実は気づいてなかったけど、転生先がキングダムだった話、する?   作:匈奴人

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キングダム二次創作良いよなー、もっと増えんかなー、自分で書くならどうするかなあ

とか思って書いてたら、気がついたらそもそも戦国七雄にすらいない主人公になってました。
草々


本編
第1話 生後四〇と余年にしてようやく気づいた話


「ランシ」

 

 ようやく本格的に稼働し始めた諜報組織から送られてきた大量の資料。

 簡素な宮殿の私室でそれを読んでいた俺は、その内容に思考を巡らせて側近の一人に声をかける。

 

 彼は我が国の文官の中でも、俺についてまわって書類仕事などを手伝う、いわゆる秘書のような役割を担ってくれている優秀な人物だ。

 本当は権限を与えて地方に送った方が能力を自由にふるえるのかもしれないが、優秀だからこそ首長である俺の側において補佐をしてもらっている。

 

「は、何でしょうか単于様」

「ワグダイはどこまで軍を進めた?」

「朝方にフワンシを出た、と。明日には趙の領域に攻め込めるでしょう」

 

 諜報組織の報告から、ここまでとんでもない勘違いをしていたことに気づいた。

 

 だからこそ今まさに中華に向かって侵攻をしようとしていた軍を一旦止めたかったのだが、朝方にフワンシを出たとして、今はもう夕刻。

 うちの軍の足であれば、例えとばしていなくても50キロは移動してしまっている。

 

 加えてフワンシはうちの大拠点の中では最も中華に近い場所だ。

 そこまでここシャピンから馬を飛ばし続けても丸1日はかかる。

 

「今シャピンにいる将軍の中で一番鼻が利くのは誰だ?」

「今であればパイソン将軍かと」

「ではパイソンを呼び出せ。それと彼につける軍をシャピンで500、これは護衛だ。シャピンの精鋭を出させろ。それとフワンシで一万の軍を編成するように連絡を取れ。他の都市から引き抜いても構わんが大至急だ。ただし赤騎は無しで軽装騎馬のみで編成させろ。フワンシの軍は揃ったらそのままワグダイの後を追え。それに合わせて南部の防衛網も組み替えろ」

「すぐに手配します」

「ああそれと、山岳猟兵も連れて行かせろ。情報の無いところに突っ込ませるわけにはいかん」

「承知しました」

 

 すぐに私室からランシが出ていく。

 といっても彼自身が駆け回るのではなく、隣室に控えている他の文官を使いに出すのだろうが。

 

 それを見送った俺は、特別に作らせた座り心地の良い椅子に深く深く腰掛けて天井を仰ぐ。

 

(ここで出てくるかあ、前世の記憶ぅ……。というか創作物の方だったのかよこの世界……)

 

 俺の“今”の名前はアイショウ単于。

 現代で言えば中国北方、モンゴルの地を支配する遊牧民族『匈奴』。

 その王である単于の冠を被るものにして、今から遥か二千と数百年後の日本に生きた記憶のある、いわゆる『転生者』というやつだ。

 

 

 

******

 

 

 

 俺が今回生まれたのは、モンゴルにあるとある川のほとりだ。

 正確な場所はわからない。

 俺が生まれた当時はまだ地名とか定住とかそういう文化が俺の今生の国──あの頃国だったかどうかは怪しいが──、匈奴には存在していなかった。

 

 匈奴というのは、紀元前にモンゴル地方で大きな勢力を誇った遊牧民族のことだ。

 遊牧民族というとチンギス・ハンが有名だが、それ以前もずっとモンゴルだったりその西方では様々な遊牧民族が覇権を争いあっていた。

 

 その中の一つが匈奴という民族で、俺の生まれはこの民族だ。

 といってもその事実がはっきりとしたのは、俺が単于、つまり王になって中華での情報収集を積極的に行い始めてからのことになるが。

 これは俺が匈奴の特徴などに疎く、中華で俺たちが『匈奴』と呼称されているのを知ってようやく判明したからだ。

 

 さておき、転生である。

 

 俺には、西暦二〇〇〇年代の日本で暮らした前世の記憶がある。

 前世は、多少頭は良かったものの特に何もなせず、ただ成した者たちに憧れ続けた平凡で穏やかで、けれどどこか空虚な人生を送った。

 

 そんな人生でも特に好きだったのは歴史だ。大きな国、果ては世界の流れから、小さなところではそこに生きた偉人に凡人、英雄に一般人などの人生まで。

 文化や国の隆盛、そこで使われた戦略戦術。

 特に男の子だから鉄砲以前の英雄的な──実際はそんなことは殆どないのが史実だが──戦争に憧れたりもした。

 そんな数多の記録と何かを成し遺した人々、そして遺されたものに憧れたのだ。

 

 それが転じていわゆるファンタジー戦記なるジャンルで多少本が売れて好きなことで飯を食えたのはありがたかったが、結局のところ俺は憧れるばかりで自分では何もなさなかった凡人の類であった。

 

 そのためか、死んだ後に神様みたいなのが出てきて、『あなたは低い確率のくじに当たった(意訳)ので、希望を叶えて転生させてあげるよ。時代とか世界とか身分とかチートとかなんでも好きにしてあげるよ』という破格の提案がされたときにも、割と悩まずに選択を出来たと思う。

 

 一応ファンタジー小説を扱っていた身として、転生させた相手を破滅させて楽しむ邪神だったり、転生させておいて使い潰されたりしたら嫌だなと思って若干躊躇ったが、人より高次の神様にとっては、人間が何をしても娯楽として眺めていられるので好きにして構わないと言われたので、望むままに自分の希望するところを述べさせてもらった。

 

 その内容は、簡単にまとめるならこんな感じだった。

『現代よりも過去、鉄砲が出てくる以前の地球で大きなことをやって歴史の流れを変えたい。そしてその変わった歴史を、死後にどんな歴史の流れに変わったか見たい』。

 

 何分四十年以上前の話なのでそのとき神様と交わした正確な内容は覚えていないが、後はいくつか追加条件、例えばそれを成すために生まれは高い身分が良い、だとか、出来れば歴史書に存在しないような人物が良い、とか。

 他にもいわゆるチートは無くて良いとか、今の知識を忘れたくないので記憶力は良くしておいて欲しい、だとか。

 後は早死したくないので健康に生きたいとかも願った。

 

 そんな条件を色々とつけて転生したのが、今の人生。

 紀元前の匈奴、それも匈奴をまとめ上げた冒頓単于より前の時代でかつ部族の長の一族に生まれることが出来たのである。

 

 そこから色々なんやかんやありつつ、史実の匈奴とはおそらくかなり違う形で匈奴をまとめあげて大国家にした。

 文化的にも半定住制を導入したり記録や書の作成を推進したり。

 

 本当に色々やった。

 

 他の部族ともよく戦ったし、若い頃に単于を継いですぐには内乱も起きた。

 それらに負けないために俺自身も鍛えたし、只の集団ではなく軍としての力を高めるために、遊牧でのどかに生きていたであろう者達に練兵を課し、前世で見たウォーゲームや防衛大学校とその後の短い自衛隊生活の記憶を頼りに戦術戦略の研究も全力でやった。

 

 そんな俺にも、今現在、もうすでに四十代後半に突入しているが、一つ目標がある。

 

 それは、『中国に進出する』こと。

もっと言うなら、『中国に匈奴の国を建て、支配権を確立する』ことだ。

 

 これにはいくつか理由があるのだが、それはまたいずれ語ることにして。

 

 今回俺の大きな勘違いに関係するのが、この中国への進出、より正確に言うなら、現在の中国諸国、そしてそこに存在する人である。

 

 いや、遠回りな言い方はよそう。

 全てはこの今回送られてきた資料。

 特に戦国七雄の趙北部において確認された、趙北部の守備隊の隊長をやっている男の似顔絵である。

 

「うあああああぁぁぁぁぁ~~……」

 

 机の上に投げ出された報告書。

 そこには、危険なことを全く知らなそうな、純粋な目をした優男の顔が移っていた。

 

 

 

 

******

 

 

 

 

 キングダムという、紀元前の中国を舞台にした作品が前世にあった。

 まあ思い出したのは本当につい先程であるが。

 

 これは俺が記憶力が無いとかではなく、俺にそういう制限がかけられていて、記憶がかなり曖昧になっているからだ。

 

 俺の転生時の望みは、例えば日本の第二次世界大戦の敗北みたいな『気に入らない歴史を変える』ことではなく、『己が全力で生き、何かを成し、結果としてその足跡を歴史に残す』ことだった。

 

 だからこそ『前提知識をもって自分だけが知ってる歴史を変えるのは違うんじゃない?』『変えるために生きるんじゃなくて、全力で生きた結果歴史が君の知ってる物から変わった、のほうが良いよね』という神様の提案──という名の強制だと俺は思っている──で、前世で一般人にしては相当詳しい部類に入る程度には持っていた歴史に関する様々な知識が封印された状態になっているのだ。

 

 例をあげて説明するなら、『日本の戦国時代で、知っている歴史から判断して信長や家康を先に排除する、あるいは手を組むのではなく、知らないながらもその時代を全力で生き、あくまでその過程、結果として信長や家康と衝突したり、あるいは協力したりすることもあるかもしれない程度に考えている』と言っても良い。

 

 歴史に名を残す名誉よりも人生をやりきる達成感の方が、俺の中では優先にあった。

 そしてその中で、前世の知識というのは『ずる』であり、あるいは人生を歪ませる余計な知識ともなりうる。

 

 そう神様は思ったらしい。

 結局のところ記録がほとんど残っていない紀元前の匈奴に転生しているのでここまで歴史知識はほとんど意味がなかったが。

 

 そんなわけで、これまでは今現在、そしてこれからの中国の歴史も思い出すことは無かったし──秦が中国を統一する、程度の大まかな知識は流石に残っているが──、俺自身も気にする事無く自前で情報収集をしてやっていたのだが。

 

 今回漫画の登場人物である、ある男の似顔絵を見たことで、その漫画に関する知識を中心に記憶を思い出したのだ。

 

 それがキングダム。

 主人公である下僕の信が、これから中国統一に向かう秦で天下の大将軍を目指して戦い、出会いと別れを繰り返しながら成長していく物語だ。

 

「道理でなんか烏孫とか月氏の奴らとか血気盛んというか戦争ガチ勢だったわけだよ……いやむしろこれがそのまま史実だと思ってた俺が間違ってんのか?」

 

 俺自身騎馬とか歩兵の──遊牧民同士の戦争なら騎馬だけだが──戦術で色々やり合う小説とか漫画みたいな戦争がやってみたかったから気にしていなかったが、今思い返せば延々と攻め寄せてくる異民族共は、史実で考えれば有り得ないほどに血気盛んである。

 人口も結構削ってるはずなのにどんだけいるんだってくらい湧いてくる。

 

 おそらくだが、原作でも『畑から兵が採れる』と言われるほど兵士が大量に作内で供給されるキングダムの世界では、それは中国に限らないことなのだ。

 この遊牧民族の大地でも、兵士は畑から採れると言わしめるほどに存在するのである。

 

 そして同時に、全体的に人間が好戦的だったり戦争を恐れない傾向にある。

 だからこそ俺が遊牧民である匈奴に半定住制を敷いて練兵を課しても大して不満の声が出なかったわけである。

 

 とにかく、それを考えると史実や前世の知識から生まれた常識を今一度丁寧に捨て去って、戦争バトルファンタジーであるキングダムの常識に則って判断していかなければならなくなった。

 

 そして何より、今すぐにやらなければならないことが一つ、あるのだ。

 

 

 

「パイソン将軍がいらっしゃいました」

「今行く」

 

 将軍と会うのは私室ではなく玉座の間でやらなければならない。

 俺は気にしないとかではなく、単于としての権威の維持に必要なことだ。

 

 玉座の間に移動すると、既に先にパイソン将軍は待っていた。

 ここで中国の王様とかだと『〇〇様のおなーりー!』みたいなのがあるのかもしれないが、歴史の浅い匈奴だし流石に真似するのはやめておいた。

 

「待たせてすまない」

「気にするな、ちょうど暇をしていたところだ」

 

 パイソン将軍は、俺より二、三年上の、まだ俺が多くの氏族を併合する前から付き従っている信頼できる将軍だ。

 

 例え彼に才能が無くても、多数の熟練の兵士と経験を求めていた俺は彼を鍛え上げさせただろうし、才能が無いからと言って縁を切るつもりも無かった。

 

 だが彼は戦の才に恵まれていた。

 そして努力を怠らず戦場に赴いた。

 結果として彼は今、この国において軍事の次点である将軍の地位についている。

 ちなみにその上には一応国王である俺と、それとは別に総司令官を置いている。

 

 といっても総司令官が前線に出るのはそれこそ俺の名代として行くときぐらいなので、実質現場でのトップは将軍になる。

 

「今日はお前に頼みがあって呼ばせてもらった」

「だろうな。最近は酒にも誘わぬ癖に」

「ごめんて。俺が忙しくしているのは知っているだろう?」

 

 そう返すと、フンと鼻で笑われる。

 俺これでもだいぶ頑張ってるんだけどな。

 

「ごたくはいい。それより用件は何だ。俺を呼び出すほどなら急いでいるんだろう?」

 

 真剣な顔つきになったパイソンに、こちらも表情を真面目なものにして命を下す。

 

「お前にはこれより五〇〇の兵とともにシャピンを出発し、フワンシを先に出発する一万の兵と合流して趙侵攻軍の救助に向かってもらう」

「救助、だと?」

 

 怪訝そうに眉をひそめるパイソン。

 それもそうだろう。

 よりワグダイの軍に近いフワンシからでも、先に進んでいるワグダイに追いつくには数日かかる。

 その上ここからフワンシに向かうにも数日仕事だ。

 

 そんな距離から救助に向かったところで間に合うはずがない。

 報が届いた時点で手遅れの可能性が高いのだ。

 

「中国に放っている諜報組織から新しい情報が入った。趙北部に張っている将軍がちょっとまずい」

「まずい?」

「想定したより遥かに強力だ。今回の軍の目的は知っているか?」

 

 俺の問にパイソンはうなずく。

 あえて広めるようなことはしなかったが、流石に丁寧に教育しただけあって将軍クラスは自前で戦略的に情勢を見る頭と、それを導くための情報網を持っているのだ。

 

「表は趙北部を侵すことと息抜きだろう。裏はいつも通りの練兵と趙北部の軍の調査、裏の裏は反抗勢力を使い潰すこと」

 

 パイソンの語るそのどれもが正解だ。

 実際上層部が目論んでいたとしても一兵卒には語れない内容 というのはよくあることだ。

 そして将軍クラスの人間はそれを自力で理解し把握している。

 

「今回の軍は、成果が無かったとしても数万の被害で戻ってくれば十分だと考えている」

「だろうな。編成があからさま過ぎる」

 

 実戦による経験を重視する俺の方針として、刃を潰した武器などによる自軍同士の練兵とは別に、中国ならば趙や燕であったり、敵対する遊牧民族や山民族を相手に兵に戦争をしっかり経験させるようにしている。

 今回も表上はその一環として、ワグダイという将軍に大軍を率いさせて趙は雁門に向けて侵攻させた。

 特にワグダイ麾下の7万とは別に送り出したこちらの軍には戦場での練兵の得意な将をつけ、他にも経験をさせるために兵も指揮官も若手を中心に送り出している。

 

 ただ一方で、今回の侵攻には他の目的もある。

 その一つが、匈奴の単于である俺に反抗的なワグダイとその陣営の勢力を削ぐことだ。

 数万の被害を出して戻れば、その責任を総大将のワグダイに被せることが出来るし、なんならワグダイ自身が討ち死にしてくれても良い。

 

「が、状況が変わった。このままではほとんど帰ってこない可能性がある」

「……全滅するとでも? それほどに敵が脅威ということか?」

 

 俺は今、我が匈奴の大軍勢が、キングダム原作においてとあるキャラの強さを強調するためにナレ死させられた存在になることを警戒している。

 

「敵の将が少々……いや、おそらくかなり頭が回り、そして強い。下手をすれば策にはまって一気に全滅だ」

「……負けることはあるだろうが、ワグダイの軍もそこまで弱くはない。もとより撤退する前提なら全滅はしないだろう」

「俺もそう思ってはいたんだがな……」

 

 元々ワグダイの方の軍七万は潰れても良いつもりで送り出している。

 これは基本的にワグダイに付き従う部族とそれに合流した者たちが中心になっていて、言わば国内の反抗勢力だ。

 

 遅い時期に俺の国に合流したワグダイの部族や、あるいは俺の支配が気に入らないという奴らが構成している。

 その分俺の言う事も聞かず、更には勢力を拡大しようとしているので、奴らの望む通り中国を責めさせて共倒れになれば都合がいいと考えて今回派兵を決定した。

 

 そしてそこに、増援として奴らが持てる限りの権力でもって引きずり出したのが五万のこちらの軍勢。

 これは実戦での練兵を目的として編成した軍で、大将であるワグダイの指示には従うものの、この五万の将であり全体の副将である将軍に裁量権を与え、やばいときにはワグダイの軍が潰れている間に撤退するように指示を出している。

 

 その上で、今回の派兵はやはり危険だと、今このキングダムという世界の記憶を曖昧ながら思い出した今なら言い切れる。

 

「ワグダイも、その周りの奴らも、この国で鍛え上げた奴らと比べれば若く、そして愚かだ。端から追い返すのではなく引き込んで殲滅することを敵が選んだとき、対応が出来ないだろう」

「……そういうことか」

 

 例えば今回の侵攻軍十二万を率いるのがこのパイソン将軍で、その配下もこの匈奴の国で練り上げられた軍勢であったならば、例え相手が俺の懸念している相手でも全滅するようなことは無いだろう。

 そもそも策にはまる前に危険を察知して下がるだろうし、はめられたとしても力ずくで損害を出しながら突破して半数は生き残るはずだ。

 

 だが今回の軍は、この国の通常の軍と比べて、まともに戦う意味では少しばかり弱い。

 

 まず、大将であるワグダイ。

 まだ二〇代前半の、最も遅く俺の国に合流した南の匈奴族の末裔。

 彼が子供の頃に併合されたからこそこの国に反抗心を部族ごと抱いている部分があり、そして名誉欲の強い若者だ。

 

 他の民族との戦争を見ても、力押しが利く戦場ならある程度は活躍するし、本人の戦闘力も将としての素質もある。

 あるいは俺の国の練兵や士官、将官育成のカリキュラムに則って学んでいれば、数年後には優秀な将になっていたかもしれない。

 

 だが現段階でのワグダイは、俺達が組み上げた学ぶ環境と練兵方法を忌避し、自儘に自陣営の者たちと戦場で多少戦った程度の、若き猛将程度の実力しか無い。

 一万の軍を率いるのすら本当なら実力に能わないだろうし、ましてや完全に詰ませに来ている敵の策を読めるかと言えばそれは不可能だ。

 

 そしてワグダイの部下もまた俺たちの知恵を学ぶことを嫌う、若く血気盛んで少し頭の足りない者たちが多い。

 勢いで押せる戦場ならば良いが、相手に良い軍師がつくと一気に苦戦する。

 

 だからこそ、ワグダイが率いる軍ならば、確実に退くべきところを誤って利益を求めて深追いし、まんまと奴の罠に嵌る可能性が高い。

 いや、必ず嵌る。

 そこで撤退を選ぶ実力も突破して逃げる実力もワグダイにはない。

 

「ワグダイ軍は良いとして、こちらが送った軍も少々危うい」

「将は林莉(りんり)だったな?」

「そうだ。あいつ自身は実力は確かだが、配下が練兵するために送った若い兵ばかりだ。指揮官級も、まだ未熟な者が多い」

「……はめられるときははめられるか」

「そうなるな」

 

 趙侵攻軍の副将であり、こちらが送った五万の軍勢の将である林莉は、名前の通り中国から流れてきた人間だ。

 かつて趙の北部付近にあった、城一つ程度しかない小さな国の生き残りの一族らしい。

 俺がまだ二〇歳ぐらいの頃に、奴とその一族、配下達が逃げ延びてきたのを拾った。

 

 本人自体は優秀な将ではあるし、ワグダイと違って五万の軍なら任せることが出来る器量もある。

 中国からともに逃れてきた者の中から育った副将や側近も、将としての器は林莉本人ほどではないが、優秀な指揮官や軍師、戦士が揃っている。

 

 だが、今回はその更に下、一兵卒や指揮官級が心配だ。

 本来の林莉の下についている軍ならばともかく、練兵の甘い軍はその分反応は遅く崩れやすい。

 

 仮に敵の罠が完璧で一度踏み込んでしまったとき、犠牲を出しながらも突き破る力が今の林莉の軍は弱い。

 

「故に俺がその救出を、ということか」

「出来る範囲でな。最悪ワグダイの軍はいらんが、林莉の軍は戻したい。特に林莉とその側近は失うには惜しい」

 

 現代人の感覚だと酷いことを言っているように思えるが、この世界は結構こんな感じが普通だ。

 紀元前にしても殺伐としているなとは思っていたが、キングダム世界というならこれも納得である。

 

「どの程度までなら無茶が利くかわかるか?」

「向こうがどういう対策で来ているかによるな。完全にはめに来ているならば、後発への警戒は多少薄まりはするだろうが……やはりここからでは推測以上にはならん。だからこそお前の勘に任せる」

「なるほど。それで俺か」

「そういうことだ」

 

 パイソンは俺の配下の将軍の中でも、特に危険に対する嗅覚のようなものが鋭い。

 キングダムで言うならば本能型の能力を持つ将軍であり、相当の戦いをくぐり抜けてきた実力者だ。

 

 特に目の前に戦場が無くても、本人曰く空気がひりついたとかで危険を事前に察知する能力が抜群に高いのだ。

 だからこそ、今回の救出軍を任せられる。

 

「しかし、お前がそこまで後手に回るとはな」

「言ってくれるな。俺も反省している」

 

 結局のところ、前世から知識を持ち込み、匈奴の文化から軍制から大きく作り替え強化して、俺はある程度満足していた。

 故に、この古代の軍についてまだ油断している部分があったのだ。

 

 漫画『キングダム』の一般的な読者には知らない人も多いかもしれないが、そもそもとして史実の古代中国において、キングダムに描写されているような練り上げられた軍と戦術のようなものは存在していない。

 

 まずもって兵の大半が徴兵によって集められるので、現代の自衛隊や各国の常備兵のように鍛錬と訓練を重ねることなど不可能だし、当然ながらキングダムみたいに、同じ将軍のもとで鍛え上げられた精鋭部隊みたいなものは存在しない。

 

 将軍も将軍で、キングダム内のように自分の部下達とずっとともに戦い続けているようなことはほとんど無かったらしい。

 それ以前に敵国侵略の大将なんかは王都から将だけ派遣されて、軍は別で集められたものを率いるらしいので信頼のようなものもそもそも無かったのだろう。

 

 他にも、キングダム内で描写されていた戦術を研究するための盤上戦争ゲームのようなものも、歴史においての初出は一七世紀かどこかのヨーロッパだとか。

 

 そういった、歴史の細かい事項には関係ない知識から、俺がしっかり軍を練り上げ戦術などを研究し将に学ばせれば、極まっていないこの時代の中国の軍を相手には十分以上に戦える、と。

 そう軽く思い込んでしまっていたわけだ。

 

 つまり、わかりやすく言うならば。

 

 俺の想定していた史実古代中国の軍と、キングダムで描写される戦争するための軍隊は全くの別物で、後者の方が圧倒的に強く、だからこそ前者を前提に考えた今回の侵攻は一度考え直す必要がある、ということだ。

 

 いや、そういうと少し語弊があるか。

 

 いずれにしろ中国の情報収集はしていたし、軍の強度も戦術も指揮官や将の能力も、敵の強さに関わらずひたすらに練り上げてきた。

 実際にこれまで、あいつのいたであろう趙北部にちょっかいをかけても、反撃を受けることはあれ大ゴケはしていない。

 

 だから例えばここで史実を思い出して、雁門の戦いという匈奴が十二万の兵を失ったという戦いについての記憶を思い出しても、林莉であればワグダイを囮に撤退してくるぐらいのことは普通にやると判断して特に何も策を講じなかっただろう。

 

 だがここが、キングダムの世界だと言うならば。

 そして今回の戦いが、匈奴が趙を相手に大損害を受けた雁門の戦いというならば話は別だ。

 

 普通の戦いならば、たとえキングダムの世界であったとしても、多少の損害はあれ他の遊牧民族との戦争とさして変わらない。

 当然キングダムの世界ならば史実よりも遥かに敵の軍は精強で、優れた戦術も利用してくるだろうが、それはこちらも同じだ。

 戦争をすれば当然被害は出るが、あくまで想定の範疇だし、そもそもこれまでの趙や遊牧民族との戦いでその強さはかなり把握している。

 

 史実の雁門の戦いであったならば、それもまた気にする必要はない。

 元々今回がそうだろうという想定も実際にしてあったが、その上で軍を送っている。

 それは、戦術的な研究が極められておらず、まだある程度原始的な数と数のぶつかり合いを中心にした戦場であるなら、戦術面の研究をここ数十年で相当に深めたうちの軍の将であれば、史実通りに十二万全てが容易く罠に嵌って包囲殲滅されるようなことはないと判断したからだ。

 

 だが、キングダムの世界の雁門の戦いというのはまずい。

 

 それはつまり、俺の知る限りキングダムという漫画でずっと主人公の所属する秦の最大の敵だったあの男が。

 作中において、史実より遥かに全体的に将や軍、兵、戦術が強化されたキングダムの中で最強と目されている男が。

 

 その持てる戦略戦術配下の諸将全てを駆使して我ら匈奴の十二万の軍を狩りに来るということだ。

 

 損害を与えて撃退するのではない、正面からぶつかって防ぎ切るのでもない。

 自陣まで引きずり込んでから包囲し、殲滅する。

 そんな攻撃的な作戦を、諜報組織から上がってきた報告書に似顔絵のあった男が指揮するのだ。

 

 本気の匈奴軍ならともかく、未熟なワグダイの軍と練兵目的の林莉軍では対抗しようがない。

 

「とにかく、お前には林莉の軍を中心に救える限り救ってきてほしい」

「今回の戦争がそれほど危ないのか?」

「何やら大掛かりな準備をしている気配があるらしい。これまでは普通に戦っていた相手が、本気で潰しに来たということだろう」

 

 これは諜報組織からの報告書にあったので本当だ。

 もっと前に報告があれば、と思うが、その場合はキングダムの世界だと思っていないので、相手に準備をされた上でも普通に軍を送り出していただろう。

 

 結局のところ、急に俺が焦りだしたのは若干不自然になるが、取り敢えず全部中国からの報告書から読み取った情報だと言っておけばそこまで追求されないですむ。

 

「何も無いならそれでいい。だがもし侵攻軍が嵌められているようであれば、最低限林莉とその軍の一部でも連れ帰ってくれ」

「了解した。このパイソンが、単于の命を果たして見せる」

「頼んだぞ」

 

 一礼したパイソンが、身を翻して玉座の間から出ていく。

 その直前で、こちらを振り返って問いかけてきた。

 

「敵将の名は?」

 

 ああ、なるほど。

 パイソンは、ある意味この時代の将らしい、あるいはキングダムの将らしい将だ。

 ただ戦に勝つだけでなく、そこに意味や夢を見出し、戦に生きがいや楽しさを見出している。

 

 だからこそ、これまで戦術的に警戒はすれど、個人個人についてはあまり細かい情報の無かった中国の有力な将について興味があるのだろう。

 

 だから俺は、敵将の名を躊躇うことなく答えた。

 

「李牧。それが敵将の名だ」

 

 

 

 

 




タイトルはもっとかっこいい系【戦え、匈奴の王よ】みたいな感じにするか、説明系のまま行くか悩み中。感想頂戴。




【用語解説】

匈奴の人名、都市名などは完全に捏造なので解説を書きます。
また主人公が手を加えまくったので、軍制や国の形もただの遊牧民族匈奴とは全く違います。そのへんの用語も解説します。


《人名》
アイショウ……主人公。匈奴の単于(王)。転生者で戦大好きマン。匈奴を全力で率いている。

ランシ……主人公の秘書。将来国を担う超エリート官僚。

ワグダイ……匈奴の将軍。主人公の支配に反抗的。それなりの勢力の武力面の代表。

パイソン……匈奴の上将軍。主人公の幼馴染。最も信頼されている将の一人。

林莉(りんり)……匈奴の将軍。趙は中山から逃れてきた一族出身。正確には白狄の一族なので、中国人だし生まれは中国だが漢民族ではない。共に逃れてきた者たちを側近に加え、将軍の中でも上位につけており、上将軍への昇進間近。

李牧……史実でも結構やばいけどキングダムになるとヤバさが100倍増しになる軍略の天才。



《地名・都市名》
フワンシ……都市としては対趙最前線。趙侵攻軍の出発点。これより南にも中継点があるので、本当の意味での最前線ではない。


シャピン……いわゆる王都。雁門から北に二五〇キロほど。主人公の拠点。


《用語》



上将軍……キングダムにおける大将軍枠。通常の将軍が一万から三万程度。上将軍はそれ以上の軍を率いる能力がある。

赤騎……国中に散らばるように配備されている精鋭。武力もそうだが、何より個人が百人以上、場合によっては千人以上を率いる将として戦う指揮官としての能力がある兵。急な侵攻を受けた際には、周囲の民間人を徴兵して指揮し戦う。

半定住制……遊牧民の完全遊牧から、年数度拠点などに滞留する期間を儲けた、文字通り年の半分ぐらいだけ(もっと短い場合もある)定住する制度。農業やその他産業の隆盛、軍の調練のために整えた制度。

ウォーゲーム……キングダムで良く軍師がやってる、地形図の上に駒を置いて戦術戦略を確認しているやつ。史実での初出は一七世紀のプロイセン。


https://twitter.com/kyoudozin
まじでキングダム二次創作関連だけのアカウント。
調べたこととか二次の構想とかその他呟くだけ。
誰か相手してくれるとお友達の一人目になります(ガチ)

最新話の後もう一戦南東胡とする戦の描写、欲しい?

  • 欲しい(趙・匈奴の戦いレベルでしっかり)
  • 欲しい(今回の戦ぐらい短めで)
  • それより早くあの将軍と会え
  • 合従軍まだ?

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