実は気づいてなかったけど、転生先がキングダムだった話、する? 作:匈奴人
なのでストーリーは割とさくっと進むかと思います。
《趙軍包囲部隊 李牧》
趙・匈奴間で行われた、双方十万規模の軍の参戦した戦いは、趙軍の圧倒的な勝利のまま終わりを迎えようとしていた。
趙の将である李牧は、敵軍を的確に葬るために、策を弄して敵の総大将を討ち取るために自ら別働隊を率い、見事その首を刎ねた。
敵の目をくらまし、必殺の別働隊を率いて敵将を討ち取るのは、李牧の得意とする戦術であり、騎馬民族にも大いに恐れられる戦術である。
その後、将を失い崩れる敵軍を横目に脱出した李牧が、戦場が見下ろせる高台に戻ろうとしていると、本陣に置いておいた兵が李牧の方へと駆け寄ってきた。
「李牧様!」
「俊堂、先程の声は、何があったのですか?」
敵の本隊を崩すために別働隊を自ら率いた李牧だが、その分一時的にだが戦場に対する目が無くなってしまう。
特に今回のように、既に包囲が決まっており先が読みづらい戦場ではそうなりがちだ。
故に、敵軍の雰囲気や喚声などを頼りに戦場の様子を探っているのだが、先程大きな喚声が上がったのである。
「はっ、敵後軍に包囲網を突破されました」
「……包囲網の中の敵軍単独ですか? 包囲網の外からの奇襲があったのでは?」
「包囲網の外からの奇襲です。陣を下げていた臨床様が討たれ、敵はそのまま包囲を抜けて撤退を」
「わかりました。撤退した敵の数は如何ほどでしたか?」
「包囲した際の半数ほどまで減っていたかと」
眼下では、敵本隊七万が指揮系統も整えられずに包囲網の中で討たれていく。
それに対して、より少数の敵の方が組織だった抵抗を行い、事前に分離した別働隊を使ってまで包囲網の突破を計った。
「李牧様!」
李牧がそんな思考を一瞬で巡らせていると、カイネという李牧を慕ってくれる兵が馬を走らせてくる。
「李牧様、敵将の撃破、流石は李牧様です!」
「ありがとうございます。しかし、後軍には逃げられてしまいました」
「えっ!?」
李牧の言葉に、カイネが驚いた表情をする。
自分を慕ってくれるのはありがたいが、そこまで大した人間でもないのだといつも思っている李牧だが、自分を慕ってくれる相手にはっきりとは言いづらい。
「どうやら、敵の力量を読み違えていたようです。馬南慈が無事だと良いのですが。俊堂、別働隊に救援は送っていますね?」
「はっ、既に。敵はそのまま退いたようですので、今は救助活動を行っているかと」
「あっ」
そんなことを言っているうちに、当の馬南慈が数名の兵を率いて本陣へと戻ってきた。
隊がいないのは、戦闘後の救助活動を行っているからだろう。
「李牧様」
「馬南慈!」
「馬南慈、無事で何よりです。あなたがいて抜かれるほどでしたか」
李牧の言葉に、馬南慈は面目なさげに頭を下げる。
馬南慈の実力を信頼するからこそ李牧は馬南慈に別働隊として敵別働隊を抑える役目を任せたのだ。
それをこなせなかったことを馬南慈は恥じているのである。
「はっ、敵の策と増援にやられました。敵の増援一万が現れた故軍を下げましたが、あのまま戦闘していても抜かれていました。申し訳ありませぬ」
「一万!? あっ」
思わずといった風に声を出したカイネが、李牧の邪魔をしたと慌てて口を塞ぐ。
このあたり、李牧の配下に対する緩さが幾分出ているのが雁門を守る軍だ。
「増援一万、ですか? しかし敵にそれほどの余力は無いはず……」
「わかりませぬが、かなりの手練の部隊でした。別働隊はかなり討たれました。申し訳ありませぬ」
「いえ、あなたの責任ではありません。匈奴の策を読めなかった私の責任です。しかし、増援ですか……」
集めた情報から、李牧は敵軍の行動の理由を推測していた。
山岳地に入った当初、敵軍はひとかたまりになって侵攻していた。
その後一度停止して軍議らしきものを開き、後軍が速度を落とし、逆に前軍は速度をあげて集落を蹂躙していった。
前軍がひたすら略奪に突き進む一方、後軍は斥候を出し、幾度も前軍とやり取りしており、その様子から情報収集に力を入れているのが推測された。
このことから李牧は、敵は前軍が本隊で後軍が軍師の率いる予備部隊だと考えた。
圧倒的な進軍速度で前軍が略奪を行い、後軍は斥候による情報の収集で伝達で前軍を補助する。
戦闘力は前軍が、戦略部分を描く頭脳は後軍が担っているのだろうと推測し、その二部隊が再度合流するよう誘導して、そこで合流させることなく一網打尽にすることを狙った。
後軍にその意図を図らせないために、あえて奇襲部隊は全て前軍に当てて、後軍とは接触させなかった。
故に、包囲する前に気づかれ回避される可能性がある、という点で警戒すべきは後軍だが、逆に包囲戦に持ち込んでしまえば、脅威となるのは武力のある前軍である、という判断をしていたのだ。
だが実際には、敵の後方の軍から分離した部隊が馬南慈の別働隊と戦闘して撃破し、更に一万もの増援を得て敵後軍を救い出した。
戦場全体を見ていた戦闘初期の段階でも、敵後軍の方が敵前軍と比べて、遥かに連携して抵抗を行っていた。
それでも敵の総大将を討つ、という目的を変えなかったのは、包囲網に閉じ込めた敵後軍の数が前軍の数の半分ほどで、純粋な戦力で前軍が脅威になると考えたからである。
言い訳をするならば、前軍を全て討てればそれだけで七万の戦果となり、残敵は別働隊を合わせても五万ほどの後軍だけになる。
包囲した後軍も半数近くは討ち取っているし、匈奴の大軍を壊滅させそれ以上の侵攻を防ぐという目的は達成できているのだ。
故に、李牧の推測は誤りだったが、正確な推測をしていたとしても同じ判断をしていた。
ただ、やはり増援に出た一万の軍というのが気にかかる。
李牧がそう考えていると、俊堂の部下が一人馬で走ってきて、俊堂に何やら報告を残していった。
「李牧様」
「何でしょうか」
そのまま報告は、俊堂から李牧へと伝えられる。
「馬南慈様がおっしゃった別働隊とは別の敵増援一万ですが、斥候が山岳の外から全速で侵入する軍勢を見た、と」
「山岳の外から……ということは、今回の軍とは全く別の軍ですか。別の民族、ということはありませんか?」
「鎧は一緒のようでしたし、将同士が会話をしていたのでその可能性は低いでしょうな」
分離したわけでも、元から別働隊だったわけでもなく、今回の侵攻軍とは全く別の第三軍。
なんらかの事情で遅れていた、というならわかりはするが、一万程度で山岳地の外から再度入ってくるというのは、どうにも腑に落ちない。
あるいは、匈奴が戦っているところに別の民族が来たのか、とも思ったが、実際に見た馬南慈が言うにはそれは違うらしい。
そもそも、今回の匈奴の軍は最初からおかしかった。
いつもの騎馬民族は怒涛のごとく攻め寄せるものであり、中華の軍がやるような斥候を出して情報収集といった作業をやることはほとんどない。
あったとしても威力偵察で、それだけでも数十の兵士が動く。
故に今回も、十二万の軍を普通に引き込んで包囲殲滅するつもりでいたのだ。
途中で軍が止まり、更に分離し斥候を放ち始めたと報告が来たときには、李牧も耳を疑った。
「李牧様、確証のある話ではありませんが一つ、よろしいですかな?」
「なんでしょうか」
馬南慈も同様に、別働隊を率いてぶつかった敵の様子に違和感を覚えていた。
「今度の匈奴の軍は、これまでの奴らとはどうにも違うように私には思えるのです」
「……どういった状況から判断しましたか?」
「私がぶつかった別働隊ですが、あれは軍でした」
当然の事実を言う馬南慈にカイネが突っ込みそうになるが、李牧が黙って聞いているのを見て口を閉じる。
「いつもの騎馬民族共は、群れの力を使い、野戦での戦術を使いこなしますが、奴らは知恵あっても獣です」
「今回の敵は、獣ではなく軍だった、と」
「私はそう感じました」
李牧も、騎馬民族以外に、軍だが軍でなく、群れた獣のような者たちを趙国内で見知っている。
故に、馬南慈の言わんとしていることが理解出来た。
理性があっても、軍を形成して戦術を理解しても、騎馬民族は凶暴な獣であり、略奪に飢えた猛獣であった。
軍での戦闘もそれは変わらず、体系的に戦を行うが、その質は中華の軍のそれとは大きく異なっている。
人間の理性を外し、凶暴性をむき出しにしたような存在。
それが李牧の知る騎馬民族という存在だ。
だが馬南慈は、今回の相手からはそれを感じられなかった。
故に、敵が侵略者だという怒りがあっても、どこかいまいち乗り切れなかったのだ。
相手が一気呵成に攻め寄せたのも、馬南慈軍を短時間で粉砕し包囲網の背中を叩くためという戦術的目的のためで、いつものごとく凶暴性を前面に押し出して襲いかかる様子ではなかったのだ。
「李牧様……?」
「……わかりませんが、今回来た騎馬民族はいつも来る者達とは別の集団だったのでしょう」
「……確かにそうですな。見たことの無い連中でした。しかし、匈奴なのでは?」
「匈奴だと呼んだのも、他の三つの騎馬民族、烏孫、月氏、東胡とは違うので仮に匈奴だとしておいただけで、実際に匈奴かどうかも怪しいですしね」
「そうだったんですか!?」
さらっと言った李牧の言葉に、カイネが驚きの声を上げる。
まだ少女と言える年齢のカイネだが、匈奴という存在の恐ろしさは聞いていた。
というかカイネが子供の頃にはまだ匈奴が襲撃に来ていたので、カイネもその被害を受けたことはある。
むしろこの雁門、そして趙北部の人間にとっては、騎馬民族とは匈奴だった。
故に匈奴という相手を、ここ最近は聞いていなかった名前だがカイネは今回の敵を恐れ、それを力に変えて戦ったのだ。
「ええ、侵攻に気づいてからさほど時間がありませんでしたし、取り敢えず匈奴ということにしておいただけです。実際にかつて匈奴と呼んでいた者たちと同じだったのかはわかりません。なにせ十年以上前から、匈奴は攻めて来なくなっていましたから」
名前の分兵も全力で戦ってくれました、と李牧は言う。
元々中華の外の中でも、特に北方の騎馬民族に関する情報は中華に入ってきづらい。
それは基本的に騎馬民族が全て中華に対して攻撃的かつ敵対的だからだ。
同じ中華圏の他国になら入り込めても、交流の無い文化が全く違う相手の懐に、気づかれずに入り込むのは非常に難しいのである。
だが、攻めて来る敵の様子を見るだけでも、その武器や服装、鎧などから、騎馬民族にもいくつかの違いがあるのはわかっている。
更に、李牧の配下の武将には騎馬民族の言語を話せる武将がいて、彼を中心に捕虜にした騎馬民族から話を聞き出したりもしている。
そこから得られた情報から、騎馬民族にはそれぞれ匈奴や月氏、烏孫、東胡などと名称をつけて区別して呼称しているのだ。
その中でも十数年前までは匈奴の襲撃が一番激しかったのだが、その後ある時期を境に完全に途絶え、その後当時の匈奴の特徴を持った者たちが攻めてくることは無かった。
一方他の騎馬民族、烏孫や月氏、東胡は変わらずに攻め寄せてきた。
李牧も、匈奴は騎馬民族同士の争いに負けて衰退したのだろうと考えて特に気にしていなかったのだが。
今回、これまでのどの騎馬民族とも違う集団が十万以上の軍で攻めてきたということで、騎馬民族の勢力がまた大きな変化を迎えているのかと李牧は懸念した。
懸念したが、今回あの集団は十万の兵を一気に失い、大きく力を落とすだろう。
それにどんな騎馬民族が来てもそれを迎撃することに代わり無いのだ。
騎馬民族に関する情報があってもなくても、どちらにしろ大きな武力を持って備えていなければならないのが、趙北部の雁門という地なのだ。
故に、今後も今まで通りに、雁門を攻める騎馬民族の様子を注意深く観察し、あわよくば捕虜にして話を聞き出して情報収集をすれば問題はない。
もともと、略奪目的の数万程度、今回の侵攻に至っては、十万、二十万規模の軍が相手でも、対応できるだけの力が雁門を守る軍にはある。
加えて、これまでも騎馬民族が大軍を率いて侵攻してきたことはなく、攻めてきたとしても略奪目的の一万程度の規模の軍がほとんどだ。
故に、今多くの気を割く必要はない。
そう判断して李牧は、思考を切り替えた。
何より李牧には、これから急いでしなければならないことがある。
「馬南慈」
「はっ」
「予定の軍は予定通りに動かします。ここの処理は舜水樹と協力して行ってください」
「はっ。承知しました。ご武運を」
秦の武の象徴である、六大将軍王騎の首。
それが、今容易く討ち果たした十万の騎馬民族よりも、趙国三大天である李牧にとっては価値があるものだった。
中華の外より攻め寄せる価値なき外敵と、中華に名を轟かせる偉大な将軍。
後者の方が、この中華に存在する趙国にとっても、他の国々にとっても意味は大きい。
そう判断してしまう李牧もまた、中華の民でしかなかった。
この判断を李牧が悔やむのは、もはや多くがこの戦いのことを忘れた数年後のことになる。
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《林莉・パイソン軍 撤退中 林莉視点》
ワグダイ軍に加えて自軍からも多くの兵を失った林莉軍は、救出に来たパイソン軍とともに趙北部に広がる山岳地帯を大きく後退し、平原部に出たところで野営を行っていた。
失ったものがあまりにも多いが、そんな状況とは裏腹に、林莉軍の兵士の様子は暗くはなかった。
そこかしこで、兵士が焚き火を囲み、笑って語らいながら、ときに涙を流す。
そう、涙を流しているのだ。
涙を流す者がいるのに、野営をする兵に暗さは無い。
これは、林莉軍におけるメンタルケア、あるいはメンタルを調整するために、アイショウが概念を提案し、彼の部下たちが集まって作り上げた、匈奴軍の掟によるものだ。
一つ、戦の夜は、友と多いに語らうこと。
これは、戦で失ったもの、守れなかったものを思い出して心が沈むのを避け、翌日に引きずらないようにするための措置だ。
馬鹿話を生き残った仲間とやると、失った悲しみよりも今を生きている喜びが強く感じられる。
それによって、軍を翌日も健全に運営できるようにしている。
軍人というのは戦に慣れ人死にも慣れるものだが、それでも多少は残る心への負荷を解消するために、戦の夜にはこうすることが推奨されている。
一つ、夜は涙をこらえぬこと。
涙というのは、悲しさだけで流れるものではない。
例え前項によって友と語らい合っていても、失った仲間に自然と涙が溢れることもあるだろう。
そのときにこらえずに全て吐き出すことで、抱え込まない。
涙を流すというのはとてつもなく精神にとって良いことなのだ。
一つ、死者は安全な場所で、思い出を口にして悼むこと。
これは死者の重さを忘れないと同時に、その思い出を口に出すことで、悲しみを昇華させ、心で納得するために推奨されている。
悲しむのも、惜しむのも、全ては戦が終わって安全な場所に帰ってから、全力でやれ。
そういう掟だ。
こう言った思考、哲学、考え方は匈奴軍にかなり浸透しており、どこの戦場でも大概こんな光景が見受けられる。
これらのおかげで、昼間に大きく敗戦したばかりだが、林莉軍が暗く沈み込むことは無かった。
とは言っても、これは一般兵や少人数の隊長クラスの話であって。
五千人将以上や将軍クラスになると、兵との馬鹿騒ぎには参加せず、自分の副官や側近達と静かに酒を飲んでいることも多い。
今夜の林莉軍上層部もそんな状態であった。
「将軍、一杯どうぞ」
「ありがとう。今日はこの一杯までにしておくことにする」
林莉は、軍師の信陸からすすめられた酒を注いでもらいながら、ある程度で酒は打ち切ると伝える。
明日以降もフワンシに戻るまで数日の行軍があるので、あまり飲みすぎるわけにも行かない。
ついでに林莉は酒にあまり強くないのだ。
「ははは、将軍は相変わらず酒が弱いな」
「お前は飲み過ぎだ、岩郭。明日二日酔いでも知らんぞ」
そんな林莉の隣で、バカバカ酒を空けているのは酒飲みの岩郭だ。
彼もまた、林莉達と酒を飲むためにこの場に参加していた。
岩郭の場合は、旨い酒がたくさん飲みたいという欲も大いにあるだろうが。
岩郭の大酒飲みはいつものことなので、信陸の注意する声も申し訳程度のものだ。
「結構静かですなあ、この軍の将軍方の酒宴は」
そう言いながら、酒より食事に精を出しているのは、五千人将のギル・ギである。
彼の目的は明確にうまい食事だ。
ここだと多少は良いものがたくさん食べられる。
この四人が、今日の将軍の酒宴の参加者だった。
普段であればそれぞれが副官や側近を数人連れてきたりともう少しにぎやかだが、今日は訓練兵が多数入っているのもあって、副官らは揉め事が起こったときの対応にそれぞれの軍に残っている。
「グアンパとリンガは来ないのか?」
「今日は自分のところで飲むらしい」
「……なるほどね。あっちも大分ひどかったらしいな」
林莉軍の将軍クラスの残り二人であるグアンパとリンガは、今日は自分の軍で側近や配下立ちと酒を飲んでいる。
彼らは撤退するときに一番最後まで戦おうとしたが、部下達の決死の殿によって脱出することが出来たらしい。
そういうときは、配下への感謝と己の不甲斐なさに対する怒りと。
そんな色々をまとめて酒で流し込んで、馬鹿騒ぎする部下を見て吹き飛ばすのだ。
それを身をもって知っているから、それ以上岩郭も林莉も信陸も言及することはなかった。
「それにしても、今回は大分討たれましたなあ」
そんな空気を平気でぶっ壊すのがギル・ギである。
「お前、よくそういうの突っ込めるな」
「私は引き際を誤るような愚かな真似はしませんからな」
「それを言えるくそ度胸よ」
そう嘯くギル・ギは、実際に今日の戦で、包囲からの脱出及び撤退戦において非常に巧みな用兵を行い、自分の率いる部隊においてはもっとも死者数を少なくすることに成功している。
かと言って他の戦線に迷惑をかけたわけではなく、林莉本軍が押し込むごとに戦線を自然と縮小していき、戦闘中から脱出しやすい隊形を組み上げていたのだ。
更に撤退戦時には、強固な防御力を誇る歩兵部隊と、機動力を有する騎馬を巧みに使い、殿をほとんど残すことなく撤退に成功している。
本人自身の武勇も誇るところではあるが、それよりも一層、戦術規模での用兵術に優れているのが、林莉軍第四将、ギル・ギという男である。
言葉を選ばずに言えば、戦場指揮官としての能力は林莉軍第二将のグアンパや第三将のリンガ、あるいは第一将の岩郭も超える。
後方から指示を出す知略だけでも将軍級、場合によってはそれ以上の能力があるのがギル・ギという男だ。
これまではいまいち測りかねていたこの男について、今日の戦闘で細かく観察していた信陸は、それを林莉に伝えていた。
ギル・ギがこれまで昇進しそこねていたのは、その人格故に大軍の将たれるのかという懸念が上層部にあったのと同時に、通常の将とはいささか系統の異なるギル・ギをどうすべきなのか、判断がついていなかったからだ。
匈奴軍では、特に将軍以上の階級は、実績を上げればなれるものではない。
将軍というのは万以上の人を預かり、軍を率いる人間だ。
五千人将までとは違って、単独でそれなりの戦場を任されることもたくさん出てくる。
その場面において、軍を率いる能力があるか、相手を倒す能力があるか、配下から認められ慕われうるか、兵の損失などについて合理的な判断と情をともに高いレベルで備えることが出来るか。
その他様々なことを加味した上で、将軍以上への昇進というのは決まる。
ギル・ギはその調査において、不適格でも合格でもなく、保留という判断をくだされていたのだ。
特に調査部が判断に困っていたのが、ギル・ギの能力が最大限に発揮されるのはどの人数を率いた場合なのか、ということだった。
士官によっては、昇進して大人数を率いるよりも、百人隊で戦場の一部で死闘をやる役割を担ったり、現場で近場の兵を鼓舞し少人数を用兵するほうが大きく活躍するような者もいる。
そう言った場合には、その百人隊に精鋭だの、独立だの教導だの重装だのといった肩書が前につき、特殊な立場が与えられることもある。
ギル・ギもそちらに相当するのではないか、という意見が調査部にはあったのである。
そしてその判断の最終決断を任されていたのが、何を隠そう、ギル・ギの上司である林莉だ。
「ギル・ギ五千人将」
「……はい、なんですかな将軍」
階級つきで呼んだ林莉に、ギル・ギも一度食事の手を止めて答える。
「お前にいくつか質問がある。心して答えてくれ」
「わかりました」
「お前は、自分の将としての能力についてどういう判断をしている?」
そう尋ねられたギル・ギは、思わぬ質問に目を細めた。
てっきり叱責を受けるかと思ったのである。
以前いた軍では、今日のようにギル・ギの判断で軍の被害を下げる試みは、ときに戦線全体の崩壊を招きかねない愚策だと言われていたのだ。
「そうですな。自分では、前線で矛を振るって鼓舞する類の将ではないですが、戦場がよく見えているかなり優秀な部類の将だと自負しておりますよ。戦術用兵術では生半可な将軍にも負けるつもりはありませんな」
驚きを顔に出すこと無く、ギル・ギは自分に対する客観的な評価を伝える。
実際ギル・ギ自身、林莉軍ではグアンパやリンガに将としての能力は勝っていると考えている。
流石に岩郭や林莉は武力と知略、そして軍を率い鼓舞する能力に長けており、自分が勝っていると断言は出来ないが。
「そうか。では率いる軍の規模について、どの規模が最も自分の能力を発揮できると考えている? 理由も聞きたい」
「軍の規模、ですか。理由をお聞きしても?」
「なに、今後の軍の構成についてどうするかと思ってな。お前は戦場が非常によく見えているのは知っているが、今のように五千人を率いて盤面の一部を担うのがやりやすいのか、あるいはもっと多くを率いて戦場の大きな部分を動かすのか、はたまた千人規模に縮小した上で独立遊軍として動いた方がやりやすいのか、というのが気になったんだ」
これは、匈奴軍に優秀な将が育っているからこそ出来ることだ。
通常中華の軍などは、優秀で実績をあげた者は昇進しより多くを率いるように成る。
その分、下の小さな隊を率いる指揮官は、必然将と比べて能力が低くなりがちだし、大人数を率いるのには向いていないものがその地位についてしまうこともある。
だが匈奴軍は、軍の上の方だけでなく、百人将や千人将といった中堅層にも有能な者を置いておくことで、軍全体の動きの素早さや戦線の強度を確保するようにしているのだ。
「そういうことであれば、私は数万の兵を率いた方がやりやすいですな」
「人数は最低でも今の倍になるわけだが?」
「その程度、このギル・ギにとっては容易いことです。それよりも、自分の指示を出す軍が戦場に対して大きな影響を保持することが重要なのですよ。そうすれば、私だけに見えているものに軍全体で対処することが出来、後手に回ることを防げますからな」
「……なるほど。わかった」
胸を張るでもおどけるでもなく、自然体で自分の能力を当然のものだと語るギル・ギに、林莉は頷き、信陸に視線を向ける。
それに信陸が頷いたことで、林莉はギル・ギに本題を切り出した。
「この軍がフワンシに帰還した後、お前の将軍への昇進を推薦しようと思う」
「……ありがたいことですな」
これには流石にギル・ギも驚きを隠せなかったが、平静を装って返す。
ちなみにギル・ギは年齢としてはまだ二十代前半であり、将軍への昇進としては相当に早い部類に入る。
それだけの傑物である、ということでもあるが。
「その場合お前には、俺の軍から離れて別の地で軍を集めてもらうことになる」
「おや、不満はありませんが、何故です?」
通常、例えば林莉の下に岩郭やグアンパ、リンガといった階級将軍や将軍級の能力者がついているように、例え将軍という階級を得ても、元々所属していた軍の中に別部隊や追加部隊を率いることが多い。
これは将軍以上には軍の編成についてかなり大きな権限が与えられており、その分同じ軍に所属した将同士の繋がりも大きいからだ。
何より昇進した部下から独立を求める声が出ることはあっても、上に立つ将軍から独立を命令することはほとんどない。
稀にあるのは、能力の高い若き将軍に成長を促すために独立させる場合ぐらいだ。
「はっきり言ってしまえば、お前が千人将から五千人将に昇格するまでの戦い方で、うちの軍の一部はお前に不信感を抱いている」
「……ふむ、ま、有能なものは疎まれる傾向にありますからな」
自覚していたことではあるが、わざわざ馬鹿に合わせてやるつもりはない、とギル・ギは言う。
「まあそう言うな。お前が他の奴より戦場が見えていて、お前の中では合理的に隊を動かしていたとしても、お前と同じ目線では見えない周りからすれば、命令違反をして危機を招いているように見えてしまうんだ」
林莉や信陸にはギル・ギのやりたいことは見えていて、むしろその若さでよくそこまで手際よくやるものだと感心していたが、他の将達や他軍の兵士からはあまり評価がよくない。
ギル・ギが安全な一線を見極めてギリギリ問題の無い時機に隊を下げても、共に戦っていた味方からすれば、見捨てて先に撤退したように思えてしまう。
例えその直後にギル・ギの判断通りに敵が退いて危機に陥らなかったとしても、そこまで見通せない者にはそれは結果論でしか無い。
「……で、軍から出ていけとおっしゃる?」
自分は正しいことをしていても周囲の無知から認められない、という言葉に若干不機嫌にギル・ギが返すと、静かに酒を飲んでいた岩郭が吹き出した。
「アッハッハ。お前もそんなふてくされることあるんだな!」
「いえ、別にそういうわけではありませんとも」
実際ある程度は尊敬していた林莉に言われて不機嫌になっていたので、ふてくされているのは間違いない。
が、岩郭はそんなことを笑い飛ばして言う。
「要するに、お前は誰にも指揮されない権限を持って、自分が一番上に立った軍でやったほうがうまく行くってことだよ。知ってるか?」
ギル・ギが、そして林莉と信陸が見つめる中、酒を注いだ器を、岩郭は目線の高さに掲げる。
「お前がやった判断は、誰かの下でやれば立派な命令違反だが、お前が一番上でやれば軍を救った英断になるんだぜ?」
そう言って酒を一気に飲み干す・
その言葉をギル・ギは静かに反芻する。
つまり、林莉と岩郭、信陸は、ギル・ギの能力を認めた上で、誰かの下に下手につけるより一番上に立って自分で判断できる権限を与える方が能力を発揮すると判断したのだ。
それだけギル・ギを認めているということだ。
以前他の将軍の下にいたとき、ギル・ギは『死んでも維持せよ』と命令された場所を、自分の判断で隊を下げたことがある。
別に隊を守ろうとしたとか、自分が死にたくなかったとかではなく、戦場の他の場所の状況、軍自体の目的、将軍の描く未来図などを考えた結果、そこで下がることは何も影響を与えない状況だったからだ。
実際その時点で戦場全体の趨勢は決まっており、ギル・ギ隊が撤退した背を対峙していた敵部隊は追うことなく、さりとて戦場の他の場所は既に匈奴軍が勝利をおさめていたので、何も出来ることなく撤退していった。
ギル・ギは戦場を読み、戦況を読み、将の指示の意図と描く戦場の図を読み切った上で、軍全体そして隊の被害が最低限になる時機を見極めただけなのだ。
だが、それが読めなかった将軍からすれば、ギル・ギのそれは戦場を危うくする命令違反でしかなかった。
ギル・ギの性格面の問題というのがこれだ。
林莉と岩郭は、それを忠誠心の弱さではなく、ギル・ギの能力の高さとして認めるというのだ。
「そういうことだ。お前は読めすぎる。ついでに少々馬鹿になることを知らないな。人の下についているのはお前にもお前を従える側にもよろしく無い。だから、将軍として独立しろということだ」
「……おっしゃることは理解しました。このギル・ギ、この軍を離れ、別の地でやり直してみせましょうぞ」
「初めから将軍なら、下からの評判も今のようにはならないだろう。お前の知略で勝てば、配下は純粋にお前を将として認める」
「はっ、しかし、一から集めるのは少々大変かと思います。つきましては──」
「お前の五千人隊までなら持っていって構わない。どうせうちの軍は編成からやり直しだ。ついでに自分のところで使いたいやつがいたら、お前の権限で連れて行っても良い。ただしちゃんと上に話は通してからな」
そもそも、本当にギル・ギが愚かな将であり国への忠誠心も無いというのであれば、彼の下についている側近や指揮官達、兵たちが彼を慕い戦えるはずがない。
組織だった軍を作っているとはいえ、そういう兵の士気の差というのはどうしても戦場に出るものなのだ。
自分の軍から兵を連れて行く相手に対して、あまりにも大盤振る舞いな言葉。
これが真に将たる者たちの器なのかと、ギル・ギは深々と頭を下げた。
「ありがたく。このギル・ギ、匈奴一の将になってみせましょうぞ」
「俺を超えられるのは困るな」
ギル・ギの決意表明にそう突っ込んだ林莉に、わずか四人の酒宴は穏やかな笑いに包まれるのだった。
******
《秦国****** **視点》
男がたまに訪れる居酒屋の貴人専用の間の予備の部屋。
そこは表向きは貴人が食事や酒を楽しむための場所だが、その実態は、中華の外にある国家から中華に侵入した者達が、潜入者同士の情報交換や、本国から届いた連絡を
受け取り、あるいは本国に送る連絡をまとめるのに使用されている場所であった。
もはやかつての故郷に対する思いは薄れ、今はすでに命を捧げるものを見つけた男だが、この潜入者達の集いに集まる情報が有力なのもあって、定期的にここに訪れるようにしていた。
離反者になっても情報を利用するのは虫のいい話だと思うが。
それに、男がかつての国家への忠誠心なくここにいることが出来るのは、この男がこの集まりに忠誠を偽って参加しているからではなく、もともとこの集団がそういう方針のもとに運営されているからだ。
敵地、あるいは国家の外の地に長い期間潜入する以上、現地に愛着が湧くことも考えられる。
故にそれは咎めず、またその後も情報を提供する限りは、組織の有する情報のうち、国家に関する機密が含まれるものを除いて全てを知ることを許可する。
男も、現地での所属組織、男にとっては今忠誠を誓う場所に関する当たり障りの無い情報を提供している。
それがこの、中華に網を張る巨大諜報機関の掟だった。
加えて、例え裏切り者が出たとしても末端が潰されるだけで、諜報網自体に大きな影響が出ないような複雑な組織図が築かれているのもその特徴だ。
例えば男は、この他に一箇所しかこうした情報が集まる場を知らず、また他の者達がここに来る時以外で普段何をしているのかもほとんど知らない。
素顔を知っているのも、この拠点の運営を担っているわずか二、三人で、他の利用者は皆顔を隠しているので顔すら知らない。
中には体格をなんらかの変装術で誤魔化している者もいる。
そんな場所に、男は今日も訪れていた。
思えば、かつては戦を愛する主のために、敵国の情勢から各地の将軍軍勢の動向まで様々な情報を集めて理想の戦場を探していたが、主が一線を引いてからは、時々来るものの求める情報も特になく足が遠のいていた。
そんな男がここに再び足を運び始めたのは、秦国は王都咸陽で起こった内乱についての情報を集めるためであった。
このときは全てが終わった後で完全に出遅れた形になったが、その後も吹き始めた新しい風を感じて、定期的に情報を覗きにくるようにしていた。
そんな中、ある情報がここではなく軍の方で流れてきた。
なんと、あの一線を退いていた主が復帰したというのである。
他国が様々な要因で秦に侵攻しづらい時期を狙って大軍を韓に進軍させたところ、ものの見事に予想を裏切って趙の大軍に侵攻された。
それに対抗するために、ついに羽を休めていた主が再び空を舞うという。
ならば、主の第二の臣として、主のもとに馳せ参じる前に情報を確認しておこうと急いでやってきたわけである。
もっとも主が一線を引いている間、より主に仕えるにふさわしい自分になるために主の元を離れていたせいで、主の復帰戦は逃してしまうことになるのだが。
故に、それは男にとっては運命と言っても良い知らせだった。
「はい、新しい知らせ持ってきましたよ、と」
そう言いながら部屋に入ってきたのは、街の外の伝書鳥を飼っている拠点から、街中にあるこの拠点まで届いた情報を運ぶ係をしている男だ。
「今日も多いなあ」
「中華は広いもの。これぐらい普通よ」
基本的には中華全土から集まってきた情報の木簡が複数。
これは男達とは別組織の諜報員たちが運搬を担い、街の外の拠点の隠し部屋へと運んでくるものだ。
いつも大体これらの資料で、中華全土の情報を、距離や位置によっては時間差はあるものの知ることが出来る。
何日前の情報かも、匈奴で使われるようになった日付表によって正確に計測することが出来るため、あるいは国家の中枢部よりも正確に記録を残しているかもしれない。
ちなみにこれらは一見無意味な文字の羅列に見えるように書かれており、匈奴文字で書かれた指示に従って特殊な読み方をすると意味がわかるようになっている。
そして今日はそんな多数の資料の他に、珍しく、伝令鳥が運んできた連絡用紙の入った小さな筒があった。
「あれ? 鳥の連絡? どこからなの?」
それを見つけた仮面をつけた女性が、首をかしげながら運んできた男性に尋ねる。
基本的に中華の情報は、よほど急ぎのものではない限り商人や旅人という形で運んでくる。
伝令鳥による連絡は、国同士の間で大きな戦争が勃発したか、その地域が侵略されるので急ぎ移動するべしといった緊急の連絡の際にのみ使われる。
しかし、今現在秦が侵略されているのは馬陽だけだし、それももう情報が出回って数日は立つ。
「馬陽じゃないか?」
「馬陽の連絡が今更来たの?」
「いや、それは青い布の鳥だったから……」
そう軽く言いながら、言った男の顔が強張る。
「え、あっちからの?」
「また何か蹄のやつらに指令か?」
「取り敢えず俺が確認するよ」
途端に部屋が騒がしくなる。
青い布がついた鳥は、中華の外、本国から届く鳥にのみつけられる印だ。
重要な情報が必ずしも書かれているわけではないが、本国からの連絡というだけで緊張するのだ。
ここにいる者たちは、皆それぞれに、既に中華に根をおろし生活しているのである。
中華の外からの厄介事は、本音を言えば避けたいのだ。
男も連絡の内容に興味がわいたが、本国からの連絡については諜報機関に対する指示の場合が多く、その場合はこの拠点を運営する男のみが確認し、やがて来た蹄の者達にそれを伝える。
が、今回は違うようで、それを読んだ男は紙を全員が見える机の上に放った。
「なになに……?」
男も他に合わせて、それを覗き込む。
『△月△日に匈奴軍十二万が趙北部雁門にて趙軍十万以上に包囲殲滅を受け敗北。被害十万以上。○月○日、集結していた趙軍のうち数万が南下を開始。秦国及び魏国の趙国境線付近の者は注意せよ』
短い文章に詰まった濃い内容に、軍に身を置く男は身を強張らせた。
一方、いまいち理解しきれてないであろう他の者達は、のんきに感想を話し合っている。
「十二万で負けって、私達の国も結構弱いのね」
「やっぱそうだよな? 十二万で同じ数ぐらいの相手に負けて十万殺されたって、ボロ負けだよな。普通に書いてっから俺がおかしいのかと思ったぜ」
そんな呑気な言葉を聞きながら、男はこれについて他の資料も調べることを決める。
本国が何を考えているのかはわからないが、北からそれだけの数で定期的に仕掛けるならば、趙国の軍の配置が多少変わる可能性もあるからだ。
更に、南下した数万の行き先も気になる。
場合によっては、趙からの更なる侵攻の可能性も──
直後に響いた言葉で男は固まった。
「けどさ、うち数万が南下を開始って、そんな噂あったっけ?」
「別に秦に攻めてこないで趙の首都とかに戻ってるかもしれないじゃない。それか今馬陽だっけ、そこで戦ってるのの応援とか」
「あーね」
「いや、おかしい」
「え?」
明らかにおかしい。
十二万もの軍勢が趙北部で匈奴相手とはいえ集結したなら、少なくとも趙、魏からの侵攻を守る位置にある城に務める男のところにも、何かしらの情報が回ってくるはずだ。
なにせその十二万がそのまま秦を侵攻すれば、大変なことになる。
「十二万もの軍が集まって、民間だけじゃなく軍の上層部にすらその情報が出回っていないのはありえないことだ」
そんな情報が、一切伝わっていない。
そもそもそんな戦があったという情報すら、届いていない。
明らかに、
では、何のために?
頭を過るのは、先程の女性の言葉。
「あんた、さっき……」
「私?」
男の言葉に、自分に向けられる視線を感じた女性は首をかしげる。
何か言っただろうか、と。
「南下した軍が、……」
「今戦争しているところの応援に行く、ってやつ? それは私のただの妄想よ。私そんなに軍のこととか詳しくない──」
女性の言葉を聞き終える前に、男は部屋の扉を蹴り開けて、部屋から飛び出していった。
「うわっ!?」
「あちょっと!」
後ろでの騒ぎも耳には止まらない。
何故軍を集めたことを秘密にし、更にそれをひっそりと南下させるのか。
それは、誰にも気づかれることなく向かわせたい先があるからだ。
ではその目指す先は?
今現在戦場になっている馬陽の地への増援軍。
それは一部正解で一部間違いだ。
向かっている先は馬陽か、それより南で間違いない。
趙がこの時機に更に大軍で侵攻するならばわざわざ南下しなくとも、秦の北部に侵攻してしまえば、韓に大軍を送り込み、趙と馬陽でも戦っている秦は、北部一帯を失うことになる。
むしろ時間をかけるのが愚策で、今すぐにでも南下して秦北部を侵していてもおかしくない、というか、侵していない方がおかしい。
そうなっていないということは、趙の目的は北部の空き巣目的の侵攻ではない。
そうなると目指す場所は馬陽となるだろうが、その目的も戦の勝利と馬陽の制圧ではない。
戦に勝利し、馬陽を制圧するなら結局領土獲得が目的で、今なら秦北部の方が遥かに美味しい。
確かに馬陽は要地だが、多数の国が絡む山陽などとは違って、一手で秦と趙の戦況が大きく変わるほどの、将来の大きな得に繋がるような土地でもない。
となれば、つまり。
敵の狙っているものは────
男はひたすらに、野営地に向かって馬を走らせた。
これで『趙・匈奴の戦い』編は終了です。
最新話の後もう一戦南東胡とする戦の描写、欲しい?
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欲しい(趙・匈奴の戦いレベルでしっかり)
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欲しい(今回の戦ぐらい短めで)
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それより早くあの将軍と会え
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合従軍まだ?