなりがちなので、パンドラズ・アクターは会議がある場合は何かと仕事を与えて出なくていいようにしている。
話が拗れるのもあるが、シャルティアに対してまた余計なことを言いかねないというのもあった。
同時にアルベドへも失礼な発言をするかもしれないとの恐れもあるのだが、アンデッドの預かり知らぬところで事が起きているのはまた別の話。
ともかく即座に参上したパンドラは、モモンガに指摘されてすぐによそ行きとばかりに建御雷たちに挨拶をする。
あまりのインパクトにやや唖然としながら答える異形種たちに対して、コキュートスは冷静に名乗りを上げた。
「あれ? あまり驚かないですね、コキュートスは」
「あぁっ、まぁなんだ。 さっきからずっと俺達のことを監視してたのは分かってたからな」
「気づいておられましたか、私もまだまだですね」
「謙遜モ度ガ過ギレバ、無礼ダゾ。 貴様、
「……だとしたら、どうされます?」
「私ダケナラバイザ知ラズ、我ガ主人ヲ試スナド不敬デアル! 建御雷サマ、コノ者ト決闘ヲスル許可ヲイタダキタイ!」
「おっ、いい感じに熱くなりやがったな、コキュートス。 お前さん、狙ってたのか?」
「さぁ、どうでしょうね?」
「喰えないねぇ〜。 モモンガさん、面白い下僕だな」
「ええっ、色々ありますけど、優秀ですよ」
落ち着いた語り口で自己紹介するコキュートスの振る舞いに、モモンガは関心する。
そのことは素直に嬉しい建御雷だったが、ここに来てから彼らは刺すような威嚇をずっと受け続けていた。
しかも、露骨に気づかせるような殺気も混ぜ合わせていたのもあり、パンドラの態度に蟲人は怒りを露わにする。
冷気の吐息と共に、彼が立つ地面を一瞬で凍らせると、その手に持っ斧槍の切っ先を向けた。
決闘を申し込むという提案に建御雷はもちろんだが、モモンガも問題なしと認める。
主同士、従僕同士が互いに威信をかけた相対が幕を開けようとしていた。
そんな様子を見ていた作業中のアンデッド達は、すぐに準備に取り掛かる。
被害を受けないよう、急ごしらえの柵などが急ピッチに組み上げられていくのであった。