独自解釈がかなり含んでいますので、ご注意ください
「くそっ、あの白蜥蜴が……! 余計な邪魔をしてくれやがって……!」
夜闇に包まれた世界、視界も暗く閉ざされた中を気にした素振りもなく歩く姿があった。
ザクザクと不機嫌そうに草を踏みつける蹄の音は、男が苛立っているのを物語っている。
その上漏れ出る魔力と殺気により、周囲の生き物は絶対なる存在から逃げ出して異様な静けさに包まれていた。
一目で異形種だと分かる山羊の頭に仕立ての良い服を纏った存在は、ウルベルト・アレイン・オードルという悪魔だ。
それも最上位悪魔という、最高位の邪悪なるものであるのだが、そこに優雅さの欠けらはない。
その理由としては、先ほどの出来事が彼を興奮という怒りに駆り立てているからだ。
ウルベルトはこの日、たまたま見つけた人間の集団を見つけ、彼らの前に立つ。
スレイン法国の精鋭部隊と言われる漆黒聖典と相対したウルベルトに、派手な服装の老婆が身につけたアイテムの効力を放った。
抵抗せず受け止めたとき、洗脳する効果だとすぐ様理解したので、成功したと錯覚させるよう魔法を展開する。
すると意気揚々と自分を支配できたと喜ぶ一団に、操られた振りをして主人へと近づいた。
跪いたところで彼らが帰還しようと告げたタイミングに、悪魔は残忍な笑顔を浮かべる。
瞬間、支配したと自惚れていた老婆の首が飛び、さらに数名の隊員達が業火に焼かれ、苦しみながら絶命した。
何が起きたか分からないまま、ウルベルトは無力な人間達を弄ぶ。
隊長格はそれなりに強かったが、悪魔の前では有象無象に過ぎず、最期は内側からの爆発で肉片と化した。
誰も逃さず、生き残らせた数名を磔にした状態で面白おかしく解体していく。
腹を裂き、内臓を抉り出し、目玉を穿り出し、舌を切り落とし、耳を潰し、両手足をばらすなど、山羊は恍惚な表情で人間を痛ぶり抜いた。
最後に残った隊員は息を呑み、仲間達の無残な末路に全身の穴から様々な液体が漏れる。
「おやおや、そんな表情をして、私を誘っているのかな? 気に入った、君は特別な拷問で痛ぶってあげましょう! 下等生物風情が、この私を支配できたなどと自惚れた代償としては、誉れだという事を、教えて差し上げますよ」
「ーー相変わらず、君のその残虐性は治っていないようだね」
「ッッ!?!? ちぃっ!」
怯え震える少女に、ウルベルトの魔の手が差し迫ったとき、白金の咆哮が轟く。
自分を脅かせる殺意に震え、悪魔がその場を飛び退いた直後に何かが地面に衝突、土埃を巻き散らした。
飛び退いて構えた先にいたのは、白金の鎧が周囲に武器を浮かび上がらせている。
地面を抉られた場所にいた人間は、あまりの恐怖に意識を手放しているが、ウルベルトはそこまで気を遣える余裕はなかった。
「……なんでこんなところにいる?」
「それはこっちの台詞だけどね? 漆黒聖典が動いたのを察知したから追っていたんだけど、よりにもよって君に遭遇するとは、彼らもついてないね」
「ふん、それで? 偉大なる真なる竜王たるツァインドルクス殿が、私になんの御用でしょうか? 貴殿にとっても、これらは敵だと思うのですけどね?」
「そうだね、同情するつもりはないし、助けるつもりもないよ。 でも、見るからに世界の敵というべき存在がいれば、攻撃を仕掛けるのは当然じゃないかな?」
悪魔が相対するは、世界で間違いなく最強の存在の一角ともいえる白金の竜王、ツアーだ。
ウルベルトとは浅からぬ因縁の仲であるが、遠隔操作している鎧を見ているだけで、悪魔は腹わたが煮えくりかえる思いになる。
忌々しくも立ち塞がるもう一人の白金の騎士を思い出させられるので、殺意を抑えようとしても抑えられなかった。
「ちょっと色々あってね。 君をここで殺そうと思う。 僕の八つ当たりだけど、悪く思わないでくれ」
「ーー舐めんじゃねぇぞ、蜥蜴風情が! 本体ならいざ知らず、そんな人形でこの俺に勝てると思ってるのか!」
「できるかもしれないよ? 今の僕は機嫌が悪くてね、考え過ぎて頭をスッキリさせたいんだ。 ウルベルト・アレイン・オードル、君にはここで退場してもらう」
「やれるものならやってみやがれ!」
直後、世界が咆哮するような激戦が繰り広げられる。
魔法詠唱者として比類なき最強の力を有するウルベルトと、始原の魔法を操るツァインドルクスの戦闘は勃発した。
互角の戦いを繰り広げる中、装備的に不十分だと分かっていた悪魔は持っていた切り札を使って撤退を余儀なくされる。
途中まで追撃をしていた白金の竜王は見失ったため、因縁の決着をつけることは叶わなかった。
辺りは爆発などの影響により荒れ果てた荒野と化し、豊かな森の姿は微塵も残されていなかった。
それは生き残ったはずの少女も例外なく、惨殺された死体も含めて灰塵と成り果てている。
「あ〜、くそっくそ! 腹立たしい、本当に腹立たしい!」
結果として逃げるという選択肢を選ぶしかなかったものの、ウルベルトにとっては屈辱の他ない。
自分が強者であることは自覚しているが、それ以上にツアーは自分とやりあえる存在だ。
正義を語る騎士と同等に、悪魔にとって許しがたい怨敵であり、宿敵でもある。
しかし今回はあくまで散歩のつもりでいたため、持ち合わせの装備がなかったのも関係していた。
次がある事を踏まえると、油断せずにいた方がマシと考える。
「……ふぅ、帰るか。 デミウルゴスを心配させるわけにもいかないし」
戦いとは無縁だった森の中を無作為に歩き続けたことで、ようやく悪魔は落ち着きを取り戻す。
位置は定かではないが、一先ず拠点へと帰ろうとして辺りを見渡したところで、暗闇に支配された森の中で灯りを見つけた。
トブの大森林は人間にとって未開の地であり、ウルベルトがいるような深層にたどり着けるものはそうそういない。
だが火を使うとは、つまりそれだけの知能を有するということだ。
薄ら笑いを浮かべ、面白いことがありそうだと好奇心に駆られた山羊は光を目指す。
何が待っているのかと楽しみにしつつ、近づいてきたところで自身の体を不可視化させてさらに接近した。
するとそこには、悪魔であるウルベルトですら戸惑う光景があった。
「(……あれは、アンデッド? アンデッドが火を使う? そんな莫迦な、奇行種か?)」
森が開けた場所にいたのは、火の前に置いた椅子にアンデッドが腰掛けている。
夜空を見上げているようで、不可視化しているウルベルトの気配にも気づいていないようだった。
だがそれよりも、火が弱点と言われるアンデッドが焚き火をしていること事態が異常だし、珍しい。
不死者に対して興味はないが、悪魔は目の前の存在がどうにも面白いものだと理解してほくそ笑んだ。
ついでに鬱憤ばらしをしてもいいだろうと思い、不可視化を解いて近づいていく。
そこで気がついたのか、アンデッドがこちらへと顔を向けたので、立ち止まって優雅にお辞儀をした。
「初めまして、名も無きアンデッドくん。 火を起こすなんて酔狂な真似をしているようだね?」
「ーーえっと、こんばんは。 何か御用ですか?」
「御用、ですか。 そうですね、平たく言えばーー」
『死んでもらいますね♪』、その言葉と同時にウルベルトは魔法を起動、アンデッドがいた地面を吹き飛ばす。
強化した
捕獲して研究材料にするのもアリだったが、今はストレスを発散させるのが大事だと思うことにする。
これで心置きなく帰れると振り返って元来た道を戻ろうとしたとき、背筋が凍りつく思いに晒された。
直後、自らの心臓が何かに掴まれ、今にも握り潰されようとする感覚に襲われる。
「ーーっっ!?!? グゥゥっ!!」
ほんの少し遅ければ絶命していたが、必死の抵抗により酩酊する程度に留めることができた。
しかし、確実に今彼は自分に死が差し迫ったのだと自覚し、寒気が収まらない。
そして今のが何かにも当てがあり、そして誰が仕掛けたのかも理解できた。
振り返った先、未だ爆風が立ち上がる中を裂くように現れたのは、先ほどのアンデッドとは似て非なるモノ。
濃厚な死を概念化した存在感に、ウルベルトは自分が敵を見誤ったことを悔やんだ。
「……不快だ。 いきなり攻撃を仕掛けられるとはな」
「ふ、ふふふっ……! まさか、アンデッド風情が第9位階魔法を使えるとは、流石に予想できませんよ。
「先に手を出してきたのはお前だ。 悪いが、やられたからにはやり返すのが流儀なのでね」
「全く、今日はとことんついてない! まぁいいでしょう、魔法詠唱者として心得はあるのかもしれませんが、この私に勝てるだなんて思わないことですね!」
「ーー言いたいことはそれだけか? 私は今、非常に不愉快で仕方がないんだ……!」
「……っ!?」
ここでようやく探知妨害のアイテム、もしくは魔法を使っているのだとウルベルトは気づく。
目の前のアンデッドは間違いなく自分に匹敵する存在だと思うも、魔法勝負で負けるつもりはなかった。
絶対的な挑発をかますと、正面から黒いオーラを撒き散らす圧倒的な死が周囲一帯を包み込んでいく。
それに当てられた植物や樹木は自らの死を受け入れるように枯れ果てていく中で、ウルベルトも感じたことのない死の気配に覆われた。
けれどそれは怨敵を前にした不愉快極まりないものではなく、あまりにも甘美であり、あまりにも恍惚とした絶対的な瘴気に心奪われそうになる。
故に、負けるわけにはいかなかった。
「自己紹介をさせていただきましょう、私はウルベルト・アレイン・オードル! お名前をお伺いしても?」
「……モモンガだ。 遺言はそれだけか?」
「モモンガさん、ですね! 貴方の名前覚えておきますよ!」
魔法詠唱者同士の戦いが火蓋を切って落とされる。
ウルベルトの高火力に対するように、モモンガの冷静に戦局を分析した多様な魔法が繰り出された。
二人の戦いは朝まで続き、一旦の睨み合いで場は膠着する。
辺りはツアーとの戦闘よりも酷い惨状に成り果て、残っているのは死の化身と悪魔のみ。
一戦交えているせいもあり、ウルベルトは見るからに疲弊しているが、一方のモモンガはアンデッドの特徴故か、表面からは把握できない。
朝日が昇る中、先に仕掛けた側はこれ以上の継戦は厳しいと歯痒くも認めざるを得なかった。
モモンガがあとどれくらい魔力が残っているかの確認もできないくらいに追い込まれ、覚悟を決めなくてはという時に状況が動く。
「……はぁ、もういいですか?」
「ーーはっ?」
「だから、もういいですかって言っているんです。 これ以上戦闘したくないですし、この惨状をどうにかしないといけませんし……」
身構えるウルベルトだったが、モモンガの言葉に唖然とさせられた。
辺りを見渡し、戦闘で台無しにしてしまった土地を治そうと言わんばかりの態度に、悪魔は混乱する。
アンデッドはとにかく生者を忌み嫌う、悪魔も生きていると仮定するなら、彼らにとって敵同然だ。
それなのに目の前の奇妙な存在はこれ以上戦闘をする気がないと語り、あまつさえ気遣うような素振りを見せる。
意味が分からないと、ウルベルトはどうしようもなく呆れ果ててしまった。
「……あんた、一体何なんだ?」
「アンデッドですけど?」
「嘘つけ!? お前みたいなアンデッドがいてたまるか!?」
「目の前にいるじゃないですか。 ハイハイ、分かったなら退いてください!」
思わず素になってしまうほど、ウルベルトはモモンガのことが分からなくなる。
先ほどまで殺し合いをしていたのに、気にもしていないようで悪魔は戦闘跡地から押し出された。
疲れているはずなのに何をする気だと見ていると、アンデッドらしい存在が手を翳す。
すると魔法陣が何重にも浮かび上がり、幻想的な光景が生み出されるが、ウルベルトは信じられないものを見たように目が見開いた。
「なっ、超位魔法!? 嘘だろ!」
悪魔の戸惑いが態度にまで出る、それもモモンガが発動させようとしている魔法についてである。
超位魔法、それは第10位階魔法を超えるもので、圧倒的な力を行使することができるものだ。
しかしこの世界で行使するものは殆どおらず、ウルベルトも使うことはできても余程のことでなければ使用しない秘奥中の秘奥だ。
出し惜しみすることもなく使おうとするあまりに非常識さに止めようとするも、一足遅く魔法は発動する。
するとあれほど無残に死と化していた広場は瑞々しいまでに自然の色合いを取り戻していき、やがて綺麗な草原が広がっていた。
「
「ふぅ、
「はっ? おい、ちょっと待て、今なんて言った?」
「? 初めて使いましたけど?」
「ハァァァァっ!? 阿呆か、阿呆なのか!? お前が使ったのは魔法の極意だぞ!? それも初めてって、何考えてやがるんだ!」
「いや、でも、あのままにしておくのはダメじゃないですか。 ならせめて元に戻すのは当然じゃありません?」
「……アンデッドが考えることじゃねぇだろう、そんなの」
ウルベルトも知識として身につけているが、あまり有用ではないとして覚えていない超位魔法の御技に感嘆する。
だが発動した本人の、何とも間の抜けた言葉に掴みかかってしまうくらい、驚きもあった。
初めて行使したなどと、それなら何で使えると問いたくなるのに気にしていない素振りに悪魔は考えるのを止める。
ツアーとの遭遇もそうだが、それ以上に目の前のアンデッドがあまりに歪すぎて疲労感が果てしなかった。
「ーー悪かったな、いきなり攻撃して」
「謝ってくれるんですね、悪魔なのに」
「うるせぇ!? お前みたいな奴に遭遇したらそうなるわ! ったく、しらけた、帰る!」
「はい、それじゃあ……」
悪魔とは思えないほど脱力し切ってしまい、ウルベルトはモモンガへ素直に謝罪する。
茶化されはしたものの、なぜかとてもスッキリしていたので皮肉も心地よく思えた。
ザクザクと歩いて立ち去ろうとするも、不意に視線だけアンデッドの背を見つめる。
このままここで終わりとするのは惜しい、そんな気がしたのか立ち止まって声をかける。
「モモンガさん」
「ーー何ですか、ウルベルトさん?」
「名前、律儀に覚えてくれたんですね。 また会いにきます、その時は魔法について語り合いませんか?」
「……それなら喜んで、今度は攻撃してこないでくださいよ?」
いつになるか分からない約束に、アンデッドが笑ったように快諾してくれた。
悪魔なのに、それがとても嬉しくて、人間みたいな感情を抱いて面白くてたまらないと、ウルベルトは感慨に浸る。
どうやら退屈な日々から少しは脱却できそうだと、
後日、モモンガの元を訪れる際に宿敵である相手と遭遇するなど知らずに。