「ふむ、まぁまぁの成長具合かな? 水質はー」
現在よりも少し前、ブループラネットはいつも通り研究を行っていた。
今日は大森林の奥にある湖に建築した囲い、生簀の様子を伺っている。
前回来たときからの経過観測を見ながら、次はどうするべきかとぶつぶつと独り言を呟いていた。
そんな男の後ろから一つの気配が近づき、その背に気づいて声を掛ける。
「ーーん? 先生、いらしていたのですね」
「ふむっ、この水草だと浄化作用が弱いとなると、西の方で見たものが良さげかもな? そうなると次はーー」
「……やれやれ」
落ち着きのある声を出すのは人ではなく、
先生と呼ぶその存在は、背に氷を無骨に固め錬成したような剣を持っていた。
鱗の肌に刻まれた独特の紋様が印象的の彼は、ブループラネットに声を掛けるも反応はない。
思案中は誰の声も、周囲の音さえ聞こえなくなることをよく知っているのか、気にした様子もなく生簀の魚たちのために用意した餌をばら撒いた。
そのまましばらくの時間が流れたところで、ようやく現実の時間に戻ったブループラネットが、隣の存在に気づく。
「……ん? ザリュース、来たなら声をかけなさい」
「かけましたよ、ですが先生は考え事をしていると、何も耳に入らないではないですか」
「むっ」
「全く、先生の実力は知っていますが、油断大敵ですよ」
慣れ親しんだ知り合いに声をかけるように、ブループラネットは蜥蜴人の名を呼ぶ。
ザリュースと呼ばれた亜人はため息を吐きつつ、悪い癖の異形種に意見を述べた。
本人も理解しているのか、その言葉に声が詰まるのが良い証拠だろう。
師に対して失礼とは知りつつも、それだけザリュースは心配しているのだった。
「それで、どうですか?」
「う〜ん、悪くはないんだが……。 もう少し改良を加えようと思っている」
「俺的にはそうは感じないんですが……」
「バカを言うな! いいか、生簀とはいえ快適に暮らせるというのは魚たちにとっても重要なんだぞ!? 例えるなら、蜥蜴人から沼地を取り上げて明日から砂漠のど真ん中に放り込まれて井戸を掘れと言っているようなものだと考えろ!? そんな閉塞的な考えだからーー!」
「わ、分かりました!? 分かりましたから落ち着いてください!?」
ザリュースは師に生簀の様子はどうかと尋ねる。
ここはブループラネットが建設し、ザリュースが管理をしている場所だ。
実験的な意味合いもあるので、日々改良が加えられ、その研究に蜥蜴人が付き合わされている。
もし逆鱗を撫でるようなことを言えば怒髪天の如く荒ぶり、自然の素晴らしさを熱弁されるので、ザリュースは宥めるだけでも苦労していた。
それを含めても、男は先生と呼び慕う彼に感謝している。
「はぁっ、全く私の弟子なのだからもっと自然に対してだなーー」
「分かっていますよ、愛する心と慈しむ姿勢を忘れずに、ですよね? それを抜きにしても、俺たちは先生に感謝してもしきれませんから」
「別に私はお前達の主人になったわけではないんだけどな。 そもそも、食い扶持のために部族間で蛮行する阿呆共のせいでこの美しい湖畔が汚されるなら、私は蜥蜴人のことを根絶やしにしているさ!」
「昔の話を持ち出すのはやめてください、あと冗談に聞こえません……」
弟子に対して大人気なく文句を垂らすものの、ザリュースはそれも許される行動を起こしたブループラネットには頭が上がらない。
それは彼だけでなく、蜥蜴人全てに言えることだ。
ザリュースが子どもの頃、蜥蜴人たちは部族間の争いが激化していた。
少ない食料と縄張りのために、同じ種でありながら争い合わなければならない状況に誰もが疲弊する。
そこへ現れたのがブループラネットであり、戦いの場にて告げた言葉があった。
「ゴラァ、クソ蜥蜴共がぁ! てめぇら何を血迷って川の中で血ぃ流してやがる! 自然を大切にしない亜人共は誰も彼も皆殺しだぁ!」
平和的に解決へ導いた、なんて美談はなかった。
血みどろの抗争を繰り広げる蜥蜴人達のところへ現れたのは、何の関係もない異形種だった。
力こそ全てであるため、当時の族長を始めとした戦士たちがブループラネットへ飛びかかる。
それが物の数分足らずで制圧されるとは、誰も考えられなかった。
あまつさえ当時の族長たち5人を正座させ、血で汚された川が元通りの水質に戻るまでどれくらいかかるか、懇懇と説教が始まる。
それは一月にも及び、すっかり反骨心を折られた蜥蜴人たちはブループラネットを新たな主として迎え入れた。
当人はそんなことをするつもりはないと言うも、あまりの求めに渋々応じる羽目になる。
そこで異形種がもたらしたのが、生簀だ。
魚を安定的に量産できるとして、蜥蜴人たちは目から鱗の気分になる。
長期的な目線で、将来的に食糧難は解決できるとした策に最初は誰もが懐疑的だった。
そのせいで当時いた五部族の内、
怒りに触れた一族は子どもを残して根絶やしにされ、残された子どもたちには徹底的な教育が施された。
ザリュースが属する
何しろ保護された子どもたちは虚ろな目で自然を愛するうわ言を呟いていたのだ。
それだけなら危険人物に他ならないが、異形種のもたらした技術は間違いなく蜥蜴人たちに革命をもたらす。
安定した食料を手にできるようになり、最終的には分かれていた部族が一つになった。
若干、自然に関して狂信的すぎるものの、ザリュースは子どもながらにブループラネットに惹かれていく。
やがて幼い彼に男は諭した。
「いいか、ザリュース。 力とは単純な腕力だけじゃない。 知識をつけてこそようやく、唯一無二の武器を手にすることができるのだと、私は考えている。 学びなさい、幼いお前にはたくさん時間はあるのだから」
異形種がどれほどの時間を生きているのかは知らなかったが、とても説得力のある言葉にザリュースは決意する。
そう思った瞬間には、ブループラネットに弟子入りを志願し、知識を身につけていった。
そうして今まで師弟関係を結んではいるものの、師はいつまでも変わらないことに弟子としてはやや複雑だったりする。
話をそこそこに切り上げて調査を再開する姿に、変なことをやらかしていないかと不安が募るばかりだ。
「ザリュース、話がーーっ! せ、先生! いらしていたのですね、失礼しました!」
「兄者、心配ない。 今は長考している最中だから届かんよ」
「そ、そうか……。 それで、俺たちは何かやらかしたのか?」
「そうじゃない、いつも通りさ」
ザリュースが物思いに耽っていると、背後から彼を尋ねる者が現れる。
どことなく似た風貌の全身に傷を持つ蜥蜴人が、男の隣にいる姿を見た瞬間に強張り、姿勢良く直立不動へと移る。
大げさな態度に、ザリュースは兄弟であるシャースーリューに苦笑する。
弟の言葉にホッとしたものの、また別の問題が起こったのではないかと気が気でなかった。
そうでもないと蜥蜴人の兄弟たちはブツブツと呟く異形種を見つつ、話を続ける。
「それで、何か用か?」
「あっ、あぁっ……。 ここ最近、大森林の様子がおかしいだろう? 集落へ普段見ない森の魔物たちが襲ってくるなどな」
「もしや、異変の原因が分かったのか?」
「定かではない、だが捕えた者の話からすると、森の奥深くで炎が舞い上がったとーー」
「……はっ???? ちょっと待ちなさい、何だその話は、詳しく聞かせろ!」
「うぉっ!? せ、先生!?」
「んっ、シャースーリューじゃないか。 どうしてお前達兄弟は音もなく現れるんだ、師を何だと思ってる、大体だなっお前は必要だからと樹木を伐るにしても伐り過ぎなんだよ、いいか私の立てた計画ではなーー!」
「せ、先生!? 落ち着いてください先生!? 」
兄からの話を聞いて、ザリュースはここ最近の異変を思い出す。
トブの大森林の奥深く、その先の開けた場所にある湖畔に蜥蜴人たちの集落があった。
同じ領域を縄張りとしている魔物もいて、時折争いは起きているものの、生息していないはずの魔物が姿を見せるようになる。
それも頻発すればおかしいと感じるのは道理であり、シャースーリューを筆頭に調査が行われた。
そんな中、捕えたゴブリンが怯えに怯え、落ち着きを取り戻したところで話を聞き出す。
だがまさかすぎる地雷が含まれていたので、ザリュースは血の気が引いた。
時すでに遅し、聞き逃がせない事態にブループラネットが意識を取り戻し、蜥蜴人の兄に詰め寄る。
長考中と油断していたため、シャースーリューはその勢いに呑まれ、ザリュースが懸命に師を宥めるのだった。
【生き残った蜥蜴人の子供たちの末路】
ブ「言いつけを守らないものには死あるのみだ」
子供たち「ひぃぃ……!」
ブ「さて、とーー」
子供たち「シゼンハスバラシイ、シゼンヲアイセヨ、シゼンハタイセツニネ、シゼンヲコワスモノニハ死ヲアタエヨ」
ブ「よし、これで良いだろう!」
幼ザリュース「先生、絶対良くないと思います……」
幼シャースーリュー「俺たちはこれからどうなるのだろうな……」