実は気づいてなかったけど、転生先がキングダムだった話、する?   作:匈奴人

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第6話 死線で舞う

《林莉本軍中央 信陸視点》

 

 一方、岩郭が策で敵を翻弄し、本軍を率いて敵中央軍を蹂躙していた頃。

 

 趙軍による奇襲及び挟撃と受けた林莉軍は、徐々にだが、押し込まれつつあった。

 

「ダンキ隊負傷者多数! 支援を求めています!」

「グアンパ様より伝令! これ以上持ちこたえるのは困難である、とのことです!」

「リンガ様より伝令! 訓練兵に被害多数! 正式兵と入れ替えられたし!」

「ギル・ギ様より、敵包囲に薄い箇所あり! 突破しその裏の小道から脱出可能! 判断を乞うとのことです!」

 

 林莉軍中央付近の安全な位置で一段高い台の上から周囲を見るのは、林莉の側近にして林莉軍の軍師である信陸だ。

 

 かつては林莉と肩を並べ、岩郭と『武の岩郭、知の信陸』として林莉軍第一将の座を争っていた信陸だが、負傷によってかつての強さを発揮することは困難になった。

 それでも戦うことが出来る程度の怪我ではあったが、信陸は、もとより岩郭には劣っており怪我で更に衰えた武にしがみつくことを嫌い、それを完全に捨て去り、代わりに知略によって林莉と林莉軍を支えていくことに決めた。

 

 そして今信陸は、林莉軍の窮地において、林莉が前線で隊を率い矛を振るっている間の全体の指揮を任されるところまで己の知略を磨き上げた。

 

 その知略は、自軍より多数の趙軍に囲まれ徹底的に叩かれつつも、その戦線を致命的に崩壊させることなく軍を維持する事に大きく貢献している。

 

「ダンキのところにはバルバ隊を送りなさい」

「はっ!」

 

 戦力が足りないところには内側にしまってある予備隊を移動させていく。

 幸い、事前に準備をしており、奇襲を受けた際に即座に軍を展開できたことで、内最低限の空間を作った防衛陣形は作れている。

 その中を走らせて、足りていないところに支援を送れば一時凌げる。

 

「グアンパには、下がって押し込まれても良いから破られないようにと伝えてください。合わせて左右の防壁も縮小させるよう伝令をお願いします」

「はっ」

 

 およそ方陣から円陣の中間の若干崩れた防御陣形だが、だからこそ全体として押し込まれても、陣形が一回り小さくなるだけで完全に崩れることはない。

 加えて、包囲されて押し込まれている状態ならば、円陣は内部で動ける最低限の空間を保って小さくした方が良い面もある。

 

 まず一つに、円陣が小さくなることで、陣形を構成していた兵の一部があまり、それが後ろに回ることで陣の厚みが増す。

 押し込まれて動く空間が無いほど押し込まれては意味がないが、いずれにせよ今回の防御陣形の目的は敵の攻撃を完全に防ぎ切ることではなく、岩郭軍が敵の包囲を後方から貫通してくれるまでの時間稼ぎだ。

 

 であるならば、その後の戦闘を考えて大きな陣形を維持し続けるよりも、押し込まれたとしても最低限の規模を維持して崩されない、破られないことの方が大事だ。

 更に陣形を狭めることで陣に接する敵の数も少なくなり、時間あたりの攻撃力を軽減することも出来る。

 

 繰り返すが、今の目的はただただ乱戦を行いつつ耐えることだ。

 敵を返り討ちにすることでも、突破する隙を探し包囲を自ら打ち破ることでもない。

 

 少なくとも囲地で包囲された段階で、林莉軍の力でそれを達成できる段階を過ぎているのだ。

 であるならば後は、あのいけすかない第一将を待つだけである。

 

 そして岩郭と彼の軍の力は、長年競い合ってきた信陸が一番よく知っている。

 

「リンガには訓練兵と正式兵を混ぜて運用するように伝えてください。訓練兵だけで足りないところを正式兵で補うように。比率は追って指示します」

「承知しました」

 

 この包囲に耐える戦いは、林莉軍にとっては紛れもなく消耗戦である。

 あるいは、本当にただ守るだけの戦いならば、乱戦にすら持ち込まずひたすら耐えたほうが人員の損失は防げるが、敵の弓による攻撃を抑制するために、乱戦を崩すわけには行かない。

 

 故にこれは、いかに乱戦を維持しつつ、その上で人員を削られすぎず時間を稼ぐかだ。

 

 リンガの指揮下には、多数の訓練兵が含まれている。

 訓練兵は、匈奴軍においてはまだ正式な兵と認められていない、正式な兵となるための訓練と教育の過程にある兵全般を指す。

 その中でもリンガの指揮下にいるのは、というより他国、他民族との戦場にいるのは、自軍内での訓練を存分にこなし、後は実戦での練兵を行うだけの実力としてはほとんど正式兵と変わらない訓練兵だ。

 

 それでも、戦場に出て正式兵と同じ戦いが出来るかと言われれば、それは断じて否である。

 初めての戦場、初めての殺し合い。

 血しぶきが舞い、人体も舞う。

 苦悶の表情で倒れ伏す敵味方に、刃から伝わる敵を切り裂く感触。

 

 実力を発揮などできようはずもない。

 

 戦場を一度でも経験したことがある、というのは、それだけ大きな意味を持つ。

 更に匈奴軍では実戦を利用しての練兵は複数回行われるので、正式兵と訓練兵の差はそれだけ大きい。

 

 リンガが進言しているのは、そんな戦場に慣れていない、狩られやすい兵を内部に引っ込めて、戦える正式兵を前に出せということだ。

 訓練兵を憐れんでいるのか、あるいは兵力の損失を危惧しているのか。

 

 いずれにしろ、その発想は逆である。

 今この戦場において重要なのは、しっかり戦える兵士をいかに温存しつつ、敵の攻撃をしのぐかだ。

 熟練兵が討たれてしまえば、後は裸の訓練兵しか残らない。

 

 いかに熟練兵を残しつつ、訓練兵の損害も減らすか。

 故に訓練兵の間にそれを支える、指揮する、鼓舞する正式兵を入れて、前線を保たせる。

 

 かと言って正式兵を温存しすぎて訓練兵の削られる勢いが加速しては意味がない。

 敵によって削られる兵士の数と、訓練兵と正式兵の能力差、人数差。

 その他を加味して、最も長く、軍としての力を高く維持できるように、戦場を見極め細かく指示を出していく。

 

 一番この戦場で信陸が苦心しているのがその平衡感覚だ。

 

「敵包囲網の薄いところは全て罠です。その裏に小道があっても大軍が通れるものではなく、罠も張られているでしょう。けしてそちらに逃げてはならないと、全軍に伝えてください。命令するのではなく、罠でありそちらに行ってしまえば助からない、と理解させるように広めるのです」

「はっ、しかし、既に兵は疲弊しており、このままでは崩壊する可能性もあると、ギル・ギ様より承っています」

 

 そこで信陸は納得する。

 ギル・ギは、林莉、岩郭の二人を除いた林莉軍の将の中では最も知略に優れている。

 そのギル・ギから、明らかな罠に対して判断を仰ぐ伝令が来たので違和感を覚えた信陸だったが、それを罠として判断した上でのギル・ギからの伝令だったのだろう。

 

 それを最初から伝えないのは、ギル・ギなりのこだわりというべきか。

 例え目上の相手であっても試すようなことを平気でするのがギル・ギという将であった。

 

 そんなことをいつまでもやっているから、政府から将軍の位を与えられずいつまでも五千人将のままなのである。

 

 さておき。

 

「林莉将軍に伝令をお願いします」

「はっ」

 

 人は常に理性に従えるわけでなく、特に戦場では、命に危機が迫り理性の箍が外れて本能が顔を出す。

 それは誰にも止められないことだ。

 

 ならば心で、それを理性ではなく心で、感情で上回るしか無い。

 

「全軍に向け──」

『我が軍の兵士たちよ!!』

 

 それを、この軍の心の支えである林莉にしてもらおうと、伝令に伝えようとしたところで、大音声が響き渡った。

 

『包囲網の穴は、敵の罠である!! 我らを引き込み皆殺しにしようとする、敵の企みだ!! 騙されるな!!』

 

 前線での戦いは止まらないものの、明らかに林莉軍の兵士の意識が林莉に集まる。

 

『道は俺がこじ開ける!! それまで全員、死力を尽くせ!!』

「「「「「「ぅおおおおおおおおおおおお!!!!」」」」」」

 

 林莉の檄に、疲弊し押し込まれていた林莉軍全軍に火がついた。

 息を吹き返したように、前線の兵士が敵を押し返していく。

 

 これが出来るから、林莉は将軍なのである。

 

「各方面の指揮官に、突出しないように伝令をお願いします」

「はっ」

「それとカンズの隊を林莉将軍の応援に。扉をこじ開けましょう」

「はっ」

 

 これだけ盛り上がり、一気に敵を押し返して。

 それでもここが死地であることに代わりはない。

 

 周囲を囲む兵だけでなく、未だに時折降り注ぐ矢の雨。

 前線は乱戦となり予備隊も手空きの兵に盾を掲げさせているから軽減できているが、それで負傷する兵も多い。

 

 それでも戦えるのが匈奴軍だが、包囲を打ち破るまではいかない。

 故にあと一撃。

 

 包囲を砕く一撃が欲しい。

 

 

 

 

 

******

 

 

 

 

 

《林莉本軍前方 林莉視点》

 

 林莉軍前方。

 他の方面が防御を主体に敵の攻撃を防いでいるのに対して、林莉軍の大将である林莉本人が率いる前方だけは、敵の包囲にぶつかり、食い込み、敵の包囲網を食い破ろうと戦闘を続けていた。

 更に林莉の全軍に向けた檄によって戦場全体が立ち直ったことで、その攻めはより勢いを増そうとしていた。

 

「ナンマ、ルンマ。左右に展開し、私の進軍に合わせて前線をあげてくれ」

「承知しました」

「承知!」

「ハルモン、奇数番隊に雷虎(らいこ)、偶数番隊に罅皿(けべい)の用意を指示。次に俺の隊が突撃したときに合わせてくれ」

「はっ」

 

 林莉軍の中でも特に精鋭が集まっている林莉本軍。

 加えて今回の趙侵攻においては、林莉本軍と第一軍の岩郭軍はほとんど訓練兵を入れず、正式兵のみで軍を構築している。

 そのためその戦闘力は他の軍の比ではなく、大いに正面の敵軍を討っている。

 

 だが、それでも敵の囲地入り口を塞ぐ軍は分厚く、精強で、本軍の兵士もかなりの数が討たれている。

 

 加えて、囲地入り口に大軍が通過出来る程度の空間があるゆえに、敵もまた陣形を組み、策を用いて林莉軍の猛攻を受け止め、逆に討ち取ろうと攻撃をしてくる。

 林莉本人が先頭に立つ隊や、それを補佐する隊は存分に突き進むが、その後方に続く他の隊がせき止められては軍としての突破力はうまく発揮できない。

 

「ザンパ、リジカム」

「ワグダイ軍はまだもっています。ですが敵の包囲網が狭まりつつあります。時間の問題かと」

「敵将は見つかりましたがかなり奥です。前線の指揮官は多数。策は軍自体に練り込まれているようです」

「やってくれるな……!」

 

 特に突破を困難にしているのは、この林莉軍の正面を受け持っている敵の戦術理解の高さである。

 将や少数の指揮官の指示によってそれが構成されるのであれば、厄介であるものの、その頭脳を排除すれば軍は烏合の衆と化す。

 だが軍自体、兵士自体にある程度策が練り込まれているとなると、どこを排除すれば敵を崩せるという弱点が無くなってしまう。

 

 しかもその策を行う空間を持つ趙軍に対して、より大きな空間を必要とする攻めの策を使用したい林莉軍は、今現在押し込まれてひとかたまりの円陣を組んでおり、大きな策を使うほどの余裕がない。

 敵陣で策を使おうにも、形になる前に敵が潰しにかかり半端にしか成立せず、結局敵陣を崩すには至らず、また兵が補充されてしまう。

 

 そしてその崩れない軍が、策をもって林莉軍を押し留めて突進力を殺してしまっている。

 林莉軍が大きく討ち取られているわけではない。

 がっぷり組み合いながらも、敵の兵を討ち、討った分より少ないが確実に討たれている。

 じわじわと、大きく崩せないまま消耗させられている。

 

 打ち破るも侵食するも、全ては敵軍を倒し崩せてからの話だ。

 策で押し止められている以上、一気呵成に突破する事はできない。

 

 林莉本軍単独で敵軍に、大軍が通れる大穴を開けるのは、非常に困難である。

 

「待ってはいられないな」

 

 しかし、だからと言ってこのままじりじりと消耗させられては先はない。

 敵が何をやっているかは、林莉にはおおよそ推測出来た。

 匈奴の将でも似たようなことをやる上将軍がいる。

 その戦で見たことのある戦術だ。

 

 だからこそ、これを正面から打ち破るのは困難だとわかる。

 それでも、より極まっていたあれに比べれば遥かに劣る代物だが。

 

 故に。

 

「敵の将を討つ! 全軍、“死力を尽くして”俺に合わせよ!!」

「「「「「おおおおおおおお!!」」」」」

 

 これは、いずれ来る主攻へとつなぐ、助攻である。

 

 

 

 

******

 

 

 

 

 

 『死力を尽くせ』というのは、林莉軍における合言葉、全員に伝わる檄のようなものだ。

 

 その理屈を説明するとすれば、それは今の匈奴の軍隊全体について知る必要がある。

 

 匈奴にとっての敵は、中華への入り口を塞いでいる趙と燕。

 ()()()()

 

 むしろ趙と燕との戦場は穏やかな方であり、今回林莉軍が訓練兵を連れてきたように練兵に使われることもあるぐらいだ。

 

 では匈奴軍にとっての主戦場は何か。

 

 それは、飽きることなく領土を侵さんと侵略を繰り返す異民族共である。

 今このときも、西からは烏孫や月氏、東からは東湖と少数民族連合、南からは山民族、北からは人虎民族とは別の狩猟戦闘民族が遥か彼方から来た異民族が侵入し、それを匈奴の軍が迎撃して戦争が起こっている。

 

 故に匈奴の軍にとって、戦とはもはや日常になってしまっている。

 

 そして戦が日常になったことで、戦の際に特有の、非日常の力の発揮、あるいはこの一戦で使い切るという本気の発露。

 

 それらが、匈奴軍では薄れる傾向にある。

 荷を運ぶように普通に戦い。

 川を掘るように普通に敵を倒す。

 

 もちろんそこまで明らかに気を抜いているというわけではないし、戦は非日常で間違いはない。

 だが確実に、無意識下において、これは何でも無いいつものことだと認識し、力の発揮が抑えられている。

 

 それを数多の戦場を通して認識した林莉は、演習や練兵、あるいは実戦の際、とくに力を発揮させたいときにこの言葉をかけるようになった。

 

 

 これは、兵士諸君にとって日常ではない。

 

 これは、危機をもたらす非日常である。

 

 これは、諸君らの命の危機である。

 

 諸君の、初めての戦を思い出せ。

 

 命の危機に、敵に抗うことを思い出せ。

 

 死力(死に直面した人の命の力)尽くせ(発揮しろ)

 

 

 それを幾度も刷り込まれた林莉軍は、林莉のその言葉によって『箍』が一つ外れるのだ。

 その爆発力こそ、林莉軍が他軍に誇る強みである。

 

 それを聞いたアイショウ単于はこう言った。

 

「洗脳コワっ」

 

 と。

 

 

 

******

 

 

 

 

《趙軍囲地入り口封鎖部隊 五〇〇〇人将 臨床 視点》

 

 

 

 敵将の叫びに呼応した敵軍は、大いに趙の囲地入り口封鎖部隊を討った。

 これまで部分的に行使され、その都度李牧の練兵を受けた知略を持つ軍によって崩されてきた戦術が、前線全てにおいて同時に行使されたことで大きく効果を発揮し、一時的に大きく趙軍に食らいついた。

 

 更に匈奴の将らしき男が率いる部隊と、それに追従する部隊での突撃は、匈奴軍の戦術で一時的に趙軍が乱れた中を、濡れた紙を破るかのごとく容易く突き進んだ。

 

「……下がるぞ!!」

「は!? 臨床様!?」

「本陣を後方に下げる!」

「更に後ろにですか!?」

 

 中央から雁門に送られてきた趙将の臨床は、李牧から今回の戦について、そして敵後軍の警戒すべき点についていくつか注意を受けていた。

 

 まず第一に、騎馬民族の軍の強さを侮ってはならぬ、と。

 

 中華の中央で戦う国々や、南に蛮族の領土と接する楚ですら、騎馬民族の恐ろしさを知らない。

 あるいは趙、燕以外の五国は、噂程度に騎馬民族が存在するということしか知らない可能性もある。

 

 だが、それは、趙、燕両国が、騎馬民族の侵攻に対して多大なる犠牲を払いながら、奴らの侵入を防いでいるから。

 

 そして、ここ数十年侵攻してくる騎馬民族の目的が略奪であり、趙北部の村を略奪すれば満足して北方に帰るので、中華の戦争ほどの被害を出していないからだ。

 

 あるいは、遊牧民族が略奪ではなく本気の侵攻、侵略、征服を目指せば。

 

 中華から国の一つや二つは消える可能性がある。

 

 臨床に伝えたわけではないが、雁門で騎馬民族と戦い続けてきた李牧はそう薄々ながら考えていた。

 

 その強みは、騎馬民族の騎馬の強さであるが同時に、個々の戦士も強く、更に戦術的に軍を動かすことが出来る将もいる点である。

 総じて、例え山間での戦いであったとしても、戦士としても軍としても侮ってはならないのが、雁門を襲う騎馬民族の軍である。

 

 

 

 そして第二に臨床が李牧に警告されたのが、今回侵攻してきた十万以上の軍の後軍についてである。

 

 臨床もある程度把握しているが、今回の侵攻軍は、山岳部に入ってから一気に侵攻速度を下げた。

 小さな村や集落は襲撃を受けているものの、一気に突き進んでくることはなく。

 

 そしてその後軍が前後に分離して以降は、前方の軍はそれまでのゆっくりとした行軍の鬱憤を晴らすように。

 そして後軍は、進んではいるもののより時を使っているかのように遅々とした歩みを続けていた。

 

 李牧はそれを、放った斥候から前軍と後軍の役目の違いにあると推測した。

 前軍は斥候等を放たずに、目の前にある集落を襲い迎撃軍を粉砕しながら侵攻する。

 後軍は多数の斥候を放ち、ゆっくり軍を進めつつ軍議を重ね、それを伝令を用いて幾度も前軍に伝える。

 

 趙軍に対応させぬ侵攻を行う前軍と、それを後方から補佐する予備隊ともなる後軍。

 山岳に入って以降の一時の停滞が少し気にかかったものの、李牧はその真実を見抜くことは出来なかった。

 

 それはそうだろう。

 十万以上の軍をおこし、趙北部へと侵攻してきた匈奴の軍が。

 

 まさか内部に問題を抱えており、命令系統が機能しておらず、あまつさえ後軍の将が前軍を潰すために行動していたなどと。

 

 流石の李牧でも、全く情報の無い相手に対してそこまでは想像出来なかった。

 

 そして故に、李牧は後軍について、その頭脳と知略についての警告を促した。

 後軍は罠に気づく可能性があり、包囲後も厳しい抵抗を行う可能性がある。

 加えて、将の叫びから前軍に総大将がいるのはわかっていたものの、全体の指揮を取れる軍師が後軍におり、前軍と後軍の動きを操っている可能性がある、と。

 だから臨床は、最も抜かれてはならぬ囲地唯一の広い出口を固め、その中でも到達が困難な後方に本陣を置いていた。

 

 そんな、李牧の警告を受けた、臨床の想像する強力な猛将の姿を。

 

 本気を出した匈奴軍の将林莉は、容易く上回った。

 

「敵将が止まりません!」

「縛蛇の陣だ! 無理に討ち取るのではなく、絡め取ってしまえ! そうすれば奴に成すすべはない!」

 

 臨床の想像が、匈奴の将、林莉の強さを見誤っていた理由はいくつかある。

 

 一つは、臨床が中央においても、本当に強い将軍というものを見たこと、あるいは敵として相対したことが無く、そもそも強い将の程度が想像出来なかったこと。

 

 そしてもう一つは、直前までの、多少切り込んでは下がっていく林莉の姿を、彼の全力であると勘違いしてしまったことだ。

 

 林莉の目的は、単独での敵の突破でも敵将を討ち取ることでもなく、()()()()()()()()()()()()を作ること。

 故に単独での突撃は控え、軽い突撃を繰り返すことで打開点を探っていたが。

 

 本来の林莉とその親衛隊の突撃であれば、臨床が陣を敷いていた場所まで容易く届く。

 

 突撃を開始したその攻撃力を見て、臨床は即座に本陣を下げることを決断したのである。

 このあたり、保身的ではあるが臨床は戦況を見る目を持っていた。

 

「くっ、出るぞ! わしがあやつの首を叩き落とす!」

「はっ、臨床様が出るぞ!!」

「臨床様に続けい!!」

 

 そして同時に、臨床は武力も併せ持つ将である。

 李牧が敵総大将の首を取り、より数の多い敵前軍を叩き潰して援護に来るまでの時間稼ぎであったので、自ら打って出るのを我慢し一度は本陣を下げたが、これだけ敵から来てくれるのならば、功績を我慢する必要もない。

 

「臨床様!!」

「わしに続けい!!」

「後ろから何か来ます! そいつを止めろ!!」

 

 臨床の死因は。

 

「後ろだと!?」

『お前がここの将か!』

 

 強力な突撃力を披露した林莉軍が、主攻ではなく助攻であったことを見抜けず、本陣を正面以外の防御の薄い後方へと下げてしまったことである。

 

「何っ──」

『もらったぞ!!』

 

 薄い趙軍後方を、後ろから食い破った男が振り下ろした矛が、とっさに振り返った臨床の首を刎ね飛ばした。




《用語集》

・ダンキ、バルバ、ザンパ、リジカム、他……林莉軍の隊長級や林莉の近衛隊の隊員。

・臨床……中央から送られてきた将。馬南慈のいう、中央から流れてきてもたなかった方。

・雷虎、罅皿……敵前線の一点に打点を集中して食い込み、そこから左右を討つ力技の雷虎と、前線をあえて部分的に崩して敵を引き込み、前線内で包囲殲滅する罅皿。
        単体でもそれなりに効果がある戦術だが、複数部隊で交互にやると、前線がギザギザの歯が噛み合ったみたいになり、敵の集団を分断して破壊出来る。


・『死力を尽くせ』……麻鉱の「立って戦え」みたいなもん。
           

最新話の後もう一戦南東胡とする戦の描写、欲しい?

  • 欲しい(趙・匈奴の戦いレベルでしっかり)
  • 欲しい(今回の戦ぐらい短めで)
  • それより早くあの将軍と会え
  • 合従軍まだ?
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