実は気づいてなかったけど、転生先がキングダムだった話、する?   作:匈奴人

16 / 32
第14話 決着

《秦・王騎本陣 対 李牧軍及び趙荘残党軍》

 

 

 

 

 

 突如として李牧軍の左方に出現した、秦軍の騎馬隊五千以上。

 その突撃は、秦趙どちらの陣営にとっても、予想外の一撃となった。

 

「李牧様!」

「第十一、十二中隊は防御隊形。左方の敵を抑えてください」

「は、はっ、直ちに!」

「更に右後方の隊は左方へ。大丈夫です。この陣形を突破しての突撃は届きません。それより──」

 

 新手の敵襲を見た李牧の反応は早かった。

 カイネや他の兵達が驚愕し唖然とする中、一人すぐさま指揮を飛ばし、突撃してきた敵に対して対処を行う。

 同時に、その敵だけに注目するのではなく、今まさに正面で戦っている王騎軍へも注意を配るのを忘れない。

 

 その中で李牧は、左方から突撃してきた新手の騎馬隊の半数近くが分離して、突撃した第二陣の裏をつこうとしているのを見る。

 

(こちらの第二陣を叩いて、王騎が指揮を取る余裕を作るのが目的か? ならば──)

 

「第三陣を突撃させてください。王騎に余裕を作ってはいけない」

 

 李牧は更に、余裕がある右の軍を中心に、第三陣を突撃させることで、新手の敵騎馬隊によって王騎に余裕が出来ないように潰しにかかる。

 

 だが、敵騎馬の動きは、李牧が想像していたものとはいくらか違っていた。

 ほとんど第二陣の背中を討つこと無く、あるいは振り向いて迎撃する第二陣を無視して、ある一団を目指していた。

 

 それは──

 

「ッ! 仁庄(じんしょう)、騎馬五〇〇で魏加殿の援護に向かってください。大至急です!」

 

 第二陣の間から敵陣に入り込み、王騎を狙撃しようとしていた魏加の一団だった。

 

 

 

 

 突入を始める直前、氷牙は副官の番陸に指示を出していた。

 

「番陸、敵本陣を第一目標に、すぐに貫けないなら敵左軍を荒らせ。その後は騰と合流、騰の指示を仰げ。俺は敵の射手をやった後王騎様の元へ行く」

「承知。ご武運を」

「お前もな」

 

 六千率いてきた騎馬隊。

 そのうち五千を、氷牙と副官の番陸が半分の二五〇〇ずつ率いている。

 残りの一〇〇〇は、念のために戦場の反対側へ迂回して移動させているところだ。

 

 氷牙の目的は、敵の殲滅ではなく王騎を救い脱出することである。

 故に、敵左軍を破壊して、そちらに穴を作って脱出経路とすることが第一目標。

 それが達成できなかった場合に、逆側に活路を見出すための予備隊を送り、敵左方の揺らぎから生じた隙を反対側からこじ開けて脱出経路とすることが第二目標である。

 

 なお、氷牙自身は二五〇〇を率いてまずは王騎を救い出しに行くので、その作戦は番陸と騰、そして氷牙の隊を指揮下に入れた王騎が中心となって行うのが、氷牙が描く未来図だ。

 

 そもそも王騎が龐煖などに捕まっていなければ、どうとでも対応してみせるだろうというのが氷牙の考えだ。

 故に、それを氷牙が引受け、隊は王騎に預ける。

 それが氷牙の狙いだった。

 

 そしてその前に、まずは気になる奴らがいる。

 

「敵と交戦する必要はない、すり抜けるぞ」

「はっ! 足を止めるな! 氷牙様に続け!!」

「「「オオッ!!」」」

 

 敵の第二陣は完全に王騎軍と交戦に入り、第三陣はまだ届かない。

 その空白地帯を、氷牙の騎馬隊は走った。

 

「ここだ、入るぞ。海泊、千を率いて王騎様の元まで突破しろ」

「はっ!! 海泊隊続けぇい!!」

 

 そして目指す敵の一団に最短距離で届く場所を狙って、李牧軍第二陣の背後から突入する。

 そのまま氷牙率いる一五〇〇は目指す敵へ、海泊の率いる一〇〇〇はすぐに王騎の元へと向かわせた。

 敵の集団に飲まれている王騎の回りに、少しでも早く兵を届ける必要がある、という判断だ。

 

 そしてそれを自らせずに敵中を突破する氷牙の目指す先は、ただ一つ。

 

「魏加様、後方から敵が来ます! 手練です!」

「あとわずかだ。もたせよ」

「お急ぎを!!」

 

 一騎討ちをする龐煖と王騎。

 そこに横槍を入れて、王騎を討ち取ろうとする魏加のその背中を、更に後方から突入した氷牙は狙っていた。

 優秀な射手は戦場での大いなる脅威である。

 加えて、敵本陣から出陣したあの将が何か重大な役目を担おうとしているのは、一目瞭然で。

 射手がこの戦場で果たす重大な役目など、決まっている。

 故に氷牙は、それを第一の目標にしていた。

 

 

 

 

 

 

 一方、死闘を繰り広げていた王騎と龐煖の戦いも、佳境を迎えつつあった。

 互いに相手の攻撃を完全に受け止めることが出来ず、蓄積された傷が二人の力を奪い。

 

 しかし、加速する武と将軍の矜持が、二人の一撃をより重く、速くしていく。

 

 それでもやはり、一歩勝っているのは王騎だった。

 龐煖が李牧軍到着以前の最後の一撃で負傷していた、という事情もある。

 

 だがそれ以上に、互いに追い込まれ、力を振り絞る戦いとなったときに、龐煖と王騎の力の拠り所の差が出始めたのだ。

 

 龐煖の力は、武力の力。

 鍛え上げた肉体と、身につけた技術によって発揮される、武という一つの技術の結晶

 故にその力が最も発揮されるのは、なんの負荷もかからず疲労もなく、純粋にその能力を発揮できる、戦闘開始直後などである。

 

 王騎の力は、戦の力。

 数多の戦で培った己を、戦場という場に載せて振るう炎の発露。

 故にその力が最も発揮されるのは戦場であり、更に多くの経験をし思いを継いだ王騎は、追い込まれるほどにその熱と炎を増し敵を焼き尽くす。

 

 限界の先を引きずり出す、という意味では、王騎の方が遥かに龐煖より優れていた。

 

 故にその決着は、必然であった。

 

「ぐっ!」

 

 龐煖の矛が、王騎の肩の鎧を斬り飛ばし、そのまま王騎を切り裂く。

 だが、龐煖もまた満身創痍であるのも相まってその傷は浅く、王騎は未だ戦闘力を維持している。

 

 そして返すように振るわれた王騎の矛が、龐煖の矛の刃をへし折った。

 同じ力でぶつかればあるいは、折れなかったか双方ともに折れたかしたかももしれないが。

 

 今この瞬間は、王騎の一撃が龐煖の一撃を上回っていた。

 

 そのまま王騎が振るった矛が、龐煖を切り裂き体勢を崩し。

 

「くっ──」

「終わりです!」

 

 振り下ろす矛が、背を向けた龐煖を斬り伏せようとして。

 

 

 

 直後に飛び込んできた一本の矢が、王騎の肩に突き刺さり、その体勢を大きく崩した。

 

「と、殿ぉぉ!!」

 

 結果、龐煖を斬り伏せんとしていた王騎の矛も、その進路がずれ。

 龐煖を浅く切り裂くにとどまり、代わりに龐煖が背中越しに突き出した矛の一撃が、王騎の脇腹を貫いていた。

 

「お、王騎将軍!!」

 

 これまで受けた切り傷とは違う、体を貫く一撃。

 それは王騎と龐煖の戦いを見ていた多くの者たちに、『王騎落命』の四文字を刻みつけるに十分だった。

 

「水を……さされた」

 

 それを成した龐煖もまた、無傷ではない。

 最後に振り下ろした王騎の一撃は、龐煖の命を奪うまでは至らなかったものの、馬にまたがる龐煖を大きく切り裂いていたのである。

 

 しかしそれでも、腹を貫かれた王騎と比べたときに、いずれが勝者でいずれが敗者かは、明白であった。

 

「だが、これがお前の土俵だ。お前の負けだ、王騎」

 

 龐煖の言葉に、王騎の死を見た王騎軍の兵士たちが武器を取り落とす。

 しかし、それを止めたのは、腹を貫かれたはずの王騎だった。

 

「お待ちなさい」

 

 王騎の言葉に、秦軍の兵士たちが顔をあげる。

 

「勝手に負けを押し付けられるのは心外ですねえ。我が配下たちにも怒りを覚えます」

 

 呆然と兵士たちが見つめる中、腹を貫かれた王騎は、しかし何事も無いかのように上体を起こし、龐煖の矛を掴む。

 

「武器を捨てるとは何事ですか。たとえ何が起ころうと、死んでも諦めぬことが王騎軍の誇りだったはずですよ」

「見苦しいぞ王騎! この死に損ないめが!! もはや貴様らの死は明白だ!!」

 

 王騎の言葉に、王騎軍の兵士たちの心に火が灯る一方で、たまったものではないが趙の兵士たちだ。

 彼らからすれば、もはや討ち取った王騎の言葉で王騎軍が息を吹き返せばとてもたまらないのである。

 

「ンフフフ、長く戦場に生き、苛烈な修羅場を幾度もくぐり抜けてきました。故に、ここはまだ死地ではない。そうわかるんですよ」

 

 王騎の言葉に、だが、腹を貫かれてのそれは、もはや力の無い負け惜しみのようにも見えて。

 その振り上げ振り下ろす矛にも、常の王騎の鋭さは微塵もなく、龐煖の手によって容易く受け止められてしまう。

 

 だからこそ、王騎のゆっくりと振り下ろした矛が、受け止めた龐煖の腕を押し込み、その首筋に迫るのを見て、秦兵趙兵問わずに驚愕の波が広がった。

 

「龐煖様!?」

「何の、真似だ、貴様!!」

「将軍とは」

 

 王騎の矛は、受け止めた龐煖の手ごと首筋まで押し込み、王騎の脇腹に刺さった矛は、何故か引き抜くことが叶わず。

 

 そんな中、王騎は語る。

 

「百将や千人将と同じく、役職、階級の名称に過ぎません」

 

 その熱に、全員が魅せられる。

 

「しかし、そこにたどり着けるものはわずかに一握り」

 

 誰もが、固唾を飲んでその言葉を聞く。

 

「数多の死地を越え、数多の功をあげた者だけが、たどり着ける場所です」

 

 龐煖の首元まで押し込んだ矛が、更に龐煖の抵抗を押しのけて、首筋に赤い線を引き。

 

「そして得るのは、千万の人間の命を束ね戦う責任と、絶大な栄誉」

 

 その首筋へとめり込んでいった。

 

「故にその存在は、重く、何よりもまばゆく光輝く」

 

 王騎の言葉。

 瀕死の者が発する言葉とは思えないほどに、それはそこにいる者たちに響いた。

 味方敵関わらず、戦場に生きる者だからこそ。

 その熱を感じる。

 

 唯一感じることが出来ない龐煖は、王騎の死期の力に驚愕しながら問いかけた。

 

「貴様は一体、何者なのだ……!」

「ンフフフ、決まっているでしょお」

 

 

「天下の大将軍ですよ」

 

 あの龐煖が、気圧される。

 武神を標榜する龐煖が、人の極致である王騎に圧倒され、背筋に走る冷たいものを感じた。

 

「ぐっ……!」

「フアア!!」

 

 それから逃れるように龐煖は必死で矛を王騎の腹から引き抜き、折れた矛で、王騎を大きく切り裂く。

 それは、自分の知らない恐れから逃れようとする、龐煖の逃避の一撃で。

 

「貴様ぁぁぁぁぁぁ!!」

 

 そして直後に横から突っ込んできた騎馬の男の一撃に、大きく体勢を崩された。

 

「べ、別の」

「誰だ!?」

 

 新たに突入してきた騎馬隊が、龐煖と王騎の間を割るように展開する。

 それは、王騎を狙っていた魏加を討ち取った後に、こちらへ進路を取った氷牙の率いる騎馬隊であった。

 

 

 

 氷牙の魏加への一撃は、結局ほんのわずかに間に合い、魏加の手元をわずかに狂わせることに成功した。

 それはあるいは、殺されることと引き換えに王騎への一撃を放とうとした魏加の、僅かな生への執着による揺らぎとも呼べるものだった。

 

 間に合ったか間に合わなかったか。

 氷牙の判断としては、後者である。

 氷牙の突入に気づいた魏加が、王騎の間近に陣取る前に狙いをつけて、氷牙が斬り殺す前に射てしまったのだ。

 

 結果、魏加の放った矢は、王騎の肩に当たって体勢を崩し、王騎は横腹を龐煖に貫かれた。

 

 だが、その一撃が、氷牙の突撃によって魏加の狙った王騎の背中の胴体部からずれたのもまた、確かである。

 

 そのまま魏加を斬り殺した氷牙は、すぐさまに道中の敵を叩き潰し、隊を割っていくらか展開させつつ、王騎の元へと馳せ参じ、王騎を切り裂いた直後の龐煖を弾き飛ばしたのである。

 

 

 切り裂かれて体勢を崩した王騎の前には、一人の小柄な少年が馬に飛び乗り、もたれかかる王騎を支える。

 突然の騎馬の乱入に場が硬直する中、いち早く動いた信である。

 

 そのまま自分が王騎を支えると告げた信に、氷牙は一瞥をやった後に、その場の秦兵に指示を出す。

 

「殿の親衛隊とそこの歩兵隊は、殿とともに左の端を目指して走れ!! 他の者達はその援護だ!!」

「左に行きゃ逃げられんのか!?」

 

 鎧も纏っていない一般兵が、敬語もなく食いついてきたのに一瞬氷牙も瞠目したが、その動揺を表に出さずに答える。

 

「騰の騎馬隊が敵本陣の右側で敵を引き付けている。逃げるならば、そちらしかない」

 

 氷牙の指揮の元、死に体の王騎をなんとか逃さんとする王騎軍の戦いが始まった。

 

 

 

 

 

 

 一方李牧の本陣では、魏加が討ち死にした旨の報告に続いて、更に報告が飛び込んでくる。

 

「報告!! 龐煖様が、王騎を討ち取られました!!」

「お、おおおおお!!」

「流石は龐煖様だ!!」

 

 その報告に、趙の本陣は大いに湧いた。

 今回の戦の敵の総大将である以上に、王騎という名は大きく、皆がその死を望んでいた。

 

 しかし冷静に状況を見る李牧は、伝令の兵に確認をする。

 

「確かに王騎は死んだのですか? 間違い無く?」

「は、い、いえ、私が見たときにはまだ息がありましたが、龐煖様の矛が腹を貫き、更に胸を深く切り裂き、もはや支えられねば馬にも乗れぬ有様でした。時間の問題かと……」

 

 そこに更に報告が飛び込んでくる。

 

「報告! 右方の端から新たな敵が突入してきました!! 更に元からいた秦兵が暴れまわり、兵に被害が出ています!!」

「そちらから脱出する気ですか。ならば──」

「報告!! 離脱していた敵騎馬隊が、正面から本陣目掛けて突撃を開始しました!! 新手の敵と合流し、数は三千はいます!!」

「なんだと!?」

「正気なのか!?」

 

 突破力のある敵部隊の突撃。

 李牧軍左軍を大きく崩していた敵が、一時離脱し、再度隊を整えて正面から本陣を目掛けて突撃を仕掛けてきた。

 これが王騎を脱出させるための陽動である、というのは李牧にもわかる。

 

 故に、本来であればこちらの騎馬の突撃を防御しつつ、王騎を逃さないように全体を動かすべきなのだが。

 

「ここに来て三千は重たいですね……全隊防御陣形! 敵騎馬を止めます!」

 

 第一、二、三陣まで放ってしまった李牧軍の今の陣形は、下手をすれば、突破力のある敵騎馬三千によって貫かれる可能性があるほどまでに薄くなっている。

 あるいは後一万ほどいれば、どちらにも手を回せたかも知れないが、匈奴相手の思わぬ被害に、李牧が連れてきた軍は予定より少ない。

 そしてそれは、今言ってもせんのない話だ。

 

「李牧様、王騎の追撃はなさらないのですか!?」

「王騎の首は前線部隊に頑張ってもらいます。あちらも兵数では勝っていますから。それに、本陣が破壊されれば戦況をひっくり返されてしまいます」

 

 ここで李牧は、消極的な選択に出た。

 第三陣まで放ってしまい、本陣の兵力が少ないことや、新手の出現した敵によって増強された敵騎馬隊の突破力が相当に高いこと。

 

 そして兵を納得させるために戦いを続けてはいるが、李牧がこの戦に描いた目的は既に達成してしまっていること。

 

 それらの状況が相まって、李牧はこれ以上の激しい戦闘を避け、戦争を着地させる方向へと思考を巡らせた。

 

 

 

 

 その結果。

 

 蒙武、氷牙の奮闘と、李牧軍の消極的な攻勢によって、包囲を突破した王騎軍は大した追撃を受けず、一気に戦線を後方の、趙荘が元々本陣を張っていた山間の地まで一息に下げることに成功したのだった。

 

 

 

 

 

******

 

 

 

《戦闘終了後 李牧本陣》

 

 

 

「李牧様、残っていた敵騎馬の掃討、完了しました」

「ご苦労さまです」

 

 もはや瀕死の王騎とその部下達が軍を退いた後も、李牧は本陣をその場にとどめていた。

 理由の一つは、李牧にこれ以上の戦をするつもりが無いということ。

 

 今回の戦は、秦北東部に侵略すると見せかけて秦の大将軍王騎を引き出し、伏せた軍で罠に嵌めてこれを討ち取るための戦だった。

 その目的が達成された以上、馬陽や馬央といった土地を放棄することにはなるが、軍をひくのが李牧の考えだった。

 

 それに今回は、秦が大軍で韓に侵攻している時期を狙って侵攻したので容易く侵攻することが出来たが、その軍が戻ってきてしまえばそうはいかない。

 加えて馬陽の戦いが行われている間に更に徴兵も行われていることだろう。

  

 元々趙と秦の間には山脈が広がっており、そこを越えて侵攻、及び奪取した地を維持し続けるというのは困難なのだ。

 それは当然今回の趙の侵攻もそうであり、例え馬陽を今から陥落させたりその先に侵攻したとしても、それは一時の略奪の利と国威の誇示に繋がるだけで、長期的に支配するのは難しい。

 少なくとも今回はそのための備えをしてきていない。

 

 故に、これ以上の戦争は無益である、というのが正確な現在の状況である。

 これは李牧の戦争に対する哲学だけでなく、長期的に見て現実的にそうなのだ。

 

「援軍に来た部隊がどこから来たかは掴めましたか?」

「は、いえ、まだ掴めておらぬようです。各将軍からも、対面する敵軍は動いていないと報告が来ております」

「そうですか……」

 

 そして李牧が追撃をしないもう一つの理由が、突如として現れた未知の敵の援軍だ。

 

 趙荘が率いる本陣が、李牧の策の通りに王騎を秦の本陣から引きずり出し、単独で山奥のこの地へとおびき寄せた。

 そしてそれを、趙で軍を集めた時点から今回の侵攻軍とは全く繋がりのない、李牧が密かに侵攻させた軍が待ち伏せて討ち取った。

 

 その戦場において、当初合戦をしていた秦軍の中でこの地に王騎の援軍に来た軍はない。

 つまりあの騎馬数千の援軍は、李牧が率いた別働隊と同じように、王騎軍本軍とは全く別の駒としてこの戦場に出現したのだ。

 

 李牧は基本的に情報の無い戦はしない。

 李牧自身がそういう策を好んで敵を嵌めるのでその脅威をよく知っている、というのもあるが、それ以上に李牧の戦は知性と情報の戦だ。

 敵を調べ、想定し、そこに今持てるものでどんな策をうつか、あるいは何を用意すれば有利に戦えるのか。

 それが李牧の戦だ。

 

「敵の援軍を警戒しているんですか?」

「ええ、そうです。元々この軍自体が敵の知らない援軍のようなものですからね。敵に未知の部隊が出現したのでそれを疑っています」

 

 故に、全く全貌の見えない敵が現れた時点で、力押しをするという選択肢は李牧にはない。

 しかも趙軍は、李牧の策に従って全軍で山中に入ってしまっている。

 故にその外の情報はなく、あるいは既に王騎軍とは別の敵の援軍が到着していて、趙がここから攻勢に出れば今度は趙軍が先程までの王騎のように、想定しない軍によって罠に嵌められてしまう可能性もある。

 

 故に、その敵の全容を明らかにするまで李牧は動くことはできない。

 あるいは王騎が、自らが討たれることすらも囮とするような策を仕込んでいたのか、と。

 流石にそれは無いだろうが、そんな想像すらよぎる。

 

 そしてそんな想像がよぎるほどに思考を混乱させられている時点で、この戦争はもはや李牧の負けなのだ。

 王騎は自らが討たれつつも、最後にとんでもない置き土産をしていったものである。

 

 その後もしばし情報収集に斥候を走らせていた李牧の元に、勢いよく報告の兵士が走り込んでくる。

 

「報告! 万極軍と対面していた敵が突如として突撃を開始しました! 凄まじい勢いで万極軍に被害が出ています!」

 

 その報告に、李牧は一瞬考える。

 

 (突然の突撃、そしてその勢いが凄まじい。それは何のためだ? 王騎を守るならば、すべきことは突撃ではない。となれば、これは暴走……つまり、死んだということか?)

 

「他の敵の様子はどうなっていますか」

「は、李白軍、公孫龍軍共に敵陣からどよめきの声があがり陣が乱れている、と。攻めてくる様子は無いようです」

 

 何か、どよめきが対面する軍に届くほどの情報が入った。

 そして万極軍と相対する敵の、全力の突撃。

 

 これはつまり──

 

「報告! 撤退した敵本陣を追っていた斥候が戻りました! 王騎の死亡が確認できたようです! 敵本陣は泣き叫ぶもので溢れ戦闘出来る状態に無いとのことです!」

 

 続けて飛び込んできた報告に、李牧は決断した。

 

「全軍撤退です。各軍にも撤退の伝令を送ってください」

「は……」

 

 攻勢ではなく撤退を指示した李牧に、本陣が静まり返る。

 

「この戦の目的は王騎の首そのものです。それが達成された以上、これ以上の被害は無用です」

「で、ですが李牧様、今ならば敵を容易く……」

「いいえ、それは一時的なものに過ぎません。敵は必ず、王騎を失った悲しみを怒りに変えて全軍で命を捨てて仕掛けてきます。そうなってはこちらもただでは済まない。故に、その前に撤退です」

「は、はっ」

 

 李牧の指示によって、複数の伝令が各地の軍へと走っていく。

 

「カイネは、追撃とは言いませんでしたね?」

 

 いつもより静かだったカイネに、李牧は問いかける。

 その間にも、李牧軍は陣形を変えて撤退を始めていた。

 

「逆の立場なら私達も、怒りに任せて命を惜しまず戦うでしょうから……。私は今の秦軍が一番怖いです」

「その通りです。王騎は、将の死後に兵士を鬼と化す型の将軍でしたから」

「鬼に?」

「将には二種類いるんですよ。討ち取られると全軍の士気がなくなる将と、逆に全軍に殉死の精神がやどり命を捨てて戦うようになる将。王騎は明らかに後者ですから」

「……李牧様も、ですね」

 

 カイネの言葉に李牧は苦笑する。

 

「私は、私が死んでもあなたたちには生きていてもらいたいですよ」

「それは、難しいです。とても」

 

 二人もまた、本陣の兵とともに、決戦の地となった山間の地から撤退を始める。

 

 

 趙・秦の間で行われた馬陽の戦いは、こうして戦の勝利を秦が得て、戦略的な勝利を趙が得る形で終わりを迎えたのだった。

 

 

 




あと一話、エピローグが続くんじゃ。

明日投稿予定。。

最新話の後もう一戦南東胡とする戦の描写、欲しい?

  • 欲しい(趙・匈奴の戦いレベルでしっかり)
  • 欲しい(今回の戦ぐらい短めで)
  • それより早くあの将軍と会え
  • 合従軍まだ?
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。