今作では真なる竜王様の胃が荒れまくる予定
『あれは、一体なんだろう……??』、そう言わんばかりに白金の鎧が首を傾げる。
アゼルリシア山脈近くにあるトブの大森林にて、不穏な予感を覚えた白金の竜王ことツァインドルクス=ヴァイシオンは目の前の光景を受け止められなかった。
本体を動かせず、いつものように鎧を遠隔操作しているが、それを通した先に見たものは、椅子に腰掛けた骸骨という。
森が開けた場所で、燦々と降り注ぐ日射しを受け止める姿は、どこか神々しかった。
それはいい、この日は気候も穏やかで外で寝るには最適なほど温厚な日なのは誰でもわかる。
しかしそれを、アンデッドが全力で満喫しているとは何事かと、悠久にも近い時を生きる真なる竜王は混乱していた。
「(う〜ん、どう見てもただのアンデッドとは思えないな。 もしかしてプレイヤー、いやっ
間違いなくそうだろうな。 だったら警戒するに越したことはない)」
分からないことだらけだが、見てしまったものは仕方がないと覚悟を決める。
あえて足音が聞こえるように近づくと、流石に気づいたのか骨の顔がこちらへと振り向いた。
攻撃を仕掛けてくるかもしれない、そんな予想も立てていたのだが、全てが裏切られるなどとツアーは考えもしていない。
「あれ? たっちさん?」
「えっ?」
「いやっ、違うか。 あぁ、すみません、人違いでした。 えっと、こんにちは」
「あっ、えっと、うん、こんにちは……」
知り合いの名を出されたのも驚きだが、なんとも間の抜けた挨拶をされたので、ツアーは拍子抜けした。
思わず挨拶を返してしまったが、どうしてその名を知っているのかと問いたくなる。
そこで思い出したのが、以前に彼から伝言が飛んできた時の内容だ。
もしかしたらと思い、アンデッドと思われる存在に尋ねる。
「君は、たっちの友人かな?」
「そうです、お知り合いの方ですか? 初めまして、俺はモモンガって言います!」
「あっやっぱりそうなんだ……、えっと僕はーー、うんっリク=アガネイアという者だ」
「リクさんですね、よろしく!」
一言二言しか話をしていないのに、警戒心が解けてしまう感覚にツアーは戸惑う。
まさかそういう魔法なのかと疑ったが、行使している様子はなかった。
だとしたら何か特殊なスキルなのではと心を強く持ちつつ、たっちには悪いと思いつつも、気を引き締めてかかる。
「モモンガ、君はプレイヤーかな?」
「……? ぷ、ぷれいやー?? 何ですか、それ?」
「えっ」
「えっ?」
「……プレイヤーって言葉、知らないかい?」
「知りませんね、聞いたこともありません。 何かの流行りですか? 生憎と、アンデッドなもので、人間のことはよく分からないんですよ……」
核心ともいえる言葉を告げる、これで大体は分かるからだ。
しかしモモンガから返ってきたのは、キョトンとした態度と無垢すぎる返事である。
間の抜けた声を出すツアーと、そんな彼の様子をじっと見つめるアンデッドの間に気まずい雰囲気が流れた。
恐る恐る聞き直しても知らないとはっきり言われてしまい、竜の超感覚で察してしまう。
本当に知らないと、そしてたっちの言葉と懸念を理解した。
『モモンガさん、自分がどれだけすごい存在なのかをまるで理解していないんだ。 それに、間違いなくプレイヤーでもない。 本人の気質と存在があまりにアンバランスなのがアレだけど、まぁ今は見逃しておいてくれ』
知人には悪いが、この時ほどツアーはどうして見逃してしまったんだとたっちを恨めしく思う。
確かにアンデッドとは思えない穏やかさに対して、探知妨害で力の底は測れないものの、存在感は圧倒的だ。
ただ世界に悪意をもたらすかといえば、よほどのことがなければしないという確信もある。
信じたくないし、認めたくもないが、ツアーは初めて自分の感覚に疑問を持ってしまった。
「ところでモモンガ、君はこんなところで何を?」
「はい、日光浴を満喫していました!」
「日光浴を満喫していた」
「えぇっ、だってこんなにお天気が良くて、日射しもポカポカで、お昼寝にはもってこいじゃないですか。 まぁアンデッドなので寝る必要ないんですけど、それでものんびり過ごすにはこれ以上ない最高の日ですよねぇ〜」
『お前本当にアンデッドか? アンデッドの皮を被った人間じゃないのか?』と、竜はツッコミたくなるのを必死で堪える。
上位種のアンデッドともなれば昼も動けるが、基本は夜や薄暗い地下に籠るのが不死者の特性だ。
それなのに全力で昼の恩恵を預かろうとする姿に、これをアンデッドと言うのはあまりに無礼極まるだろう。
生者よりも生者らしい、モモンガという名の骸骨にツアーは完全に戦意を失くしてしまった。
プレイヤーという言葉にも覚えのない強大な存在を見落とすことはできないが、話はしてもいいかもしれないと割り切ることにする。
「隣、いいかな?」
「えっ?」
「君に少し興味が湧いた。 よければ少し話せないかな?」
「いいですよ! 今椅子を作りますね!」
分からなければ話をするしかない、そう決めたツアーは少し投げやりだった。
そして彼の心情など知らないモモンガの心よりの誠意が伝わり、ここで完全に折れてしまう。
『仕方がない、少し話してみるか』と、白金の竜王はアンデッドと他愛ない話に時間を浪費するのだった。
「ありがとう、とても有意義な時間だったよ」
「こちらこそ! リクさんも貴重なお時間を割いてくれて、ありがとうございました!」
日が暮れる前に会話を切り上げると、ツアーは椅子から立ち上がる。
本当に何てことない話をするなど、いつ以来かと思えるほど穏やかな時間を二人は過ごした。
モモンガ的にも最近できた友人としばらく話をしていなかったので、違う人と話せたのはとても良かったと満足している。
人間味がありすぎる彼に、ここに来て罪悪感を覚えたツアーは正直に話すことにした。
「私の名前だけど」
「えっ?」
「リク=アガネイアは偽名だ。 私の本当の名前は、ツァインドルクス=ヴァイシオン。 白金の竜王とも呼ばれる、真なる竜王の一角だ。 騙してすまなかったね」
「ーーはぁ、なんかすごい名前ですね?」
「……えっ? あの、聞いたことない、かな?」
「アハハ……、浅慮ながら。 森から出たことなくて、誰とも話さず過ごしていたせいで世情に本当疎いんですよ、すみません……」
「いや、謝る必要はないよ。 そっか、知らないのか、そっかぁ……」
大体にツアーは自分の名を出せば驚きしか返ってこなかったので、今回もそうだろうと身構える。
しかし返答は180度違って、知らないどころか聞いたこともないというものだった。
自負しているつもりはないものの、自分のことを知らないと言われて若干凹んでしまう。
知らない人は知らないんだと、世界の広さに竜王は悲しくなった。
「それじゃ、僕は所用を済ませに行く、モモンガはこれからどこへ?」
「今日はここで一晩泊まって、明日はあの森を抜けた先へ行こうかと思っています!」
「ーーなるほど。 先達としての意見だけど、君はもう少し世界について学んだ方がいいよ?」
「えぇっ、だからこそこうして冒険しているんです! 世界がこんなにも綺麗なんですから、楽しまないと!」
「……君、本当にアンデッド? もう少しくらい尊大に振る舞ってもいいんじゃないかな?」
「いやいや、ただの世捨て人同然の存在ですよ。 ツァインドルクスさん、またどこかで会えたら話しましょう」
「ツアーでいいよ、親しい友人たちからはそう呼ばれている。 それじゃあまた、モモンガ」
「ーーはい、それじゃ!」
鎧が浮かび上がり、二人は別れる。
ツアーを椅子から見上げるように手を振る骸骨に、竜王は苦笑が溢れた。
本来ならここで消滅させることも視野に入れていたのに、する気分ではなくなってしまう。
モモンガのことは一旦捨て置くとして、本来の目的を思い出してトブの大森林の奥深くを目指して飛んでいくのだった。
「ーーたっち」
『ツアー? どうしたんだ、こんな時間に』
その日の深夜、本体であるツアー自身は居城にて友人を呼び出す。
位階魔法は大変甚だしく使いたくないものの、伝言の優位性は認めざるを得なかった。
呼び掛けたのはたっち・みーという、浅からず深くもない知人に今日あった事を伝える。
「君が話していたモモンガっていうアンデッドに、今日会ったよ」
『モモンガさんに? それでどうだった?』
「……まず言わせてもらいたいのが、どうして君は彼を見逃してしまったのかという文句だね」
『アハハ、それは本当にすまない……。 話をしていたら、あんまりにも楽しくて、後ろめたいことなんてできなかったんだよ』
「それは、まぁ、分かる気がする……。 でも見過ごすこともできないし、だからと言って強行するのもどうかと思っている……」
『やはりな。 ツアーならそう言うと思ったよ。 私としては大事な友人だから、できる限り努力してもらいたい』
「うん。 でもね、たっち。 彼がもし道を違えるようなことになれば、僕は容赦無く彼を消滅させるよ、それだけは覚えておいて欲しい」
『それは構わない、今はただモモンガさんにこの世界を満喫させてあげてくれ。 かつての私が抱けなかった憧れを、あの人はあんな純粋に抱いているのだから』
「分かっているよ、それじゃあまた連絡する」
先に伝えられていたものの、ツアーとしてはたっちに文句を言いたくて仕方なかった。
それくらいの存在を目にし、あまつさえ竜も、今はと言う時限付きだが見逃してしまう。
遠隔操作の鎧では勝つことは難しくても、本体である竜王であれば圧倒はできると思えた。
だがそれをするにしては、あまりにかけ離れたアンデッドの雰囲気に、ツアーは躊躇いを覚えてしまう。
長きに渡り世界を脅かしてきたユグドラシルのプレイヤー、かつて八欲王と呼ばれた者達との戦争、六大神のNPCたちが魔神化した十三英雄の戦乱、どれも苛烈だった。
その全てを経験しているが故に、白金の竜王はモモンガに対して違和感を拭えずにいる。
「あの力、どう考えてもプレイヤーだと思う。 けど本人は知らないと言って、嘘をついている素振りもなかった。 まさか、まだ僕が知らない法則があるのか……?」
嫌な予感を覚える竜王は、この世界を維持するためにと行われた大儀式を思い返し、ため息を溢した。
仕方のないことだったといえ、後に残された自分たちへのしかかる負担が重すぎる。
その上今回の事態は今までにない異常事態だ。
天井に開いた穴から見上げる夜空に輝く星を見つめ、ツアーは考える。
「全く、長い付き合いになりそうだな」
ポツリと呟いた現実が待っているかもしれないと、ツアーは心労を抱える。
事実、モモンガを中心とした事態に真なる竜王が巻き込まれるなど、この時の彼は露ほどに考えてもいなかった。