実は気づいてなかったけど、転生先がキングダムだった話、する?   作:匈奴人

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今回もほぼ原作なので、今夜は2話投降。
19:02 第12話
20:02 第13話 

とします。
確認お願いします。


第13話 彼方からの援軍

《秦国 魏国境付近 野営地》

 

 

 

 ときは数日前に遡る。

 

 

 

 

 諜報網を通して届いた突然の情報に、元王騎軍の第一軍長であり、今は秦国の将軍の一人として魏国との国境沿いに詰めていた氷牙は、馬を駆って部下の中でも幹部の者たちを起こし、夜半ながらも指揮用の天幕に集めていた。

 警備についている兵士たちが何事かと驚いた反応をしていたが、そのうち数名に天幕周辺の警備を行うように伝えて、配下達に話を伝える。

 

「近くによれ。極秘の情報だ」

「はっ、失礼します」

 

 真っ先にそう言って近寄るのが、副官の番陸だ。

 その後、軍師の舞香、側近達と続いて氷牙の近くに寄る。

 氷牙の軍は、他軍と比べても軍を率いれるように鍛えた側近たちが多いのが特徴だった。

 これは幼い頃だけ過ごした故郷での教えを氷牙が実行し続けてきたからだ。

 

「趙北部で十万以上の軍が集められて、匈奴の大軍を討ったようだ」

「どれ程前ですか?」 

「一月以上前になる」

 

 氷牙の言葉に、軍師でありこの一団の頭脳役を担う舞香が顔をしかめる。

 

「そんな情報、入ってきてませんよ? 誤報じゃないんですか?」

 

 そんな大軍の情報があれば、少なくとも隣接している国のことならば放った情報網に引っかかるはずである。

 故にその舞香の問は当たり前のものだった。

 それに氷牙は首を横に振る。

 

「誤報ではない。俺はこれが趙の情報操作によるものだと考えている」

 

 氷牙の言葉に、部下たちは怪訝そうな顔をする。

 あまりに話が飛躍しているように思えたからだ。

 情報が無いからといって情報操作を疑うのは、あまり情報網が発達していない中華ではしない考え方だった。

 

「その軍のうち数万が南下を初めた、というところまでが俺が入手した情報だ。俺はこれが、王騎様を討つための策じゃないかと疑ってる」

「は……それは……」

「氷牙様、時系列順に説明をお願いします」

 

 副官番陸以下武官達が男の言葉に的確な言葉を返せない中、軍師である舞香だけが、氷牙に詳しい説明を求めた。

 

「では、起きた順に説明する。一月以上前に匈奴の軍勢を趙の軍勢十万以上が雁門で撃破。次に二十日前に趙の軍勢が馬央に侵攻。十日前に趙北部の軍数万が南下を開始。六日前に王騎様が軍を率いて咸陽を出発。そして俺が今夜その情報を知った」

 

 この時代の中華には、明確な日付を指す暦が存在しない。

 一応複雑な名称で日付を定めるものは存在するが、基準とするものが定かではないので年ごとに数日ずれることはよくあり、あまり信用出来るものではない。

 そのため大抵軍の会話では、どこかに基準を設けてそこから何日前、何日後などで日付を判断することが多い。

 

「ここからは俺の想像する未来図だ。歩兵を先に出発させていることを考えて、騎馬中心の王騎様の軍の足なら十日、つまり後四日か五日で馬陽につき、趙軍と戦闘に入る。一方で、趙北部から移動した軍は、王騎様より早いかほぼ同時に馬陽に到着。先に展開した軍と合わせて、王騎様の軍を挟撃する」

 

 正直に言えば、氷牙自身もこれは飛躍した発想だ。

 あのとき仮面の女性が言った言葉が引っかかっていなければ、ここまで危険視しなかっただろう。

 

 だがその可能性があるという方向で想像した場合、そもそもそんな長大な策を描き情報操作をしている敵が、ただの挟撃で終わらせるのか、という恐怖を感じた。

 そこまでやるのならば、ただ挟撃を仕掛けるだけでなく、確実に王騎様を仕留める策があるのかもしれない。

 それこそ、敵本軍が王騎様を孤立させたところに、別から移動してきた敵の奇襲軍が大軍で絶対に逃れられないように包囲するような策が。

 

「氷牙様、つまり日数を省いて状況を整理するならば、趙国が主な侵攻軍と奇襲軍をわけて放ち、主な侵攻軍と王騎様が戦闘しているところを横から奇襲軍が襲う、という策を行おうとしている、ということですか?」

「そういうことだ」

「氷牙様、我らは氷牙様や番陸様、舞香殿と比べて頭が回りませんからな。あまり日数など複雑な話をされてもついていけませぬ」

「しかりしかり。そういう難しい話はお三方で決めてから通達してくだされ。我らは戦場に出てからが本番ですからな。戦術の話ならいくらでもお付き合いしますが」

「あほたれが。これは軍議だ。お前らにもこの水準で考えられる戦略眼をつけてもらわねば困るのだ。ちゃんと頭を回して軍議に参加しておれ。見ているだけでも良いから自分で思考しろ」

 

 主に戦働きを得意とする側近たちが、日程ほどに細かくなる戦略規模の策については想像の埒外だという。

 確かに彼らの言うことも真っ当で、普段彼らが考えるのは、いかに戦場で敵と戦うか、あるいは侵攻された際には、以下に敵軍を食い止めるかという戦術なので、策そのものに十日以上かかるような戦略規模の策はある意味専門外である。

 

 が、氷牙は彼らにもそれを求めているので、自分たちには無理な話だという側近たちをとどめおいて、舞香と番陸の三人で話を進める。

 

「俺は、今回の趙の目的が、軍の撃破ではなく、王騎様の首なのではないかと疑っている」

「……そこまで大きな手をいきなり狙ってきますか? 今の趙にそれほどの将がいるのですかな」

 

 番陸は、氷牙の言葉に懐疑的である。

 氷牙のことを主として慕ってはいるが、しかし半ば妄想に近い形でそこまで大きな策を想像するのにはついていけないのだ。

 

「……氷牙様の言う通りなら、北の雁門で匈奴の大軍を討った将が趙にはいる。もしかしたらそいつが、王騎様を討つという絵図面を書いたのかも。北部の軍を南下させてるのも、将が北部出身なら理解出来るわ」

「確かに、そこの将なら中華に名が知れていなくてもおかしくはないか」

 

 舞香の推察に氷牙が頷く一方で、番陸はまだ首を傾げている。

 

「……わからん。説明を頼む」

「北部の軍の情報を隠している、というのがまず怪しい。そしてそれとは別に、趙が秦に侵攻したいなら、わざわざそこまで南下させなくても、北部に侵攻してくれば今の秦は対抗出来ない。趙が土地が欲しいなら、そのまま秦の北部を大きく奪うことも出来るはずだ」

「だが、敵はそれをしないで軍を南下させている、ということか。その目指す先が──」

「王騎様の戦っている戦場。けど、ただそこで勝ちたいわけじゃないのよ。さっきも言った通り土地なら北部に侵攻した方が得られるし、馬陽は要地ではあるけど戦略的価値が大量の土地に勝るかと言われたら否よ。でもそれを踏まえた上で、敵の南下してくる軍は馬陽を目指してる可能性が高い」

「それだ」

 

 と番陸が手を打つ。

 

「なぜ氷牙様も舞香も、敵の南下した軍が馬陽を目指すと考えるのだ?」

 

 その言葉に、氷牙は納得する。

 番陸には、氷牙や舞香ほどの読みの能力が無いから、二人がするりと納得したところに引っかかりを感じているのだ。

 

「趙が北部十万以上の軍を隠し、更にそのまま隠したまま南下させているからだ。土地が欲しいならば北部に侵攻するはずだ。だがしないなら、それとは別の目的があるはずだ」

「何かを隠しているということは、そこに意志があるということよ。どこかに攻め込む前に防衛が固められないように隠蔽しているとか、戦っている敵将の不意をつく援軍にするため、とかね。そして趙は、北部に侵攻するのとは別の、もっと価値のあるものを選んでいる」

「……なるほど、隠されているということはそこに意志がある。そしてその意志が今回は、戦場にいる王騎様の不意をつき、殺すこと……理解いたしました」

 

 もちろん可能性としては、魏の国境に持っていくとか、あるいは斉や燕の国境に持っていくのも可能性としては在るが。

 ここで隠して雁門から南下させるなら、一番近い先は秦であり馬陽なのだ。

 

 番陸にもそれが納得が得られたことで、氷牙が話を進める。

 

「俺は、今回の策の規模や練る側の面倒さから、これを練った敵は相当に知略に優れた相手だと考えている。初め想像したときにはそこまでやるか、と疑問に思った。だが、今ある情報から考えた場合に、敵がそれを狙ってくる可能性は高い」

 

 敵は、大軍の存在を隠して南下させて何かをしようとしている。

 敵は、多くの土地を奪える秦北部への侵攻を選ばなかった。

 故に、敵が狙っているのは土地ではないと考えられる。

 

 では敵が狙うものは何か。

 城を奪うことも考えられるが、それは結局土地を奪うことと同義だ。

 

 ならば、自国が得るのではなく、秦の力を削るためのものはどうだ。

 

 つまり、有力な武将の排除だ。

 

 そして秦で一番六国に名が響き渡る将軍は、間違いなく王騎将軍である。

 

 そしてその王騎将軍は、韓侵攻中で将がいないところに、同じく大軍を率いる将がいないにも関わらず侵攻してきた趙に対応するために、超国境付近の馬陽にまで戦に向かっている。

 

 ここまでの一連の流れ全てが、仕組まれているとしたら。

 

 氷牙は背中に冷たいものが伝うのを感じた。

 後から考えれば、少なくとも韓がどんどん侵攻されているのは趙の将の預かり知るところではない。

 

 ただ、この時機を見て軍を進めたのも、北部に集めた軍を秘匿していたのも、全て韓への侵攻が始まった直後から考えられていたのではないか。

 むしろ匈奴軍がちょうど良い時機に攻め込んできたのは想定外だったのかもしれない。

 

 初めから、情報封鎖をしながら招集した軍を南下させ、別の侵攻軍の迎撃に出た王騎将軍を奇襲によって討ち取るために、全ては練られていた。

 

「であるならば、王騎様が危険だ」

「王騎様が気づかないことなどありますかな?」

「同じ盤上なら王騎様が負けることはない。だが今回のこれは、盤の外で別の駒を用意する策だ。最悪の場合、王騎様が戦っている戦場には一切情報が無いまま奇襲の軍が展開すれば、王騎様が奇襲軍に気づくことは不可能だ。もしそうなら、王騎様でも策に嵌められうる」

「そのような策がある証拠は?」

「無い。が起こると俺は確信している」

 

 氷牙の言葉に全員が黙り込む。

 ここまで氷牙の熱弁を聞いていると、たしかに敵軍が王騎の首を狙っているような気がしてくる。

 ここにいるほとんどが元王騎軍であり、氷牙を慕うとともに王騎を敬愛していた。

 

 しかしそれと同時に、その証拠となるのは氷牙が得てきた情報一つであり、それもそこから諸々の状況を合わせて読んだ結果見えてくる敵の一手、という程度のものでしか無い。

 故に、軍として賛同するのは非常に困難なのだ。

 

 が、それがどうしたと氷牙は言う。

 氷牙は常に、己の勘を信じてきた。

 そしてその勘に裏切られたことは、今まで一度たりとも無いのである。

 

「故にこれを我らは騎馬五千で明朝より救出に向かう」

「は、しかし、勝手にここの守備を抜けるのは問題になるかと」

「なろうな。が、王騎様の方が俺にとっては大切だ」

 

 氷牙の言葉に、額に手を当ててため息をつく舞香を除いた者達が同意するように頷く。

 

「ま、でしょうな。氷牙様ならそう言われると思いました」

「我らも王騎様が危険ならば、お救いする所存です。それに我らは氷牙様に付き従うと決めておりますからな。対魏防衛も、こちらには麃公将軍もおりますし」

「我らも歩兵は残していく。それにお前たちも全員は連れて行かん。ここの指揮をする者が必要だからな」

 

 お前はどうする、とばかりに視線を向けられた舞香は、ため息をついて氷牙に向き直った。

 彼女は、王騎ではなく氷牙という個人に忠誠を誓っているのだ。

 故に、王騎のために氷牙が不利になるようなことをするというなら、止めたくはある。

 何より証拠が曖昧な敵の戦略の読んでの行動は、外れたときの上層部への言い訳が厳しい。

 

 が。

 

「わかりました。私が残って麃公将軍にはお伝えします。五〇〇〇の軍の強行軍なら、氷牙様と番陸様だけで十分指揮が出来るでしょうから。こちらのことは、私と磨毛(まもう)にお任せください」

 

 氷牙が王騎を敬愛していることもまた、舞香は知っている。

 自分にとっての氷牙が失われるということの意味もまた。

 

「わしぃ!? わしも王騎様助けに行くつもりだったんじゃが……」

 

 側近三人衆のうち一番年かさの一人が、舞香の言葉に抗議の声を上げる。

 だが、舞香は譲らない。 

 軍を率いて戦う可能性がある以上、後方で策を練る舞香だけでなく、前線で軍を率いる者が必要なのだ。

 

「もう年なんですから強行軍はきついでしょう。大人しく私に付き合ってください」

「……ううむ。仕方あるまい。氷牙様。こちらは私と舞香にお任せください。留守居の役目、果たして見せます」

「二人共、恩に着る」

 

 残るということはつまり、勝手に軍を動かしたことを、この地の軍の最上級者である麃公から責められることにもなる。

 舞香と磨毛は、それを自分たちが受けることも理解していた。

 

 正直に言えば、この場の誰も、最も戦略的に状況が見える舞香すらも、氷牙の言う危機感を完全に理解しているわけではなかった。

 それは、情報を確かに受け取った氷牙と、その氷牙から又聞きした者たちという差でもあり、また戦場での勘に優れた氷牙だからこそ、情報を得たときに妄想にも近いような策に、たしかに脅威を感じたからでもある。

 

 が、それはそれとして、彼らの主は氷牙なのだ。

 そしてその勘の鋭さと読みの深さは、副官の番陸や軍師である舞香ですら追いつけないところに到達することがままある、ということを知っている。

 その主が決断し行動するなら、それに付き従うのが臣下というものである。

 

「明朝、夜明けに合わせて出立する。二人はそれに合わせて、麃公将軍に説明に向かってくれ」

「「はっ」」

「残りの全員で兵たちを叩き起こし、日が昇り切る頃にはここを発つ」

「「「はっ」」」

 

 氷牙軍の、命令違反の救出行が始まった。

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

 

《秦国 魏国境付近 舞香 視点》

 

 

 

 

「そろそろ、あやつは届いた頃かのお」

「届いてるんじゃないですかね?」

 

 魏国との国境沿いを抑えろという上からの命令に違反して王騎の救出に向かった氷牙の部隊。

 その軍師である舞香は今、麃公の本陣に、縄をかけられた状態で置かれていた。

 

 これは単純な話で、命令違反をおかした氷牙軍の幹部を、麃公が現場での最上位の武官としての権限で捕縛し、残りの氷牙軍全体を麃公の支配下に置くための処置である。

 

 麃公もかなり大雑把な人物なので、わざわざここまでのことをしようとはしないのだが、この処置を提言したのは縛られている舞香自身であった。

 

 

 

 氷牙軍が持ち場を放棄したあの日、夜明け前から兵を叩き起こし移動の準備を初めた氷牙軍に、麃公軍の兵士達はざわめきつつも、起きていたのは警備の兵ばかりで、麃公を初めとした将は眠っていたために、すぐには騒ぎにならなかった。

 

 それが騒ぎになったのは、夜明けとともに目を覚ました麃公が氷牙の天幕まで馬で突っ込んできてからである。

 このとき氷牙は、出立の最終打ち合わせを舞香、磨毛としており、ちょうど天幕に軍師と将軍の二人が揃っている状態だった。

 

「何故軍を動かしておるんじゃ」

 

 馬に乗ったまま天幕の前まで乗り込んできた麃公は、そのまま下馬せず、上から三人を見下ろしながら問いかけた。

 この地で魏に対する防衛を預かる麃公からしてみれば、同じ任につく配下に入っている氷牙が勝手なことをしている状況なのだ。

 それは当然問い詰めもするというものである。

 

「馬陽へ。王騎様を救いに行きます」

「王騎を救いに行く、じゃとお?」

 

 それに対して、氷牙の答えは端的なものであった。

 麃公との余計な問答は時間の無駄だ、という判断である。

 麃公を軽んじたとかではなく、どう問答をしたところで氷牙は王騎の元に馳せ参じるつもりだったからだ。

 

「舞香、磨毛」

「麃公様、説明は私からさせていただきますので、そちらの本陣に参りましょう。磨毛、歩兵隊をまとめておいてください」

「わかった」

 

 代わりに、居残る舞香が麃公に事情を説明する役を受け、麃公を氷牙の天幕から引き離して、彼の本陣まで移動しようと提案する。

 その間に氷牙が騎馬とともに出発すれば後はどうとでもなる、という判断だったが、麃公はそれを気にもとめなかった。

 

「麃公様? あの、こちらへ──」

「何人で行くつもりじゃあ」

 

 舞香を無視して、そのまま氷牙と問答を続けたのだ。

 これは、麃公がある程度氷牙の実力を認めていたからこその判断だった。

 逆に、軍師である舞香は麃公のお目にかなっていなかったわけである。

 

 基本的に麃公が認めるのは、武将か、知略を使うとしても自分で軍を率いる知将の類までなのだ。

 軍師は守備範囲外なのである。

 

「騎馬六千ほどで」

「足りるのか」

「我が軍の騎馬全てですので」

 

 止めても無駄だ、と言わんばかりの氷牙の視線に、麃公はニヤリと笑みを浮かべた。

 氷牙と麃公が揉めると大変なことになる、と舞香は身を強張らせたが、その未来は訪れなかった。

 

「ならば行けい。行ってあの王騎を救って参れ。その暁には、共に王騎を笑ってやろうぞ」

「……かたじけなし」

 

 特に止めることなく、そのまま麃公は氷牙とその騎馬五千が出陣するのを見送ったのである。 

 

 舞香はその速度感に、ポカンと見ているしか出来無かった。

 

「小娘ぇ」

「は、はい!」

 

 氷牙ら含め騎馬六千が出立していくのを唖然として見送った舞香は、麃公に声をかけられてビクリと体を震わした。

 そのまま視線をあげようとして、首根っこを釣り上げられたことで、それは叶わなくなる。

 

「え、ちょっ」

「説明じゃあ。儂の本陣に行くぞ」

「まっ」

 

 そのまま麃公の小脇に抱えられて、舞香は麃公本陣まで拉致されたのである。

 もともと自分からそう提案していたとはいえ、あの連れ去り方は完全に拉致だったと舞香は思う。

 

 その後、氷牙が得てきた情報とそこから懸念される状況について説明を行い。

 取り敢えず麃公には理解してもらうことが出来た。

 

 というか麃公の判断が大雑把すぎて、少々大丈夫か心配になった。

 いや、おそらく麃公は麃公なりの論理ではないが、理屈というか考え方を持ってはいるのである。

 それを舞香も理解している。

 

 が、結果それを表現する麃公自身が非常に大雑把なのだ。

 

 今回の氷牙軍の騎馬隊の離脱についても、『ならば良し! 見事な大炎になるぞあれは』と言い、舞香と磨毛に対する懲罰も無しだった。

 それで良いのか大将軍、と舞香が思ったのは仕方の無いことだろう。

 

 ただこれは、氷牙が将軍だったから許されたことではあるのだろう。

 麃公軍と肩を並べてはいたが、一応将軍である氷牙とその軍はある程度独立して存在しているのだ。

 これが完全に麃公の下につく将軍だったり五千人将以下なら相当にまずくなっていた。

 

 だが、麃公が認めたからといってそれで良いわけではない。

 麃公のためにも氷牙軍のためにも、そして軍の秩序のためにも、氷牙軍の残りを麃公が罰し、氷牙軍の指揮権を剥奪して支配下においた、という形式を作っておくのは大切だ。

 先にこちらで罰して貰えば、後で本営から下る罰も小さくなる可能性も高い。

 

 故に舞香は、麃公軍が自分を捕らえ、その間の指揮権を麃公につけるのが良いと提案したのである。

 

 その結果何故か牢ではなく麃公の本陣に置かれたりしているわけだが。

 

「なんじゃ、心配せんのか」

「ここから心配しても意味無いですからね。それより私は、ここで魏軍が動かないか心配です。動かれたら私達の罪も重くなりますから」

 

 実際、このまま魏軍が動かないままで氷牙と騎馬隊が戻ってくれば、特に問題はない。

 命令違反はあったが、現場で処理出来る程度のものだった、という扱いにすることも出来る。

 権力の乱用に近いかも知れないが、これは麃公が大将軍として大きな裁量権を持っているからだ。

 

 が、そううまくはいかないもので。

 

「報告! 魏軍が国境線を超えて攻めてきました!!」

「よぉし、出陣じゃあ!!」

 

 麃公の本陣に伝令の兵士が駆け込んできた。

 先日の騎馬の離脱を見た魏軍が、二万程度の兵で仕掛けてきたのである。

 威力偵察の要素が強いだろうが、しっかり跳ね返さなければ更なる侵攻を呼ぶことに成る。

 

 そんな戦で麃公は。

 

「小娘ぇ、お主も来い」

「私の名前は舞香だって言ってるんですけど?」

 

 捕らえた命令違反者を戦場に連れていき。

 

「お主はここから全体の指揮をせい」

「し、え? 全体の指揮ですか? 私が? 氷牙軍(うち)の歩兵じゃなくて?」

「あやつはなかなかいい男じゃったからのお。その支えがいかなものかと興味がわいた。お主の炎、楽しみにしておるぞ」

 

 指揮を舞香に押し付けたかと思うと、そのまま前線に出ていってしまったのである。

 

「いや……むちゃくちゃかよあの将軍……いつもこんな感じなんですか?」

 

 舞香の問いかけに、麃公軍の兵士は視線をそらした。

 それが答えだった。

 

 軍の将軍である氷牙たちが戦場に到達しようとしていた一方で、残された者たちもまた、戦いに挑んでいくのであった。

 

 

 

 

 

******

 

 

 

 

 

《秦国 馬陽 氷牙軍》

 

 

 

 

 一方、魏国境付近の守りを放棄して走った氷牙将軍の率いる騎馬六千は、最低限の食料を持った強行軍を行ったことで、数日のうちに秦趙の戦が行われている馬陽の地に到着した。

 

 馬陽との距離や馬の体力を考えて、不眠での強行軍というわけにはいかなかったが、休息も最低限しか取らずに駆けてきたおかげで、氷牙の隊は王騎が本陣から山に入ったその日に、数刻遅れで、山の頂上に旗を立てた本陣の麓まで届いていたのである。

 

「何者か! ここは王騎将軍の本陣である!! そちらの所属を明らかにせよ!!」

 

 一応数本だけ持ってきた秦の旗に、王騎の本陣守りの兵達もすぐに攻撃しては来なかったものの、突如現れた軍勢に警戒を顕にしていた。

 

 そんな中に、氷牙は進み出て声を張る。

 

「俺は秦国将軍、氷牙である! かつては王騎様の第一軍の軍長として、王騎様と共に戦場を駆けた者だ! この度、趙の張り巡らせた策についての情報を得て、お伝えに馳せ参じた!」

 

 氷牙、というその名乗りに、数名の兵が慌てて陣地を飛び出して駆け下りてくる。

 その姿に氷牙の兵たちが警戒するが、副官の番陸が手をあげて抑えた。

 氷牙の兵の半数近くは氷牙自身が集めた兵であり、王騎軍でのことを知らないが、当時から氷牙の側近として使えている番陸は知っているのだ。

 

「ひ、氷牙様。確かにあのお顔は……」

「傷は増えているが、元第一軍長の氷牙様に間違いない」

「なら本陣に入れても良いのか?」

「いやしかし……」

 

 近づいてきた数騎の騎馬達が、そんなやり取りを躱している。

 

「氷牙様、兵はいかがしますか」

「少し待て」

 

 番陸の問に待ったをかけた氷牙は、本陣から降りてきた兵達に声をかける。

 

「王騎様は山に入られたのか?」

「は、はい。趙軍が山中へ撤退したので、全軍でそれを追って……」

「おい、何故答え──」

「待て、この場は儂が預かる。お前らは上に戻っておれ」 

 

 王騎本陣の兵で、氷牙にどう対応するか揉めているらしい。

 もっとも、突然友軍が現れた状況で王騎がいないのだから、対応に困っても当然である。

 

「番陸、兵を山の裏に回しておいてくれ。情報が集まり次第突入する」

「はっ」

 

 一方氷牙は、先に兵を全て本陣の向こう側に回しておくことにした。

 どうせ突入するならば、わざわざここに並べておく必要も無い。

 

 そうこうしているうちに、本陣付きの兵たちの間でも一応のまとまりがついたようで、うち二人が氷牙の方へと近づいてきた。

 

「氷牙様、お久しぶりです」

「久しぶりだな関学。が、今は旧交を温めている暇が無くてな。状況が知りたい」

「は、それでは私から説明いたします」

 

 そう言って説明されたのは、大まかな現在の戦況。

 最初は野戦を行っていたが、趙軍が揃って山中へと退却。

 それを王騎の今度の戦での副将である蒙武が中心となって追撃した。

 

 敵の夜襲などもあったが、蒙武は敵本陣を追い詰め、更に王騎がその後を追って山間へと突入。

 本陣を介して他の軍を率いる軍長達とやり取りを行い、展開した敵の軍を全て避けて、敵の本陣を目指しているらしい。

 

「そこまで王騎様は進んでいるか。わかった。では、俺の旗は残っているか? おそらく俺が王騎軍を離れて以降使われていないと思うが」

「確かに、残っております。しかし氷牙様、今度は何故こちらに参られたか、お聞きしなければ、私は王騎軍の者として、お答えするわけには参りませぬぞ」

 

 それは結局のところ建前に過ぎない。

 実際既に、氷牙に戦況の説明をしてしまっている。

 

 ただそれでも、本陣を預かる者としては、全くの情報無しで氷牙の指示通りに動くわけにはいかないのだ。

 

「端的に言えば、敵が情報封鎖をして密かに集めた軍が王騎様を狙っていることがわかった。故に軍を率いて救援に参った」

「……承知しました。では、王騎様に旗でその旨お伝えします」

「……いや、それは無しだ」

 

 敵に伏せた軍があるならば、それを王騎に伝えて下がってもらえば良い、と関学は考えて提案したのだが、氷牙はそれを拒否した。

 それで決着がつくほどに甘い敵ではない、という推測があるからだ。

 

 そして何より旗信号は、王騎だけでなく、他の山間に入った軍長たちにも内容が伝わってしまう。

 そこから下手に動かれてしまえば、王騎が描いている戦略図が崩れる可能性が高い。

 

「俺の旗を立ててくれ。王騎様はそれでお気づきになる」

「は、しかし……」

「今度の敵の策は、相当に深い。おそらく、王騎様を山奥へと誘い込む策が何か練られているはずだ。俺が今度の王騎様を狙った罠を張った敵ならば、副将の蒙武を罠に嵌めることで、王騎様が救出に来なければならない状況を作り出す。噂で聞くには知略の無い武人だと聞くしな」

 

 氷牙も蒙武の名前は聞いたことがあった。

 正確にその力や軍に対する理解の深さまでは知らないが、この場合はむしろ、武に頼りきりで知略の無い将、という蒙武の表面の評価が、氷牙の正確な推測を生み出した。

 

「故に後は、俺が山間で判断する」

「……わかりました。しかし、旗に対して王騎様からの返事があるかもしれませんので、一時本陣へ来ていただきたく」

「わかっている」

 

 関学に同意して、氷牙も共に旗を立てている本陣へと登っていく。

 ついてくるのはわずか十名ほどの兵で、残りは全て番陸の指揮の元本陣の裏へと移動している。

 

 そして、かつて第一軍長だった氷牙の旗を立てると、少しして王騎から旗を介しての連絡があったのである。

 

「『敵に策あり、警戒せよ』と、『対峙する敵を抑えよ』か」

 

 その前者が、自分たちに向けての指示だと氷牙はすぐさま理解し、複数同時に送られた旗の指示に困惑している兵たちにその旨を伝えた。

 

 敵の罠がある、とわかったところで、全軍ここから後退出来るわけでもない。

 氷牙が現れたことでその策が存在する事自体には王騎は気づき、もし撤退が可能ならば既に撤退しているはずだからだ。

 それは長年共にいた王騎に対する氷牙の信頼である。

 主ならばその程度は容易く気づく、という信頼のあらわれだ。

 

 しかし王騎はその指示を出してこなかった。

 それはつまり、何か先に進まなければならない状況が存在している、ということだ。

 おそらく氷牙の予想通り、敵本陣を狙っていた蒙武とやらに何かあったのだろう。

 

 であるならば、王騎はこれから敵の策を予め回避するのではなく、敵の策に踏み込んだ上で対処する必要が出る。

 少しばかり無茶な状況かもしれないが、王騎ならばそれをするだろう。

 

 というより、敵がその状況を作るはずだ、というのが氷牙の予想だ。

 趙北部から行われた情報封鎖と、野戦をしていた王騎軍を山間に引き込んだ敵の手際から、氷牙はそれを確信していた。

 

 つまり、今の王騎には、敵の策を打ち破るしか道が無いのである。

 あるいは、蒙武とやらを見捨てて全軍撤退をするか、だが。

 

 ここは、かつての六大将軍としての王騎の実力と自負、そして蒙武が秦随一の実力者である呂不韋の四柱であるという政治的理由が絡まって、おそらく王騎は撤退を選ばない。

 それほどまでに消極的では、六大将軍は務まらない。

 

 例えば十万の敵がいるとしても、敵の策が完成する前に目的を達成するつもりで突っ込み、目的を達成して策の完成を前に撤退するのが王騎だ。

 仮に敵の策が既に整えられているならば、それは王騎の索敵に引っ掛かり、その時点で王騎は蒙武を見捨てて今度こそ撤退を選ぶ。

 ギリギリを通す能力が王騎にはある。

 

「よし、俺たちも突入する。関学、本陣との連絡を任せたい。旗を持って数名ついてきてくれ」

「は、準備しますのでお待ち下さい」 

 

 故に氷牙が考えるのは、王騎が考えるよりも早く敵の策が届き、王騎が窮地に陥った場合のみ。

 例えば敵が情報封鎖していた本命の数万以外の軍勢に王騎が苦戦したとしても、氷牙が関与することはない。

 

 今回氷牙が飛び出してきたのは、王騎の援軍ではなく敵の奇襲から王騎を救うためだ。

 故に、今既に盤上に上がっている兵同士の戦いについては関与するつもりはないのである。

 それにそれだけならば、王騎がどうとでもしてしまうだろう、というのが氷牙の考えだ。

 

 仮にそこに氷牙が参戦したとして、当初より簡単に目的を達成することが出来るかもしれない。 

 だがそれは、氷牙が参加しなくても結局王騎によって達成されることでしかない。

 

 それでは意味がない。

 

 せっかく、敵が密かに南下させた数万と同じように、盤上に乗っていなかった軍を用意できたのである。

 ならばその破壊力は、敵の気づかない一撃として、最も効果的な機を見て使わなければ、敵が盤外の手を駆使してまで用意した罠を打ち破ることは出来ないのだ。

 

 繰り返すが、氷牙の目的は、敵の罠から王騎を救い出すことである。

 事前に罠を回避するだの、全体の軍を動かして戦場自体の状況を大きく変化させるだのといった判断は王騎がやることだ。

 

 故に氷牙はただ、敵の盤外からの策に王騎が嵌ったその後に、敵を砕いて王騎を救助するだけだ。

 

 王騎の『敵に策あり、警戒せよ』という旗も、ただ合流するな、より敵の策に効果的に戦力を使え、という氷牙に対する指示なのだ。

最新話の後もう一戦南東胡とする戦の描写、欲しい?

  • 欲しい(趙・匈奴の戦いレベルでしっかり)
  • 欲しい(今回の戦ぐらい短めで)
  • それより早くあの将軍と会え
  • 合従軍まだ?
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