気がついたらテレッテでお手上げ侍 作:TTT
「やはり風呂はいいな。心の汚れまで落としてくれるようだ」
「ここの寮に入って一番良かったと思うのはこの浴場かもしれないッス。サウナは故障してて使えないけど」
「問題は浴槽を洗うのが簡単には終わらないことだな。まあ、これも鍛練と思えば苦ではないが」
「オレはバリバリ面倒ッスけどね。隅々まで洗ってお湯入れてってやったら半日作業じゃないッスか。月一回が限界ッスよねー……」
寮の裏手にある浴場で真田先輩と湯船に浸かる。疲れと一緒にストレスまで流れていく気がする。半日かけて全員で浴槽を洗った甲斐があったってもんだ。
「これだけでかい風呂に入れるんだ必要経費ってヤツだな。それに放置していては朽ちていくだけだろ?」
「いや、わかるんスけどね? しっかし、なんで浴場と寮が別れてるんスか? 行き来が面倒なだけじゃ……」
腕をつまみながら筋肉をほぐしつつ真田先輩に問いかける。入浴時間は決まっているし、所々老朽化が目立つ。サウナとか。
「もともとがホテルだったらしいからな。この寮は。ラウンジの受付を見たろ? ああいったものはホテルだった頃の名残だな」
「そういや、普通の寮って部屋か共同スペースにシャワー室とかありますもんね。てか清掃業者とか使えないんですか? 数が多くてトイレ掃除も大変なんスけど……」
「4階の作戦室などの見られたくないものもあるからな……外部の人間を入れて隅々まで覗かれるのはリスクが高い。ましてや、学生しかいないのに一部の部屋には入らないでくれなどと言うのは好奇心を煽る。それに、掃除は役割分担してるだろう。お前たちが来るまでは全部二人でやってたんだぞ?」
「大変ッスね……」
実際に寮に入ると細かい決まりごとの他、施設の維持関係の問題があった。無駄に豪華だとは思っていたが、ホテルを改装したモノだったのか。
「……ん? そういや、ゆかりッチやミナっちゃんとはたまにすれ違ったり、浴場の外で話したりはしますけど、桐条センパイとはここでは会ったことないッスね」
「あぁ、美鶴の部屋はホテルで言うところのスイートルームでな。空調やシャワー室も完備している。一度見たことがあるが、中々に豪勢だったぞ」
「さすが桐条センパイ……」
自分は使わないのに、浴槽の掃除も手伝ってくれるとは頭が下がる。
「なんにせよ、順平たちが仲間に加わってくれたおかげで戦力面、生活面共に大きく躍進した。特に有里のペルソナ能力には驚かされた」
「ああ、あれ卑怯じゃないッスか? 便利すぎるっつーか、なんつーか」
「なんだ、不満なのか?」
「不満つーか、ミナっちゃんの負担だけ増えそうダナーって。頼りになりすぎるのが心配っつーか……」
「順平らしい観点だな。俺たちで支えてやらなきゃな」
そう言って真田先輩がふっと笑う。そして俺の方を向いて真面目な顔をする。
「だが俺は、有里よりもお前が心配だ。お前は、周りに気を配りすぎている。なぜそこまでする?」
「えぇーと、言ってる意味がわからないッスけど……」
「俺が気がつかないと思うか? お前は人の感情の機微に人一倍敏感だ。そして、それを解消しようとするところがある。それはいい。尊いことだ。結果俺たちだって助けられている。だがな、お前自身はどうだ?」
「…………」
真田先輩から強い意思を感じる。確かに人に気は使ってる方だとは思うが別に好きでやってることなのだが……
「時折お前は、ひどく遠い目をするときがある。だが、その事については触れさせない。戦闘中もそうだ。仲間のことを良く見ていて、すぐに庇えるように構えているが、自分への攻撃については対応が雑になるきらいがある。早い話が、自分の扱いが軽すぎるんだ」
「それは……言われればそうかもしれないッス」
真田先輩に言われて思い返せば確かに自分のことは二の次にしがちかもしれない。とは言え俺はその事については特になんとも思ってないからな……
「俺に言わせれば、自分を救えないヤツが人を助けようとしてるのはひどく歪に見える」
「オレが救われてないヤツだって言ってるんスか?」
「人を助けて、救われた気分になろうとしてるように感じる」
「っ!」
図星だった。気がつけばこんな世界で、それでもなんとかやっていこうとしたら急に家庭環境はめちゃくちゃになるしで何もかも上手く行かない。
俺はこんな状況なのに、ちょっと動けば解決できる問題を拗れさせようとしてるのを見るのはひどく我慢ならなかった。
俺は元に戻すのを諦めて、距離を取った。結果、取り返しのつかないくらい壊れてしまって、手が届かないものになってしまった。
だからかもしれない。他のヤツにはこんな思いはして欲しくないし、もし少しの手助けで問題が解決したのなら、俺の問題も……家族も違う形があったのかもしれないと思えるから。
「なあ、順平。確かに俺たちは出会ってから共に過ごした時間はまだ一月程度だ。だがな、俺はこの寮の皆を心から信頼できる仲間だと思っている。お前はどうだ? そんなにも俺たちは頼りないか?」
「……もう、手遅れなんスよ。見ていられなくて、諦めてなかった人を諦めさせて、誰かが側で正してやらなきゃならない人を一人にした」
「それは……ご両親のことか」
「知ってたんスか」
「ここに入寮する手続きの際に、美鶴とな。理事長も気にかけていた」
アイツが原因か。いずれ絶対目にもの見せてやることを誓った。
「まあ、こんなんなんで他のヤツには同じ思いをして欲しくないっつーか? へへっ、いいヤツでしょ、オレってさ」
「……その先に、救いはないぞ」
「もともと救いなんてないんスよ。ここまで逃げてきちゃいましたし? オレが危なっかしいとこは、真田先輩が支えてください。……俺はこの生き方を変えられない」
「……仕方ないな。大きく道からそれたら殴ってでも止めてやる。文句言うなよ」
「なんスか、それ。でも、ありがとうございます」
「よせ。仲間だろ」
真田先輩は腕を組んで微笑む。自分のことを他人に詳しく話したのは久しぶりかもしれない。野球部のチームメートにすら家庭のトラブルで母親が出ていったとしか言ってないし。
「それしても、暑いな。湯船に浸かりすぎたか……」
「おやおや? もう限界ッスか? 俺は後一時間は行けるッスよ」
「ほう……? 俺は三時間行けるが」
「「…………」」
「勝負、か」
「ッスねー……」
目を合わせ、肩まで湯船に浸かる。負けられない戦いのゴングが鳴り響いた。
「あ、おかえりー」
ソファーで順平と真田先輩がぐったりしている。
ゆかりが順平を、桐条先輩が真田先輩を団扇で扇いでいる。
「お風呂で限界まで耐久勝負したんだってさ。バカだよね男の子って」
「そう言ってやるな、岳羽。ここまではしゃいだ明彦は久方ぶりだ。たまにはいいだろう」
「あー……」
「ぐっ……」