やはりこの方が全ての原点だと思うのです
『なんだ、あれは?』、男が抱いた感想はそれだった。
目的のない旅を続ける中で、トブの大森林を抜けた先にある川を歩いていた白銀の鎧に身を包んだ男は信じられない物を目撃する。
河岸に腰掛け、目の前の湖をじっと見つめる黒いローブを羽織った得体の知れない何かがいた。
横目ですぐにアンデッドだと気付き、距離は離れているが警戒態勢を取る。
死者は生者を狙う傾向にある、それは人間だけでなく亜人なども例外ではなかった。
生きとし生ける者全ての共通した敵であるため、男は慎重に間合いを埋める。
鎧姿なのでどうしても音は隠しきれない部分もあるが、ここで仕留めなくては被害が拡大する恐れもあった。
ただ、なぜかじっと湖の表面を見つめるだけで何かをするわけでもない。
些か気になるものの、男とアンデッドの距離が10mほど近くまでになったところで、座り込む存在が顔を上げた。
男に気付いたアンデッドが顔を向けると、帯刀している武器に手を伸ばしていつでも抜刀できるよう構える。
「ーーこ、こんにちは」
「……はっ?」
攻撃が飛んでくることも視野に入れていたが、アンデッドはあろうことか呑気に挨拶してきた。
思わず間の抜けた声を出してしまった男は、目の前のあまりに歪すぎる存在を改めて注視する。
羽織っているローブは信じられないほど精巧で、人間基準で言えば貴族でさえ手に入れられるかどうか分からないほど高価だ。
指につけた指輪もどれも価値がつけられるのかも分からない逸品ばかり。
身なりもそうだが、目の前のアンデッドは雰囲気こそ大したことないように感じ取れるものの、男は油断してはいけないと本能で悟っていた。
隠す、あるいは探知妨害しているのか、底の見えない力を前にしているようで、いつでも仕留められるように気構える。
「あの、何か御用ですか?」
「ーーは、はい?? いやっ、えっと……」
そんな苦労も、騎士然とした男のことなど気にもしないでアンデッドはのんびりしていた。
明らかに強者だと分かるのに、無害な一般市民感が漂うのは何故かと、混乱の境地に至る。
ただどうやら理知的らしいので、会話ができるのならするべきだと少し割り切ることにした。
「あ、その、えっと、こんにちは……。 ここで、何を?」
「はい、川の中を見ていました」
「川の、中??」
「すごいですよねぇ、水の中にたくさんの魚が泳いでいて、とても綺麗だなって思っていたんです! そうしたらだいぶ長い時間ここにいたみたいでして……」
アハハと苦笑する姿に、男は完全に戦意を削がれてしまう。
アンデッドに遭遇することもあったが、目の前のそれは見るからに異常すぎた。
けれど、とても親近感を覚える姿に男は警戒を完全に解く。
「湖を見るのは初めてなんですか?」
「えぇっ、今までずっと森の中で暮らしてましたから! そうだ、俺モモンガって言います!」
「……私はたっち、たっち・みーという者です」
気さくすぎるほどに自己紹介をされては、男ことたっちも名乗らなければならない。
予想外すぎたが、こんな出会いもたまにはいいかも知れないと、まずありえない展開を受け入れるのであった。
「えっ!? たっちさん異形種だったんですか?」
「ええっ、ほらっ」
「あれま!?」
その後、モモンガとたっちは地べたに腰を下ろして話をし、気づけばとても仲良くなっていた。
モモンガ的には初めてのコミュニケーションだけあって緊張したものの、アンデッドの自分を恐れないたっちに親近感を抱く。
一方のたっちは、モモンガのアンデッドとは思えない気さくさに拍子抜けしていた。
それどころか人間臭くて生きているのではないかと、錯覚してしまうほど戸惑う。
ただそれを含めても人柄はとても良かったので、いつの間にか二人はアレコレと話し合うのだった。
「あれ? もうこんな時間なんですね?」
「おやっ、少し長居しすぎましたね。 モモンガさんは、アンデッドなので夜は平気ですね」
「まぁ確かに問題ないですけど、基本昼間に活動したいので寝た振りしてます」
「モモンガさん、貴方本当にアンデッドなんですか?」
気がつけば夕暮れになっており、水色だった湖は茜色に照らされていた。
光を反射してキラキラと輝く様にモモンガは綺麗だと口にする。
横で見ていたたっちは『アンデッドとか嘘だろ?』と、隣の存在に呆れ果てていた。
だが決して無為な時間ではなく、心地よさもあった落ち着きに騎士はまだ話してもいいかもしれないと思う。
どの道日も暮れれば休まざるを得ないことを含め、たっちはモモンガに尋ねた。
「私はここで野営をしようと思います。モモンガさん、せっかくですから付き合ってくれません?」
「いいんですか? 俺もたっちさんともう少し話したいと思っていたんです!」
「ありがとうございます、それじゃあ準備しないと」
「あっ、寝る場所とかなら任せてください!」
「えっ?」
野宿を決めたたっちの誘いに、モモンガは快く応じる。
絶対アンデッドじゃないなと思われたなどつゆ知らず、骸骨はいそいそと支度し始めた。
見た目から魔法詠唱者なのは間違いないとたっみは思っていたものの、その仕事ぶりには唖然とする。
寝る場所をマジックアイテムで創り、火を起こすにしても火球であっさり焚き火を起こした。
食べ物はたっちが手持ちのものから持っていたが、とても旅をしているとは思えない快適さは自宅にいるような思いになる。
「アイテムボックス持ちなんですね、モモンガさん。 しかも貴重なマジックアイテムまで、どこで手に入れたんです?」
「それがよくわからないんですよ。気づいたら持ってて、それを試す意味合いも兼ねて冒険してるんです」
「貴方みたいな活発なアンデッド、本当に見たことありませんよ。 あと人間臭すぎる、まぁ面白くていいですけどね」
「そんなこと言ったらたっちさんだって、人助けの旅なんて格好良すぎるじゃないですか! それより、さっきの続き聞かせてください!」
「ええ、もちろん」
テント代わりのハウスに入ると、家具一式が揃っていたので暮らすにしても不便はなかった。
たった一晩だが、地面にそのまま寝そべるのと、ベッドの上で布団を被って眠るのでは訳が違う。
ただモモンガはアンデッドなので睡眠することはなく、たっちもまだ眠いというほどではなかったので、椅子に腰掛けて再び会話に花を咲かせた。
今日会ったばかりだというのに、騎士はどうしてか目の前の人間味溢れるアンデッドになんでも話してしまう。
不意に、大事なことを忘れていたのを思い出して、少し慌てたようにアイテムボックスを求めるように虚空へ手を伸ばした。
取り出したのは一つのスクロール、それを投げると巻物は役目を果たしたように燃え尽きる。
「セバス、私だ。 連絡が遅くなってすまない。 今はトブの大森林近くにある湖にいるんだ。 お前はーー、なるほど遠くないな。 すまないが来てくれないか? 紹介したい人がいるんだ」
「たっちさん? それって伝言ですよね? へぇ、そんな風に使うんですかぁ」
「そうですね、ただあまり推奨したものではないんですよ。 相手へすぐ連絡できるせいか、この魔法のせいで国が一つ滅んだっていう曰く付きのものなので……」
たっちが不意に誰かと話し始めたと同時に、魔法発動を感じ取ったモモンガはそれが伝言だと察した。
しかし使用している騎士の様子から、普段あまり使おうと思えるものではないという。
聞けばこの魔法のせいで誤った情報が流布され、国が大混乱の極みに陥り、滅亡への一途を辿ったというのだ。
だがそんな話を聞いても、モモンガ的には『へぇ、そうなんですかぁ〜』と軽く流してしまう。
アンデッドなので世情に疎いのもあるのかもしれないが、なんだか別の意味で放っておけないなとたっちの中で何かが揺らいだ。
しばらくしてハウスの入り口をノックする音が聞こえたので、警戒することなく家主であるアンデッドが扉へと向かう。
「あっ!? モモンガさん待ってくだーー」
「はぁい、どちら様ですか?」
「ーー!? ど、どうも、夜分に失礼いたします。 こちらに我が主人がいると思うのですが……」
「セバス、大丈夫だ。 その人は無害だから安心しろ」
「どうぞ、狭いですけど入ってください」
「は、はい、失礼いたします……」
事前にモモンガはたっちから連れが向かっていると聞いていたので、来たかというノリで出迎える。
扉を開けた先には執事服の老人が立っており、目の前に突如として骸骨が現れたので思わず表情が強張ってしまった。
たっちとしては自分が出迎えるつもりだったものの、やや戸惑いながらも礼を重んじる執事の態度は変わらない。
招かれて主人の後ろに直立不動で立とうとしたのだが、家主のアンデッドは当然のように椅子をもう一脚、魔法で拵えた。
何を意味するかなど見れば分かる、故にセバスはどうしたものかと視線を主へ向けると、首を振って暗に諦めろと促していたので、従者的に気まずいものの腰を下ろす。
「こちらはセバス・チャン、私の従僕です」
「お初にお目にかかります。 モモンガ様、でよろしいでしょうか?」
「初めまして、セバスさん。 俺に敬う必要はないので、敬語じゃなくていいですよ」
「い、いえ、そういう訳にも参りません。 我が主人の手前、無作法を見せるのはお側に侍るものとしてあるまじき無礼です。 何卒ご容赦のほどよろしくお願いいたします」
自己紹介を終えるセバスに、モモンガはたっちと変わらず好意的に接そうとした。
ここまでの一連の流れとして、従者からすれば信じられないものを見ている気がしてならない。
どういうわけか自分の主がアンデッドと語らい、親しそうにしている雰囲気だけでも受け入れ難かった。
出迎えられたとき、思わず身構えそうになったものの、たっちの気配が室内から感じられたので強靭な精神力で抑え込む。
椅子に腰掛けるまで気が抜けないと思っていたものの、話をすればするほど目の前のアンデッドに警戒は不要とセバスはすぐ理解した。
視線を主人へ向けると、彼も同意見のようで目線だけでお互いの意思を確かめ合う。
この骸骨は邪悪なものではない、それがはっきりした。
翌日、太陽がまだ上り切る前に3人は一夜の宿から外へと出る。
本来の手のひらサイズにまで縮んだマジックアイテムをアイテムボックスへ仕舞うモモンガに、たっちが今後について確認した。
「モモンガさん、これからどうされるのですか?」
「そうですね、このまま湖沿いに歩いてあの山まで行こうと思っています!」
「アゼルリシア山脈か……。 まぁ、モモンガさんなら問題ないでしょうね」
「えぇ、ありがとうございました! 面白い話が聞けて楽しかったです!」
地図を広げるアンデッドが指差す山脈に、騎士と執事は一抹の不安も感じない。
あの辺りには色々と危険が付き纏うものの、モモンガの底知れぬ力を前にすれば有象無象など意味をなさないと理解できるからだ。
そんな彼らの心中など知らないとばかり、表情の変わらぬ骸骨の顔が笑っているように見える。
赤い眼光だけで器用に喜怒哀楽を演出しているのだが、本人は無自覚なのかもしれなかった。
不死者に対する忌避感は、この時にはすでにたっちにもセバスにもない。
「旅はいつまで続けられるつもりなんですか?」
「飽きるまで、ですかね? ぶっちゃけ
「そ、そうですか……。 もし良ければ、今度お邪魔してもいいですか?」
「もちろん! それで、あの、たっちさん、もし良かったらその……、俺と友達になってくれませんか?」
「ーー何言っているんですか? 私たちはもう友達じゃありませんか」
「ーーはい! 何かあれば伝言で連絡しますね!」
「えぇ。 それじゃあモモンガさん、良き旅を」
「はい! それじゃたっちさん、セバスさん、また!」
流浪の旅かと思えば、さらりと信じられないことを口にするモモンガに、たっちは益々心配になる。
だがそれでこの人を止めるのはダメだと感じたのか、新しい友人の門出を祝うように旅立つ背を見送った。
見えなくなるまで見送った後で、残された二人の片方が呟く。
「……不思議な御方で御座いますね」
「あぁ、世の中広しといえど、あんなアンデッドがいるとは考えたこともなかった」
「それに、転移門が使えるということは?」
「恐らく、第10位階魔法まで使えるんだろうな。 もしかしたら超位魔法も身につけているのかもしれない。 本人が無自覚なのが不安で仕方ないが……」
「ツアー様にご報告するのですか?」
「迷っている。 あの人はとことん善人なんだと思う。 私の直感が鈍ってなければ、悪戯に世界へ害悪を振りまくことはないだろうな」
セバスの感想に対して、たっちは今更ながら見送って良かったのかと後悔が襲ってきた。
モモンガ的には飄々としているつもりはないのだが、端から見たら心配で仕方がないと騎士は子を持つ親とはこうなのかと悶々とする。
気を紛らわす意味でも、二人は振り返ってモモンガとは反対方向へと歩き出した。
当てもなく歩く自分たちに対して、世界という未知へ歩くアンデッドという不思議な友人が羨ましく思える。
一晩話しただけだが、その時間はたっちの中で忘れたくない思い出になっていた。
「伝言も使えるようだし、しばらくしたらモモンガさんに連絡するか」
「それがよろしいかと。 私としても、あの方には親しみを持てましたから」
「ふふ、お前が初対面でそこまで気を許す辺り、合格点だな。 あぁ、きっと長い付き合いになるぞ」
騎士と執事という奇妙な二人組は別れたばかりの骸骨とまた会うことを、心待ちにしている。
正義という名の下に流離う旅を続けるたっちとセバスは、旅の最中でかけがえのないものを見つけたのだと確信した。
それから数日後、当たり前のように伝言を飛ばしてきたモモンガに、たっちは古い知人へと伝える。
『風変わりなアンデッドを見つけたら、それは私の大事な友人だ。 丁重に頼む』と。