実は気づいてなかったけど、転生先がキングダムだった話、する?   作:匈奴人

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第3話 単于のたまの息抜きは戦である

 本日は朝から、近衛兵団を伴っての演習である。

 まず最初はシャピンのすぐ近くに集結し、それぞれに今回の演習で率いる軍との顔合わせ及び指揮官級を集めての意思疎通を図る。

 そしてその後交流しつつ、演習予定地まで数時間かけて行軍。

 その後二日かけて普段とは違う指揮官に慣れてもらうために、簡単な移動や突撃、指示や報告の伝達を確認。

 

 その間はシャピンに戻らず野営をして、三日目、四日目の二日間で、より複雑な戦術的動きや、戦場が広がった場合の指示や情報の伝達を実践。

 ここで軍がどんな戦術が使えるか、どれぐらいの練度で使えるかを確認する。

 そして五日目にそれまでの全部を踏まえて、近衛兵団同士、今回ならば第七近衛兵団八〇〇〇と第八近衛兵団八〇〇〇の合戦形式の演習となる。

 

 ちなみに普段ならば、どちらかの近衛兵団を俺が指揮し、本来の将には副将をやってもらうのだが、今回はこちらに副将としてヒィアンが入るので、ハイトとモクゼンには同じ軍で戦ってもらう。

 それに伴って全体演習の軍の構成も、双方ともに第七第八近衛兵団四〇〇〇ずつ、計八〇〇〇同士での対戦という形になる。

 

 急な話ではあったが、数日前に伝えた結果ハイトとモクゼンが兵団内での指揮官や部隊の割り振りをやってくれていたので、スムーズにそれぞれに分かれることが出来た。

 それに戦場において異なる軍と共同戦線を張ったり、場合によっては半壊した軍を二つ合体させて一つの軍にするような可能性もあるので、この経験は兵士たちにとっても無駄にはならないはずだ。

 実際他のところでも合同演習などをやっているわけだし。

 

 兵士、軍人は誰のもとでも同じように指示に従って戦うものではあるが、同時に慣れ親しんだ者同士の方がより連携が取れ、戦いやすくなるものなのだ。

 だから、訓練でやれることならばどんどん追い込んでやらせる。

 普段俺が関わっていないときも近衛兵団たちは調練や演習を行っているし、それは地方の軍も同じである。

 

 全体で鍛え上げてこその、軍としての強さだ。

 凡庸な兵士とそこから抜きん出た将がいるのと、精強な兵士とそこから抜きん出た将がいるのは全く違う。

 土台があるからこそ優秀な者が育つのだ。

 

「今回の遠征において第一軍の指揮をとるアイショウである!! 皆、よろしく頼む!!」

「「「「「「「オオオォォォォォォ!!!」」」」」」」

 

 

 こんなでも慕われているので、結構歓迎してもらえているらしい。

 もっとも流石に本来の指揮官である将軍達には敵わないが。

 

 後は第七第八両近衛兵団はこれまでも、俺の演習に参加したり一緒に地方の巡視を行ったりと完全に初対面というわけでもないので、その分慣れてくれているのだろう。

 

「そして彼が私の副将、ヒィアンである!!」

「ヒィアンです。皆、よろしく」

 

 ヒィアン自身の名のりはあまり聞こえていないだろうが、噂が広まるのは早いので行軍中には広まっているだろう。

 というかここでも、俺の声が万の軍勢に届くのも史実で考えるとありえないキングダムっぽさだな。

 今更気づいたが。

 

 ちなみに近衛兵団の軍制だが、近衛兵団といっても全てに単于である俺が直接指揮を出来るわけではない。

 第一、第二近衛兵団の団長がそれぞれ上将軍であり、それぞれが有事の際には第三、第五と、第四、第六の近衛兵団を指揮して、計三兵団、あるいは合わせて六兵団分の戦力で戦えるように普段から連携訓練を行っている。

 

 そして他に、第七から第十までの近衛兵団があり、これが本当に俺が自ら指揮することの出来る軍の全てになる。

 もちろん俺がシャピンにどんと構えている必要があることもあるので、その場合は第七から第十までの兵団も第一、第二兵団の上将軍の指揮下に入ることもある。

 

 指揮するという意味で言えばそれこそ、にある全ての軍に命令できる権力が一応単于たる俺にはあるのだが、かと言ってそれをやっていいわけでもない。

 俺はずっと将軍をやっていることが出来ないので、その間軍を遊ばせるわけにもいかないし、あるいは近衛兵団を地方に送って戦わせるときもある。

 そのため、普段から指揮を出来る将軍に任せる必要がある。

 

 例えばこれが普通の将軍であれば大軍の指揮は出来ないので、将軍ごと複数の兵団を俺の指揮下におさめ、俺が複数の将軍とその軍に指示を出すような事はできる。

 実際にこの役目を担うのが、第七から第十までの近衛兵団だ。

 

 だが一方で、第一、第二兵団に上将軍をつけているように、俺抜きでも大軍を運用できる組織づくりも必要だ。

 そして能力が高い上将軍にとって、その指揮権を他の者に奪われるのは屈辱だし、その将に鍛えられた兵団の兵にとっては余所者の指揮官というのは、例え上将軍だからと信用はしても、どうしても本来の将と同じようにはいかない。

 

 それでも働くのが軍であり兵であり、時には部隊ごと他の将軍の下に移籍するようなこともあるが、とはいえ余計な不和を生むような仕組みは作らないに限る。

 そういう信頼とか絆のようなものが必要であると思うからこそ、俺も積極的に第七から第十近衛兵団とは交流する機会を設けているのだ。

 

 まあ今現在の俺は、一部族の長から一代で匈奴をまとめ上げた偉大なる単于という立場なので、ほとんどの上将軍も俺の指揮下に入ってくれるし、第一、第二近衛兵団の団長をしている上将軍にも、『自分たちはいつ陛下との演習に参加出来るのか』と問われたりするが、それは実績を持つ俺だからであって。

 今後の単于と近衛兵団の関係を考えると、今ぐらいの感じがちょうど良いと思うのだ。

 

「行軍を開始せよ!!」

 

 俺の号令で、演習予定地に向けて軍が進んでいく。

 俺もその中で、別で待機していた今回俺の指揮下に入ってくれるハイト、モクゼン配下の指揮官の中でも主だった者と合流する

 

「皆、よろしく頼む」

「陛下、お久しぶりです。お元気そうで何よりです」

「久しぶりだな、ライコウ。レイキも久しぶりだ。二人共元気そうで何よりだ」

「……お久しぶりっす」

 

 ライコウがモクゼンの第七近衛兵団で、レイキがハイトの第八近衛兵団でそれぞれ三〇〇〇の兵を率いている将である。

 ちなみに今回の演習は八〇〇〇対八〇〇〇で実行されるが、実際には第七、第八兵団ともに一〇〇〇〇の兵数を持つ。

 残りの二〇〇〇ずつは演習には参加せず、演習中の兵糧などの運搬や、戦闘時に歩兵になる兵の馬を預かってくれることになっている。

 

「イシマとマルシウも、腕を磨いていると聞いている。今回はよろしく頼む」

「は、はい! 精一杯つと、務めさせていただきます!!」

「お任せください」

 

 そしてこの二人がそれぞれライコウ、レイキの副官だ。

 イシマは女性であるが、軍全体において数は男ほど多くないとは言え女性の兵士もそこまで珍しくはない。

 女性の上将軍だって存在している。

 

 あまり軍全体に向けて公にしているわけではないが、一定数以上を率いる将には副官や補佐を置き、そして自分の手で育てることを勧めている。

 この補佐に一定数の兵を預けるも、あるいは自分の側において戦場で指示を与えるなり背中を任せるなりと使うも自由。

 

 大事なのは、自分の軍に、自分以外に自分と同じレベルで信頼できる人間が確実に一人いること。

 いやまあ二人いるならその方がいいし極論全員が大将軍レベルのことが出来る軍があればそれが一番良いが、そんなことはありえないわけで。

 最低限絶対に一人は作るべし、というだけで、他に複数兵を率いられる人間を抱えるのも全然ありである。

 

 例えば、敵を突き崩すために軍を割るときに、割った軍の片方を任せられる相方。

 例えば、崩れた友軍を救うために持ち場を離れる際に、潰れ役となる持ち場を任せられる副将。

 例えば、自分の背中を守り補完し、軍の力を何倍にも高めてくれる補佐。

 例えば、先鋒を任せ、自己の裁量で将と遜色ない戦いが出来る刃。

 例えば、二つの方向から仕掛ける戦術を、自分と全く同じレベルで実行出来る指揮官。

 例えば、高い武力で、敵の防御を食い破る必殺の鉞。

 例えば、敵の主攻を確実に受け止めてくれる絶対の楯。 

 

 例えば、例えば、例えば……

 

 将軍や大将軍が持つ、武力に優れた護衛や精鋭部隊、側近団とはまた違う。

 

 戦術的理解、戦略的理解、兵たちの士気、そして武力。

 それらによって、兵を率いる能力。

 

 全ての面でと将自身と同じであれ、とは言わない。

 あるいは、防御主体の自分を補完するように、攻撃の得意な副官を置くこともあるだろう。

 あるいは、自分ほどの戦術的、武術的な才覚は無いが、与えた役目を例え潰れ役となろうとも確実にこなしてくれる、信頼できる者を置くこともあるだろう。

 

 軍としての形によって、副官の有り様は様々だ。

 ただ確実なのは、軍において将から最も信頼され、任される役割であること。

 そういう、何らかの点で信頼し、単体の武力だけでなく、戦場において軍を率いて重要な役割を任せられる個人。

 

 そういう存在を、自分で見出し、ときには自分で育てるように、と。

 軍を率いる立場の連中には特別な講義を受けさせ、勧めるようにしているのだ。

 

 残念ながら俺の副官は既に上将軍として独立してしまっているので、俺自身は副官を持っていないのだが。

 

「今回は四人ともよろしく頼む。そしてこっちが今回の俺の副官のヒィアンだ」

「皆様、こんな老人ですがよろしくお願いしますぞ」

「こちらこそ、よろしくお願いします」 

「……っす」

「よ、よろしくお願いします!」

「……お願いします」

 

 イシマやマルシウはまだ若く見る目が育っていないのか、若干困惑した目でヒィアンのことを見ている。

 一方でライコウとレイキは何かを感じ取っている様子だ。

 

「まあ、これでも信頼出来る男だ」

「ほっほっほ。陛下にそう言われては、頑張らないわけには行きませんなあ」

 

 正直ヒィアンが兵士や将の目から見て、戦における実力が無いように見えるのはこいつの振る舞いも原因にあると思う。

 

 思考が柔軟故かヒィアンは、この時代の人間にしては異常なほど常から思慮深く、そして控えめで、プライドにこだわらない。

 

 大抵の人間は戦での戦果であったり活躍であったりを、他者に誇示しないとしても自己の確たる自信として、自負として、あるいは無意識だったとしても己を構成する一部としても背負うものである。

 その自信、自負こそが将を将たらしめ、兵を惹き付けるという部分は確実にある。

 

 だがヒィアンは、そういった自信や自負といったものを自分のうちにすら強く抱えてはいないのだ。

 本当の意味で一切、自己の成したことを大したことだと受け止めていない。

 故に、無意識に醸成される凄みというものを、全くと言っていいほどまとっていない。

 

 それに加えて、軍を退いた頃から使い始めたこの爺のような話し方である。

 これのおかげで、文官同士の関係を取り持つ際には温和な人物と認識され役立っているようだが、将としての威厳は全くと言って無いと言って良い。

 

 故に、ヒィアンは将の、軍の指揮官の器ではない。

 頂点に立ち率いるのに必要な威がない。

 

 これは規模に限らずだ。

 一〇〇人であれ、一〇〇〇人であれ、一〇〇〇〇人であれ。

 ヒィアンは絶対的に、自らが頂点に立って軍を、人を率いることに向いていない。

 

「俺たちも行くぞ。ああ、それと。演習中は俺を普通の将軍として扱うように」

 

 それでも、ヒィアンは。

 俺の知りうる限り最も、俺の補佐がうまい男である。

 

 

 

 

******

 

 

 

 

 

 行軍中に、今回の俺の軍をサポートしてくれる四人の将から色々と話を聞き取り、またこちらからは今回の演習、特に最終日の実戦形式の演習で使おうと考えているいくつかの策についても相談しておいた。

 

 単于という匈奴の国全体を考える地位につき、有力な将が育ったのあってもう長い事実戦には触れていないが、やはり軍を動かし、戦場を動かすというのは本当に楽しいことだと思う。

 単于として忙しくはあるが、それでも戦術戦略の研究を行っている大学には頻繁に顔を出しているぐらいには好きなのだ。

 

 あるいは、ここがキングダムの世界だというのなら。

 中華の世界に生まれて、将軍を目指すなんて言うのも、楽しかったのかも知れない。

 

 とはいえ今の生活にも満足していないわけではない。

 皆とともに積み上げた、俺の国。

 惜しむらくはやはり、俺が上に立つ必要上前線に出れないことだ。

 

(やっぱり、そろそろあいつに任せるべきか? いやしかしな……)

 

 そんなことを考えているうちに演習予定地に到着し、軍が整然と展開していく。

 最終日の実戦形式の演習までは、二つに別れた双方の軍で別々に用兵の確認や動きのすり合わせを行っていく。

 

 基本は中央軍右軍左軍の三つに分かれる、戦場で使う一番オーソドックスな形態に合わせて並び、そこから俺の指示に合わせて様々な動きを実行させていく。

 一応互いに向かい合って布陣した両軍のちょうど中間あたりに、今回はサポートに回っている兵士が並んでくれているので、そこまではこちら側の兵士を動かして良いスペースとなる。

 

 普通の練兵であるとか、あるいは様々なことをやる演習であればもっと広く場所を使って、様々な方向に動かしたり陣形の大規模な組み換えだったり、新しい動きの仕込みなどをやるのだろう。

 

 だが俺がこの演習に参加できる時間は、一月の間に五日、移動も含めると一週間が潰れることになる。

 その上俺がともに演習をする兵団は四つあるので、毎回二つ合同でやるとしても一つの兵団が俺と演習をともにする期間は二月に五日程度しかない。

 そしてそんな短い期間ではとてもではないが、まともな練兵などは出来ない。

 

 だからこの演習では毎回、動きの基本的な確認と軍が使える戦術の確認、そしてそれを合わせた最終日の演習と、軍の練度を再確認し、()()()()()()()()()()()()()()()()()()をやる形になっている。

 一個一個の動きも、遅いからやり直しなどというスパルタなやつではなく、あくまでどの程度の動きが出来るのか、という確認であるのだ。

 

「左軍歩兵隊前列より十列目まで、十歩前へ」

 

 単純な動きからまずは、軍の動きと伝達速度を確認していく。

 ぶっちゃけた話、近衛兵団は相当練兵がされているので、いきなりの俺の指示でも十分に動く。

 

 ただそれでも、将によっては目的地点を定めて指示を出したり、あるいは目的ではなくその軍がどう動くかという形で指示を出すなど色々違いがある。

 指揮の癖と言ってもいいだろう。

 それを考えて、俺の指示で動くことに慣れてもらうのだ。

 

「中央軍後方五〇〇ずつ、左右軍の外側へ展開、防御態勢」

「はっ」

 

 伝令に指示を伝え、伝令が走ってそれを現地の将に。

 そしてそこから兵士に指示が行われ、全体が動いていく。

 

 今はシンプルに一工程の動きを基本に動かしている。

 余裕が出てきたら、左軍の騎馬隊を斜めに左軍と中央軍の境目に突撃させつつ中央歩兵を左軍外側にぶつけて、その後ろから左軍歩兵を当てて押しつぶす、みたいな複雑な指示をだんだん出していく。

 

 順次、突撃中に俺自身が先頭に立って軍を割って動く指示を出したり、あるいは他の部隊が動いているところに別の部隊が動いてきてそのまま伝令をして動きを変えさせたり。

 普段から調練している動きを確認しつつやっていく。

 

 うーん、やはり。

 

「いい眺めだ」

 

 自分で軍を動かすというのは。

 

 

 

 

******

 

 

 

 

《ライコウ・イシマside》

 

「イリャン!! 右端が遅れているぞ!」

「はっ! 承知しましたライコウ様!! 指示の伝達を急げい!!」

 

 ライコウの檄に、軍を動かしていた配下の将の一人であるイリャンが、右軍の右側の部隊に大声で指示を出す。

 中央から放たれる指示に対して、そこの部隊だけごく僅かにだが反応が遅れていたのだ。

 

「やはり、まだ陛下の指示に完全にはついていけないか」

「あの、ライコウ様」

「ん、なんだ?」

 

 右軍を任されているライコウとイシマは、指揮が取れる後方の位置から、アイショウ単于から届いた指示を配下の将に飛ばしつつ、その動きを目で追って確認していた。

 八〇〇〇という、戦争をするには少々少ない数の軍であっても、中央の一人の指示が一瞬で伝わるということはありえない。

 だから、全体を統括する将から右軍左軍の将へ指示が飛び、それをそれぞれの将が軍へと伝えていくのだ。

 

 最もこれは、この演習の全軍が八〇〇〇であるから千人単位、場合によっては百人単位の用兵を行うからであって、例えば全軍が五〇〇〇〇などとなった場合には、今回は右軍を担っている二五〇〇などは、まとめて一つの隊として運用されて動くことになるのだが。

 

「陛下は、何故あれ程に細かい指示を出されるのですか?」

「というと?」

「先程の、中央後方から両軍側面に展開する指示で、陛下は隊ではなく人数で指示を出されていました。その後の指示も、千人将がいるにも関わらず、それより細かい数百単位で指示を出しています。通常は、隊に指示を出すか、隊を割るとしても現場の将に指示するだけではないですか」

「ああ、そのことか」

 

 副官のイシマの疑問に、ライコウはつい苦笑を漏らす。

 それはかつて自分も、主であるモクゼンと、アイショウ本人に聞いたことだ。

 

「通常、戦場において、あまりにも細かい指示は通らない。ある程度大雑把な指示の方が通りやすく素早く、また軍がまとまって動くので結果的に効果が出やすい。故に全体を指揮する将は、いかにわかりやすく、兵士にとっては単純な動きで戦術を使うかを模索する」

「は、はい。それが将のあるべき姿だと思います」

 

 例えこの場より遥かに少ない一〇〇人の軍勢だったとしても。

 

『お前はまっすぐ直進! お前は右斜め! お前は左斜め! お前はあいつの十歩後ろ! お前はその斜め後ろ五歩! お前は──』

 

 といった感じで、やたらと細かい指示を出したところで、良いことというのは基本的に無い。

 兵はそこまで理解できないし、連携も乱れるし、指示の伝達にも時間がかかるし。

 そもそも一〇〇人の軍勢において一人の力は小さく、効果的な陣形を作りそこねてバラバラになってしまえば、戦力の集中という原則を侵すことにもなりかねない。

 

 だからこの場合なら、

 

『三〇人はこっち! 三〇人はあっち! 残り全員で正面突撃!』

 

 とやったほうが伝わるし兵も実行しやすい。

 更に自然と戦力の集中が行える。

 軍で動くというのはそういうことだ。

 

 故に戦場において、指揮官は、例えば隊をまとめる指揮官に対して細かい行動の指示をすることはあれど、その更に下の一兵卒一人一人まで指示をすることはない。

 隊という行動単位で動かすのが都合が良いからだ。

 

「陛下はああやって、どこまで細かく隊が動けるかを見ているらしい」

「どこまで、動けるか?」

「確かに兵士一人一人に、あの判断をさせるのは困難だ。だが、あの場の百人将、千人将ならば? 五〇〇人ごとに移動するに際して、その判断が出来るのではないか?」

「……つまり、自分の指揮を、現場の指揮官に解釈させている、と?」

 

 訝しげなイシマの問に、ライコウは頷く。

 

「それがどれだけ出来るか、の確認だな。あくまで最初に確認するだけで、この後の演習でそれを頼りにされることはないから安心しろ」

「なぜ、そのようなことをわざわざ?」

 

 まだ納得が言っていなそうなイシマに、ライコウはアイショウから聞いたことを説明する。

 それは、イシマならば、自分の副官を続けるにしろ独立するにしろ、より大きな軍を率いることになるだろうという思いがあったからだ。

 

「以前、陛下の理想とする軍について聞いたことがある」

「陛下の理想の軍、ですか? 陛下が昔率いていた軍ではなくて?」 

 

 まだ若いイシマが、アイショウが自ら軍を率いて戦をしているところを見たことが無い。

 この演習で幾度か指示を出しているのは見たことがあるが、それはあくまで実戦形式の演習なので、敵を殺して陣を崩すようなこともなく、戦場よりはもっとおとなしい殴り合いでしかない。

 

「陛下の理想の軍とは、全ての兵士が将軍と同じ視座に立ち、一つの局面に対して同じ判断が出来る、個の集合にして群れである、だそうだ」

「……いや、けど、それは……」

「無理だというのは陛下もわかっているさ。だからこそ現実味の無い理想だと言っていた」

 

 何を馬鹿なことを、とライコウも思った。

 尊敬する単于だが、これに関しては軍についてわかっていない、とも。

 軍とは指揮する将がいて、それを受け取る指揮官がいて、そして集団で動く兵士がいて初めて成立する。

 

「軍において命令は絶対だ。各自の判断で動かれてはたまったものではない」

「それは、そうです」

「故にこの思想は基本的に、千人将より上の将にしか話さないそうだ」

「はあ……」

「だが、考えることは無駄ではない、と陛下はおっしゃっていた」

 

 一兵卒は絶対的に指示に従う必要がある。

 勝手な判断で前線を離れれば、それは前線の崩壊を招く。

 

 だがそもそもとして、それは間違った戦場理解をしているからであって。 

 

 『ここで前線が下がれば全体が崩れる』と、前線の一兵士一兵士が理解し死力を尽くすことが。

 『突き進んできたこの部隊をここで一瞬でも足止めできれば、その効果はとてつもなく大きい』と現場の判断で動くことの出来る指揮官がいることが。

 

 乱戦となる戦場においては、隊を率いる指揮官の声はともかく、軍を率いる大将の声は全体には届かない。

 故にそんな、目の前の敵だけでなく戦場を見る目を、一人一人が持っていることが、戦場に大きな影響を及ぼす。

 

 究極的には、将軍と同じ視座に立ち同じ判断が出来、その上で普段は将軍の指示通りに動き、将軍の指示が間に合わないときは指示より先に指示通りに動ける駒が理想なのだ、と。

 

「それは……」

「演習だからこそやってみろ、と陛下はおっしゃっていた。前線に出る機会が無い近衛兵団にいる間にその戦術眼を養え、と。それに、俺だっていずれ昇進して万の軍勢の将になるかもしれないし、今千人、百人を率いている奴らだって、昇進してもっと多くを率いるようになる可能性もある。そのときに初めて、『眼の前の敵だけでなく周囲を、戦場全体を見ろ』などと言っても、それは酷だろう?」

「それはそうですが……そんなにうまく行きますか?」

 

 言っていることはわからないでもないが、それは理想論ではないか、と。

 そう尋ねるイシマに、ライコウは遠い目をする。 

 

「俺の父親も兵士だった。いや、昔は兵士というほどちゃんとしてもいなかったらしいが」

「はあ」

「陛下の下でまとまって戦うようになって、戦場をより広く見ようと心がけるうちに、戦場の動きがわかるようになってきたそうだ。父親だけでなく、他の者達も含めてな」

 

 眼の前で戦っている敵、のその向こうから飛び込もうとしてきている敵。

 突入し、こちらの陣形を崩そうとする騎馬の狙う先。

 敵の流れを断ち切るために、どこに楔を打ち込まなければならないか。

 どの敵が、こちらの流れを断ち切る障害となろうとしているか。

 自分たちがどう動くことが、敵本陣への突撃の助けになるか。

 

 自分の隊五人しか見えていなかったのが、やがて百人規模、千人規模と見えて。

 最後には、自分たちの大いなる凡戦によって生まれた戦場の反対側に生まれた僅かな隙間を、アイショウが精鋭とともに駆け抜け、敵将を討ち取ったのが見えた。

 

 これは特にライコウの父が軍略の才能を持っていたからこそではある。

 が、彼の仲間もまた、彼ほどではないが見えるようになっているのは事実だ。

 

 数多の経験が、自然と戦場に濃淡をつけ、それを捉えることが出来るようになる。

 

「漫然と動くと身につかないことが、常に思考を回し続けると自然に身についてくる」

「陛下は、それを全ての兵士に望んでいる……」

「戦が終わった後、同じ隊の仲間と戦場での動きについて話し合ったことはないか?」

「それはもちろん、ありますけど」

「それだってそうだ。烏孫や月氏の連中や中国の連中で、そんなことを考えるのは将軍か将軍を目指しているやつだけだそうだ。だがうちの国では、一番下の兵士ですらが、自らを省み、より高みを目指す」

 

 そうやって、ただ指示通りに戦う兵士ではなく、自ら考え成長し、命を燃やして戦う兵士を、その兵士が育つ環境をアイショウは作り上げた。

 

 今の匈奴は、史実や、あるいはキングダムの世界に存在した、数と騎馬で攻め立てる遊牧民族ではない。

 兵の一人まで、あるいは予備役として普段は一般人の生活をしている者までも、普段から戦のための思考を巡らせ、その思考に身を浸し、いざ戦となれば死力を尽くす。

 そんな戦闘民族とも言える存在が今の匈奴だ。

 

 匈奴にとって、戦とは、鍛錬とはもはや習慣であり、文化であると言えるところまで広まっている。

 全てではないが、意図してそういう形で匈奴をまとめあげたのが、今のアイショウである。

 

「それに、これは俺の持論だけど、演習でこうやって難しい判断を迫られ続けていると、戦場でシンプルな指示を受けたときに、『なんだそんなことか』と思えるだろう?」

「それは、たしかにそうなりますね」

「普段から厳しい負荷をかけることで、いざ実戦のときに感じる厳しさを緩和する。実戦はまた大きく違うから絶対に通用するとは言わないが、少しでも実戦で動けるように、普段から難しいことをやっておくというのは、結構効果的だと思うよ」

 

 ライコウの説明に、アイショウのやっていることに一応の納得を得たイシマであったが。

 

「伝令です!! 軍を前から四分割し、一列目と二列目を、三列目と四列目をそれぞれ入れ替えるようにとの指示です!!」

「いや陛下、流石にその動きは戦場ではしないでしょう」

 

 やっぱり軍を動かすのが楽しくなってしまってるだけではないのかと、疑問を抱いたのだった。




次話はガラッと場面が代わって趙侵攻軍の話になります。
このまま演習の内容延々と書けるほどこの当時の軍や陣形の妄想が出来てないので許してつかあさい。
演習は最終日までとびます。

https://twitter.com/kyoudozin
キングダム二次創作及びその当時の史実の話や、書いてるときの作者の頭の中を垂れ流しています。

《用語集》

《人名》

・ライコウ……第七近衛兵団の三千人将(詳細は↓)。
       朗らかで、爽やかなイケメン。優しいのですぐ下の部下だけでなく、一兵卒や市民にまで好かれている。
       双剣を操り苛烈な攻めを得意としているが、一方でじっくりと腰を据えての戦いは少々不得手であり、その場合は軍の力でしのぐことになる。
       それをモクゼンも知っているので、第一軍を抑えて先鋒を任されることがある。


・レイキ……第八近衛兵団の三千人将。
      寡黙で無表情ゆえ、初見では何を考えているかわからない。
      しかしハイトを高く敬愛しており、演習に真摯にうちこむ態度や、配下とも適切にコミュニケーションを取ろうとする姿勢、そして何より実力もあって部下には好かれている。
      その好かれ具合は本人がちょっと引くぐらい。
      本人は槍を操り、自由に戦場を駆け回って激しく戦うことが主なハイトの配下にあっては珍しく冷静沈着であり、堅実な用兵をもって確実に敵を押し留めていく。
      第八近衛兵団の重しであり支えでありバランサーであり盾であるという役目を確実にこなす仕事人。


・イシマ……ライコウの副官。まだ若いが将の資質を持つ女性。
      剣を使うがライコウを慕っていずれは双剣を使いたいと考えている。
      実は騎馬での戦いより歩兵戦の方が圧倒的に強い。
      そのためライコウ隊では歩兵隊を任されて戦うこともしばしば。
      一方でライコウの側につけられて同じ目線で戦場を見ながら教育もされている。
      単于の前では少し緊張するところもあるが、戦では鋼の心臓で役割をこなす。
      特に防御の苦手なライコウ隊においては、歩兵を率いて潰れ役もこなす。
      
      (ぶっちゃけ女性出したかったけど、可愛いところを描写するわけでもなくだから何って感じもある。
       取り敢えず匈奴軍には女性の兵士や将も普通にいるってことが書きたかった。)

・マルシウ……レイキの副官。穏やかな雰囲気をまとう若い指揮官。
       言葉足らずなレイキの言葉を翻訳する役目も担っている。
       彼が加入してレイキと部下達のコミュニケーションは一気に加速した。
       戦い方は矛を操るオーソドックスな騎馬、だったが、レイキの副官になったことで彼に合わせて槍を用い始めた。今ではかなり習熟しており、戦場では二つを使い分ける。
       これはレイキの直下部隊に、槍使いのみで編成された精鋭部隊がいるからであり、それを率いてレイキに追従する場合は槍を、別で隊を率いる場合には矛をもつ。
       基本的にレイキ自身が万能な戦いが出来るので、足りない部分を補うのではなくもう一人のレイキになれるように努力している。


《軍制・用語集》

・近衛兵団の軍制……第一~第十の各兵団八〇〇〇~一五〇〇〇には将がいる。
          そのうち第一、第二の将が上将軍で、それ以外は将軍。
          有事の際は、第一の下に第三、第五、第二の下に第四、第六が入る。
          そのため、普段からこれらの兵団は連携訓練を密に行っている。
          また相手が強大であれば、更に第一~第六までで軍を組むこともある。

          一方第七~第十はまさしく王の軍勢であり、これらをまとめて率いるのは上将軍ではなく王である。

          これはアイショウが自分でも軍を率いたかったのに加え、自分の死後を見据えたときに、他の将の支配下にはつかない、単于独自の戦力が必要になるのではないか、と考えたからである。


          故に、全てまとめて近衛兵団というが、第一~第六兵団は「王都及びその周辺の防衛隊」であり、文字通りの近衛隊は第七~第十ということもできる。

          とはいえそれで単于がシャピンを離れられないときに機能不全を起こしては意味がないので、第七~第十も、頻度は少なく明確に指揮権は渡さないものの、第一、第二兵団の下にそれぞれついての連携訓練も行っている。


・近衛兵団の三千人将……一万の第七、第八近衛兵団での三千人将は、本軍、第一軍に次ぐ、第二軍の将となる。
       率いる数は少ないが、近衛兵団には一兵卒からそれなりの腕利きが集められ厳しい練兵が行われるので、その戦力は数以上に高く、将としての能力も地方で軍を率いるなら倍は任されうる程度の能力がある。


・副官の推奨……副官とはいうが、実際のところは優秀な将を配下に育成することを勧める制度。
        別に副官一名に限らず、隊を率いれる者を武力の精鋭部隊とは別に育てることを強く推奨している。
        また人材については自軍だけでなく、他の将の部隊に赴いて選び、相談の上で引き抜くことも出来る。

        アイショウは頼れる配下達に救われつつも、彼らの足りない部分などを全力で教育してきた。
        結果として今では頼りになりすぎる者達に育ったが、そういう人材がより多く必要だと考えこの制度を作った。
        
        またこの制度があるため、特に若い部隊に起こりがちなことだが、まだ副官としては実力不足な者が副官になり、将から学びつつ育てられていることがある。
         
        わかりやすく説明するならば、少ない頃の王賁隊において老練は番陽ではなく若い者を副官の地位におき、番陽はその補佐に回ったり教育を行うような状態。

        戦場でやる塩梅は難しいが、そもそも優秀な者でなければ選ばれないので、しっかりと教育と訓練を施せば意外とどうにかなる。ならなかったら死ぬ。
        
        この制度のおかげで、匈奴軍は規模に合わせて優秀な将もかなり多い。

        (作者個人の思いを言うなら、王騎に騰がいるように、廉頗に輪虎がいるように、藺相如に尭雲と趙峩龍がいるように、司馬尚にカン・サロがいるように、大将だけでなくその下にあるいは同レベルで隊を率いれる者がいるのが非常に重要だと感じる。
         ので、現代人だった主人公も同じ事を無意識に思った、という形で匈奴軍の強化に採用した)


・将の威……人をまとめ動かし組織を運用する能力と、人を率いまとめあげ従わせる将の能力は別物だと作者は考えている。 
      同じ集団を動かすことだが、修羅場になる戦場では前者では不十分で後者が必要となる。
      論理化出来ていないが、兵に死力を尽くさせる力、アドレナリンを出させる力かもしれない。
      それが「将軍の威厳」のような、独特のオーラや気配、雰囲気のようなものだと作者は考えているので、こういう表現をいれた。


・軍は個の集合にして群なり……ようするに軍が人間の体みたいに一つの脳の指示に完全に従って動くと、集団としてめっちゃ強いよねって話。
               さらに言うなら、脳が一つだけじゃなく体中にあって、それが全部同じ思考で同じ決断をすると、さらに集団として止まらないよねという話。
               主人公の考える理想であるが、理想であるだけで欠点もあり実現不可能性もあり、目指しているわけではない。

最新話の後もう一戦南東胡とする戦の描写、欲しい?

  • 欲しい(趙・匈奴の戦いレベルでしっかり)
  • 欲しい(今回の戦ぐらい短めで)
  • それより早くあの将軍と会え
  • 合従軍まだ?
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