五億年を虚無で過ごした女、魔女となって異世界へ 作:ブナハブ
「GRRRR!!!」
竜の咆哮が森の中で木霊する。竜は全長十メートル以上の巨躯を駆使して、果敢に向かってくる小さな生物達を蹴散らしていく。
「ギャギャッ!?」
「ギャッギャッ!」
「ギャギャギャ」
恐竜で言うところのラプトルに似た生物達は、百にも昇る群れを成して竜に襲いかかる。
「GRRRR!」
が、竜はそれらをものともせずに暴れ回る。その腕の一振りで襲いくる者達の命を潰し、その大顎で無惨にも命を噛み砕く。
「……すっご」
その光景を後ろから眺めていた私は、竜の大立ち回りに圧倒された。
(いやー最初に会えたのがドラちゃんで良かったわー)
私は魂縛を初手ぶっぱしたから分からなかったけど、ドラちゃんは恐らくこの森林地帯でも上位の強さを持っていたんだろう。
(なにそれ? 名前?)
(うん、ほらあの子ドラゴンっぽそうじゃん。だからドラちゃん)
(うーん、それだと青狸の方が先に思い浮かぶんだけど)
(あー言われてみれば)
(……やっぱりネーミングセンスは私の方が上ね)
(いやいやいや、同じ私じゃんか)
もう一人の私の戯言は置いといて、なぜドラちゃんが私に攻撃して来ないかを説明しよう。当然、これも深淵魔法によるものだ。
この魔法は私が編み出した深淵魔法の中でも最上級に位置する代物で、相手の魂を掌握して、身も心も意のままに操る事が出来るというトンデモ魔法だ。
深淵魔法の中でもとびきり精密なコントロール技術が要されるこの魔法は、少しでもミスれば相手の魂を傷付けてしまう危険性がある。自分以外の生物に使うのは始めてだったけどなんとか成功して、今じゃドラちゃんは私の忠実な僕だ。
「ギャギャー!」
「おっと」
ラプトルに似た生物(もう面倒なのでラプトルと呼ぼう)の一体が、標的をドラちゃんから私に変えて強襲を仕掛けた。
「
ただまあ、私もドラちゃん頼りで警戒を怠る間抜けじゃないからね。注意さえ払っていればもう一人の私に頼らずとも魂縛を問題なく発動出来る。
「ギャッ!?」
突然体が動かなくなって驚いたのだろう。ラプトルは目をひんむいて私を見る。
「ドラちゃんお願い!」
すかさず私はその場を離れ、ドラちゃんに指示を出す。それだけで硬直したラプトルはドラちゃんの踏み付け攻撃によって押し潰された。
「よしよし」
この調子でいけばラプトルを全滅させられるだろう。……問題なのは、
「これ、何体居るんだろう?」
ラプトルが今なお物凄い量でこっちに向かってきているって事かな?
「いや多すぎでしょ!?」
死屍累々のラプトル達の上で、私は月に向かって叫んだ。
(ちょっと! 叫ばないでよ、またヤバいのが来たらどうすんのよ!?)
(だってぇ、まさか日が暮れるまで戦う羽目になるとは思わないじゃん)
あれから十時間は経っただろうか? もう日は沈んで、お月様も結構上まで昇っている。
異世界に来てもうすぐ一日経とうというのに、私がやった事はラプトル軍団との大乱闘。お陰で探索をする暇が無かった。
「はぁ〜、前途多難だ」
こんなので異世界をやってけるのかと思いながら、私は元の世界へ戻る算段を考え……ようとして。
「……あ、れ?」
どういう訳か、急速に意識がボヤけていった。
(なにこれ? 急に意識が)
(わ、私も……頭が急に働かなくなって)
突然の不調に焦って深淵魔法で自身の魂を分析し、異変が無いかくまなく調べた。……そして、至って普通の回答が出された。
「……あ、そうか。眠いのか、私」
睡眠、生きている上で必ず起こる当たり前な生理現象。この急速な意識の低下は眠気に襲われてるという証拠なんだ。
「ごめんドラちゃん、私少し寝るから、それまで、まも……って」
五億年ぶりの睡眠。野ざらしだしお布団の上じゃないしで、環境は劣悪極まりないけど。
(ああ、眠る時って、そういえばこんな気分だったな)
五億年間の疲労を癒す分には、これぐらいがちょうど良いかも知れない。
▽▽▽
───異世界サバイバル二日目
(今から脳内会議を始めます)
(はーい)
(議題は私が五億年ぶりに得た生理現象とどう向き合うかについて。具体的には食事と排泄をどうするか!)
(はい!)
(はいなんでしょうもう一人の私!)
(食事はともかく、排泄はもう諦めてその辺でやりましょう!)
(いやよ!? それを回避する為にどうするかという会議でしょこれは!)
(私だって嫌よ。でも仕方ないでしょ? 排泄させずに済むなんて事、深淵魔法を使っても無理なんだし)
(うぅぅぅ……でも、乙女心的にそれは)
(……その気持ち、痛いほど分かるわよ私。でもここは堪えどころなの、周りに人がいないだけマシでしょ?)
(そりゃあそうなんだけど……)
(安心して、幸運にも私は二人居る。恥も二人で半分よ)
(うぅぅぅ……!)
「……はぁ〜、やるしかないのね」
脳内会議も終わり、私は意を決して背の高い茂みへと向かう。
やってやるわよ……! 男は度胸、女も度胸、生きる為なら尊厳ぐらい捨ててやるわ!
「やってやる……やってやるぅぅぅ……!」
「───やってしまった」
(もうお嫁に行けない)
(どんまい)
(〜っ! もう一人の私ぃ! よくも、よくも裏切ったわねぇ!)
私は土壇場で意識を心の奥へ引っ込ませたもう一人の私に怒りを向ける。
(だ、だって仕方ないでしょ! 犠牲が一人で済むならそうするに越した事無いじゃん! そう、これは仕方ない事だったのよ!)
(何が仕方ないよ! 何が! 次、排泄する時はもう一人の私が代わりにやってよね)
(そ、そんなぁ!)
今後排泄する時はもう一人の私と交互にやろう。そう深く決意をした。
「……さて、残るは食事の問題ね」
私は目の前にあるラプトルの死体を見ながら、今後の食事に関する方針を考える。
「お肉は……火を出す方法を見つけてからね」
火おこしなんて私の貧弱な肉体を考えると出来ないだろう。無論、生で食べるのは論外だ。
「つまり私でも食べられそうなものは」
と、私は探索する道中で見つけた果実に目を向ける。
「これぐらいになる訳だけど」
見た目としては真っ青なリンゴ。なんともまあ食欲が失せる色合い果物だ。今後はこれを青リンゴと呼ぼう。
「ドラちゃん食べられそう?」
「GRRRR……」
うーん、食べられはするけど好んで食べようとは思わない、か。
(どうかなこれ、食べられると思うもう一人の私?)
(うーん、果物相手に
(だよねぇ)
「……」
だけどこのまま悩んでても埒が明かない。
「……あむ」
私は意を決して青リンゴに齧り付く。お腹壊してもその時はその時……いや、やっぱりそれは嫌かも。
「……」
シャキシャキシャキシャキ、うん、瑞々しい。瑞々しいんだけど、
「あー、うん、まあ……うん」
瑞々しいというより水っぽいなこれ。甘さも随分と抑えめだし、美味しいかと言われたら……いや別にって感じかな。
「ま、まあ不味くはないし、毒も無いっぽいし、今後はコレを食べて食い繋げるとしますか」
出来ればもっと美味しいのが良かったなー。なんて、高望みしちゃうのは現代人の悪い所だろうか。
▽▽▽
異世界に来て五日目の昼頃、私はドラちゃんを連れて周囲を散策していた。
一向に森から抜けれる様子はなく、もしやこの森は世界全土にまで広がってるのかと疑い始めた所だ。
(はぁ〜、人肌恋しい)
いい加減、私以外の人間と会話がしたい。ドラちゃんみたいなペット枠じゃなくて、きちんと言葉が通じる人間と。
(……ねえ、そもそも異世界に人間っているのかな?)
(やめて言わないで。可能性としては十分にあるけど言わないで)
もう一人の私の無情な発言に耳を塞ぎ、私は今後の予定について考える。
なんにせよ、森が出ない事には何も始まらない。五億年を何も無い世界で過ごした私からして見れば、飽きる事の無い風景が続いて嬉しいけど、だからと言ってずっと森に過ごしたいとは思えない。
なんと言っても、今の私の肉体には変化がある。あの頃のように不変的な状態では無いのだ。
怪我も普通にするしお腹も空く、おまけに衛生面にも気を付けなきゃいけない。早くお風呂入りたい。
(あ、ダメだ。なんかもう全てが不安になってきた)
(ちょっと落ち着きなって私、ネガティブになってちゃ出来るものも出来ないわよ)
(分かってるわよぉ)
こういう時には深淵魔法による精神安定が一番だけど……なるべく多用したくはない。
精神世界では何をやっても肉体に影響が出なかったから無茶が出来たけど、現実世界に居る今は健康を気にする必要がある。深淵魔法による魂の干渉で万が一でも不調を起こしたくない。
じゃあこういう時はどうするか?
「……ドラちゃん、ちよっと私仮眠取るから、それまで警護しておいて」
「GRRRR」
答えは寝る事。睡眠は何にも勝る精神安定剤なのだ。
それから葉っぱなんかを適当に集めて敷き布団代わりにして、私はそこに寝転がって目をつむる。
「ドラちゃんお休みー」
寝れば嫌な気持ちも、焦りも薄れる。ドラちゃんが思いの外強かったお陰で安心して睡眠に集中出来るし。
本当、最初に出会ったのがドラちゃんで良かったよ。森に出たら……名残惜しいけどきちんと解放しなきゃね。
……スヤァ。
───目を覚ますと、ドラちゃんが人間と戦っていた。
「……どういう状況?」