実は気づいてなかったけど、転生先がキングダムだった話、する?   作:匈奴人

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執筆してるとなりでモンゴルの風景の動画流してるけどびっくりするぐらい真っ平らでビビってる。


第2話 飯はいつの時代も偉大だし、食卓は垣根を取り払う

 さて、パイソンも送り出したところで、今一度キングダムについて思い出してみることにする。

 

「とはいえ、記憶は消えてんだよなあ」

 

 だが、私室で一人にしてもらってぼうっと天井を見上げても、先程思い出した以上の情報を思い出すことが出来ない。

 いや、断片的に漫画のコマがいくつも思い出されはするが、そこまでの一連の流れだったりとかがわからない。

 

 どの戦で主要人物の誰が死んだかとか、どの国とどの国がいついつにどこで戦ってどういう結果になったかとか、そういうのが全く思い出せないのだ。

 他にも、どの国がどんな有力な将軍を有しているかとか、それがどれぐらい強い軍を率いているかとか。

 

 そういう、これから中国に侵攻するに当たって役立つ情報が全体的に思い出せない。

 

 と言ってもこれはおかしな話ではない。

 というより、むしろ似顔絵であの男、李牧がキングダムの人物であることに気づいたついでに、ちょっとそれ周りの知識が出てきたのだろう。

 元々記憶で有利に動く、みたいなことを制限するために記憶に制限がかかっていたので、例え漫画の世界であったとしても、そのストーリーの部分を思い出せないのは理にかなっている。

 

「となると……まあ今まで通りやっていくしかないわな」

 

 結局のところ、これからもちゃんと情報収集をやって兵士を鍛えて将を育てて。

 そうやって一つ一つやっていくしかない。

 

 有利になるような記憶の大半には制限がかかっているし、逆に概念的な記憶だったりは活用できるものは既に活用している。

 後は地に足をつけて、この世界でやれることをやっていくしかないのだ。

 

「よし。衛兵!」

「はっ! 失礼致します!」

 

 私室の外に控えていた衛兵に声をかけると、一名が扉を開けて入ってきた。

 室内で一人にするとはいえ、王の護衛が完全に離れることは有り得ない。

 大抵は今回のように扉のすぐ外か、あるいは聞かれたくない話があるようなときでも、近くの曲がり角まで離れる程度だ。

 

 ちなみに扉の警護をしている衛兵二名の他にも、すぐ近くの一室には衛兵数名と使用人が控えている。

 

「使用人を呼べ。食事にするぞ」

「はっ!」

 

 ちなみにこの衛兵は、実力よりは忠誠心を主体にして選抜されている。

 実力に関しては鍛えればある程度はどうとでもなるが、忠誠心については、幼少期からの環境などで大きく変わり、そして後からどうにかするのが少々困難である。

 故に、衛兵の中には、純粋な実力では精鋭部隊には及ばないようなものも存在している。

 

 そもそもとして衛兵の役目はどちらかと言えば歩哨や警備、警察であり、軍人ではないのだ。

 だが一方で、敵を打ち払う力ではなく、敵の攻撃から身を呈して要人を守る能力には長けるように鍛え上げられている。

 加えて、王宮など格式の高い場所にもあたるので、匈奴なりの目上に対する礼儀や所作なども学んでいる。

 SPというのが一番近いかもしれない。

 

 それに、単于である俺直轄の兵は衛兵だけではない。

 他にも近衛兵団などいくつかの軍団を持ち、この国の中心であるシャピンと周辺の中継基地の防衛に当たっている。

 ついでに言えば、俺自身が戦闘訓練をする際にはこれら近衛兵団と共に行うことが多い。

 

 それこそキングダムで言うならば、王騎将軍とその配下の軍団のような関係が近いだろう。

 まあ俺は将だけをしているわけにはいかないのでずっと一緒というわけではないし、近衛兵団の将も別にいるが。

 

「食事の用意が出来ましたのでご案内致します」

「わかった。ありがとう」

 

 食事は基本的に、宮殿の一室に設けられた上位者用の食堂で食べている。

 私室で一人食べるのも味気ないし、今日は一人だが、場合によっては文官との会議からそのまま食事に突入したり、戦場から戻った将軍をねぎらったりすることもある。

 

「おお、陛下、先に食べてるぞ」

「ああ、俺も腹が減ったよ」

「陛下はいつも頭を使ってるからなあ」

「お前は頭を使わなすぎだろう。というか敬語使え鳥頭」

「なんだと!」

「お前らいつもそんな感じだな、ハイト、モクゼン」

 

 それにこんな感じで、利用できる者は俺だけではないので、先に人がいて食事をしていることもある。

 

 この食事のシステムについては結構悩んだ。

 例えばそれこそキングダムにあるような、王族が神聖で遥か天上の存在であるような文化なら、王族とともに食事をすることはありえないだろうし、ましてや先に食べていることなど考えられない。

 

 だが一方で、王族が一人で食事を食べるべきか、と言われると、俺は王族の権威自体は大切なものだと思うが、そこまでやりたいとは思わなかった。 

 

 では一緒に食べるとして、わざわざ俺が食事をする時間に合わせて都合のつく奴らを呼び出すか? 

 それともあるいは、この、時間がまだ現代のように明確になっていない時代に定刻を決めて食事をするか?

 

 一応時間の目安になるように日時計や水時計は作ったし、それをもとにした人力の時計台を作ったりもしたが、それでもである。

 

 結局、武官文官それぞれの上位者のごく一部のみが利用できるような食堂を宮殿内に設けることにした。

 ここに入れるものは身分や役職など一定の基準を参考にして、明確に個人個人を定めている。

 これは有能な若手であったり、あるいは将軍や大臣などの有力者の後継者も入れるように柔軟性を持たせたかったからだ。

 

 そのせいで、この食堂に入れる権利を得ることがある種の能力、権力の証明のようになってしまっているが。

 まあ今のところは多少の権力争いはあれどおかしな使い方はされていないようなので問題ない。

 

「ほう、今日は鶏肉か」

「ええ、うまいですぞ」

「ああ、俺もいただくとしよう。ありがとう」

 

 俺の分の料理を持ってきてくれた使用人に感謝の言葉を告げて、大皿に継がれている料理も自分の皿に取り分けて食事を始める。

 感謝の言葉は別に強制してはいないし、正直使用人相手だと言わない方が良い気もするが、前世日本人だったために自然と出てしまう。

 

「陛下、一つ聞きたいことがあるんだが」

「お聞きしたいことがあるんですが、だろう普通」

「おお、そうだ、お聞きしたいことがあるんですが」

 

 ハイトの方は良くも悪くも粗野というか、敬語を使うのに慣れていないので、俺相手でもあまり堅くならない。

 トップがそんなのだからか、彼が率いる軍では、階級差があっても自然と距離が近く一体感が非常に高い。

 

 一方モクゼンはその辺はきっちりするタイプで、自分の軍でも規律をしっかり締めている。

 だがそれで兵士同士の距離が離れるかというとそういうことはなく、戦場においてはそれぞれがそれぞれの役目を全力で果たす、ある種現代の軍に近いような軍が出来上がっている。

 

 こういう有意な違いを見ると、全部きっちりかっちりして全く同じ形に育てるのも良し悪しだなと感じる。

 

 ちなみにこの二人は、それぞれ近衛兵団の長、つまり将軍を務めていたりする。

 二人とも非常に優秀な将軍だ。

 

「なんだ?」

「何やら夕方頃に、パイソン将軍が兵を率いて出ていったが、何かあったのかと思ってな」

「だから敬語」

「良い。俺は王の権威は大切だと思っているが、同時にそれをお前らとの距離にはしたくない。それで、パイソンが出陣したことについて、だったな」

 

 さて。

 これはどの程度説明するべきだろうか。

 いずれにしろ俺が読んだ後の資料は、文官連中が詳細をまとめ、将軍連中のところにも送られることになるわけだが。  

 

 ハイトとか部下に読ませて自分ではあんまり読んで無さそうだな。

 それでもハイトが将軍になっているのは、それだけ優秀な参謀や文官を側近に揃えているからだ。

 

 まあ、今軽く説明したところでハイトが若干テンションを上げるだけで、特に問題は無いだろう。

 

「中国に放っていた間諜が情報を持ち帰ってな。その中で、趙北部の守備隊が今回の軍に対して、防衛ではなく殲滅の策を用意している可能性がわかった。加えて直近でも月氏と烏孫の奴らに大打撃を与えている有力な将がいる。今回送った軍では危ないと考えて、パイソンに救出に向かわせた」

 

 ちなみによく戦っている烏孫や月氏、後は東の東湖だが、俺が頑張って戦術研究とかやって相手に使いまくったせいか、他の遊牧民族や山民族もかなりしっかりとまとまった軍を形成するようになっている。

 まあそれでも軍略戦術においてはうちの国の方が全然進んではいるのだが。

 

「ほう、強敵がいると?」

「どの程度やるかはまだはっきりとはわからんな……戦っているのも掠め取りに行った月氏と烏孫の連中ぐらいだ。大きく抜かれていないようだから、無能ではないのは確実だが」

 

 李牧は中国においてもまだ名前が表に出ない程度には、趙北部の雁門に引きこもっている。

 そして俺達匈奴も、趙北部にちょっかいをかけることはあるものの、今回十二万もの大軍を起こしたのが本当に十年ぶりぐらいで、それ以前は一万以下の少数で定期的にちょっかいをかけていた程度でしか無い。

 

 元々趙北部をいずれ支配するつもりだったので、支配するための侵攻以外で雁門を抜いて、適当に土地を荒らして略奪してやろうというような考えは無かったため、趙へのちょっかいは本当に威力偵察以上には出していない。

 

 むしろここ最近ならば、やはり山民族や他の遊牧民族、中国ならば燕の方がかなりガッツリぶつかっている。

 燕では、劇辛将軍が元々遊牧民族だった犬戎の一族を部隊として抱えていて、劇辛将軍の軍略も相まって結構楽しい戦場になっているらしい。

 俺も戦場に出たいものだ。

 

 さておき。

 相手が李牧だと知っていればもっとしっかり趙にも軍を送って調査をしておいたのだが。

 いや、むしろ李牧に読まれては困るから手を引いていたか?

 わからないが。

 

 いずれにしろ李牧の実力は、今回の匈奴軍十二万との戦闘、そしてその後の活躍で見ていくことになる。

 内容はわからないが、中国での戦争で活躍するという記憶はあるので、諜報機関にはより一層情報を集めてくるように指示を出しておこう。

 

 まあそれでも、李牧がいる間はろくに侵攻出来ていなかった月氏や烏孫の軍が、一時期李牧が離れていた時期にはあっさり趙軍を撃破して侵攻してしまったのだから、雁門における李牧というのはとんでもない重さを持っているのは確かだ。

 

「それは楽しみだな」

 

 いずれ趙に侵攻するというのはハイトも知っている。

 だからこその、楽しみだ、だろう。

 

 とはいえハイト自体の将としての実力は、この国の将軍においてはトップクラスとはいかないのであるが。

 むしろ将軍の下で軍団を任されて必殺の鉞であるとか、絶対の盾であるとか。

 それぐらいの規模で戦場全体ではなくその左翼だけなど、局地的に使われた方が活躍するタイプの将なのだ。

 近衛兵団の将を務めているのも、近衛兵団が複数あり、それぞれは最大一万五〇〇〇程度の規模だからこそである。

 

「お前はバリュウ達がいないとあっさり策にハマりそうだけどな」

「それはお前、俺は武力しか無いからな。難しいことは他のやつが考えるさ」

「将軍がそれは駄目だろう……」

 

 モクゼンが呆れたようにため息を吐いているが、そういう将もいる。

 策を弄するのではなく、自らが先陣に立って軍を鼓舞し敵を打ち破るタイプの将だ。

 まあハイト自体は本能型かつ暴走型の極地みたいなところがあるので完全に無策というわけではないのだが。

 

 とはいえ本人が策を持っていなくても、この時代の軍には多様性が必要であると考えている俺は、そういう将も普通に取り立てている。

 軍を鼓舞したり生き様で慕われたり。

 一度声を上げれば、いやあるいは、同じ戦場にいるというだけで、軍が一兵卒まで死兵と化すような将軍というのは稀有な存在だ。

 

 ただそれはそれとして。

 

「俺の前でそれを言うとは、お前度胸あるな。俺が直々に軍略について教えてやろうか?」

「は、いや、それは結構です!」

「良いんじゃないか? 少しは頭も良くなるだろう」

「馬鹿野郎、陛下の講義のきつさ知らないだろ!?」

 

 二人が言い合いをしていると、扉を開けて一人食堂へと入ってきた。

 ハイト、モクゼンのような動きやすそうな服装ではなく、少しばかり布地の多いゆったりとした服を来た年かさの男性。

 

「陛下、こちらにおられましたか」

「ヒィアンか、お前も食事か?」

「は、それと報告事項が何件か」

「食べながら聞こう。お前も座れ」

「では失礼を致します」

 

 ヒィアンは、俺が生まれた部族にいた男である。

 俺が父の後をついで部族長になり、そこからほとんどの匈奴をまとめ上げ現在に至るまでずっと補佐してくれている男だ。 

 

 思考が柔軟で頭の回転が速く、またずっと俺と共にいたのでその分俺の思考回路をきっちりトレースすることが出来る。

 故に現在はその頭脳を使って、大臣や文官連中のまとめ役である文官長をに担ってくれている。

 

「昨日の昼に、北側の*1東湖族が再び侵攻してきました。数は確認された限りでおよそ五万。侵攻方向はルハの東からカンズイに向かって南下してきました。初動はルハから出撃したザイニイ将軍の軍三万が迎撃して、ダイゾウ中継点直近の平原で戦闘に入りました。その後は大軍策にのっとって、イリマのハギ将軍が、周囲の中継点から軍三万を集めて後詰めとして向かっております」

 

 大軍策。

 我ら匈奴の支配する領域は広い。

 勢力が大きいというのもあるし、完全定住制の民族と比べると、半定住制を取っているため人の移動する遊牧エリアがかなり広いからだ。

 

 ちなみに今のヒィアンの報告の中で出た『北の東湖族』というのは、複数存在する東湖族の集団の中でも北側に存在するもののことを指している。

 これは俺たち匈奴以外の諸民族が、基本的に一つにはまとまりきれていないからだ。

 

 一方で俺たち匈奴は、少なくとも同族とみなされている奴らは全部吸収しているので、匈奴というのは俺たちの民族名であると同時に国の名前となっている。

 ちなみに他にもいくらか少数民族を飲み込んでもいる。

 

 いや実のところはそろそろ名前をつけるべきかと話し合ってはいるのだが、特に今趙に潰れに行っているワグダイの陣営が強硬に反対しているので、まだ建国イベントのようなことは出来ていない。

 国家の一体感と国家への奉仕意識を高めるのに結構役立つと思うのだが、まあそれも数年のうちに出来るだろう。

 

 閑話休題。

 

 そんな広い支配領域を持つ俺たち匈奴なので、中央、と言っても位置的には多少中国に近い方にあるのだが、この中心部であるシャピンに連絡を取るにも一日以上かかるのもザラである。

 そのため、基本的に各地方の大きな都市をそれぞれ有力な将軍とその軍に防衛を、有能な文官や吸収前の部族の有力者に運営を任せている。

 

 都市が多く国境がかなり明確に定まっている中国と違って、遊牧民族ばかりの北方は国境線が曖昧だ。

 そのため防衛隊も国境線にはりつけるのではなく、守る必要のある都市や中継点、大規模な遊牧地をカバー出来るような位置に配置しているのである。

 

 今回で言うなら、ルハという都市が北東側にあり、そこの防衛軍が出て、ルハから見て東の地点から、ルハより内側かつルハから見れば南西にあるカンズイという都市の方向に侵攻しようとしてきた東東湖の軍を、ルハの真南にあるダイゾウ中継点で迎撃している。

 そしてそれとは別に、ルハより結構南にあるイリマという都市の将軍が、自分の軍の大半は他の将に任せてイリマに置いたまま、いくらかの手勢と迎撃地点周辺の中継点から集めた兵三万で応援に向かっている。

 ということだ。

 

 ちなみにこの中継点というのは、広大な領地に対して遊牧が中心で明確な地名や支配の確立が出来ていない匈奴を憂いて、俺が発案して支配領域中に設置した簡易的な拠点のことだ。

 明確に城壁のついた都市として作ったルハやフワンシ、シャピンなどとは比べ物にならないが、目印となる望楼と役所などの入った複数の建物に簡単な防衛設備、そして軍の待機所が存在し、周辺には市場も開かれるので自然と人が立ち寄る場所になっている。

 

 そして現地の文官や将軍に任せるに当たって、対処の方針などの大枠の方針を定めているのが『大軍策』であり、各文官将軍はこの方針に従って、各々の判断、思考で国家としての目的を達成するために行動する。

 

「ザイニイ将軍というと、今は練兵前の兵は抱えていなかったな?」

「はい、一月前に正規軍としての判定がくだされましたので、今回は正規軍三万での対応になっています。ルハには一万の防衛隊と、周辺の中継点から追加で一万吸い上げるようです」

「ならば今すぐの問題は無いな。連絡があり次第また知らせてくれ」

「はっ、承知しました」

 

 取り敢えず直近の問題は無いとわかった。

 これまでも異民族の攻撃は幾度も跳ね返しているし、ザイニイ将軍を始めとして複数の頭脳が対応を行っているので、一時的に押されることはあっても圧倒されることはあるまい。

 

 そして我ら匈奴は都市の数が中国などと比べて圧倒的に少ないので、一時的に前線が下がったところで民がそちらに立ち寄らなければ大きな被害を受けることも無い。

 

「それにしても、北東湖の連中はどういうつもりだ? 今回の侵攻はどういう意図が考えられる?」

 

 それよりも気になるのは、五万などという少数で大都市であるカンズイめがけて仕掛けてきた北東湖の連中だ。

 

 自慢ではないが、俺と部下達が作り上げた匈奴の国は強大だ。

 生半可な軍ならば容易く退けられる。

 

 それでも西側や南西側の烏孫、月氏といった連中や山民族などは支配領域を奪うために大軍で、あるいは軍を複数にわけて同時に仕掛けてくる。

 あるいは少数で仕掛けてくる場合は、狙いやすい位置にある中継点を狙って軽く略奪をしてすぐに引いていく場合が多いが、そういう場合は五万では多すぎで、大抵は一万やそれ以下、場合によっては千以下の場合もある。

 

 とにかく、今回都市を攻め落とし支配するには少なく、中継点で略奪をするには多い五万という数で攻めてきた北東湖の侵攻はどうにも中途半端なのだ。

 

「それを懸念してザイニイ将軍もルハもそれぞれ斥候を放ったようです。ただ……」

「ただ、なんだ?」

「北側の東湖はかなり弱っております。間諜の報告によれば、一部が分離して南側の東湖に合流したようです。勢力で劣る南側の東湖に責め立てられ、領域も縮小しているとか。今回の侵攻も破れかぶれではないかと」

「なるほど……吸収するか?」

「それも検討する時期に入ったかと」

 

 確かに北東湖は少々場所が悪い。

 俺たち匈奴と南東湖に南から西にかけてを塞がれ、後はより環境の厳しい北と東しか空いていない。

 加えて俺たちはそこまで領土的に野心が無いので、適度に領域を侵して戦争をやっている程度だが、南東湖は東湖を統一したいのか、かなり強く叩いているときく。

 

 しかも北の方には、遊牧民族とはまた別系統の奴らが根を張っている。

 中国を中心にした蛮族という思想は好きではないが、たしかにあそこに住んでいる奴らは俺たち匈奴からしても蛮族の類だ。

 数自体は軍の整備が進んでいる遊牧民族ほどではないのだが、北の方に広がる森林と海での狩りを中心に生きているためか全体的に身体能力が高く、また一度牙を向けば凶暴だ。

 

 ただ絶対的に敵対しているかというとそういうわけでもなく、好奇心の強い匈奴民が出張って遊牧をしていた際に、言葉は通じないものの交流することが出来たらしい。

 素手で虎を仕留めたと聞いたときにはギャグかなんかかと思ったが、キングダムの世界ならさもありなん。

 そういう奴らもいるだろう。

 いやまあ、特にすごい奴ならともかく狩猟民族の平均的なやつが普通に虎や熊を素手で仕留めるというのは結構ドン引きだが。

 

 というか中国への侵攻で活躍しそうなので、吸収した山民族のようにいくらか引き込めないかと交流を深めさせているところである。

 少なくとも、無闇矢鱈と彼らの領域を侵さなければ、少数が遊牧しながら入り込む程度なら気にしないおおらかさはある。

 

 ただ一方で、匈奴と南東湖に押された北東湖の奴らがそっちに活路を見つけて一気に侵攻した場合には、ただでは済まさないだろうことは理解出来る。

 

「東湖の調査を強化してくれ。何か動かせるかもしれん」

「承知しました」

「他には?」

「西の月氏との戦争は順調に進んでいるようです。複数の都市、将軍から問題ないと報告が来ています」

「あっちは気長にやるしか無いだろうな。適度に軍を入れ替えて、休息する時間を与えてやれ」

「はい、承知しました」

 

 北東湖以外の遊牧民族は、まだどこもちゃんとした勢力を持っているので、一朝一夕に打ち負かして下すというのは難しい。

 これは複数の戦争を積み重ねて相手をたたき、しかる後にアメとムチを持って吸収するしか無いだろう。

 

「それと梟鳴族から連絡がありました。秦北部から趙北部にかけての山界が荒れている、強力な勢力が拡大しつつある、とのことです」

「あー……中国側からの報告書にもあったな」

「白蹄の報告書でございますか」

「ああ。ついさっきまで読んでいてな」

 

 ちなみに白蹄というのが、俺が主に中国方面に展開している間諜主体の諜報機関である。

 他にも、国内の情報を集める聞耳(ききみみ)や、各都市、各将軍の元で情報収集を担う要員を持ち、それぞれ独立して活動する諜報組織である*2暗渠、中国以外の敵対領域での諜報を担当する黄矢(おうし)、間諜主体の白蹄とは別に、中国の民や兵士に同化し、生活しながら情報を集めている黒尾などが存在している。

 

 増やしすぎだって? 

 それはそう。

 正直諜報機関とか間諜とか草の者とかでテンションが上がってたくさん考えてしまったのは否定しない。

 

 ただ専門の組織を作るぐらいには中国への情報収集を念入りに行なっているし、その分情報はしっかり集まっているので問題は無い。

 今回始めて李牧の似顔絵で中国の有力者の似顔絵を入手したが、そもそもまだ攻めない段階での敵の似顔絵とかあっても意味が無いので指示していなかったのだ。 

 

「先日、秦の王都咸陽で一騒動あったらしい。どうもそこに山民族の姿もあったようだ。場合によっては、秦と山民族が手を組んで山界を支配しようとしているのかも知れん」

「なる、ほど。それは懸念事項ですな。山師達にも一層警戒するように伝えておきます」

「山間で活動する訓練のためにも、山界の一部は抑えておきたい。文官会議で議論してくれ。俺も出る」

「承知しました」

 

 というかキングダムの今現時点までの時系列の内容思い出したからわかるが、これ絶対楊端和である。

 梟鳴族も本来なら楊端和に滅ぼされて四散しているはずだった一族だ。

 これについては山民族にコネクションを求めていた俺が手を出していたことで、梟鳴族が押された段階でうまく引き込んで移住させることが出来たが。

 他にも似たような少数部族を拾っている。

 

 ただ、楊端和は山界の制覇を目指しているはずだ。

 となると近場から逃げても山界にいる限りは、いずれぶつかる可能性がある。

 あるいは燕北部の方であれば大丈夫な可能性もあるが、さてどうなるか。

 

 場合によっては中国の山界から完全に手を引いて、位置的にはモンゴルの北西方向にある山々に移ってもらうか。

 ただ匈奴(国)は現在の中国、戦国七雄の北方を主に支配していて、モンゴル北西部の山脈は領域の外にある。

 まああそこまで北方になると他の遊牧民族もほとんど支配はしていないだろうが……

 

 ただ中国の山界は、中国に進出することを考えてもやはりある程度支配しておきたいものではあるので悩みどころだ。

 

 これも明日の会議で話題に出してみよう。

 

「急ぎの報告は以上となります」

「わかった。ありがとう。いつも助かっている」

「もったいなきお言葉」

「お前も食えよ飯。うまいぞ」

「はっ、それでは」

 

 うぬーん。

 ヒィアンは一番最初から俺が部族をまとめ匈奴をまとめ国を作った過程を見ているからか、どこか俺を神聖視しているところがある。

 パイソンも同じ立場だが、あちらは俺と年が近いために、どちらかと言えば盟友の関係が近いのだが。

 

 それでも嫌になるほどかしこまってくるわけでもないので、多少敬われる程度は受け入れることにしている。

 

「文官も結構大変なんだな」

「当たり前だろう。お前の下だってバリュウ達が色々やってくれてるだろう」

「俺はそういうの詳しく無いからな……書類見ると頭が痛くなる」

「はっはっは。文官はあなた方が戦に出る役目を担うように、国を運営するのが仕事ですからな。これぐらいならばなんともありませんとも」

 

 俺の方針として、各将軍には戦略眼を磨く一環として、都市や一帯の中継点の運営に関与することを義務付けている。

 まあそれでも出来ないやつもいるので、そういう場合は下の文官や軍師がそれらを担当し、将軍は見ているだけになることもよくあるのだが。

 

 だからこそ、文官、それも地方都市や中継点ではなく、国全体を運営する大変さというのも理解出来るのだ。

 この理解は、軍民双方の間に溝が出来るのを防いでくれている。

 まあこの匈奴においては完全な非兵士である民というのはほとんど存在しないが。

 

「と言いつつお前戦も出来るだろう」

「ほほっ、もう衰えておりますよ」

「爺さん戦えるのか?」

「文官長だバカタレ」

「ここなら別に良いだろ。外では言わないぞ俺も」

 

 この食堂においては、文武双方の上位階級者の関係を深めるのを目的としているので、派閥や身分差というのを食堂にいる間だけは忘れることを指示している。

 と言っても例えば俺相手なら敬意を示すし、将軍同士でも将軍と上将軍がいるので完全に撤廃出来ているとは言わない。

 それでもかなりフランクに話せる空間にはなっているが、文官長を相手に爺さん呼ばわりをするのはハイトぐらいのものである。

 

「俺が子供の頃からの縁だ。俺もパイソンも、よく支えてもらった」

「パイソン将軍もですか」

「懐かしいですなあ」

 

 まだ三〇代前半の二人にとって、パイソンは将軍としての上位者、先駆者であり、目指すべき目標である。

 特にまだ将軍位の二人にとっては、将軍の中でも上将軍にあたるパイソンはある種目標でありいつか乗り越えたい壁なのだ。

 

「どうせならヒィアン、三日後の演習久しぶりにお前も参加するか? まだ鍛錬は続けているだろう?」

「私の第七近衛兵団とハイトの第八近衛兵団が今回の陛下の演習のお供となります」

「ほ、そうですな。しかしもう戦からは退いた身でありますが」

「構わんだろう。若者達に補佐のなんたるかを見せてやってほしい」

「……では、久しぶりに戦に参加させていただくとしましょう」

 

 心なしか、ヒィアンも楽しそうである。

 どうしても軍でなければ、戦がある場所でなければ生きられぬ、というタイプではないが、それでも戦の何がしかにやりがいを見出していたのだろう。

 それを捨ててまで、文官という道で俺を支えてくれているのは本当に頭が上がらない。

 

 ああ、三日後の演習が待ち遠しい。 

 

*1
匈奴は東湖を指して東湖という表現をしていなかっただろうが、小説を書く都合上として東湖という名前をそのまま使っている。

*2
各都市の責任者や各将軍の指示に従って活動し、それぞれの指揮系統は完全に独立しているが、調べた内容は中央の政府のもとにも送っている。




用語集の前に本作について。

ありがたいことに多数の読者様に読んで頂いています。
本作は、個人的に書くのに多大な知識が必要となり、かなり難しいと考えている、歴史、かつ戦術戦略の内容を多分に含むので、先に注意事項を書かせていただきます。


本作は、キングダム原作の、歴史バトルファンタジーです。
『ファンタジー』です。
作者自身インターネットや偶に書籍で調べたりしますが、基本的にはキングダム準拠だし、戦術とか戦略とか戦とか当時の匈奴のこととかは全部、『戦術っぽいもの』とか『戦略っぽいもの』とか『かっこいい戦』とか『匈奴がキングダムに出るならこんなんかなという妄想』とかでしかないです。
特に中華の外なんて記録少なくてほとんど妄想です。

『ここ間違ってますよ』というコメントはいただけるだけありがたいですが、物語の展開上(盛り上げるためであったり、あるいはわかりやすいストーリーを作るためであったり)変えることが出来ない場合も多々出てくると思います。

なるべく読んでて違和感、不快になる描写は避けようと思いますが、仮にあってもお許しください。




《用語集》

《人名》
・モクゼン……第七近衛兵団団長。位は将軍。
       本人としては堅実な用兵をしているつもりだが、戦術眼が広く元来柔軟な思考をしているので、傍から見れば冷静にアグレッシブという奇妙な軍を率いる。
       局所的には愚策な手なども、全て本人なりの理屈で繋がっており、戦場全体で見ると確かな策を作り上げる。
       軍自体は、彼の常識ハズレの用兵に耐えるよう命令を命令通りに完全にこなすことに長けている。  

・ハイト……第八近衛兵団団長。位は将軍。
      本人に論理的に戦場を見る能力は無いが、本能的に敵の急所をつく本能型の将軍。
      ただし戦術的視野は狭いので戦場全体を見ることは出来ず、また後方からの指揮も向いていない。
      側近に複数の軍師や参謀を抱えることでそのあたりを解消し、基本的に前線で軍を率いることを得意とする。

バリュウ……ハイトの側近の一人。主に戦場全体を見る軍師、及び文官の仕事で活躍する。
      地味に弓の名手だが、戦場では本陣に控えているので腕を披露する機会が無い。

ヒィアン……文官長(各種大臣他文官をまとめる組織の長、人事の他に、各組織間の折衝も担う)。
      アイショウ(主人公)が部族の長になる前からついていた人物。
      いわゆる王賁の番陽、蒙恬の胡漸、アイショウのヒィアン。
      アイショウの成長その全てを一番近くで見てきており、戦場から政治まで様々な面でアイショウを支える。
      今は退役したが、軍で戦う能力もアイショウが信頼する程度にはある。


ザイニイ……ルハを拠点とする上将軍。匈奴北東の軍制を一手に担う。
      戦大好きおじさん。     
      相手となる北東湖は勢力が弱く、北方の山林に住まう人虎民族とは交流が進んでいるため、激しい戦闘が少なく退屈していて中央に異動願いを出している。
      ただし個人として人虎民族の連中は好きである。
      久しぶりの東湖の大軍勢に他の将軍を抑えて喜び勇んで出陣した。

ハギ……イリマを拠点とする女性の将軍。
    普段は南東湖、及びその南方から朝鮮半島にかけて位置する複数民族混合の軍勢と戦っている。
    イリマは東方防衛の重要拠点であるため最上位の上将軍はイリマを動けず、彼女が今回の援軍として派遣された。

      
《地名》

・ルハ……匈奴の領域内で最も北東に飛び出した都市。

・カンズイ……ルハの南西にある都市。

・ダイゾウ中継点……カンズイから東北東に、ルハから南に線を引いた交錯点あたりに位置する中継点。
          ダイゾウというのは元が第三など数字だったのを、主人公が改めた際に日本語の第三をなまらせた名前。

・イリマ……ダイゾウ中継点の南西にある都市。
      カンズイよりも戦場に近い。



《軍制・用語》

・近衛兵団……王都シャピン周辺の防衛を担う、また地方の戦の予備兵力となる兵団。
       第一から第十まで存在する。
       前線で鍛えた将と実戦を複数経験した兵を引き抜き、最短二年、最大五年ほど務めた後前線に戻す。
       基本的に王都周辺が脅かされることはないため、ローテーションを組んで激しい練兵と演習を繰り返している。
       そのため前線を経験していない兵はおらず、また近衛兵団で腕を鈍らせるようなことも起こらない。

・単于の定期演習……単于となり前線から引いたアイショウが、定期的に近衛兵団を集めて行う演習。
          複数日に渡って行われ、最終日には近衛兵団同士の大規模演習を行う。
          怪我人が相当出る。
          まれに死者も出る。
          実施の際には、鍛錬用の刃先の無い武器と通常より重たい面頬付きの鎧が用いられる。


・東湖……今の朝鮮半島の北方から、北と東に伸びる広大な領土を持つ遊牧民族。
     (朝鮮半島の付け根から一定範囲はまた別の民族が住んでいる)
     南北に分裂している。

・北東湖……東湖のうち北側の一派。
      領土も勢力も南東湖より遥かに少ない。

・北の蛮族……人虎民族(仮)。
       狩人レベル100みたいな連中。
       あるいはモンスターハンターのハンター。
       遊牧民族ほど大規模な集団は形成していないが、実は領土が広大なので数は相当いるし、攻め込めば情報が流れてどんどん集まってくる。

・月氏・烏孫……共に、匈奴の西、秦の北側から中央アジア方面、秦の西まで広大な領土を持つ遊牧民族。
        双方共に純粋な勢力なら匈奴より上。
        現在は匈奴が体制を変えていてうまそうに見えるので半休線状態で匈奴を攻め立てている。
        また匈奴があえて趙の北側の支配権を緩くしているので、支配はしないもののそこを通って雁門や趙北部にちょっかいをかけまくっている。
        原作ではこれまでの李牧及び雁門は匈奴を相手にしていたが、本作においては月氏と烏孫を中心に相手している。

・梟鳴族……山民族にコネクションを探していたアイショウが繋がりを作り、他勢力に押されたタイミングで過半を引き抜いた。
      このせいで残った梟鳴族は壊滅したので、本作で河了貂が黒卑村にいたのはアイショウのせい。


・大軍策……匈奴の国家運営の指針をまとめた書。
      広大な匈奴の領土を各地の文官と将軍に任せる際の基本となる方針がまとめられているのに加え、将軍や都市運営の幹部などを担う文官に読ませておきたいアイショウの知が詰まった本。
      方針編と知識編にわけてある。
      戦闘においてはただ追い払う内容だけでなく、いかにして民兵を効率的に練兵し、それを一般人に悟らせないかなど、結構エグい内容が書かれている。


《諜報機関・間諜編》

・白蹄……中国内部で広い網を張っている諜報機関。
     間諜が主体であり、商人などになっている黒尾の支援を受けつつ情報収集を主体に活動している。
     全員スパイをやっていると思っていい。
     その分一箇所に定着せず、機密性の高い情報は忍び込むなどするしか集めることが出来ない。
    

・黒尾……中国で商人や農民、軍人や町人などになりすまし、中国人に同化して生活しつつ、それぞれの生活で得られる情報のみ集めている。
     無理して情報を集めることではなく生活地盤を確保することが目的。
     白蹄の支援をしている。
     かなりの数が中国に入り込んでおり、中には身分をあげているものもいる。
     中には匈奴への忠誠が薄れ今の生活に愛着が湧いている者も多い。

・聞耳……「ききみみ」と書いて「ぶんじ」。
     間諜というよりは、国内の様子をくまなく確認し情報を集める調査員のような役割。
     他の諜報組織と違って普通に表の顔として聞耳をやっている。
     その分活動の際には兵士の護衛がつく。

・暗渠……各都市にいる将軍や統治する文官にもある程度の自立と、自主的な情報収集及び戦略的判断を求めるアイショウが、各都市の将軍と長官のもとに、それぞれ独立した指揮系統を持つ組織として作った諜報機関。
     聞耳から情報を引き出したり、間諜、斥候として他領土や、場合によっては中国に送り出されている者もいる。
     ただし集めた情報は中央にも提出することで、各都市の反乱が起こらない制度を作っている。

・黄矢……中国以外の敵対領域、主に遊牧民族に紛れ込み情報収集することを担当する組織。
     人虎民族とともに暮らし交流を図っている者や、中には烏孫や月氏の領域の更に西を目指している集団もいる。

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まじでキングダム二次創作関連のアカウント。
調べたこととか二次の構想とかその他呟くだけ。
誰か相手してくれるとお友達の一人目になります(ガチ)

最新話の後もう一戦南東胡とする戦の描写、欲しい?

  • 欲しい(趙・匈奴の戦いレベルでしっかり)
  • 欲しい(今回の戦ぐらい短めで)
  • それより早くあの将軍と会え
  • 合従軍まだ?
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